第24話 告白の後

 行く当てもなく屋上をさまよっていると、離れた所で二人並んで座り花火を眺めている姉と三穂田さんを見つけた。修一郎は生徒会男子と一緒にいるし、守山さんと一緒にいる並木さんの所にまた行くわけにもいかないので二人の所に向かうことにした。


 僕はそのとき泣きそうな顔をしていたらしく、二人は間に僕を座らせて話を聞いてくれた。


「真由に文芸部に入った理由を聞かれて、一目惚れしたからと言ったが花火の音でかき消されて、もう一度同じことを言う勇気はなくて適当に誤魔化してしまった」


「僕の説明を要約して言わないでください。恥ずかしいです」


 左側に座る姉は無言で僕の頭をなでた。右側に座る三穂田さんは無言で僕の背中をぽんぽんと軽く叩いた。


二人には色んな話を聞いてもらって、アドバイスをもらって、たくさんのことを教えてもらって、それなのに衝動的に行動した挙句、成功も失敗もしないという中途半端な結果に終わってしまい情けなくて落ち込んでいる僕を二人は慰めてくれた。


「ほら、ポテチでも食べなさい」


「チョコもあるぞ」


「うん」


「大丈夫よ。聞こえなかったんなら関係は変わらないんだから。これからまた頑張りなさい」


「そうそう。それよりお前が勇気を出してくれてちょっと感動したぞ。これからも応援してやるからな」 


「うん、ありがとう。トイレ行ってきます」


 二人の優しさで癒され、少しだけ落ち着くと尿意を催してきた。


 校舎の中は明かりがついていなかったが花火の光のおかげでトイレまで歩くくらいなら問題ないくらいの明るさはあった。しばらく歩くとトイレから人影が一つ出てきた。修一郎だ。


「望、俺、いいかな」


 修一郎が何を言いたかったかは少ない言葉でもすぐに理解できた。これから修一郎は姉に告白する。修一郎の前に自分にあんなことが起こるとは思ってもみなかったが、事前に見ていた未来がやってきた。


「頑張って。僕の分も」


「え? お前の分って?」


「あ、いやなんでもない。とにかく頑張って」


 危うく自分が不完全燃焼に終わってしまった分まで背負わせてしまうところだったが回避できた。修一郎の表情はいつになく凛々しく見えた。


 トイレを終えてもすぐには屋上に戻る気になれず屋上に続く階段の踊り場に座り込んだ。もう終わっただろうか。姉はなんて返事をしただろうか。


 花火の音にかき消されて、誰の声も聞こえない。僕はその場から動くことができず、少しだけ涙を流した。


 しばらく経つと花火の音が聞こえなくなった。


「青春だな」


 扉を開けて立っていたのは栃本先生だった。


「いっぱい悩みなさい。さ、片付けようか」


 片付けが終わり、皆それぞれ親が車で迎えに来て帰宅の途に就いた。僕らの母は仕事があって迎えに来られないため三穂田さんのお母さんが一緒に送ってくれた。姉も三穂田さんも車内では修一郎のことを一言も話さなかった。




 家に着くと僕は風呂掃除を始めた。家事は僕が手伝おうとしても姉がぱっぱとやってしまうため、僕ができることはこれくらいしかない。掃除を終えて風呂を沸かし、リビングに行くと姉がテレビを見ていた。


 地方のニュースではもうすでに先ほどの花火大会の様子が放映されている。僕の気配を察してテレビを見たまま振り返らずに僕に声をかけた。


「あ、ご苦労様」


「うん」


 姉は何も言わない。修一郎から告白されたはずなのにいつも通りで何も変わった様子がない。


「あ、幸一と茉美じゃない。手繋ぎながらインタビューなんて受けちゃって」


 テレビのニュースには見知った顔が映っていた。僕の友人の幸一と茉美と呼ばれた女の子は確か並木さんの友人のバスケ部の子だったはずだ。守山さんのつてなのか劇の練習にも参加していた。


「知ってた? 幸一が劇に出る理由。あの子が劇に出るって知ってたからなの」


「そうだったんだ。てっきり姉ちゃんのことが好きなんじゃないかって修一郎は言ってたけど」


 修一郎の名前を出すと姉はテレビの画面を消し、僕の方を振り返った。


「知ってた?」


「修一郎のこと?」


「うん」


「なんて答えたの?」


 姉はもう一度何も映っていないテレビの方を見た。テレビの画面にかすかに顔が反射しているが表情は読み取れない。


「どう答えるのが正解だったと思う?」


「え? 僕に聞かれても分からないよ」


「あんたには偉そうに色々言ってたかもしれないけど、私だって告白されたのは初めてだもの。正直何が正解だったか分かんない」


「なんて答えたの? 」


「修一郎のことはただの後輩としてしか見てなかった。好きとか嫌いとかそういうのを考える対象じゃない。でも優秀な後輩として信頼してるって言った」


 完全に脈なしだ。修一郎の内面でなく能力しか見ていない。姉が欲しかったのは修一郎という人間ではなく、頭が良くて要領の良い人間だったのだ。


「自分でもひどいこと言ったなって思う。好きだって言ってくれた人に対してあなたの能力しか見ていません、みたいな。もっと良い言い方があったはずなんだけどね。私としたことがテンパっちゃった」


 修一郎はきっと落ち込んでいるだろう。そして姉も落ち込んでいる。告白というのは残酷なものでフった側にもフラれた側にもダメージを与えてしまうのだと僕は初めて理解した。


 僕は並木さんに気持ちを伝えられずじまいでむしろ良かったのではないかと思った。


「お盆休みが明けたら修一郎のこと励ましておいて。私ももう少し別の言葉を考えておくから」


「分かった」


 こんなに落ち込んで、弱々しい姉は久しぶりだ。脚本で悩んでいたときでももっと元気があったはずだ。「そういえば」と言いながら姉は再び僕の方を振り返る。


「真由ちゃんも生徒会の二年生の男子に告白されてたな」


「え? いや、それはもっと早く言って欲しい。フ、フったよね?」

 

「あれはダメね。割と大勢の前で付き合ってくださいとか言っちゃって。真由ちゃんの性格考えたら一番やっちゃいけないこと。真由ちゃんたら美優ちゃんの後ろに隠れちゃって顔も見ずにごめんなさいの一言しか言わなかったし、他の女子からも白い目で見られてたし、もう一生真由ちゃんと会話することはないでしょうね。馬鹿な男だわ。あれに比べればあんたや修一郎は何倍もましね」


「よかった」


「真由ちゃんのフォローは美優ちゃんがやってくれるから安心しなさい。でも」


「でも?」


「この経験が真由ちゃんにとって恋愛っていうものを意識することに繋がるか、男への警戒を強めるか。休み明けは頑張らないとね。あ、お風呂沸いたみたいだから先行くね」


 ホッとしつつもこれからどうなるのかと不安にもなる。これが栃本先生の言っていた青春なのだろうか。


 自分の部屋に戻るとちょうどスマホにメッセージが届いた。知らない人からだ。


【こんばんは。並木真由です。どうしてもお話ししたいことがあって葵先輩に安積君の連絡先を教えてもらいました。今お時間大丈夫ですか?】


 並木さんからだった。驚きすぎて一瞬フリーズした後、名前を三度見した。いつか連絡先を交換できたらと思っていたが、こうも突然あっさりとできてしまうとは思わなかった。当然時間は大丈夫と返信する。


笹川ささがわ君のこと生徒会の女子の間で話題になってて、萌祢先輩の様子はどうですか?】


 笹川って誰だと思ったが修一郎のことだった。小学生の頃から修一郎としか呼んでいないから苗字を忘れていた。修一郎の様子ではなく姉の様子を聞いているのはきっと自分も同じ立場だからだ。フった側の人間の気持ちを並木さんも知りたいのだろう。並木さんが敬語なので僕も敬語で返した。


【もうちょっと言い方を考えればよかったって少し落ち込んでいました】


【教えてくれてありがとうございます。やっぱり萌祢先輩でも落ち込むんですね】


【並木さんは? 二年生の先輩のことは聞きました】


 返信が止まった。なんて返そうか悩んでいるのだろう。少し踏み込みすぎた気もする。十分くらいの間があって返信が来た。


【ああいうのは初めてだったので驚きました。うまくしゃべれなくて美優ちゃんの後ろに隠れちゃって。失礼な態度だったと思うので次に会うときにもう一度ちゃんと断ろうと思います】 


 それは追い打ちというか死体蹴りというか、並木さんの都合を考えずに突然告白するような不届き者だがさすがに可哀そうだ。でも面白そうなので止めないでおくことにした。


【もう一つ聞いてもいいですか?】


【はい。どうぞ】


【安積君が文芸部に入った理由ですが、私が聞き逃した方と、その後安積君が言っていた方とでは言葉の長さとか口の開き具合が全然違かったので違う内容だったのではないかと気になっていました。気のせいでしょうか?】


 さすが並木さんは賢い。姉に匹敵する鋭さだ。今度は僕がたっぷり時間を使って返信を考えることとなった。


【最初は違うことを言っていたんだけど、後から言った方も本当のことです】


【最初に言っていた方は教えてくれませんか?】


 もしかして聞こえていなかったというより聞こえたけど聞き取りづらくて確信が持てなかっただけなのか。そう思うと急に恥ずかしくなってきて、意味もなく部屋の中をうろうろと歩き始める。


 どれくらい聞こえていた? ある程度聞こえていたのならわざわざ改めて聞こうとするのはなぜだ。もういっそ言ってしまうか。でもまだやめた方が。


【カッコつけて恥ずかしいことを言ってしまったのでもう少し決心がついたら言います】


 先延ばし。結局まだ言うべきではないと僕の中で結論が出た。しばらく間があって並木さんから返信が来た。


【分かりました。いつか聞けることを楽しみにしています。今日はもう休みます。おやすみなさい】


【おやすみなさい】


 僕は大きくため息をつきベッドに寝転んだ。抑えきれないくらい心臓の音が聞こえている気がする。顔も熱くなっていて、並木さんのことばかり考えてしまう。もっとこうすれば良かったのではないか、あんな答えで良かったのかと一人で反省会が始まる。


 声にならない声をあげながら枕に顔をうずめて、姉が呼びに来るまでもがき続けた。

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