第28話 次の一歩
文化祭終了後、僕と並木さんは生徒会に入った。三年生がもうすぐ抜けてしまい人手不足になってしまうこともあるし、生徒会があったからこそ僕らの仲は深まったのでその恩返しもある。人見知りだった僕らもだんだんと色々な人たちと普通に話せるようになっていた。
次の生徒会長は一年生ながら修一郎が務めることになった。姉の背中を追う修一郎に対し、二年生の副会長だった先輩が推薦した。
生徒会の仕事がないときはいつも通り図書倉庫に集まって本を読んだり並木さんの話を聞いたりした。ずっと一緒に本を読んだり、テスト勉強をしたり、それだけで楽しくて幸せだった。
三穂田さんは生徒会は引退したものの部活の方は引退せず気が向いたときに顔を出し、本を読む僕らのそばで勉強をしていることが多い。そして十二月の期末テスト直前に僕と並木さんが図書倉庫で勉強していたときにも三穂田さんはやってきた。姉も一緒だ。
「ねえ葵、この部屋に付き合ってるのにいまだに苗字で呼び合ってるとっても恥ずかしがり屋なカップルがいるって聞いたんだけど」
「ああ、見たことがある。あたしが勉強している目の前でも苗字で呼び合いやがって付き合う前となんにも変わってない奴らがいるんだ」
「私たちの真由ちゃんを自分のものにしておいてそれはどうなんでしょうね」
「まったくだ。今も勉強なんかして、クリスマスの計画でも立てりゃいいのに」
「予定ないなら真由ちゃん貰っちゃいましょうか」
「そうだな。どうせ男の方はあたしや萌祢に逆らえないだろうからな。そうしよう」
二人は僕には目もくれずに並木さんを取り囲んでしまった。並木さんも突然のことでびっくりしている。
「なあ真由、クリスマスは予定ないんだろ?」
「は、はい」
「じゃああたしの家で萌祢と三人でパーティーしないか?」
「え? で、でも」
並木さんは僕の方をチラチラと見て僕のことも誘いたそうにしている。ぜひ頑張ってもらいたい。
「あの、じゃあ安積君も」
「あーすまん真由。あたしの家、安積って苗字の奴は入れないんだ。安積って呼んだ瞬間追い出さないといけない。まあ、萌祢のことはあたしも真由も名前で呼ぶから大丈夫なんだが」
実を言うとこの寸劇は、僕が姉に並木さんのことを名前で呼びたいけれどタイミングが掴めなくて困っていると相談したことが発端だ。
三穂田さんにも伝わると、協力する代わりに「中学最後の思い出に真由とクリスマスを過ごさせてくれ」と頭を下げられた。どんだけ並木さんのことが好きなんだと少し呆れてしまったが、僕もいきなり二人きりはハードルが高かったので了承した。
つまりこれはすべて僕ら三人の仕込みだ。それにしては少し強引すぎる。
「え、えっと、それじゃあ、の、望君も一緒ならいいですよ」
三人して「おー」という声を上げてしまった。顔を真っ赤にしている僕の彼女はとても可愛らしい。僕も名前で初めて呼ばれて頬が緩んでしまった。
「よし、じゃあ望、クリスマスの予定の確認ね。クリスマスは葵の家でパーティー。葵と私と望、あれ、あと誰だっけ?」
「え、並木さんでしょ?」
この姉、露骨すぎる。本当はもっとうまくできるくせにわざと下手な寸劇にしている。
「ごめん、このパーティーって並木がNGワードなの。呼んだ奴は追い出さないといけないの。真由ちゃんには悪いんだけどね。まあ私も葵も真由ちゃんのことは名前で呼ぶから問題ないんだけど」
三人が僕に期待のまなざしを向けている。
「ちなみに真由はなんて呼ばれたい? 真由? 真由ちゃん? 真由さん? 真由様?」
自分で名前で呼びたいと言っておきながらいざ呼ぶとなると緊張する。ここで真由様と呼んだらどうなるのだろうという変な考えも一瞬浮かんだが、ふざけている場合ではない。もう呼びたい呼び方は決まっている。
「ま、真由」
「はい」
嬉しそうに返事をする真由に、僕はなんだか一つラインを超えたような感覚を味わった。いつの間にか姉と三穂田さんはいなくなっていて、僕と真由はしばらく意味もなくお互いの名前を呼び合っていた。
クリスマスは予定通り三穂田さんの家で真由と三穂田さんと姉と僕でパーティーをした。お正月は真由と二人で初詣に行った。二人とも人ごみは苦手だったけどせっかくだからと頑張った。バレンタインは真由が生チョコ大福なるものを手作りしてくれた。ホワイトデーには一駅離れた所にある有名な和菓子屋のお団子を買ってきて渡した。真由は涙を流すくらい喜んでくれた。
そして三年生の卒業式を迎える。修一郎が送辞を述べ、姉が答辞を述べた。修一郎はまだ姉のことを諦めておらず立派に生徒会長を務めあげ、姉が合格を決めた地域一の進学校を目指すらしい。三穂田さんも僕が未来で見た通りの高校に進学を決めている。誰かのお葬式を経験することになるがこればかりは仕方がない。
「望、真由のこと頼んだぞ。約束だ」
「はい。三穂田さんもお元気で」
卒業式が終わり、解散となっても卒業生は皆仲が良かった同級生や後輩との別れを惜しみ、グラウンドや校門付近で最後のお別れの挨拶をしている。僕も三穂田さんと中学最後のお別れをしていた。姉と真由は少し離れた所で話をしている。
「そういえば三穂田さん。聞きたいことがあったんですけど」
「ん? なんだよ」
「結局三穂田さんが僕を応援してくれた理由。三分の二までしか聞けてないんですけど」
「あーそれか。まあ、もう卒業だし教えてやるよ」
三穂田さんは渋い顔をして自分のスマートフォンを僕に見せた。画面には一人の女の子の写真が表示されている。小学生くらいに見えるが、短い髪を金色に染めていて、化粧もしているようだが正直似合っていない。表情も何かを威嚇するような鋭い目をしていて、お近づきにはなりたくないタイプの人間だった。
「小学五年生のあたしだ。昔は不良だったんだ」
「まじですか?」
「ああ、一個上の奴らとよくつるんでて、他校の男子とかとよく喧嘩してたんだ。でもそいつらが中学に上がってから少し距離ができて、そいつらが万引きとか自転車泥棒とか、酒とかたばこで補導されたって聞いたときもうやめたくなった」
「やめられたんですか?」
「やめるのは簡単だった。そいつら悪いことしすぎて地元にいられなくなったからな。あたしは何とか犯罪に手を染める前に不良から抜け出せたんだけど、学校には全然友達がいなかった。でも萌祢だけはずっと他のクラスメイトと変わらないように接してくれていて、不良の仲間と縁を切ったって話したら、あたしを変えてくれたんだ」
「変えた? どういうことですか?」
「髪を黒く染め直して伸ばすようにして、似合わない化粧もやめさせて、服装も小学生らしい服装にして、言葉遣いとか、生活習慣とかもちゃんとするようにして、小学二年生の内容くらいから勉強も教えてくれて、それで今のあたしができたんだ。話し方だけはこっちの方が楽だし萌祢も個性があっていいって言うからこうなってるけどな」
少し照れながら三穂田さんは昔のことを語ってくれた。姉がこの清楚な文学少女の見た目をした荒っぽい口調の美人を作り上げたのかと思うと自分の姉ながらとてもいい仕事をしてくれたと思う。
「そうことであたしは萌祢に感謝してる。萌祢のことなら無条件で助けようと思っていたし、萌祢の弟であるお前のことも助けてやりたいって思った」
「それが僕を応援してくれた理由」
「そうだ。萌祢のおかげだ」
「そっか。じゃあちゃんと恩返ししないとですね」
真由と喋っていた姉を見るとなんと真由に抱き着いている。僕はまだそんなことしたことがない。いつできるかも分からない。
三穂田さんが僕の頭をなでた。もう身長は追い越していた。
「萌祢とはこれからも一緒なんだからちょっとずつ返していけばいいさ。あたしにはお前と真由が仲良くしてるって知らせだけで十分だからな」
三穂田さんの方を見て向き合う。約十ヶ月、本当にお世話になった。この人がいなければ今の僕はないと言える存在で、お別れかと思うと涙があふれてくる。
「まあ家は近いんだしたまに遊びに行くよ。お前もうちの店に食べに来いよな。萌祢や真由と一緒に」
「はい」
すぐに会える場所にいる。それが分かっていても卒業という別れは悲しいもので,交わした握手を離してしまうともう会えなくなるような気がしてしまう。同じ気持ちの人はたくさんいて、涙の中で別れの時間が過ぎていった。
二年生になると僕と真由は同じクラスになった。普通はないことだと姉は言っていたが、少しはましになったものの相変わらず友達が少ない僕と真由のことを再び担任になった栃本先生が考慮してくれたのかもしれない。
そのためか健太と幸一と守山さんも僕らと同じクラスとなった。健太はサッカーの実力が一気に伸びて、名門高校やユースチームから注目される存在にまでなっているらしく日々忙しそうにしていた。
文芸部には新入部員が入らなかったので二人で今まで通りの活動を続けている。
変わったことと言えば真由の塾の日が木曜日になったくらいで特に活動は変わらなかった。休日には二人で学校の図書室よりももっと大きな図書館に行ったり、一駅離れた有名な和菓子屋に行ったり、僕らが読んだ本が映画になると聞いて見に行ったりした。真由との毎日は穏やかで、楽しくて、幸せだった。
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