第41話 掌の上

 その場を三穂田さんに任せて、姉に自分の荷物を部屋から持って来させ、僕と大槻さんと一緒にホテルの外に出た。姉は十一時には会場に着きたいと言っていたが時刻はまだ七時。とりあえずは僕らの宿泊しているホテルに向かうことになり、その道中でこれまでのことを話した。


「要するに私を救うために未来ちゃんがこの時代にやってきて、望と協力して助けてくれたってことでいいの?」


「そうだね。大槻さんが来てくれたおかげで姉ちゃんや色んな人を助けられた」


 大槻さんは僕と姉の間に入って姉に頭を撫でてもらってご満悦。僕にも要求する目線を送っている。


「未来が見える力のせいでずっと引きこもることになったのに、その力で私を救ってくれるなんて、ほんとに未来ちゃんのおかげ。ありがとね」


 姉が今度は大槻さんを抱きしめた。


 いつも通りの姉といつも通りの大槻さん。その光景が今ここにあるのは大槻さんと僕が頑張ったからではあるのだが、僕はこの光景を手放しには喜べない。今日の大槻さんの行動がいささか不可解だからだ。


 最後に川田が入ったホテルにすでにいたことや、僕への指示がそのままとか予定通りとか様子を見てとか、まるで僕に自分で考えて行動させないような指示ばかりだった。


「大槻さん。聞きたいことがあるんだけど」


「ん? うんまあ分かるよ、聞きたいことは。ホテルで朝ごはんでも食べながら話そうよ。お姉さんも、私たちが泊まってるホテルはお金払えば宿泊客じゃなくても食べれますよ。バイキングだから好きなの食べ放題。楽しみだったんだー」


 抱き着く姉の腕の中から抜け出して大槻さんが走り出す。


「望もありがとね」


「いや別に、今までお世話になったから。大槻さんに教えてもらえて良かった」


「自由奔放だけど良い子よね。あの子といるときのあんたは楽しそう」


「そうかな」


「ほぼ毎日あんたの様子を見てきたから分かる。あの子に会ってあんたは立ち直った」


 それは本当にそうだ。大槻さんは闇の中にいた僕にとっての光で、命だけじゃない色々なものを救ってくれた恩人だ。だからもっと大槻さんのことを知りたいと思う。今日の行動のことも、もっといい男になったら教えてくれると言っていた僕を世話してくれる理由も。


 僕らが宿泊していたホテルのレストランに入り、各々好き勝手に料理を取ってきて座席に着いた。


「あ、飲み物忘れた」


「僕もだ。姉ちゃんもでしょ? 持ってくるよ」


「うん。じゃあ牛乳お願い。あれ、未来ちゃんのは聞かなくていいの?」


 僕は姉の希望だけ聞いて飲み物コーナーへ向かった。大槻さんが欲しい飲み物は聞かなくても分かる。朝はいつもオレンジジュースを飲んでいた。途中のパンコーナーにさっきは無くなっていたクロワッサンが置いてあったのでこれも持って行くことにした。大槻さんがパンの中では一番好きだと言っていた。


「はい。持ってきたよ」


「ありがと。あ、クロワッサンも持ってきてくれたの? 嬉しいなー」


「あ、ありがと……ずいぶん未来ちゃんの好みに詳しいのね」


「まあね。それより大槻さん」


 姉に色々詮索される前に真相を聞き出すべく、僕の正面に座って僕が持ってきたクロワッサンに丸ごとかぶりつく大槻さんからクロワッサンをちぎり取って小さくしてやった。


「あーひどい。全部一気にいきたかったのに」


「大槻さん、聞かせてよ。なんで最後僕らが入ったホテルにいたの?」


 小さくなったクロワッサンを飲み込んで 大槻さんは語り始める。


「美優ちゃんとの話がうまく行かなくて私たちだけで会場の外で川田を止めようって話になったでしょ。そう決めたときから未来が変わり始めた。まず初めに見たのは強引に川田を止めようとして君がナイフで刺される未来。今日と同じように路上で声をかけても川田が止まってくれないから腕を掴んだり足を引っ張ったりしたら怒った川田がナイフを取り出して君を刺した。しかもそのままライブ会場に入って事件を起こした」


「だから原稿を用意してその通り話すように指示をした? 」


「うん。葵さんにも君が絶対に先制攻撃しないようにきつく言っておくようにお願いした。そして川田にも何回も接触して、君の言葉を無視してちゃんとドームへ向かうようにクローバーや赤沼さんへの憎しみを増やしておいた。これは結構大変だったよ。赤沼さんへの憎しみを増やしすぎるとドームじゃなくて赤沼さんの所へ直接行っちゃう未来も見えたから、赤沼さんに川田に優しくしてあげるように助言して調整した」


「クローバーが無理だとなったら赤沼さんの所へ行くくらいに? 」


「うん」


「じゃあなんで川田は一度ドームに入ったのに飛び出してきたの? 」


「美優ちゃんにお願いしたんだ」


 守山さんは真由の友達だった人で今は東京で警察官になっている。一度協力をお願いしたが断られてしまった。


「何度も会いに行ったり電話をしたりしてお願いした。少し前に地下アイドルのライブ会場でバイトのスタッフによる窃盗事件があったでしょ? それを引き合いに出して、スタッフの手荷物検査もしっかりやった方がいいって運営会社に指導するように警察の上の方に進言してくれないかってね。美優ちゃんは若手も若手だから渋ってたんだけど、私も粘りに粘って何とかなったよ」


「それで鞄の中を調べられそうになったから川田はドームを出たのか」


「そう。あとは君にいい感じのスピードで追いかけてもらう必要があった」


「え? どういうこと? 」


「川田がドームを諦めたら赤沼さんの所に向かうことは分かっていた。川田には赤沼さんのSNSのもう一つのアカウントを教えていて、と言ってもただのクローバーの熱烈なファンをやってるだけのアカウントだけどね、そこにはライブ前日に宿泊しているホテルが書かれていた。それも私が赤沼さんに良い所空いてるよって教えたの。ちょうど萌祢さんや葵さんと同じになるように。それで赤沼さんが萌祢さんや葵さんと一緒にエレベーターから出てくる所で川田に赤沼さんを襲わせて、居合わせた葵さんに捕まえてもらう。遅すぎるとレストランに入っちゃって赤沼さんを守れないし、早すぎると川田が待ちきれなくて赤沼さんが泊まっているフロアに発炎筒を投げ込んで部屋の外に出てきた赤沼さんを刺しちゃうから、川田がベストなタイミングでホテルに入るように追いかける君の方を調節したんだ」


「そのままとか、様子を見てなんていう指示はそのため? 僕が転んで膝をすりむくことも見えていた?」


「そういうこと。なるべく誰も傷つかない未来を探していたらこうなった。君の膝小僧だけは守れなかったけど、勘弁してね」


 淡々と語り終え、再び大槻さんはクロワッサンにかぶりついた。


 全部大槻さんの見た未来の通りだったのだ。僕がメインで川田を止めて、大槻さんがサポートをする構図だったはずが、本当はすべて大槻さんの掌の上、僕でさえただの駒に過ぎなかった。大槻さんの未来や過去を見てそれを活用する力はやはり僕の何倍も上をいっている。


 驚きとか尊敬とか感嘆とか色々な感情を込めて大槻さんを見るとクロワッサンを咥えながらドヤ顔でピースを決めてきた。


「ちなみにどれくらい未来を見たの? 僕への指示とかちょっと変えたらすぐに未来が変わっちゃうんじゃ」


「君が見た回数と比べたらたいしたことないよ」


 たいしたことないと言っても大槻さんは僕が無理だと思っていた感情の操作に加えて、猶予が数十秒程度しかない時間調整まで行っている。未来を見た回数はたいしたことないなんて言える数ではないはずだ。僕は自分のことで精一杯で大槻さんがこんなに頑張っていることに気づいていなかった。


 お礼と償いをこめてクロワッサンのおかわりを持ってきてあげると、子供のように無邪気な笑顔で食べ始めた。



 かくして大槻さんがこの時代に来た目的は達成された。

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