第三章 プロ賢者の異世界探索
第41話 やっぱり賢者は生まれない
「境界に影を落とす名を失いし神、熱い心を狭間より顕現せよ。…ファイアシャワー」
闇に蠢く者、それは人畜に害を及ぼす存在。及ぼさない存在はきっちり使役の暗鎖で括り付けられている。
話によると役所に届出を出して、体のどこかにナンバープレートを付ける義務があるらしい。
それを知った時、…なんか、拍子抜けだ。とユウは思った。
そして同時にもしもここに召喚されていて、魔物が居なくても十分に作物を育てられる奴らが、お前たちが悪の根源だ‼と戦争を仕掛けてきたら、立ち向かう自信がある。
でも、何も知らない状況で、どちらが受け入れやすいかと言われたら、魔物を使役していない側だろう。
デビルマキアなんて言葉を添えられたら尚更だ。
「ふふーん。それじゃウチもやってみる‼」
「いや、カルタはさ…」
「大丈夫、覚えたけん…。行くよ…」
薄紫の髪をピンで留めた、何故か学生服に似た衣装を纏う魔法使い。
何故かって、三百年前に訪れた勇者が高校生で、そいつらが知ったかをして、色んなものを残したのだ。
例えば食べ物とか…?俺が前に言った、異世界に食文化革命起こした奴って俺のこと?マジでいきってんじゃん。もっと前の誰かであってくれ…
と、食文化のことはさておき、ブレザーの上に袖長めのカーディガンを羽織ったカルタ。
彼女は長い袖を少し引っぱって、右手を突き出した。
「えと、——教会の影に隠れ、ウチを覗き見る名を知らぬ者‼…大地にいかずちを落とせ‼」
「って、違ーう‼絶対それ、お前の兄貴だし!!」
「畏まった‼我、力を奮おう。サンッッダァァァァァァ‼」
「んで、お前が撃つんかい‼」
バリバリバリバリ、ドドドドドドドドドドドド‼
「どう⁉」
「どうだ、ユウ。カルタは物覚えが良いだろう。何か、ブツブツと言っていたが」
ユウの魔法よりも圧倒的。荒野が殆ど焦土と化して、蠢く何かも焦げ土と一つになった。
「どうって…。いや、なんでもないかも。原理としてそういうことだろって、俺も思ってるし」
元々、こっちの世界の人間は魔法名のみで奇跡を起こせる。リーリア、インディケンから聞いた魔法の原理は、…世界とのコンタクト。
「もう、いじけんとって?ウチが悪かった。本気出し過ぎただけじゃん」
「…いじけて…ないし」
「お前は無能だと聞いていたが、あの時と随分違う。それは誇って良いことだぞ。勿論、いじけて当然だ。妹の才能が素晴らしすぎるが故」
実はちょっと違う。
赤毛の少女は勇者を復讐の道具にしようとしていた、という明快な悪意があったことだ。
彼女は過去に帝国からとても酷いことをされた。だから、勇者を使って帝国を倒そうとし、その結果三人もの勇者が反帝国についた。
リーリアは最後に少しだけ話をしてくれた。
帝国の貴族、顔は忘れもしない。私の本当の両親、家族の仇…。そして私の体を…。
復讐することが彼女の目的。
彼女には悪いが、その復讐心は信頼することが出来た。
今も多分、リーリアなら何ともなく会話が出来ている。
でも、俺の人となり、前の世界でどんな人間に惹かれていたかを知られていたら。
レンとアイカはドンピシャだ。生前…じゃなくて、前の世界で好きだったキャラクターに似てる。
だったら、レンも前の世界で死んだのか?いや…。でも、レンの場合は誘惑魔法だし…
「ってか、教会って何なん?神聖魔法?」
「教会じゃなくて、境界だよ。俺が表現しうる、この世界の形なんだ。天と地、水平線が果てしなく続く世界。先生が自分なりのイメージを持つことが大事って」
「その先生とやらがアイテベリアの生まれ…か。成程、俺も興味が湧いてきた。勿論、カルタの次…」
「ユウ。片付いたことじゃし、ちょっと休む?」
ユウは、二人をどうしても疑ってしまうのだ。
こんなに良い人なのに、誰かの手が加わっているのではないか、と。
レンは確かに惚れやすく、軟派な性格をしている。いや、もしかしたら三百年前に似たようなことをしたのかもしれない。
アイカも同じ。そういう人間と恋に落ちたのかも。だって、十年もここに居たんだ。
「…十年?」
「流石に十年は休みすぎだ。それにお前は…」
「お兄ぃ。ウチは気にしとらんよ」
そして、こんなの簡単に気付けるわけで。
ただ…、もしかするとこの境遇はあの二人よりは随分マシかもしれない。
「とは言え、俺が気にする。俺達に別の命令が下っているとしたら、あの時点でお前を殺している。俺のことは疑っていいが…」
「…うん。そうだよな。ゴメン。カルタ、カルド」
アイカとレンは、この地に留まるかもしれない。
勇者の子供たちはカラーズとなり、この世界での影響力を持つ存在となる。
そして、家族の為に勇者は他の勇者を殺さなければならない。
そんな彼らは勇者。だから、それだけでは済まない。
自分の命もやはり狙われる。
だったら、単に命を狙われるユウの方がマシ、かもしれない。
「いいよー。ウチ、気にしてないし。っていうか、魔法唱えるのにそういうの意味あるん?あるんじゃったら、ウチも取り入れたいんじゃけど」
「いや、どうかな。俺って少し前まで容量不足だったから、地平の境界、ほんの少しを使ってたんだ。そのイメージが癖ついているっていうか。多分、カルタは世界の認識を無意識にやってるから、そのままでいい」
インディケン先生と話し合って、一緒に考えて、辿り着いたのがあの夢のイメージだった。
封印までは辿り着けない、精神魔法の牙。だったら、その間を使えばいいんじゃないかって考えた。
今はその封印は綺麗さっぱり消えて、伽藍洞だ。
でも、最初に覚えたやり方が癖になっている、というか染みついてしまった。
「成程、良い師を持ったということか。魔法を使わない医術とは。剣闘士文化もなかなか悪くはないのだな」
「アレが勇者と勇者の戦いを昔の人が模倣したものだったなんて…。つまり軍神マリスは過去の勇者だったってことか」
名前が残っているということ、魔法硝板で聞き取れるということは、古い神ではない。
当時の勇者の死が世界を救った。だとしたら…
やっぱ、失くしてから後悔するやつじゃん‼当たり前のように存在していた喪失感ってやつ⁉本当は別の手段が在ったかもしれないとか、…やっぱ考えちゃうよ。そもそも、あの中に何が入っていたんだよ。俺は世界のどこまでを理解していたんだよ。
「そもそも、無能じゃないじゃんね。チート能力はないっぽいけど?」
「あ…、そうか。アイカもレンもナオキも…サナも。チートを持っているから、みんな三百年前に居た。…でも、それって」
「ユウ。考えている場合じゃないかも。ウチのさっきの魔法がおっきすぎて見つかっちゃった!」
「流石は我が妹。成程、あれほどの広範囲の落雷は見たことが無いからな」
「…だから、アレは…って、ツッコむ暇もないか」
さっきの大魔法で帝都の兵士に見つかってしまった。
カルドとカルタが何を考えているかはさて置き、黒髪のユウを殺せば取り敢えず世界が助かる。
デビルマキアは太陽の光が無くなるから起きる。
だから、勇者を見つけたら世界の為に殺すべき、と誰もが考えているらしい。
「不味いな。せっかくここまで逃げたのに、例の車並みの馬だ。ヘッドライトみたいなのも付いてる。アレに追いかけられたらどうしようもない。…ん?そう言や、前に二人とも空飛んでなかった?」
「えー?いつの話ー?」
「もしかして天馬に乗っていた時の話か。俺達は馬車で来たが」
「それってウチが魔箒に座ってた時の話?持ってきてなーい。箒って見た目ボロいし、邪魔だし」
そうらしい。
と言っても、ユウには関係ない話だった。
そもそも…
「…あのさ。二人共、どっか行ってくれる?」
「行かないもん。ウチ、ユウと一緒に大発見するんじゃし」
「ならば俺もだ。俺達に気を使うなと言っている」
あぁ、やっぱりこの二人はどこか普通だ。とても居心地が良い。それに一度命を助けられ、さっきはサンドイッチに胃袋を持っていかれ…
いやいや!!だって、今追われているのは!!
「って、そうじゃないから‼お前たちの髪が光りまくって、居場所を教えてるんだよ!!」
聖火もない荒野。先程雷光はあったかもしれない。
でも、今向かっているのは間違いなく、濃紺と薄紫の光を目印にしている。
黒髪のユウだけなら、月のない暗闇に紛れることが出来るのに。
「あ、そか。でも、ウチは魔法使い。こういう時の魔法じゃろ…。さっきの続き!!闇夜の壁、その向こうにて、耳を澄ましてウチを覗き見る者。…今こそウチたちを隠す壁となれ!!」
「そ、それっぽい!!流石、カラーズ。詠唱もしっかり──」
「承った!!…ウーンドウッドウォールゥゥ!!」
「って、やっぱ兄貴じゃねぇか!!」
だが、そのカラーズとしての力は本物だ。
たちまち、地面から所々小さな穴の空いた木製の巨大壁がそそり立った。
その魔力は殆どスッカラカンのユウでもはっきりと分かる程に協力。
「流石、お兄ぃ。ウチの子供の頃からの悪夢に気付いていたのね…」
成程。彼は愛する妹の命令で進化をはっきりする具現化系の能力者…
「ってそんな世界観じゃないから!!いつから異能バトル系になったんだよ!!具現化系とかじゃなくて、魔法だから!!」
「ユウ、さっきから煩いんだけど。ウチとお兄ぃの魔法の意味がなくなっちゃうじゃん」
誰のせいでこうなった?誰のせいでツッコミを入れたと思っている、と更にツッコむ時間はなかった。
「カルタ、ユウ。この先に廃村がある。おそらく廃教会もある筈だ。急いでそこに隠れるぞ」
「分かってる!お兄ぃも遅れちゃ駄目だかんね」
ユウは突然、カルタに手を握られて引っ張られた。
嬉しい気持ちはある。けれど、そもそも二人が居なければ追われることも無かった。
剣闘士時代に何回誘拐されかけたことか。
でも、2つの意味で目を剥いた。
なんか、アイカにもこんなことをされた…っけ
そっか…。十年も居たんだ。やっぱり俺達の子孫もいるんだよな。それって凄く変な感じだけど…
「ユウ、ウチの魔力に乗っちゃって!!」
「…分かった」
「風よ…、ハイ・シルフィード!」
そして黒髪の魔法硝石を持つだけの勇者の体も加速する。
邪魔な封印が失くなったから、あの時よりも簡単にバフ魔法が染み渡る。
三百年…。例えば俺達全員が子孫を残したとしたら?
全員が異世界の人間と結ばれたとし、三十歳までに三人以上の子供を残したとすると…。
いや、そんなことより重要な決め事があったじゃないか。
──勇者達は皆、貴族階級として扱われる。
「制度なんていつでも変えられる。…今は考えない。ん、分かった!カルタに惚れないように気を付けるよ」
そう言や、アイカってあんな事言うキャラだっけ?やっぱ、気持ちが大きくなるのか
あの時を思い出し、そんなことを考えていたら。
あの時と同じように、突然繋いでいた手が何処かに行った。
そしてあの時とは違い、藁束ではなくボロボロの家と衝突した。
「ぬわぁ!!って、そか。あの時よりバフが掛かりやすいから…」
「ちょ、ちょい待ち!!と、突然、そんなこと言わんとってよ!!ウチ、ビックリしちゃったじゃん!!」
髪の色から、別の誰かを想像していた。
でも、カルタには白銀の血が流れているのかもしれない。
「大丈夫だって。今の衝撃で何を言ったか忘れたから」
「ちょ、何なんそれ。まぁ、いいけど…」
言うなれば、三百年後の子孫。
この意味はこれから先考えないといけない。
でも、今一番重要なのは。
一番ショックを受けたのは、妹の知らない顔を見てしまったカルドだが、一番落胆していたのはユウに違いなかった。
自分たちの子孫が、それ以前の勇者の子孫を含めて貴族になっていて、未だに世界は変わらない。
賢者はやっぱり生まれない。そして何より…
「薄々気付いていたんだけど…。いつか、どっかでツッコもうと思ってたけど今言うわ。…お前達、普通に日本語を喋ってるよな」
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