第3話 再現

 放課後、健太と一緒に帰るときも話題は僕の特殊能力のことだった。


「望は絶対未来を見る力に目覚めたと思うんだけどな。二十歳の俺がサッカー選手になれてるか見てくれよ」


「でもどうやって見るのか分かんないし」


「うーん。教室ではどんな感じだったっけ? なんか特殊な動きとかが必要だと思うんだよね」


「確か目にゴミが入って右目をこう、こすってたら」


 そのときと同じように目をこすってみる。一、二秒ほどでやめたが特に何も起きなかった。


「うーん。だめみたい」


「そっかー。誰かがピンチにならないと発動しないのかなあ」


 二人でしばらくあーでもない、こーでもないと議論したが全くうまくいかなかった。健太の説を信じて、歩行者用信号が赤になるギリギリで横断歩道を渡ってみたり、用水路に誤って落ちないためのガードレールに腰かけてみたり、小学三年生の二人が考えられそうな危険なシチュエーションを試しても、未来を見ることはできなかった。


 僕はもう半ばあきらめていて、教室での現象は、あのときつい寝てしまって偶然見た夢ということにしようとしていた。あの状況で寝るなんてありえないけれど、未来を見ることができるほうがもっとありえない。


 それでも僕が特殊能力に目覚めたことを健太は諦めきれない。考えうるすべての方法を試そうとしていた。


「あ、目を閉じる時間が短かったとか? 望、あのときは結構長く目、閉じてたよな」


 とりあえず言われた通りやってみる。健太の二十歳くらいを想像して、目を閉じる。五秒ほどすると頭の中に一瞬光が現れた。教室で健太の未来を見たときと同じ感覚だ。しかし光が消えても映像は何も見えなかった。


「あ」


「お、どうした? うまくいった?」


「いや、見えそうだったけど何も見えなかった」


「え、何それ? どゆこと?」


 先ほどの現象を説明する。健太は満面の笑みを浮かべ、興奮気味に言う。


「やっぱり! 方法は間違ってなかったんだ! あとはもう少し色々変えれば」


 またもやいろいろと議論しているうちに健太の家に着いてしまった。


「望、また明日! 俺、いろいろ考えておくからさ! 望も考えとけよ!」


「うん。また明日」


「あ、このことははっきり分かるまで家族とかにも内緒だぞ! 悪い組織とかに見つかったら狙われたりするからな」 


 健太はそう言って自宅に入っていった。本当に楽しそうで一歩間違えれば命を落としていたかもしれなかったことなどすっかり忘れているようだ。健太の方が色々な人にしゃべってしまわないか心配だったが、僕も興奮していた。


 あれは偶然などではなく本当に僕の力だったのではないか。諦めかけていたけれど、僕は未来を見ることができる能力者なのではないか。未来が見れたらどうしようかとワクワクしながら帰路についた。


 家に着くと持たされている鍵を使って中に入る。中にはまだ誰もいない。母は仕事で姉は四年生になってから始めたミニバスの練習でまだ帰ってこない。父は僕が一歳のときに交通事故で亡くなっている。父のことは全くと言っていいほど記憶にない。


 父がいないことは何とも思っていなかったが、家に帰っても誰もいないのは当時は少し寂しかった。

 

 午後の六時、練習を終えて帰ってきた姉と一緒にアニメを見た。王宮に仕える魔法使いの母と騎士の父から生まれた魔法騎士が主人公でと世界を支配しようとする魔王軍との戦いを描いた王道ファンタジー。バインドと呼ばれる金縛りの魔法で敵の動きを止めて剣の強力な一撃をくらわせるのが主人公の得意戦法で、最後のとどめはいつもこれだった。


 そのワンパターンさに姉はつまんないから見るのやめようかなと嘆いていたが、最近は相手の魔力が強すぎるとバインドが効かないことが増え、展開やとどめの刺し方にも工夫がみられるようになり、姉も継続して一緒に見るようになった。


 しかし今日の話で、主人公自身が成長すれば今までバインドが効かなかった相手にも効くようになることが判明し、ワンパターン戦法が戻ってくる予兆となった。

 

 次の日、僕はいつものように健太と登校していた。


「望、昨日のクロス見たか?」


 クロスというのは昨日見たアニメの主人公の名前だ。魔法使いと騎士の力がクロスして生まれたことに由来するらしい。


「うん。バインド戦法復活しそうだよね。姉ちゃんはちょっと嫌がってたけど」


「俺は好きなんだけどなあ、あの戦い方。相手の動き止めて最強の一撃くらわせんのかっけーよな。あ、それでさ、俺思ったんだけど」


 いつもならアニメの話を学校に着くまで続けているところだったが今日の健太は早々に切り上げ、話題を変える。今の健太の興味はアニメよりも僕の力の方にある。


「昨日の帰りにもう少しで見えそうなとこまでいったじゃん」


「うん」


「見えそうで見えなかったのは望の力がまだ弱かったんじゃないかって。昨日クロス見て思ってさ」


「あー。強くなったらバインドが効くかもってなったから」


「そうそう。二十歳の未来なんて遠すぎて無理だったのかなって思うんだ」


 僕が強くなれば見えるかもなんて話したけど、小学三年生が強くなるなんていってもたかが知れている。今の僕でも見ることができる未来を探すということで、とりあえず健太の家の今日の夕飯の未来を見ることにした。


「うちはいつも六時半くらいな」


「わかった」


 健太をじっと見つめて、今日の六時半をイメージし、目を閉じる。やがて頭の中に光が訪れ、光が消えるとともに映像が浮かび上がる。


「カレーかな。健太と健太のお母さんと、お父さんの三人でカレーを食べてる」


 浮かび上がった映像を健太に伝える。


「まじ? すげえ! ほんとに見えたんだな!」


「う、うん一応。でも本当かどうかは」


「やべえ、夕飯楽しみすぎる。ほんとにカレーだったら望の力は間違いなくは本物ってことだよな」


 いつも以上に興奮気味の健太。二人で議論して、考えて、正解のようなものにたどり着けて僕も興奮していた。だからこのときはどれくらい遠くの未来まで見ることができるかという検証をすっかり忘れてしまっていた。


 次の日、健太の家の前で合流するなり、健太は目を輝かせて言った。


「当たってた! ほんとにカレーだった!」


 確信した。僕の力は本物だ。今までは、そうかもしれないという期待半分、疑い半分の気持ちだったがもうこれは完全にそうなのだ。間違いない。僕は未来が見えるんだ。ワクワクが止まらない。


 これから何をしようか。テストの問題をあらかじめ知ることもできるし、一昨日の健太のようなピンチを救うヒーローにだってなれる。絶対に当たる占い師として有名人にもなれる。うまく使えばお金を稼ぐこともできそうだ。


 今日の夕飯を当てるなどという小さなことじゃなくて、世界を変える何かを成し遂げられるかもしれない。これからの僕は何でもできる無敵の人間になれるという自信が湧いてくる。楽しみすぎてなんだか体が熱くなってきた。


「望? おい、望!」


 頭がぼうっとして体に力が入らなくなった。呼吸が苦しくなり、汗も吹き出す。立っているのがつらくなり座り込んでしまう。


「望! 母さん! 望が大変だ!」


 そう言って健太は自分の家に戻り、母親を呼んできた。健太の母親から仕事に出る直前だった僕の母に連絡がいき、駆け付けた母に背負われて僕は自宅に引き返すことになった。健太も一緒についてきて、これまでのことを説明していた。遠のく意識の中で、一生懸命に説明する健太の声が聞こえていた。

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