第37話 失敗

 指定されたファミレスに何とか待ち合わせの時間までに到着し、三穂田さんから紹介された人と会うことができた。僕はさすがに室内では目立つのでアイマスクを取って誰の顔も見ないように端っこの席でうつむきながら話をしている。


 話の相手は守山美優さん。真由と仲が良かった僕らの同級生だ。真由の事故がきっかけで飲酒運転撲滅を目指して警察官を志したらしい。


 トレードマークだったお団子頭は今は影を潜め、うなじや耳に少しかかるくらいの長さにそろえられていた。頭のお団子がないと最初は守山さんだと判別できなかった。


「安積君、久しぶり。あとあなたが真由のいとこの未来ちゃん。真由から話は聞いてたけど初めましてだね」


「一応真由ちゃんのお葬式のときに同じ場所にいたはずだけどちゃんと会うのは初めてだね。美優ちゃんのことは真由ちゃんが小学生のときからよく聞いてたよ。とっても仲が良かったって」


 二人はそのまま世間話や真由との思い出話に花を咲かせてしまい僕が入る余地はなくなってしまった。でも二人は僕よりも何倍も長く真由と一緒に過ごしていて、二人の思い出の中には僕が知らない真由もたくさんいた。目をつぶってそれに聞き入っていると僕も思い出の中に入っているような気になって、大槻さんの言う神の試練を受けてくたびれていた心が癒されていくような感覚になる。


 大槻さんはひとしきり話し終えると本題を切り出した。


「率直に言うと川田光利という男を捕まえてほしい。容疑は何でもいいから」


 大槻さんと気が合い、つい先ほどまで楽しそうにしていた守山さんの顔がひきつった。


「えっと、その川田という人はどんな犯罪をしたの? 何もしてない人はさすがに捕まえられないよ?」


「これからするんだ。クローバーのドームライブでリーダーの芹沢唯斗をナイフで襲い、観客席に発炎筒を投げ込んでパニックを起こさせ、百人以上が死ぬ」


 大槻さんは僕に語ったときのように事件の概要を守山さんに伝えるが、守山さんは呆れた顔をしている。それは至極当たり前のことで、僕らの力を知らなければただの妄想にしか聞こえない。大槻さんは僕らが未来を見る力を持っていることも説明したが、納得してもらえなかった。


「やっと安積君が立ち直ったのかと思って嬉しかったし、未来ちゃんとも仲良くなれそうだったのに残念。もう少し現実見たほうがいいと思うよ。じゃあね」


 守山さんには冷たくあしらわれてしまい、警察という強力な味方を手に入れることはできなかった。守山さんが去った店内で大槻さんは呆然と僕の顔を見つめながら僕の未来を見た。声には諦めの感情がたっぷりと乗っている。


「あ、やっぱ君死ぬわ。そして私も死ぬ」


「勝手に人の未来を見て絶望しないでよ。それを変えるために君は来たんでしょ。一回失敗したくらいでそんなに落ち込まない」


「だって、君の男友達はたいした説明もしないで手伝ってくれたのに、女の子相手だから私が頑張ろうと思ったらこれだよ」


 大槻さんはテーブルに突っ伏して泣いてしまった。僕が悪いことをしたみたいな視線を感じるのでやめて欲しい。


「仕方ないよ。守山さんとは真由を通じた関係だっただけでそんなに仲が良いわけじゃなかったし。戻って考え直そう」


 ライブ当日にドームに向かう川田を職務質問してもらって持ち物検査をしてナイフが出てきて銃刀法違反の現行犯で逮捕。ドームでの事件は防がれた。という筋書きが一番シンプルで安全だと思ったがそううまくはいかない。


 あんみつパフェを食べさせて元通りに元気になった大槻さんと、帰りの新幹線の中で相談しても良いアイディアは浮かばず、僕はまた試練の日々に戻ることになる。


 三ヶ月が過ぎた。


 ライブの関係者席の件は健太の分として一席は確保でき、それを僕に譲ることは可能だと健太が教えてくれた。それ以外に進展はなく、ライブ当日に川田がドームに入る前に二人で協力して川田を止める。失敗したら僕がドームに行ってどうにか止めるというどうにも行き当たりばったりで力業な作戦しか思いついていない。


 僕は延べ何万人もの未来を見続け、百人以上は死んでしまう未来を見て、何人かは見殺しにしている。ただ立て続けに未来が見えるおかげでそれが誰なのか、男性か女性か、大人か子供かすら判断できず、罪悪感は薄まってはいた。それでも心身にダメージはあり、歩くことも、食事もままならない。


 大槻さんには一日中付きっ切りで世話をしてもらっていて、夜寝るとき以外は常に行動を共にしている。彼女の奔放さに困ることもあったが、彼女の励ましがあったからこそ頑張ってこられた。


「どうしてこんなに世話してくれるの?」


 ある日、僕の家で夕飯を作ってくれた帰り際に聞いてみた。大槻さんは僕の顔をじっと見て、


「君がもっといい男になったら教えてあげる」


 そう言って自分の家に帰って行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る