第36話 似ている
大槻さんは大学を休学することに決めて、僕のことを見守り続けた。姉は僕が大槻さんといるところを見つけて驚いていたが、大槻さんが真由のいとこだと紹介し、僕と同じ力を持っていることを説明すると、嬉しそうに「頑張れ」と言うだけで他は何も言わなかった。
姉にすべてを話し、チケットが取れてもライブに行かないように説得することもできたが、それはしなかった。僕が引きこもる前からずっと僕のことを気にかけて世話をしてくれて、自分の夢まで捨ててしまった姉の唯一の楽しみを奪うようなことはできない。
四月になり、大槻さんは一人で川田と接触しに大学に向かった。
僕は一人で未来を見た。
車に轢かれる女性がいた。プロポーズする男性がいた。あの高校球児は逆転サヨナラホームランを打つ。あの女性は昔好きだった人に再会して交際に発展する。あそこの男性は電車に飛び込んで自殺する。あの女性は宝くじで一億円あてる。あの老人はもちをのどに詰まらせて死ぬ。あの人は転んだ。あの高校生のカップルは同じ大学を受けて女は受かって男は落ちる。あの男性は財布を落とした。
僕は何が現実で何が未来か分からなくなっていた。次々に未来を見ては消し、それを何度も繰り返すともはやそれが誰の未来なのかも分からなくなって、亡くなる未来が見えた人には申し訳ないと思いつつも、ひたすらに未来を見続ける。
大槻さんは僕らの力は神様からの贈り物だと言った。それは呪われた力と伝えられている片平家とは真逆の考え方で、それが原因で大昔に片平家から大槻家が飛び出したらしい。
そして今の僕の状況は神からの試練であり、これを乗り越えれば神をも超える力を手にすることができる。それは僕の願いにも繋がる。僕はそれを信じて川田のことを大槻さんに任せ、一人で地元の駅に留まったのだ。
駅構内を色々と移動しながら未来を見続けて七時間くらいはたった頃、大槻さんが戻ってきた。僕は体力も精神も憔悴しきっており、一人でまともに歩ける状態ではなくなっており、大槻さんは僕に会うなり僕の目にアイマスクをつけて右手を掴んで引っ張ってくれた。大槻さんが引っ張り上げてくれるおかげで何とか歩くことができている。
「ずっと未来を見ていたのか。こうするといいと言ったのは私だけど、私が嘘をついていたらどうするつもりだったんだい?」
「大槻さんは嘘なんてつかないでしょ。二ヶ月近くほぼ毎日会っていたから分かるよ。真由と違って無計画でおしとやかさのかけらもないけど、嘘をつくような人じゃない。きっとこれを乗り越えれば過去に戻る力に近づくんだよね? 川田を止めるだけなら今まで通りの能力でも大して変わらない。それでもわざわざ力を鍛えさせているのはそういうことなんだよね?」
「嘘をつくような人じゃないって評価してくれるのはありがたいけど、どうして君が今やっていることが過去に戻ることに繋がると思うの?」
「ちゃんとした根拠はないよ。でも君は真由に似て優しいから。きっとそうだって思うだけ」
大槻さんは何も言わなかった。周りを見ないようにアイマスクを付けられた僕からは大槻さんの表情は見えない。僕の右手を握る力が少しだけ強くなった。
人気のない所でアイマスクを外し、今日の成果を聞くと、どんな手を使ったのか川田にも占いを受けさせてたっぷりと未来や過去を見てきたらしい。
「貢がされてる自覚はあるみたいだったよ。でも彼女も自分のことが好きなんだと信じていた。家がお金持ちなんてことはなくてバイトや他の友人に借金をしてお金を作っていたみたいだね。ライブスタッフのバイトも結構長くやっていてイベント運営会社の社員とも顔見知りで、ナイフや発炎筒が入った鞄も堂々と持ち込んだみたい。それできっかけなんだけど、前に私が見た赤沼ちゃんの話を友達から聞いちゃったことが原因みたいなんだよね。それで別れて、一番大きな舞台を狙ってって感じ」
「じゃあ赤沼さんの話が川田に伝わらないようにしたら……ダメか、一回阻止できても話が伝わるリスクは常にあるからキリがない。スタッフの持ち物検査もしっかりしろって運営会社に伝えるか、いや、そこで暴れられても困るしそもそも僕らの話を信じて厳しい検査をしてくれる保証はない。いっそのこと警察に……未来で犯罪を犯すからじゃ相手にしてくれないよな」
警察で思い出した。大槻さんが見た僕の未来で警察官になっていた人がいたはずだ。いつも僕らを見守ってくれていた、強くて優しい僕の先輩。
六年九ヶ月振りに連絡した三穂田さんは三日後に会ってくれることになった。場所は真由の葬儀が行われた斎場近くの河川敷、僕が三穂田さんに力のことを打ち明けた場所だ。
久しぶりの三穂田さんは以前と変わらない美人でそこに警察官としての凛々しさが足されていて、大槻さんはこれがあの三穂田さんかと感動して拝んでいた。僕は三穂田さんの顔を見ないようにして大槻さんのことやこれまでの経緯を話し、本題に入った。三穂田さんも僕の力のことを知っているので未来のことまで含めて説明がしやすい。
「その川田って奴をどうにかしないと萌祢を含めた百人以上が死ぬ事件が起こるってことか。だから警察の力で川田を捕まえられないかっていう相談に来たと」
「川田はまだ何もしていないし何かするという証拠もないから無理な話だというのは分かっています。でも、何かできないかと思って相談に来ました」
「あたしが何も協力しなかったらどうする?」
「最悪僕が力ずくで止めに行きます」
三穂田さんは後ろから僕の髪の毛をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。顔を見ることができないから表情は見えないがきっと嬉しそうな顔をしていることが動きや声で分かる。こうやっていじくられているのはなんだか懐かしい感覚だ。
「萌祢から聞いていたんだ。最近お前が頻繁に外出するようになって、何をしているかと思えば真由のいとこだっていう女の子と一緒によく分からないことをしてるって。でもなんだか昔のお前、それも中学一年の七月くらいから二年の七月くらいのいい感じだったときのお前みたいで嬉しいってな。それが萌祢のために動いていたなんて萌祢が知ったら喜ぶだろうな」
「姉ちゃんには内緒です。余計な心配はかけたくないので」
「そうだな。警察がどこまで協力できるか、協力できたとしてもあたしは東京じゃ勝手に捜査できないしな。まあ東京の警察官に協力してくれそうな知り合いがいるから」
「そうなんですか? ぜひ紹介して欲しいです」
「まだ警察学校卒業して二年目とかで苦労してるかもだから無理なことは言うなよ」
「分かってますよ。ありがとうございます」
「ところで、お前最悪自分で止めるとか言ったけど、自信あるのか? あたしが暇なときに教えてやるから、また連絡してこいよ」
「あんまり痛くないようにお願いしますね」
口調は荒っぽいけど優しい三穂田さんは相変わらずで、大槻さんもそんな三穂田さんに憧れたのか積極的に話しかけていて、その懐いている姿はまるで真由のようだった。
三穂田さんに紹介してもらった警察官と会うために僕は再び東京を訪れた。
「君は二回目だけど私は三回目だから」
大槻さんは自分が川田に会うために一回多く来ていることを自慢げに語っていたが結局駅の人ごみと迷宮で迷っていた。僕は以前のようにアイマスクを付けて大槻さんに手を握ってもらっている。目立って恥ずかしいと思ったが大槻さん曰く変な人はいっぱいいるから目立っていないそうだ。
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