第35話 兆し
翌日、六年半ぶりに再会した健太は顔つきも大人になって、体も立派なアスリートになっていた。それでも小学生のときの無邪気な笑顔の面影はあって僕の記憶の中の健太と一致した。
健太は僕の力を知っているので説明はスムーズにできた。とはいえ事件の全容を話してしまうと心配をかけてしまうので話したのは大槻さんのことと、どうしてもドームライブが見たいということだけだ。それでも健太はダメもとでお願いしてみると言ってくれた。
地元に戻ってきた僕らは皆からの連絡を待ちながら占いのバイトをすることになった。大槻さんは勝手にやっていたわけではなく父親が社長を務める占い会社でバイトをしていることになっていたらしく、僕も強引にバイトをさせられた。
大槻さんが言うには力をコントロールするための特訓らしい。ローブを着させられ、帽子を被らされて、大槻さんと二人並んでスーパーの入り口近くでお客さんを待つのはなかなかに恥ずかしかった。
だが良い未来が見えたらそのまま頑張れと言い、悪い未来が見えたらやんわりと回避方法を伝えたりして人を助けていくことが自分が人の役に立てているという実感を湧かせ、少しずつ自分の力に対してポジティブになれていく気がした。
拓哉からの連絡はいつも見つからなかったというものだったが、一ヶ月半ほどが過ぎ、いつものスーパーではなく駅前で占いをしていたときに幸一から見つかったという連絡が来た。
幸一の中学での部活の先輩の友人の後輩が教えてくれたという川田の情報は、高専を五年で卒業して四月から拓哉と同じ大学に編入予定というものだった。そして彼女の方は幸一の彼女の小原田茉美さんと同じ千葉県内の大学らしく川田や僕と同い年で、こちらは連絡先まで手に入れられた。
「高専から編入とは思いもしなかったよ。どうりで同じ大学なはずの拓哉君が見つけられないわけだ。君はもしかしてこの可能性も考えて幸一君にもお願いしたのかい?」
今日の営業を終えて引き上げようとしているときに冗談めかしく大槻さんが尋ねてきた。
「可能性は低いと思ったけど一応考えたよ。まあ幸一の方に期待したのは本人じゃなくて彼女の方が本命だったけどね」
あの大学の工学部は三年次編入者が比較的多いことは知っていた。姉が高校一年生になりたての頃に行きたいと言っていた大学で一緒に資料を読んだことがあったからだ。
それに色々な人を頼ってお願いしているのも、こんなとき姉ならどう動くかを考えてのことだった。姉は暴君ではあったかもしれないが優秀で優しさも兼ね備えていて、いつしか姉のようになりたいと憧れていた時期もある。その遺伝子が僕にもあることを期待して皆を頼っている。
それに大槻さんの母親が書いた【予言】にも主人公は仲間の力を借りて困難に立ち向かうとも書かれていた。皆に頼るのも間違ってはいないはずだ。
高専を卒業して新生活の準備をしているであろう川田の所在は掴みづらいため、僕らは彼女の方を当たってみることにした。彼女がクローバーに傾倒しすぎないようにすれば川田は何も起こさないはずだ。
小原田さんから連絡先はもらっていたがさすがにいきなり連絡するのは憚られ、会えたとしても何をどう話すべきか悩んでいると大槻さんが「私に任せて」と自信満々だったので任せることにして僕らは千葉へ向けて出発した。
「で、またこれをやるのか」
「ちゃんと父親の会社を通して許可は取ったよ」
僕らは川田の彼女、
「普通に連絡した方が良かったんじゃないかな」
「君が知らない人に連絡するの不安だなあとか言うからでしょ。友達にはガンガン連絡するくせに他人には人見知りしちゃってさ。まあ彼女のSNSで今日は大学に来ることは分かっているから待っていればそのうち会えるよ」
本当かなあと疑いつつ付き合ったが、百円という安い値段のおかげかお客さんの入りは割と良く、最近告知されたクローバーのドームライブを始め、様々なライブやコンサートの抽選結果を聞きに来る人が後を絶たなかった。もちろんほとんどの人は百円払って一喜一憂するノリのために聞きに来ていて、本当にそうなるとは露ほどにも思っていないだろう。
そしてその人は僕の目の前に現れ、SNSで確認したのと同じ長い金髪の毛先をくるくるといじりながら僕の目の前に百円玉を置いた。隣で他の人の対応をしている大槻さんもこちらを注目している。
「来年のクローバーのドームライブ当たるか知りたいですけどお」
「失礼ですが、お名前は赤沼美沙さんでよろしいですか?」
「え? すご、なんで分かったの? 超能力者とか?」
「まあ似たようなものですよ。私、本物ですから。ところでライブのチケットですが」
大槻さんと一緒に占いを一ヶ月も続けるとノリが似てきてしまった。赤沼さんの未来を見てみるとドームライブの会場が見えた。クローバーがステージ上で歌って踊る最中に何者かが観客席に発炎筒を数本投げ込むと同時にステージに乱入し、メンバーの一人に刃物で襲い掛かる。観客はパニックになって出口へ殺到し事故が起こる。まさしく大槻さんが言っていた通りの光景だった。
現実に戻ると僕はひどく疲れを感じていた。つらい未来は体にも悪いということを改めて実感したが本当に見たかった未来はこれじゃない。
見たいのは川田と別れる場面か川田が犯行に至るきっかけとなるような場面だ。今が三月の中旬だから、ライブ当日までの約十一ヶ月半を半月ごとに確認する。それでもきっかけが掴めなければさらに細かく見る。僕は赤沼さんの未来を百日分ほど見たがこれという未来は見ることができず、体力の限界を迎えてしまった。
他の人の対応をしながら合間合間で赤沼さんの未来を見ていた大槻さんもすっかり疲れてしまって今日は休業とすることにして片付けを始めた。
「僕の方は見た感じ確かにクローバーのファンではあるけど、それに怒ってあんな事件を起こすきっかけみたいなのは分からなかったな。大槻さんはどうだった? 」
「あいつと付き合ってる理由? えーそれ聞いちゃう? 別に好きとかそういうのはなくてぇ、あいつの家って金持ちで遊びに行っても食事に行ってもあいつ全部出してくれるしぃ、欲しいものがあったらさりげなく欲しいアピールしておけばプレゼントしてくれるんだー。そのおかげで自分のお金は全部唯斗君に使えるんだよね。え? そういうのは絶対無理。顔と性格は隣にいる分にはギリ及第点だけどキスとか体触らせたりとかはあり得ない。最大でも手を繋ぐのが精一杯かなー。っていうことを友達と話してる未来なら見たよ」
「モノマネ上手だね」
「へへ、まあね」
大槻さんは褒められて、堂々とキラキラした笑顔で嬉しそうにピースなんてしている。真由だったらもう少し恥ずかしそうに控えめにピースをするだろう。
「大槻さんのおかげで大体の理由は分かったよ。今の話が川田の耳に入るか、もしくは川田のことを金づるとしか見ていない態度が積み重なって爆発したんだろうね」
「どうする? 未来が見えても赤沼ちゃんの気持ちは変えられないからどうしようもないよ。というか根本的な原因はクローバーじゃないよね。なんでライブを壊そうとするんだよ」
「それこそ君が学んでいる心理学の出番じゃないの? 犯罪心理学とかあるでしょ」
「まだそういうの勉強してないんだよね。私は占いに役立つかなって思って心理学を選んだだけだし。やっぱり川田をどうにかするしかないかなあ」
僕らは当初の方針通り川田と接触することを目指すことにして、帰路についた。
大学が始まる四月までは大槻さんと一緒にこれまで通り占いのバイトをしたり、色々な所に出かけたりして人々の未来を見続けた。僕の力はさらに強くなり、道行く人の未来が止めどなく頭の中に入ってきて現実に戻ることにも苦労するようになった。
真由を事故で失ったときと同じような感覚だが、あちらは悲しみのせいで我慢が効かなくなっていたのに対し、今は僕の精神状態に関係なく我慢が効かない。
大槻さんはここを乗り越えれば力を制御できるようになり、片平家の血を持つ者の未来も見えるようになると言う。僕自身勝手に未来が見えてしまう今の状況から解放されたいし、姉や母の未来を見ることができれば危険から守ることができる。その決意のもと未来を見続け、苦しみもがき続けた。
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