第4章 僕は未来に会いに行く 中学生編
第44話 今の未来と
中学時代、放課後いつも真由と一緒に過ごした図書倉庫。真由は部屋の真ん中にある正面を向いた席、僕はその真由を横から眺められる横向きに置かれた入り口近くの席に座って、勉強していた。夏休みの数学の課題を二人してやっている。真由はもう半分は終えていて、僕はまだほとんど手を付けていない。
これから約二時間後、真由は学校を出て事故に遭う。
夢と写真以外で真由を見たのは八年ぶりだ。写真よりも鮮明に、夢よりも生々しく真由の存在を感じることができている。真由はそこに確かに生きている。ずっと眺めていたい気にもなったが目的を忘れてはいけない。僕は自分の身体に入り込んだ。
その瞬間、体に電流が流れるような衝撃が走った。体中に痛み、吐き気や高熱が襲ってくる。とにかく苦しくて僕は僕の身体の中でもがき続けた。
未来や過去を連続で見ると精神や肉体に影響を与えることは当然知っている。だから僕は苦しんで未来の世話になっていた。過去に戻るときも同じことが起こるのだ。
それもおそらく連続して八年間未来や過去を見ていたダメージが来る。未来は何故教えてくれなかったのだろうか。未来も一年ほど過去に戻っているわけだからこの苦しみを味わったはず。
いや、違う。いつかした未来との会話を思い出した。僕は突然死ぬのと、苦痛や恐怖を受けると分かって死ぬのはどちらがいいかと聞かれて突然死ぬ方を選んだ。だから未来は、僕が恐怖を感じないように何も言わずに送り出してくれたんだ。
否応なく襲い掛かってくる痛みや苦痛に僕は気を失った。
どれくらい時間がたっただろうか。僕は自分の身体が机の上に突っ伏していることに気が付いた。
「望君。起きてるー?」
真由の声がした。夢じゃない、はっきりと聞こえる。顔を上げると、真由が僕の顔を覗き込んでいる。
「真由」
「どうしたの? 大丈夫? 突然寝ちゃって、息はしてたからそのままにしておいたけど。私そろそろ帰ろうと思って」
目の前に真由がいる。それだけで大声を上げて喜びたい、抱きしめて離したくない衝動に駆られるが、僕は何とか理性を保ち目的を思い出す。
真由は帰り支度をしていて、時計を見るとあの日と同じ時刻だった。このまま真由を帰してはいけない。衝動も理性も同じ選択をした。
僕は立ちあがって真由を抱きしめた。
「わ! ど、どうしたの? 望君。ダメだよ、学校でこんなこと」
驚く真由だが僕はさらに強く抱きしめた。
「どうしたの? 怖い夢でも見た?」
僕は真由を抱きしめながら涙を流していた。それに気づいた真由が心配してくれている。
真由の体温を感じる。真由の匂いがする。真由の声が聞こえる。真由という存在を八年ぶりに実感している。
「うん。とても怖い夢。真由が車に轢かれて死んじゃうんだ。皆悲しんで、僕は学校に行けなくなって、外にも出ることはなくなって引きこもった」
「大丈夫だよ。私はちゃんとここにいるよ。生きてるよ」
「うん。でもこの夢には続きがあって、引きこもってどん底にいた僕を真由のいとこだっていう女の子が助けてくれるんだ。真由にいとこはいたよね?」
「うん」
「その子と友達になって、一緒に過ごして、楽しくて、真由のことも思い出すけど乗り越えて、でもやっぱり僕は真由のことが忘れられなくて。そこで目が覚めた」
真由を離して顔を見合わせると、真由は自分のハンカチで僕の涙をぬぐってくれた。
「私のいとこ、未来ちゃんっていうの。一つ年下で私と違って色んな人とお話しできて、仲良くなれて、すごいの。でもたまに未来予知してるんじゃないかって思うような行動をすることもあっったり、気まぐれな所もあったりで大変なときもあるけど、とっても良い子で一緒にいて楽しい子だから、いつか紹介するから友達になれるといいね」
「うん。友達少ないから助かる」
真由が涙をぬぐってくれたおかげで視界も良好になり、真由の姿がはっきり見える。僕が好きだった真由が目の前にいると自然と笑顔になった。
「もう大丈夫そうだね。じゃあ、また明日」
あの日と時間は多少ずれたがまだ安心はできない。もう少しここにいて欲しい。
「あ、待って、真由に教えて欲しい問題があったんだ。まだ塾の時間大丈夫だよね?」
そう言って数学の課題の中から適当な応用問題を見せた。真由は嫌な顔一つせずに丁寧に教えてくれた。引きこもり時代にひたすら勉強していた記憶が残っているから中学レベルの問題くらいは簡単に解けるのだが、真由の教え方はとても上手で、中学時代もよく教えてもらっていたことを思い出してまた涙が出てきてしまった。
結局真由は僕のことが心配で塾の時間ぎりぎりまで学校に留まってくれた。
時間になって帰る際、先生たちが話しているのが聞こえた。学校近くで酒に酔った老人が運転する車が電柱にぶつかる単独事故が発生し、運転手は大けがを負ったが一命をとりとめたらしい。
帰り道、電柱にぶつかって大破した青い軽自動車とその周辺で現場検証をしている警察を見つけた。救急車がいないことを見ると運転手はもう病院に運ばれたことだろう。
真由と一緒に歩きながら、図書室で借りた【予言】の本を取り出して最後の方のページを確認した。未来の言った通り下の方に小さな跡が付いている。
「その本。望君も気に入ったの?」
「うん。うまく言えないんだけど、未来を見せてくれたような気がしてさ。僕が主人公だったらって思うとすごく泣けてくるし。僕がさっき見た夢にも似てるんだ」
真由の目が輝いた。
「じゃあ、今度また一緒にその本について語り合おうね。望君の夢についても。きっとこの本を読んだから似たような夢を見たんだよ」
好きなものを語る真由は本当に楽しそうで、愛おしい。僕は無言で真由の手を握った。
「どうしたの? 今日の望君なんか変」
「そうかな?」
「うん、私に久しぶりに会えて嬉しいみたいな感じがする。昨日も会ってたのに」
本当に久しぶりに真由に会えて嬉しいのだから仕方がない。真由は変なのと言いつつもそのまま手を握っていてくれて、真由の家に着いて別れるまでそのまま歩き続けた。
「また明日ね」
「うん。ばいばい」
また明日という言葉は必ず叶う。
明日は生徒会長である修一郎が考えてきた脚本が発表されて、幸一が去年のリベンジで勇者役を再び演じる。勇者に魔王討伐を命じた王様は実は裏で魔王と繋がっていて裏切りが渦巻くストーリーとなっている。
僕も真由も勇者の仲間役だが、なんと真由の役は王様直属の部下で途中で僕らを裏切り、僕と相打ちで命を落とす。今年も脚本協力に真由が入っていて、修一郎が言うには、魔王と王様が裏で繋がっているアイディア以外はほぼ真由がメインで考えていて、それはもう楽しそうに書いていたそうだ。
一人になった僕は真由のお墓があった場所に行ってみた。当然そこには何もない。近くの公園では小学生が遊んでいた。あそこで三穂田さんに護身術を叩き込んでもらった。学校近くのスーパーの出入り口には予言者なんていない。スマートフォンの連絡先には未来の連絡先はない。未来の写真もない。
僕は未来の家がある方角へ歩いていた。僕らが住む地域からそんなに離れてはいない。中学校も隣の学区だ。いきなり会いに行ったら不審者だと思われるだろうか。でも真由を救ったら会いに行くという約束をしたからには会いに行かないという選択肢はない。
公立の中学校だから今日が終業式なのは同じはず。中学一年のときはテニス部だったと言っていたから部活をやってから帰ってくるなら今の時間がちょうどいいと思い、未来の家の周辺でうろついて待っていた。
「あの」
うろうろしているとテニスラケットが入ったカバーを持った中学生の女の子に声をかけられた。未来に間違いない。未来の未来より幾分か真由に似ている。
「あなたはもしかして、安積望君ですか?」
「うん」
「どうして、ここに?」
「未来で君に助けてもらった。君なら意味はなんとなく分かるよね?」
「未来で、私が望君を?」
「うん。僕はその後過去である今に戻ってきた。別れるとき約束していたんだ。過去の君、つまり今の君と友達になるって。だから会いに来た」
未来を見る力を持つ未来であれば詳細は分からなくても僕の言うことはある程度信用してくれるはず。それでも未来はうつむいたまま考えている。
「未来の私なら、望君と真由ちゃんがお互いに大好きなのは当然理解しているはず。それでも君と友達になりたいって願ったの?」
「うん」
「そっか、私告白もしてないのにフラれちゃったか。まあ未来の私がそう言うんじゃしょうがないよね。うん、友達になろう」
「よかった。ありがとう」
「未来の私に会ったってことは多分私の気持ちには気づいているよね? その上で真由ちゃんを選んでいるんだから真由ちゃん以外の人を好きになったら許さないからね。私がいくら可愛いからって浮気しちゃだめだよ」
「うん、それは大丈夫だよ。絶対に」
「結婚式には絶対呼んでね」
「真由のいとこなんだから、そりゃ呼ぶでしょ」
「真由ちゃんのいとこ枠じゃなくて君の友人枠で呼んで」
「分かった。友達少ないから助かるよ」
時代が変わっても未来は変わらない。昔から未来は未来だったのだと実感する。
「今度は真由ちゃん通して会おうね。隠れて会ったら浮気になっちゃう」
「うん。それじゃあ気を付けて。またね」
未来は僕に笑顔でピースを向け、自宅の方へ走って行った。
「未来は泣いてなかったよ。君と同じく、笑顔でピースしてた」
僕はもう出会うことがない未来の未来へつぶやいた。
必ず未来に会いに行く 高鍋渡 @takanabew
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