第40話 逃走、そして…
レンの中にも迷いはある。
それ故、彼は焦って巨大な鉄塊を手にしていた。
そして目を瞑って、えいや‼で済ませるつもりだった。
「境界に住まう名を失いし神。境界より御力を示したまえ。——アースクェイク」
「な…?」
空を飛んでいる魔法使いが居れば話は別だが、今は視界の中に強そうな奴が集まっている。
一番効果的なのは、大地の揺れだと思った。
そして、大きな得物を持っていたレンの動きが鈍ってくれた。
だったら次は…
「名を失いし雷神。境界面上に映し出された影。今ここに…」
ただ、流石は勇者様達。
白銀姫が異変に気付く。
「嘘、あれってリーリアじゃなかったの?…レン‼その武器から離れて‼今すぐ‼」
瞬時にあの日の出来事を思い出していた。もしくはあの事件は彼女の中で記憶に残りやすかったのかもしれない。
とは言え、ユウの口角は上がっていた。
「神の雷光を我に示せ…。スモールサンダー‼」
ユウの直上から真下へ。レンが手放した武器ではなく、自分自身への攻撃だった。
それもかなり加減したもの。
パンッ
「ぬゎ‼」という複数の声。その瞬間、体が少しだけ自由を取り戻した。
舐められたもので、…実際に舐められた力しか持っていないが、そのお蔭で案外簡単に自由を手にできた。
「あ?雷魔法だぁ?ユウ、てめぇ‼」
「いつの間に…覚醒してた?」
男二人、仲間?いや、元仲間。今なら心の底から言える。この二人は元仲間だ。
「覚醒できなかったよ。お前たち四人の誰かのせいで…」
「この野郎‼俺を騙しやがって‼」
「って‼さっきまで怖気づいてたのに、今は普通に攻撃って…」
一番近くにいたレンが、意味の分からない鉄塊を振り回す。
周囲には多数のカラーズ。そして何より勇者様達。
ってことはピンチ?…いや、それはどうだろう。
「折角、丸く収まってたのに。僕も、——ナオ・キャッスル‼」
大神官も攻撃魔法を持っていた。
ユウの直上に巨大な岩の城が発生して、そのまま圧し潰さんとする。
だけど、それは——
バコォォォオ‼
「ナオキ‼俺を巻き添えにするつもりか‼」
「違う‼そんなことは考えてないから‼」
近くにいたレンが自慢の鉄塊であっという間に粉砕していた。
元々、互いを牽制していた国々。そこに所属していた勇者たち。
「ユウ君。ゴメン、もう一度眠って‼サナ・スリープ‼」
「く…。この攻撃は厄介…」
別軸の攻撃は、障害物に関係なく飛んでくる。
イチイチ、あの内部世界を想像しないと、避けることが出来ない。
だが…
「サナ‼お前もかよ。俺達は仲間だろ‼」
「違…。私はレン君は…」
まだ、そこなのだ。それは仕方がない。
彼らもまたスロットに巨大な何かを入れている。
在り過ぎて、ソレが見えないのは仕方がない。
「今のうちに…。ここは心臓に悪いし…」
「ユウが逃げるわよ。ってあんた達、言ってる場合じゃないでしょ。アイ・シルフィード‼」
自らを加速させて、一気に距離を詰める。そして流石に今まで一番動いてきただけはある。
「リオール‼」
「分かってます。僕はこっちから…」
「大…レン撃‼」
「うわ‼」
「ちょっとレン‼邪魔をしないでよ‼」
「うるせぇ‼一丁前に男作りやがって‼」
「それはアンタが先でしょ‼」
「みんな‼ユウが逃げちゃうって‼…ナオキリングショット‼」
そこで再び大神官の攻撃。今度は神聖魔法の強力なエネルギー弾。
だけど…
「オーラバリア‼…ちょっと、お兄ぃ‼アイツ、ウチたちも狙ってるよ‼」
「成程。これが狙いか。帝都故に安心と思っていたが…」
「って、分析してる場合じゃないでしょ。アイツら、所構わずって感じじゃん」
濃紺カルド。薄紫カルタ。エイスペリアの王族の二人が居るのは必然。
彼らでなくとも、この地は帝都。しかも、勇者の魔法はバカでかい。
あっという間に闘技場がカオスに染まっていく。
「そもそも…。って、考えてる場合じゃないか。カルド、カルタ。助かったぞ」
「はぁ?アンタが処刑されるって聞いてたんじゃけどー?」
「カルタ。俺達も行くぞ。全く…、少年教皇は信用にならないな」
とは言え、一緒に逃げることは出来ない。
今は脱兎の如く、そして支離滅裂に逃げるべきだ。
「アイツらは一線を越えてる…。言っている内容は勇者を殺せば、世界が助かるってことだ。なら、俺じゃなくてもいい。だけど…」
ユウはまだ、ここから先を考えていない。
抑え込もうとする兵士たちの隙間を掻い潜り、どうにか逃げるしかない。
何より、この世界に来る前から、スマホの中身を知っていた。
盗み見れる状況じゃなかった。だったら、この世界は二周目。
しかも、この場合。世界の方じゃなく勇者の方が二回目なのだ。
「何処に行っても読まれる。俺が選びそうな場所を知ってる。そう考えるべき…」
だったら人の好さそうなカルドとカルタの所は駄目?いや、そういう意味ではない。
「三百年前にこの世界を救った中に…、俺とあの中の誰かがいる。その時と国が全然違うって言ってたから…」
「待ちなさいよ‼アンタが死ねば、全部丸く収まるの‼」
声が聞こえた時には横に吹き飛ばされていた。
チート勇者に敵う訳もない。こっちはカラーズですらない。
「丸く収まるって、本当にこの世界で生きていくのか?白銀姫」
「それしかないでしょ。このままじゃ、太陽が沈んでしまう。闇に包まれたらどうなるか、分かっているでしょ」
はぁ…。とため息が出る。でも、考えている暇はないから。
一旦、逃げるフリをして、からのぉぉ…
「こっちぃぃぃ‼」
「な‼舐めないでよ‼」
今までの動きから、白銀姫がオレンジ司祭とセットで動いている可能性が高かった。
だからって、オレンジ司祭の方にはいかない。
アイカの剣劇は確かに鋭いけれど、速いけれど。
あの時のユウとは違う。これは目の前の彼女の言葉。経験値を溜めてレベルを上げる。
「悪いけど、ミカン君よりお前の方が避けやすいんだよっ!」
勇者になり損ねた男はアイカを選んだ。
大きく沈み込み、飛び上がると見せかけて、そのまま剣の下を通過する。
この程度の動き、グレイ先生なら簡単に読んでくるけれど。
「嘘。本当に覚醒していないの?」
「してない。ってか、アイカ‼…その動きで世界を救えるのか?」
「だから‼それはアンタを殺して‼」
だが、彼女の剣はユウには当たらない。
心技体、体しか伴っていないのが今の彼女だ。
いや、だとすると。とユウは最後にこう言った。
「アイカ。俺達は三百年前、…多分死んでる」
「何、意味の分からないことを‼」
そして、最後に放った魔法剣まで避けて、ユウは彼女の視界から消えた。
正確には、クシャラン人の司祭が彼女を止めた。
「アイカ様。これ以上追ってはいけません。ここはもう敵国です。」
「敵国…。これで終わらない…ってこと…」
ユウという供物を失った今、彼女は敵国のど真ん中にいることになる。
これはナオキにもサナにも言えること。
「アイカさん。悔しいけど撤退だね。サナが危ないし」
「うん、ゴメン。私ももう、これ以上はいられないから」
「…そう…ね」
今回に限っては、ユウの逃亡はかなり容易なものだった。
そして、彼の残した最後の言葉がアイカに圧し掛かる。
「あのさ…」
「ん?どしたの、アイカちゃん」
「私たち…、…ううん。何でもない。これから先のことを考えなくちゃ」
□■□
こんな感じで、ユウは正真正銘。
パーティから離脱を果たした。プロ賢者どころか、ただのユウだったと判明したのだが。
ぐぅぅぅぅ
「完全離脱成功。そして得た者は…お尋ね者の称号。持ち物は学生服だけ。なんでこんなことに…」
お腹を押さえて、項垂れる。
最後にアイカに話をした通り、この世界で一度死んでいるのは間違いない。
たった一度か、何度目かは分からない。でも、恐らく一度。しかも三百年前。
「じゃないとこんなに正確には伝承は残らないし、計画も実行不可能だ。恐らく、最初から、ある程度の幅を持つ計画が進行していた。…反応的にアイカっぽくはないけど、まだ分からないな。とにかく俺は死んでる。それは間違いない」
本当に死んだのか分からない。でも、向こうはスキルの特性を知っていた。
その事実がある以上、そう考えた方が良い。
そして、もう一つ。自分が死んだと確信できることがあった。
「その時の俺は多分、賢者だった。あのでっかい容量の何かを持っていた。…でも、この世界に賢者はいない。俺のスキルは賢者でも、真の意味の賢者じゃなかった。もしくは志半ばに死んでしまったか…」
帝都マルズの端。崩れた城壁に座って何処に行こうかと考える。
城壁の内側は聖火のお陰で魔物はいない。でも、城壁の外側には蠢く何かがあちこちにいる。
「今は考えても仕方ない。何処へ向かうのが俺らしくないか…か。でも、やっぱり行くべきは…」
一度、西を見やる。そこは紫の壁がそそり立つ。
ユウは肩を竦めて、溜め息を吐いた。
「アレはグレイとマリア、インディケン先生が何とかしてくれる。あぁ、多分リーリアもか。あっちはそういう因縁だから、俺はアイテベリア…かな」
未完どころか無冠の勇者は反対側を向いた。
インディケンの出身国、既に帝国に併呑されているが、アイテベリアという国があった場所だ。
因みに、そこに行く価値は大いにある。
「先生は色々知ってた。その痕跡が残っているかも。それに…、国があったってことはあの地は人が住めるってことだ」
「そんじゃ、ウチも行ってみようかなー」
「へ?」
夜、この世界に月は出ない。
だからこそ、聖火が必要となる。
その炎で、鮮やかに生える薄紫の髪。そして
「妹が行くなら俺も行かなければな」
本来は濃紺だが、炎の影響で少し紫がかって見える髪。
「はぁ?なんで、お兄ぃもー?」
「いやいや、なんでお前たちがいるんだよ‼」
「へ?ついて来ただけだけど」
「そして俺はカルタをストーカーしていた。ふっ。妹をストーキングする。なかなか、良い趣味だとは思わないか?」
「思わねぇよ‼…って、なんでついて来た」
っていうか、全然気付けなかった。やっぱりあの時、オレンジ頭ではなくアイカに突撃したのは大正解だった。
火力は勇者が圧倒的。だが、小手先の技術は異世界人の方が圧倒的。
生まれた時から異世界に居たんだから、使い慣れているというだけだが。
「なんでって。そういう流れだったじゃん」
「流れてねぇよ‼」
「嘘じゃんよ。てか、あの流れで逃げ出せる奴って面白そうじゃん」
「そりゃ、組み合わせが良かったからだよ。お前らは帝国側だろ。だったら…」
「まぁ、そう言うな。カルタが自分から行動するなんて珍しい」
「お兄ぃは関係ないー‼」
「いや、それがそうでもない。イブクラウス家の祖はアイテベリア人だったと聞く」
少しカールした濃紺の髪をチリチリと指で触りながら、男は遠い目をしてそう言った。
沢山、カタカナを出して欲しくないのだが、と思いながらユウは聞き返す。
「イブク…、なんだって?」
「エイスペリアの王族の一つの姓だ。俺達の母の家名だ」
「えー。それ、初めて聞くじゃん」
「ん。カルタも知らないのか」
「当然じゃん。ウチたち、少し前まではデナン信仰国だったじゃん」
「あ、そか…」
とは言え。やっぱり首を傾げる。
「それ、関係なくない?王子とお姫様が国を出ちゃ不味いだろ」
「何を言う。エイスペリア王国は一夫多妻制。そもそも、俺達が国の西に居たのを忘れたか」
「そうそう。単にウチたち暇なんよー」
「暇って…。俺は遊びに行くんじゃないぞ」
「では、どうして行く」
きっと、赤毛の少女がいたら怒られていただろう。
「この世界を知る為だ。気になることが多すぎる…って、何?」
間違いなくリーリアに言われるだろう。異世界人を舐めるな、と。
実際、この言葉を聞いて、カルタは薄紫の瞳をキラキラと輝かせた。
「ウチも‼ユウ、ウチも一緒に連れてって‼」
「なら決まりだな。黒髪の。俺達は東へ向かうぞ」
「って、なんでカルドが仕切るんだよ‼…ぐぅぅぅ」
どう考えてもおかしな繰り返しをしている世界。この世界の住人だって気になるに決まっている。
そして、偶然というか必然というか、ユウのお腹が再び悲鳴を上げる。
「お腹空いとるん?んじゃあ、ウチの手作りサンドイッチあげるから、一緒に連れてって?」
「う…。それは俺が狙っていたもの…。が、しかし。これで決まりだな。カルタのサンドイッチに動かせぬものはない」
よく分からないカラーズの兄妹。
さっきの流れで言えば、ユウを殺せば世界は救えるというのに、この二人は。
だけど、こればかりは敢えて口に出して言おう。
「…うーん、それはそう‼」
やっぱり、カルドが結婚できないのはカルタのせいだったらしい。
「じゃ、決まりじゃね‼」
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