第34話 再会
突然の連絡ではあったが偶然予定が何もなかったらしく幸一と会うことができることになった。指定された喫茶店までまた山手線に乗ることになったが、僕と大槻さんは二人で協力して無事目的地にたどり着くことができた。ただ電車に乗っただけなのに僕も大槻さんも大きなことを成し遂げたような達成感を覚えていた。
「やったね。私たちもやればできる」
「うん」
喫茶店に入ると結構な人数のお客さんでにぎわっていたが幸一をすぐに見つけることができた。清潔感のある短めの茶髪。とにかく整ったイケメン。店内の女性客がさりげなく目線を向けてしまう場所にいたのが幸一だった。
幸一は僕に気が付くとさわやかに手を振る。女性客の目線は僕を見た後、大槻さんと幸一を交互に行き来する。男友達には興味がなく女性関係だけが気になるようだ。
「久しぶりだな、望」
顔のパーツが大人っぽくなったり、髪の色が変わったりしているが幸一のさわやかな笑顔は中学生のときから変わらない。幸一と同じテーブル席に着くとやはり視線を感じる。
「突然ごめんね。無理言って」
「いいよ。予定なかったし余裕余裕。ところで隣の人は、どなた?」
大槻さんは自分で自己紹介をした。
僕らより一つ年下の大学生で彼氏はいない。心理学系の勉強をしていて、バイトで占い師みたいなこともしている。趣味はアニメを見たり散歩をすること。中学時代は一年だけテニス部で高校ではまたテニス部に入った。好きな食べ物は和菓子。今は料理の勉強中でもある。
真由のいとこで、落ち込んでいる僕に見かねて元気を出させるために東京に引っ張ってきただけで僕の彼女ではない。大槻さんと幸一の間で二、三個質問が交わされた所で幸一が僕に切り出した。
「それで、何か用事があるんだろ? いくら特に目的地がない旅行だからって、六年半も会ってなかったのに、いきなり理由もなしに会いに来るわけないよな」
「さっき拓哉に偶然会ってね。小学校のとき引っ越しちゃった海老根拓哉。それで思ったんだ。僕にも友達がいて、頼ってもいいのかなって」
「おう、俺にできることならなんでも頼んでくれ。仕事か? そろそろ動画投稿とかも増やしていきたいからそのスタッフとかでなら……」
「いや、そういうのじゃなくて人探しをお願いしたいんだ。幸一なら人脈広そうだから」
「人探しねえ」
幸一は眉を下げ、困ったような顔をしている。確かに六年半ぶりに会った友人にいきなり人探しを依頼されたら当然だ。すぐに承諾してくれた拓哉の方が変わっている。
「一応聞くけど、どんな人を探してほしいの?」
「川田光利っていう人。拓哉と同じ大学の工学部で今は二年生のはず。拓哉にもお願いしたけどできるだけ早く居場所を知りたいから幸一にもお願いしたい」
「何でその川田を見つけたいんだ? 川田と望はどんな関係なんだ?」
何でと聞かれても、川田が約一年後に事件を起こして姉を始めとして多くの人が亡くなるのを防ぐためと言ったらさすがの幸一でも信じてくれないだろう。未来が見えるなんてことは幸一にとっては創作の世界の話でしかない。
幸一はしばらく逡巡して、僕に尋ねた。
「その川田ってのを見つければ、望は満足なのか?」
「満足というか救われる」
「救われる、か」
幸一は僕と大槻さんの顔をじっと見つめた。まだ少し迷いがあるようで少しだけ眉間にしわを寄せた顔も息をのむようなイケメンで男の僕でもドキッとしてしまう。
「いいよ。手伝う。あんだけ落ち込んでた望が東京まで来て、しかも並木さんのいとこだっていう子と二人でなんて、何か大事な理由があるんだよな。そいつの情報、他にない?」
「ありがとう。助かるよ。でもごめん他には何も知らないんだ」
何か情報はないかと大槻さんを見る。大槻さんは幸一の顔を食い入るように見つめていた。
「大槻さん?」
「ああ、ごめんごめん。川田の情報ね。えーとアイドルグループクローバーのファン、特にリーダーの
「おっけー。そっち方面も当たってみる。あと茉美にも聞いてみるわ。でも俺SNSじゃあ結構人気あって人脈広いけど、さすがによく分からん人の名前出して探すことはできないから、リアルの知り合いに聞くしかできないぞ」
「十分だよ。こんなお願い聞いてくれるだけでありがたい」
「そうだ、クローバーで思い出したけど健太。あいつリーダーの芹沢唯斗と仲良いらしいぜ。高校生のときにアンダーなんだったかの日本代表に選ばれて、応援サポーターだった芹沢と意気投合して仲良くなったっぽいな」
幸一と別れて喫茶店を出た。健太は僕が返信しないのにも関わらずよく近況を教えてくれていて、高校生のときにその世代の日本代表になったことも、卒業後プロ選手になったことも知っていた。クローバーのリーダーと仲が良いことまでは知らなかったがこれもうまく手掛かりにすることができるかもしれない。
「幸一君、ほんとにイケメンだね。君がいなかったら私店内の女性客に嫉妬で殺されてたかも」
「じっくり見つめちゃって。自己紹介も僕や拓哉にしたときよりもずいぶんと丁寧にしてなかった? 彼氏いないアピールを二回もしちゃってさ。幸一は中学時代から付き合ってる彼女いるのに。SNSのプロフィールにも書いてあるでしょ」
「妬いちゃった? この先何があるか分からないし、一応存在はアピールしとこうと思ってさ」
「妬いてなんかないけど。今日初めて会ったのにああいうのは良くないんじゃないかなって思っただけ」
「真由ちゃんに一目惚れして部活を決めた君には言われたくないな」
何も言い返せないので真面目に次のことを考えることにした。
川田を見つけられなかったり見つけても何も変えられなかったら残された手段はライブ会場で川田を止めるしかない。そのためにはライブ会場に入る必要があり、川田のようにスタッフのアルバイトになるか観客として入るしかない。
大規模なライブのスタッフバイトなんて未経験者が採用されるかもわからないし、チケットを取ろうにもクローバーのライブチケットはファンクラブに一年以上加入している人でないと抽選の権利すら得られないようになっている。
ライブ会場に入ることは絶望的だったが健太がリーダーと友人ならもしかしたら関係者として呼んでくれるかもしれない。そこに僕らも一緒にとお願いできれば会場に入ることができる希望はある。どこまでできるか分からないけれど、どんな手を使ってでも少しでも事件を防ぐ可能性を広げておきたい。
「なるほどね。さすがに友達の友達まで招待してくれるかは分からないけど、一応頼んでみる価値はあるかもね」
僕の考えに大槻さんは賛同してくれた。早速健太にいつか会えないかメッセージを送った。
「ところで望君。今さらなんだけど君のお姉さんを救うだけなら川田のことは放っておいても別にいいんだよ? チケットの抽選に申し込ませないようにしたり、最悪ライブ会場に入るのを阻止すればいい。今はなにもせずにいて、この二つの時期のどっちかで君が頑張って説得すれば終わるんだよ。あ、ちょっと待ってて」
隣を歩いていた大槻さんは僕の答えを聞く前に近くにあったコンビニに入ってしまった。僕がそれに賛成するはずがないことを分かっているかのようだ。もちろん川田を放っておくことなんてできない。グループのリーダーが重傷を負って百人以上の人が死ぬ。そんなことを知ってしまった以上、無視はできない。
「お昼食べてないからお腹すいちゃったよね。ほれ、食べる?」
コンビニから出てきた大槻さんの手には中華まんが三つあった。
「肉まん二つとあんまん一つ、どれがいい?」
「じゃああんまんで」
大槻さんは少し不満そうな顔をしながら両手に持った肉まんを交互に食べ始めた。味も大きさも変わらないからおそらく何の意味もない。きっと肉まんとあんまんを一つずつ食べたかったのだろう。僕もせっかくもらったあんまんを食べようとすると健太から電話がかかってきた。
久しぶりの健太の声。以前聞いたのは中学二年の終わり、僕の部屋のドア越しだった。そのときよりもだいぶ大人の声だ。
「久しぶり、望」
「うん。ごめんね急がしいのに」
「いや、今休憩中だから。急だけど明日の午前中なら空いてるよ。今東京にいるんだろ? 俺千葉だからさ、会いに行くよ」
「いやいいよ。健太忙しいでしょ。僕らがそっちに行くよ。暇だし」
「それはいいけど、僕らってことは他に誰かいるのか?」
「うん。真由のいとこなんだ。明日説明するけど悪い人ではないから安心して。真由と違ってよくしゃべるし行儀は良くないし気まぐれだし時間は守れないしイケメンに媚びるけどね」
お尻を蹴られた。暴力的な所も真由には似ていない。
電話が終わると、色々遊んでいこうと誘われたが昨日今日と続けて長い距離移動していて疲れたので適当なビジネスホテルを見つけてさっさと休むことにした。
大槻さんは不満を爆発させてふくれっ面になっていたがテコでも動かなさそうな僕に諦めて渋々僕の隣の部屋を取った。
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