第2話 物語の始まり

 召喚された直後に各々が直感的に理解したことがある。

 普段から共にゲームをしているから、似たような価値観だ。

 だから、同時に同じ言葉を発した。


「空きスロットがある?」


 人間に向けて、自分に向けて使う言葉ではない。でも、そう思えた。何かが欠けている。どこかに飛ばされた以外、何も欠けていない筈なのに。足りない。ゲームで物事を例えないヒトならば、こう言ったかもしれない。


 もう一つ次元がある?と言うかもしれない。

 ただ、人間が生きるのには三次元が望ましいし、実際に人間が住んでいる。

 だから、もう一つ軸を増やすわけではなく、もう半歩ズレているだけと言うか…


 そこに、『Brrrrrr』とポケットが揺れる。


「な…。電波がある…?」


 五人のうち、誰かが言った。全員が言ったかもしれない。

 その声と同時に、半歩ズレた世界が埋まった。空きスロットが埋まったのだ。

 そして…


「誰?イスルローダって…」

「アイツだろ。俺たちをここに転送した白黒悪魔…」


 イスルローダという知らない悪魔からの、メールが各々に届けられた。


『君たちはここより窮屈な世界で生きてきた。だから、その分…。大きな器が用意される』


 文章の始まりはそんな感じ。空きスロットが埋まった説明。そして、続いて綴られるのは、埋まった何かのことについて。

 例えば…


 レン

 スキル:大剣豪

 この世のすべての武具の装備が可能。

 膂力は人外のもの、体皮も頑強で力の篭め具合で鋼鉄も弾き返せる。


 例えば…

 

 アイカ

 ジョブ:神聖精霊騎士

 神の力を見に宿すので信仰系魔法の一部、精霊系魔法の一部が使える。

 神聖属性ならば、重い武具も扱える


 例えば…


 ナオヤ

 ジョブ:大神官

 信仰系魔法のほとんどを使いこなせる。

 神の加護を受けやすく、仲間もその庇護下に入れることが出来る。


 例えば…


 サナ

 ジョブ:大魔導士

 精霊魔法と悪魔系魔法の大半が使える。

 悪魔との交信が出来るため、習熟すれば召喚魔法も使用可能。


 っていうか、四人のソレはとても分かりやすかった。迷うことなく教えてもくれた。


 だが、ユウのスマホに刻まれたメッセージは──


 ユウ

 ジョブ:賢者。

 僧侶と魔法使い、両方の魔法を使える。魔法量は甚大。

 剣術や体術にも秀でて、古代言語も難なく読み解ける頭脳を持つ。

 ※但し、上記のジョブはユウ本人のパーティ追放後に解放されます。

 ※注意事項。以上のことは残り四人およびこの世界の誰にもバレてはいけない。解放前にバレた場合、ジョブは封印されて二度と出現しません。


「‼」


 ユウは即座に顔を上げ、四人の顔を見回した。

 四人はスマホとにらめっこをしたまま。理由は単に仰天したのと、この世界の常識を知らないせいで、意味が分からなかったから。

 ユウは米印のインパクトが強すぎて、直ぐに皆の様子を窺った。


「ジョブってのがさっきの空きスロットを埋めたのか。俺の場合は大剣豪…ってさ。これはなんかチートスキルっぽい。この世界の武具が全て装備できるって書いてある」

「レンが大剣豪?ガラじゃないわね」

「なんだと?そう言うからにはアイカ様はお似合いのスキルなんだろうな?」

「当然よ。アタシは神聖精霊騎士。正にアタシって感じ」

「は?」

「ふ、二人とも今は止そうよ。…僕は大神官。意味は分からないけど、僧侶ってことでいいの…かな」


 スマホ画面をドーンとひけらかすアイカ、負けじと画面を見せるレン。

 恐る恐る画面を見せるナオキ。

 その様子に目を剥くユウ。そこにか細い声で彼女は言う。


「え、えっと米印のとこもちゃんと読も?」


 そう。四人のスマホにもちゃんと※はあった。

 だけど、その内容は…


「注意事項。経験を積み、レベルを上げる必要ありってところね」


 ユウは目を糸のように薄くして、視線を悟られないように彼らの顔色を観察する。

 真実を話しているか、と。バレてはいけないと書かれている以上、嘘をついている可能性もあった。

 だけど、イスルローダからのメールを見せられた上、嘘をついているくらい分かる間柄から、友人四人は真実を語っていると悟った。


「で、サナは何を貰ったの?」

「わた…私は大魔導士…だった。なんか…恥ずかしい…」

「なんでだよ。サナは魔法使いに憧れてたろ」

「そ、それは…。子供の頃の話…だし。は、恥ずかしい…から」


 勿論、おかしな世界に飛ばされたのだから、怪訝な顔色には違いない。

 それでも、スロットに入ったスキルの話だけは、少しだけ明るい顔で話している。


 間違いない。俺以外はまともなスキルを貰ってる。…いや、俺だって凄いスキルに違いない。でも──


「ユウ?顔色が優れないわね。…ってか、それはそうよね」

「え…。うん、…やっぱ信じれないっていうか。その…」


 ユウは目を泳がせる。そして悟られないように画面を切り替える。

 どうしてスマホが動くのかは、悪魔にでも聞いて欲しい。悪魔は『精密機器、簡単に描ける仕組み、それらが悪魔にとって都合が良い』と答える。

 これから先もスマホは悪魔の力によって動き続ける。それを魔法硝板と名付けるらしい。


 とは言え、今は。


「あ…。多分、言葉とか生活の心配だよね。私も…そうだし」


 アイカの質問を、臆病が故に違う意味にサナが変えた。

 って言うより、彼女たちにはそっちの方がしっくりくる言葉だった。


「そりゃ、心配だけどよ。そういうのをひっくるめて俺たちを召喚したんだろ?」

「相変わらず、ナオキは強気だね。僕も不安だよ。…今の僕たちの会話って理解できているのかな?」

「私たちだって、聞き…取れるのかな…」


 ただ、もの凄く不安という訳ではなかった。こうやって話が出来るくらいだ。

 やっぱり仲の良い五人、全員がいるのは大きい。たった一人で知らない土地に来たのとは訳が違う。


 そんな五人の下に一人の女、同じくらいの年齢の赤毛の女がツカ…ツカ…と歩み始めた。

 そして。


「ようこそ。クシャラン大公国、アグセット辺境伯の娘、リーリアと申します。」


 彼女が日本語を話しているのか、それとも。


「リーリアさんね。アタシはアイカ。苗字はいいわよね」

「アイカちゃん。あの子、口の動きと言葉が合ってない…」

「それって…」

「はい。その魔法硝板の力で、音の波を言の葉に変えているそうです」


 魔法硝板スマホの力ということは、悪魔の力。それくらい出来てしまうのだろう。と、ユウは癖でスマホを取り出していた。

 起きている時間で、絶対に一番触っているのがスマホ。異世界に来て言うセリフではないが、親の顔より見ている気がする。

 だが、ここで同時に一つの事実を突きつけられていることに気が付いた。

 それを代弁してくれたのは、サナだったけれど。


「…それだと、このスマホがないとお話しも出来ないんですね」

「左様です。私たちも努力していますが、やはり異世界の言葉を理解するのは難しく。…しかも、伝承に登場する魔法硝板を持つ英雄が話したと伝えられる言葉とも違うようです。硝板無しに、会話は出来ないものとお考え下さい」


 ここで五人の目がひん剥かれる。


「えと。リーリアさんだっけ。その話っていつの話?」

「…確か、三百年前です」

「…ま、そりゃそうだな」


 そもそも、赤毛の女はスマホとは言っていない。悪魔だって、スマホが丁度良いと言っただけで別の何かで代用したのかも。いやいや、五人が来た世界と同じという保証はない。

 そんな落胆、だがナオキは何度か頷いて、こう切り出した。


「リーリアさん。その魔法硝板はお持ちですか?」

「いえ。召喚された英雄様はお帰りになられたので」

「あ、そか。でも、形とかって伝わっていない?イラスト…、っていうか模写みたいなのがあれば」


 すると、赤毛の女リーリアは、まるで待ってましたというしたり顔をして、部下に何かを命令をした。

 どうやらひそひそ声を拾う機能はないらしいが、そんなことはどうでも良くなる現実が待っていた。


「これ…。ナオくん…」

「結構、細かいところまで書いてくれてる。うん。僕の思った通りだね」

「ナオキ、もったいぶらずに教えてくれよ。俺にはさっぱりだ」

「そりゃ、レンはナオキの言われた通り機種変更したんだもんねー」

「うっせ」


 ユウもなんとなくナオキの言わんとすることが分かった。

 それは不思議の国に到着直ぐに現れた希望の光。でも、やっぱり彼の口から聞きたい。


「うん。ここのサイドボタンの位置。間違いない。十年前の機種だよ。きっとこっちの人たちは記号にしか見えなかっただろうけど、アルファベット。僕たちのと同じメーカーだよ。…勿論、日本で売られたものかは分からないけど」

「十年前まで分かっちまうのかよ。でも、中古かもしれねぇだろ。」

「レンは黙ってて。それに中古だとしても三百年前ってことは在りえないわ。つまり…、本当は十年前?」


 アイカはそう言って、白い眼を異世界住民に向けるがナオキは違った。


「ううん。世界の時間の流れが違う…と思う。ここでの三百年は僕たちの世界の十年なんだ。因みに、ものすごく細かく書かれてて、ホーム画面まで分かるからちゃんと十年前のものって言えるよ」


 流石はガジェット好きのナオキ。彼の中では何年の何月かまで特定できているだろう。

 そして、彼と仲の良い少女が言う。


「その…。ここに無いってことは、私たちも帰れる…ってこと…ですか?」

「ま、それが聞けなきゃ俺たちの状況は変わらねぇからな。…で、どうなんだ?リーリアさん、とやら?」


 すると赤毛の女はニコッとほほ笑む。

 彼女を信用できる何かはないが、なんとなく嘘を吐いていない気がした。


「はい。三百年前のデビルマキアを平定後、ローリアル大陸に渡った英雄たちは自らの世界に帰ったと聞いています。…とは言え、ローリアル大陸へ行くためにはデナアル大陸、つまりこちらの大陸を平和にする必要があるのですが」

「なんでよ。アタシは…」

「アイカ。取り敢えずは聞こうぜ。それになーんか面白そうじゃねぇか」

「申し訳ありません。ちゃんとお答えします。実は…ローリアル大陸に渡る道はここから遥か西にあるメリアル王国にしかないのです。テルミルス帝国と繋がりを持つメリアル王国は私たちにとっては裏切り者です。そして今追い詰められているのも帝国の手によるもので…」


 ここで伝承を簡単に教わった。

 結論としては、魔物の使役により東の大陸を征服しつつある帝国を潰さなければ、道へは辿り着けないということ。

 そして、元の世界の生活を考えれば、出来るだけ早く道に辿り着かなければならないということ。


 チートのスキルを使い、悪魔を使役する帝国を潰す。

 とても分かりやすい状況に、嫌々ながらも真剣な顔になる二人と、楽しそうな顔を浮かべる一人。


 と、まだまだ青い顔の一人。だから、こんな言葉がユウに投げられる。


「で、ユウのスキルってなんだったの?」

「あ…。そうだね。ユウ君の力も知っておいた方がいいよね」

「ってか、聞くの忘れてたな。んで、お前はどんなチートだったんだ?」


 仲の良い彼らのパーティを外れなければならない。

 追放されなければならない。で、それらをバレてはならない。


 追放され…なきゃ…。俺だけ帰れないって可能性もある…かも…。でも、追放ってどういうことすれば


 結局、良い言葉、良い嘘が思い浮かばなかった。

 

 だから、それっぽい嘘を言った。


「…お、俺。みんなより大したこと…なくて」

「は?いいから教えろって」

「う…、うん。そうだよ。僕たちも中身は分かってないし」


 だって、仕方がない。この国の法律が分からない。召喚された者の処遇を知らない。だから、とんでもなく幼稚な嘘。


「…どろ…ぼう」


 死刑とか、監禁とか、色んな刑があると思うけれど、追放ってどこまでのことをすればいいのか分からない。

 実際にはパーティ追放から、もっと考えないといけない。

 でも、良く分からないから、国を追放されたら、必然的にそうなるかも…


 いや、そこまで考えていたかどうか。今になっては分からないけど、反射的に俺はそう言った。


 だけど、これはこれで悪手でもあったってこと。


「泥棒…つまり盗賊だね。…うん。なんか、それっぽいかも。そういうスキルって必要だもんね」

「そ、そう…だよ。ユウ君は器用だし、ゲームでもスピードのあるキャラ選んでたし、似合ってる…かも?」

「レンのせいよ。チートとか色々言っちゃうから、ユウが言い出しにくくなってたのよ」

「…悪かったよ。ま、盗賊スキルは冒険者には必須だしな。ある意味、一番重要なジョブかもしれねぇな」


 そう。泥棒は悪いこと、でも盗賊と言い換えれば、なんかそれっぽい。

 ユウは初手から間違ってしまった。


 というのが、物語の始まりだ。

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