第39話 どうやら殺されそうです

 例えば、脱出ゲームで出口が塞がれてしまったら、どうするだろう。

 例えば、脱出する前の世界に衣食住が揃っていたら、どうするだろう。

 例えば、その世界で生き永らえる為に、勇者の犠牲が不可欠だったら、どうするだろう。

 例えば、その勇者がとても非力だったら、どう?

 例えば、他の勇者も大切な仲間だったら、どう?


 国々がこんな茶番をする必要がないと知ってしまったら?


 これってそんなに難しいトロッコ?誰を轢くか悩むほどの選択?


「一人、知ってる奴がいる。そいつは間違いなく勇者で、その辺の兵士よりも弱い。アイカ、ナオキ、サナ。あの三人も知ってる筈だ」


 北の少年教皇ヤヌスに話を聞いた後、…少し間をおいて、…考えて、熟考して。

 正直に話をした。教皇が正直に包み隠さず話してくれたから。


「勇者の命が燃え尽きる力が、太陽を生み出すんだろ…。だったら…」


 自分の手が、みんなの出口を塞いでしまった、と心のどこかで思った。

 やったのは知らない女。何をするか分からなかった。それでも、罪の意識が芽生えた。

 だから彼の名と、その特徴を口にした。



「黒髪の勇者?名前はユウ。ユウは間違いなくアタシ達と一緒に来た。えぇ、間違いないわ。魔法硝板も本物。…多分、その男で間違いない」


 彼女も自分のせいだと言われた。ショックで倒れそうだった。

 心の支えであるリオールにしがみ付いていないと、おかしくなりそうだった。

 そんな時、確認の連絡が来た。剣闘士の姿は予め肖像画にされる。

 その絵が手紙と一緒に送られてきた。そして彼女が信頼する男は、彼女に教えた。


「勇者の力は神の力。…そういう…ことだったの」


 勇者の死が、世界に光を齎す、と。


「アタシは間違っていない。世界の隅で指をくわえて何もしなかった奴が…」


 彼女にとって、彼は目撃者の一人。自分が出口を調べようとしたから、あんなことになった、いつか暴露されるかも。

 その男が供物となって、世界が救われるなら…



「嘘…。あんなの聞いてない…」


 大魔導士の女。


「僕も聞いてない。…そこまで用意してたなんて」


 大神官の男。

 二人が居たのはゼングリット首長国の北側。ゼングリット首長国はデナアル大陸南の西側。海に面した場所にある。

 鏡海きょうかいと呼ばれる波一つ立たない海の向こう側に、紫の巨大な壁の出現を目視していた。

 白銀姫の監視は大神官の指示。とは言え、この世界の住民があんなものまで用意しているとは思っていなかった。


「僕たちは…、もう戻れない…かも。だったら、伝承に基づいてデビルマキアを阻止する以外にない…」

「…その為には召喚された者が…死なないといけない…。そんな…」


 そして、南の教皇の信頼が厚い二人に、デナン神殿から連絡が来た。


「…レン君がユウの名前を出した…って。それでアイカさんが居場所を教えた…って」

「……どう…して?どうしてユウ君なの…」

「気持ちは分かるよ。でも過去の歴史だと勇者が二つか三つの勢力に分れて、国を挙げての戦争をしてたって…。今までの動きも、僕たちを分断する為だし…。勇者一人で一つの街を滅ぼせる力がある。本当にデビルマキアは勇者が起こしてたのかもしれない…。サナ、君だけが…ユウを助けられる」


     □■□


 あの夢はこの世界で起きたこと…、だと思っていた。

 でも、多分違う。体からのエマージェンシーだったのだろう。


「どうなって…。く…。腕が…。体が…」


 拘束されているから、どうなっているかも分からない。

 分かっているのは、魔法によって眠らされて、その間にこんなことになっていたこと。


「ここは…。外…?一体、何のつもりだ。俺は…」

「チッ。目覚めちまったぞ。サナ、どうなってんだ?」

「は?今の声、レン?…で、サナ⁉」


 完全に油断していたとはいえ、その辺の魔法使いに後れを取ることはない。

 だが、彼女の力だったなら…


「ち、違う…。私は…、苦しまないように…って」

「そうだよ。お前だって死ぬときは苦しみたくねぇだろ。サナ、もう一度…」

「死ぬ?ちょっと待てって‼待ってくれ。悪夢…じゃなかったのかよ。ギロチンって…。お前ら…」

「ギロチンだ。んで、大剣豪の力で一瞬。人道的な装置だろ」

「はぁ?何が人道的だよ。ってか、冗談…だよな」

「アンタが悪いのよ。何の力もないくせに一人で勝手にメリアル王国に行こうとして」

「な?いや、俺がそんなことするわけ…。ってか、あの壁は…」

「この世界の人達。ここにいる皆で作った。それは知ってるよ。僕はデナンの教皇と仲が良いんだから」

「ナオキ‼仲が良いなら言ってくれよ。俺は人畜無害だ。俺は何も…」

「…大…丈夫。何もしなくて…。今、眠らせる…から」


 神とも呼べる力を持つ、四人の勇者たち。そして色んな色が彼ら彼女らを装飾する。

 カラーズがこんなに集まったら、ドット絵風アニメ絵なんかも作れそう。

 なんて、意味も分からないことを考えるくらい、ユウは狼狽していた。


「待って。眠らせる前に…教えてくれ。…何をしているか、理解している…んだよな?何を…するつもりなんだ?」


 狼狽している割にまともなことを言う。

 すると、スッと首筋にひんやりしたものが這う。直後、生ぬるい液体が首を伝う。

 そして、新鮮な赤い液体が僅かについた刃物が目の前をブンブンと通過した。


「見て分かるだろ。俺達は勇者だ。勇者は世界を救う。…今から世界を救うところだ」

「世界を救う⁉全然、意味分かんねぇよ‼俺達、友達だろ‼」


 自分の血を見て、やっと本気でパニックに陥る。

 じわじわ痛みも伝わってきて、夢ではないことも悟ってしまう。

 そして、マジで何なんだよ‼と目をギョロギョロと動かしまくる。


「…都合の良い時ばっか、友達ね」

「ユウ。君は何もしていないから知らないだろうけど、この世界を照らす光は勇者の命なんだ」

「な…。それで…か」


 と、ここでやっとユウに例の話が伝わった。

 そして思いのほか、あっさりと脳に情報が溶け込んでいく。

 この世界全体がおかしいことには気付いている。それは海が動いていないとか、気候がおかしいとか、そんな大それた話ではない。

 住んでいる人間がおかしい。

 カラーズという存在が居るにも拘らず、勇者を召喚する習慣がある。


 異世界から召喚する人間でなければならない、ということ。


「…名誉でしょ。ユウの命が世界を救う。これって…、凄い…こと…だし」

「って、それでかじゃない‼助けてくれ‼俺はまだ死にたくない‼レン、マジでそんなのしまってくれ‼俺が何をしたって言うんだよ‼」

「く…!もう無理‼サナ、アイツを眠らせて‼」


 今から殺す人間が知り合いで、その男が命乞いをしている。

 彼が死ねば、全てが丸く収まる。分かってはいても、罪悪感がどんどん積もっていく。


「…うん。分かった。今度はしっかり眠らせてあげる…」


 今まで何の力も見せていない。これから起きるらしいデビルマキアでも絶対に戦力にならない。

 でも、勇者が死ねばソレは起きないらしい。

 だったら、その役立たずが死ねば、みんなが幸せ………


 って、そうじゃなくて‼


「俺達は仲間じゃなかったのかよ‼」

「サナ‼お願い‼レンも‼」

「うん…。ゴメン…ね」

「おう。これで全部うまく——」


 レンも実はパニックになっていたらしい。

 彼は先ほどの鋭い剣ではなく、いつも持つ鉄塊を振りかぶった。

 いや、それだと絶対に綺麗に死ねない。

 っていうか、精神魔法も封印があるから、今度は効くかどうか。


 …なんてことは、本当にどうでもいい‼


 走馬灯の代わりに愚痴が一杯飛び出してくる。


 仲間だと思ってた四人が、俺を殺そうとしてるって‼

 ずっと悩んでた俺の覚醒条件はどこに行った⁉

 覚醒しないってことは、俺のこと仲間と思ってる奴が一人はいて、こういう時に助けてくれるんじゃあなかったの⁉

 一人殺せばとか、全員殺せば…とか?いやいや、そんなの絶対に無理だし‼とか、俺悩んでたんですけど⁉

 クソがぁ‼やっぱ、嘘じゃんか‼完全に契約違反じゃんか‼悪魔は嘘つきじゃん‼グレイ、悪魔は嘘つくぞ‼契約無視するぞ‼お前のとこにいた悪魔は絶対に信用するな‼


 コンマ1秒にも満たない、超高速回転で今まで溜めた分を全部吐き出そうとする。


 そして、諦めモードへ。


 いや、マジでその鉄の塊で頭粉砕とか、狂ってるって‼早く‼サナ、早く俺と眠らせてくれ‼

 封印とかに邪魔されるから、思いっきり強めに‼


 だが、ここで漸くだ。


 …へ?封印?ちょっと待て。召喚された日、俺のスマホに浮かび上がった文字


 ジョブ:賢者。

 僧侶と魔法使い、両方の魔法を使える。魔法量は甚大。

 剣術や体術にも秀でて、古代言語も難なく読み解ける頭脳を持つ。

 ※但し、上記のジョブはユウ本人のパーティ追放後に解放されます。

 ※注意事項。以上のことは残り四人およびこの世界の誰にもバレてはいけない。解放前にバレた場合、ジョブは封印されて二度と出現しません。


 あれ?追放後に解放?…そのことを封印って俺、ずっと言ってなかった?だって…


 封印されてるスロット…。その封印が割れなかった…から?

 ご明察‼流石にヒントを出しすぎちゃったかなぁ?


 俺が言ったんだ。でも、その時イスルローダは否定してない。それどころか——


 封印されていても、存在はする。そこは君の一部に違いないって、言った。

 つまり封印されても存在する…。この場合って、まさか…


     ⚀⚁⚂⚃⚄⚅


『ピンポンピンポーン。大正解…。やっと、ここまで辿り着いたぁ?』


 白と黒の地平線の世界。


 そして、アイツはその隙間から姿を見せた。

 ここは夢の中?それとも死後の世界?拘束されたまま死後の世界なんて、絶対に嫌だけれど


「お前、それを知ってて…」

「そういうことになるねぇ。…グレイの言った通り、ボクは契約を破っていない…でしょ?君の能力は封印されている。ちゃーんと書いてあるよね。封印される条件が」

「書いてあるって言っても‼こんなの詐欺じゃないか。最初から封印されている…なんて書いてないし」

「…そう。そんなことは一言も書いてないよ。でも、詐欺じゃない。そして僕は嘘を言っていない。契約のまま、君は封印された」


 両肩が跳ね上がる。拘束で許される範囲だけど。

 だが、目はしっかりと大きく見開かれる。

 そして、考える。だけど邪魔だ。アイツが邪魔。アレが邪魔。


「…邪魔だ」

「えー。せっかく出てきたのに。教えてやってるのに?」

「お前じゃない。このでっかい封印が邪魔だ。どうにか出来ないのか?」

「どうにかしたら、君はあの子の精神魔法で気を失うよ」

「それはそれであり…。だけど、その言い方?出来る…のか?」


 そう。邪魔なのはこのでっかい封印だ。お陰で二度も助けられたけれど。

 でも、今は思考の邪魔になる。気が散って、考えが纏まらない。


 だから、出来れば退けて欲しかった。そして、悪魔はせせら笑った。


「出来るも出来ないも。これは君のものだ。ってことは、君の意志で消すことだって出来る。やり方は…」


 その言葉だけで十分だった。イスルローダがやり方を説く前に大きな塊は霧散した。

 あの中には賢者の力、甚大な魔法量と僧侶と魔法使いの魔法、剣術や体術、そして古代言語も難なく読み解ける頭脳が詰まっている。

 そりゃ、あれだけ巨大にもなる。


「へぇ…。あっさり捨て去ったね」

「当然だ。二度と思い出せないなら、なくてもいい。それに…」

「それに?」

「言わない。でも、やっとスッキリした」

「ふむふむ、どんなふうに?」

「イスルローダは嘘を言っていない。契約も間違っていない。だけど、この契約は最初の宴の時には役目を終わっていた。だったら…」


 今までの違和感の正体が、ピースが綺麗に埋まっていく。

 どうして世界はそうなのか。どうして今こうなっているのか。


「最初から、この条件を知っている仲間がいた。二度と解放されない状態だった。だから、俺の苦労はマジで…」

「…無駄、じゃないよね」


 悪魔が片方の口角を上げる。

 いや、あれは本当に悪魔なのか?グレイも言っていた。古い存在だとも。

 

「そうだな。無駄じゃない。お陰で、色んな事に気付けた」

「だよね。だったら、なってみなよ」

「はぁ?こんな世界だぞ。そう簡単にゃ生まれないよ」

「こんな世界だからこそさ。なりなよ、なってみせなよ。…この世界に賢者は必要だ」


 悪魔かもしれない存在は言う。


「簡単に言うなよ。…って、イスルローダ‼」


 ただ、その姿は紫の爪に隠されて見えなくなった。


「大丈夫だよ。でも、ボクはもうこの世界に飽きてるんだ。そういう意味では本当に消えてしまうかも」


 在るからこそ見えない。無いからこそ見える。

 もしかすると、他の四人にもイスルローダの姿は見えていたかもしれない。


「クソ。今は逃げないと。それからあの魔法を解く方法を考えるしか…」


 そう言いながら、ユウは白と黒の境界線を引き裂こうとする巨大な爪から逃れる為に走りだす。


 その後ろから、もしかしたら二度と会えないかもしれない存在の声が聞こえた。


 …期待してるよ。ボクは向こうで待っているから

 

     ⚀⚁⚂⚃⚄⚅

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