第42話 国の配置がえ

 ユウを処刑するための停戦、そして帝都での会合。

 四人と彼らの側近達は、南北の教皇は、その成功を信じて疑わなかった。


「何なんだよ。レンのやつ、全然纏められてないし!!」

「仕方ないよ…。レン君はレン君で大変なんだと思う」


 ナオキとサナは、レンとアイカとその他諸々の動きを見て、直ぐにユウの処刑を諦めていた。

 停戦中のエイスペリアを素通りし、マイマー領とセムシュ領の間で馬車を停まらせていた。


「確かに、北の教皇の方が力を持ってたのは、僕も分からなかったことだし。カラーズがあんなにいるのは誤算だったけど…。でも結局、レンにその覚悟がなかった。それだけはハッキリした」

「それは…。うん、そうかも…ね。大…丈夫…だよね?」


 そこにはマイマー領の教会があり、南北を繋ぐ道路にも近い為、クシャランの首都よりも圧倒的に便利だった。

 そもそも、ここが教皇より守護を任された彼らの地だ。マイマー領は領主不在、セムシュ領の半分が没収され、それらが大神官とその側近サナに与えられた。


「だ、大丈夫だよ。だって、アレはある意味で突然現れたチャンスでしかないし。予定は順調だよ。ちゃんと世界を救う為に動けてる…。うん、それは間違いないんだ」

「本当…?世界を…救える…」

「と、当然だよ。これが僕たちが出来る精一杯なんだ。後はサジッタス公国を味方に引き入れたら…、うん。大体完成かな。こっちはなんてったって太陽を抱えてる。絶対的に有利なんだ」


     □■□


「兄上、首尾よくやりましたね」

「あぁ。お前に美味しいとこ持ってかれっぱなしは性に合わないからな」


 ナオキ、サナ。二人とアイカ達の帰還の時間差が、現場に大きな混乱を齎していた。

 そそくさと帰った二人と、カラーズを伴ったアイカの神聖騎士団に挟まれる形となったエイスペリア王家は、あっさりと自領を明け渡す形となった。

 これは無血勝利と言っても良い結果である。そも、エイスペリアのカラーズは帝国領に殆どが残ったままだった。


「なんか分からないけど、俺はこの地の守護を任された。アイカ様に留まるように言ってくれねぇか?エイスペリア司祭長さま」

「だ、そうです。どうします、アイカ様」

「どうって…。これが国の形が変わるってこと…?めちゃくちゃって程じゃないけど」

「アイカ…様?」

「ううん。何でもない。勿論よ。事実上、戦争には勝利したわけだし、この地の民も救われるのだし…」


 以前にも触れたが、エイスペリア王国は北側に多くの人間が住んでいる。

 北西にオーテム山、北東にコーベルス山。それらの山が齎す恵みが人々の生活を支えている。

 これらが生み出す川も一部海に流れるが、内陸ではそのまま枯れている。

 そんな中、南部を開拓しなければならなかったのは、人口増加に加えて、太陽のエネルギー減少による不作が原因だった。


「デナン神国から物資を送ってもらいましょう。ケルシュ・ビードル。アンタはアタシに恩があるわよね?今すぐ、ワーケルリヒ姉弟と一緒に物資を持ってきなさい」


 アイカは狼狽していたとは言え、水色髪の彼の命を繋いでいた。

 言わば、命の恩人の一人である白銀姫。だが、男はその短髪をゆっくりと横に振った。


「おいらの蘇生をしてくれたのは、…失礼ながらナオキ様っす。ですから…」

「ですからも何も。応急処置がなければ、間に合わなかったでしょう。それに今ここでその話を出す意味が分からないわよ」


 サジッタス公国の三人のカラーズ。

 神聖騎士、司祭そして重装歩兵の三人。

 彼らが居て助かったと思えたのは、最初のうちに食料を分けてもらえたことくらい。

 後は、何の役にも立たない。ピッタリと離れないから逆に邪魔な存在だ。

 そんな邪魔者の一人、女は軽くお辞儀をした。


「意味…ですか。リンネの本当の役目は、…貴女様の見張りです。その報告にと参っただけです」

「やっぱり。でも、それなら問題ないわよね。貴女たちの親玉のナオキの方が先に帰ったくらいだし?」


 魔女のように長い、青紫の髪。その隣には同じ色の短髪の男。

 その男が肩を竦めて、片方の眉を上げた。


「問題ない?…どこがだよ。作戦は大失敗じゃねぇか」

「アレはどう考えても、怖気づいたレンのせいよ。アタシだって頑張ったでしょ。エイスペリアのあの二人に邪魔されて、ユウに逃げられたのは認めるけど。でも、それは…」


 ナオキとサナは客席から全く動いていない。

 実働部隊はレンとアイカ。失敗と言うなら、誰が働いてなかったか、もう一度考えるべきだ。

 勿論、それはアイカの目線での話だったわけだ。


「帝国に行った金色の勇者。…どうして殺さなかったの?」

「てめぇにゃそのチャンスがいくらでもあったよなぁ?」


 半眼で睨むゲイツの言葉に、白銀姫は目を剥いた。


「そんなの予定にないじゃない」

「予定は勇者の処刑。出来れば、覚醒していない勇者より覚醒している勇者の方が望ましい…」


 隣の姉はあの時の状況を振り返っているのか、目を瞑ったまま喋る。

 弟と同じ色の髪、その女をアイカは睨みつけて言い放った。


「後の方はアタシ、聞いてない‼だって、そういう流れだったじゃない‼ユウをおびき出せそうだから、眠らせてそのまま…」


 それが今回の計画の全容と、思っていたのは彼女とレンだけだった。

 というのもあり、ゲイツは三白眼でアイカと初顔合わせの時の言葉をリピートした。


「おいおい。てめぇは本当に勇者かよ。ナオキ様とサナ様はちゃんと金髪男にも攻撃してたろうが」

「それはだって…。魔法の特性で…。二人は後衛で魔法範囲も広いから…で」


 そんな風に考えてもいなかった。そんな話も聞いていない。

 でも、自信たっぷりに言われると。呆れた顔で言われると、そうなのかもと思えてくる。

 そも、勇者が死ぬことで生まれるエネルギーが必要だった。


「それでも、ちゃんと攻撃されてました。あの時、本当は未覚醒勇者より、金色勇者を殺すべきでした。一番近くに居たのは…、どなたでしたっけ」


 まだ、瞑目したまま。嫌味な女。

 逃げるユウではなくて、共に追っていたレンを倒しても同じ結果が得られた筈。

 それどころか、ユウを倒したことで本当にそんな力が得られるのか、実は疑わしい。

 抜きんでたチート能力を持っているから、その話も信じられるというもの。

 更に…


「…そうそう。リンネはちゃーんと覚えてます。金髪男と以前お付き合いをされていた…とか。まだ気持ちが残っているのですよね?同じ女ですから分かります。…悪いのは全部、盗んだ女の方ですよ。リンネもそう思います‼」


 もしかしたら。いや、もしかしなくてもあの時は…

 でも、こんな話をリオールの前でして欲しくない。

 元の世界、今の世界。二つの記憶が心をぐちゃぐちゃと踏みつける。


 アタシにはもう関係ない…のに…。アイツはもう…。でも…


 それは否定できなかった。あの時は自然な流れで協力した…けれど


「姉貴。なんで、同情してんだよ。んなもん関係ねぇ。コイツは帝国と繋がってる。それで充分なんだよ」

「愚弟、今は黙るところ。…でも、愚かな弟ですが言う通りです。世界の為を思えば、私情を挟むべきではありません」


 目が剥かれ、瞳が揺れる。

 でも、こんなの…


「デスゲームじゃないだから‼アンタたちだって十分に戦えるんでしょ」

「戦えます。ですが、伝承では推奨されていません。リンネらが勇者を殺しても、得られるエネルギーは少ないと言われています。そして勇者同士の戦いでは莫大なエネルギーが世界に送られる…とも」

「何…それ…。本当にデスゲームってことじゃない…。こんな世界…どうして」


 頭が揺れる。体も…


「そこまでです。アイカ様は十分に頑張っておられます」

「そうだぜ。ってか、三人で一人を虐めるって、お前らも相当性格悪いな。あぁ、サジッタスの人間は生まれつきだったか?」


 女勇者の目の前に兄、レオス。

 白銀姫の後ろから支えるのは弟、リオール。

 二人はアイカのプライベートの話に、少しだけ遠慮をしていた。

 ただ、流石に彼女の心の限界を感じて、咄嗟に割り込んできた。


「別に?それにケルシュは参加してねぇし、二対一じゃね。それに事実を言ってるだけなんだが?てめぇらこそ生まれで判断しやがって、失礼過ぎんだろ」

「とにかく。アイカ様はやるべきことをやられた。これ以上言われる筋はありません」

「説明もしてなかったみたいだしなぁ」

「確かに。それはサナ様も仰られておりました」


 リオールはアイカの肩をそっと抱き、ゆっくりをその場を離れる。

 そしてレオスは仁王立ちで立ちはだかる。


「んじゃ、文句ねぇよな」

「あ?これは世界の話なんだが?」

「ゲイツ‼…とは言え、失敗は失敗です。ですから、白銀姫はこの地に留まるようにと言われております」

「ちょっと、それはどういうことですか。僕たちは、エイスペリアの解放を依頼されただけです。後のことは…」

「領地を賜ったのです。素晴らしいではありませんか。ねぇ、アイカ様?特別に‼女でも領主になれるのですよ。本当に羨ましい…」


 封建社会のルールまでもが変わる。

 女勇者は爵位を賜れないという制度、それ自体をアイカは嫌っていたのだが。

 それを変えたのがナオキという男ならば、話は変わってくる。


「…私に何を」

「そこまでは…。でも、リンネは思うのです。この距離ならいつでも元カレ・・・と縁を切れるのではないですか?勿論…、縁と言っても首のことですけれど」

「そんな…ことを…ナオキ…が?」

「あぁ、ついでに逃げた方もな。ここは帝国攻めの要だ。それくらい分かんだろ?お前ら二人も、所属はエイスペリア教会に移ったってよ。ちゃんと勇者を支えてやりなぁ。ケルシュ、行くぞ。俺たちゃ、ビリディス領に配置換えだとさ。ちゃんと俺たちの勇者様をお守りしようぜぇ」


 ゲイツ達は、新たに書き加えられた地図をヒラッと床に落とし、元々ここに来ていたサジッタス兵の軍団を連れて、意気揚々と帰っていった。


「くそ。何がなんだか。なんでサジッタスが、女神の門番が出しゃばってくる…」


 その地図を拾い上げたのはレオス殿下だった。

 地図を一目見て破ろうとし、首を振ってそのまま弟に手渡した。


「…これは。国の名前まで勝手に決めているとは…。アルジェンティ女王国、本当にアイカ様を王に任命したようですね」

「アタシが…、王?」

「えぇ。南の方の教皇が決めたんでしょう。それに…、見てください。南側が完全に塞がれています」


 アイカも支えられながら、地図を覗き込む。

 そこにはエイスペリア王国の形をしたアルジェンティ女王国があり、下側には女王国を覆うようにビリディス法王領が広がっていた。


「これが新しい…国のかたち」


 マイマー領、セムシュ領の西半分、そしてゼングリット首長国の一部を領地にしたのがビリディス法王領で、確かにアルジェンティ女王国の下にしっかりと位置している。

 そして、アルジェンティ女王国の東の海の向こうはクシャラン大公領。


「パッと見だと、大公陛下のところに近い気もするけど」


 湾を挟んだ向こう側は、レオスとリオールの家族の地。越える手段さえあれば、最初に降り立った地に行ける。


「あぁ。海を乗り切る手段があればな。鏡海とは違うから、どうにか出来ないことはない…か」

「勿論、誰も邪魔しなければ、ですがね」


 前の世界の常識では、それくらいの飛び地は珍しくない。

 だが、この世界では海が挟まるだけで、随分と話が違ってくる。


「どっちみち、物資の補給をどうすっかだな。緑頭に頭を下げるか、この海を越えるか…」

「そんなの決まってる‼あんな奴に頭なんか下げたくないもん‼」

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