第14話 宴事件の顛末
『ユウ君助けてレン君が』
余りにも都合が良いとは思う。だけど、責任の一端は感じてしまう。
──狙いはレンの一本釣り。
ユウは人質としてではなく、レンを釣る為の餌に使われたのだ。
「おい‼お前は…」
「ゴメン。俺が行っても意味ないかもだけど…」
騎兵隊の存在も今は違って見える。
元々グレーだったマイマー家。分からないことはまだまだあるが、飛び込んだ瞬間に、彼女がやりたかったことは理解できた。
「お前‼今なんて言った‼」
「…はぁ。お前は民主主義っていう、古臭い世界から来たんだっけか?」
「レン君…。ダメだよ。郷に入ってはって言うでしょ」
「ナオキ、お前はサナと一緒に下がってろ」
金色に輝く男の後ろで桃色の髪が揺れている。
「兄上も落ち着いてください。僕はあの噂の真偽を確かめているだけです。それにしても君、僕の言っている意味を理解して、そういうことをするわけ?」
「違うって言ってますでしょう?私、婚約なんてしていません。それに…、あの時はこんなことになるなんて知らなかったから、マリスの洗礼を受けただけです」
「…だ、そうだ。てか、どっちが古臭いんだよ。王とか、洗礼とか、宗教とか‼民主主義が一番偉いだろうが‼」
ロザリーは婚約を否定しなかった。だけど確かに肯定もしていない。
とは言え、間違いなく帝国側の人間だった。
「リオール殿下。妹はエイスペリアとの橋渡し役です。婚約の話はロザリーが生まれる前の話と何度も申した筈です」
兄のヨナスも狼狽している。
っていうか、あの短時間で何が起きたのか。
「ほら。ロザリー。早く、洗礼しなおすと言いなさい」
と、迷っていたらお兄ちゃんがキーワードを言ってくれた。
そういえば、マイマー領に連れ戻すと言っていたではないか。
「レン。馬鹿な真似はよしなさい。その女を庇う必要なんてないでしょ」
「お前だって、その男からの洗礼を嬉しそうに受けてたじゃねぇか」
「はぁ?アタシたちはデナ神系なんだから当然でしょ?」
──全ての人間は教会で管理されています。
確かに彼女の皮を被った何かは言った。
今日、教会に来たのは洗礼を受ける為だったのは間違いない。
「聞いてねぇ。俺はそういうのに興味ねぇって言ったろ。それを…、ちょっとイケメンだからってひょいひょい言うこと聞きやがって」
「…は?」
なんで、そっちも修羅場⁉
ってか、黄色い髪とオレンジの髪のイケメンは誰⁉それにあの髪…、天使か悪魔が宿ってるし。
「レオス殿下、リオール殿下。レンは良く分かってないんです。っていうより僕たちも…」
ナオキがユウの侵入に気付いたからか、それとなく教えてくれた。
それに名前だけはベンからそれとなく聞かされていた。
っていうか、メイドたちが残念がってたんだっけ。大公の息子、あんなにカッコよかったのか。まるで異世界…、って異世界だし‼
「ロザリー、お前…」
「レン様‼私はデナン神国の言いなりで…、知らないヒトと結婚させられそうになってるんです。全部、あの人たちが悪いんです‼」
「マジかよ…。最低だな」
「ロザリー、それは違うよ。テルミルス帝国皇帝、クルージャ大帝との繋がりを持つ必要があった。でも、もう帰ってきていいのですよ」
真っ白な司祭服、オレンジの長い髪。糸目に見えるほどの笑顔の男。
彼がリオール・クシャラン。将来的にはクシャラン地区の司祭長になるらしい。
「だから洗礼は致しません。あちらの方が先進的な考え方をしています。できれば…、勇者様にも教えて差し上げたかった。だから危険を顧みずに来たのです…」
…そんなあからさまな演技。
中世のフランスで、カトリーヌ=ド=メディシスはハニートラップを使って、夫婦の仲を引き裂いたと聞く。
とは言え、それと比べられないほど幼稚な作戦。
だのに。
「ま。そういうことだろうと思ってたよ。難しいことは分からねぇが、ロザリーが正しいってことだけは分かるぜ」
「…嬉しい。レン様と出会えただけで…、私はもう死んでも良い…です」
「馬鹿なことを言うな。俺と出会えたから、もっと幸せになれるんだよ」
「レン…。アンタ…は…」
何で…、こんなことに…
「…分かりました‼」
ユウが顔を顰めていると、教会に大声が響いた。
心臓が大きく跳ねて両肩も浮き上がる。
大声を出す意味も分からないし、分かりましたの意味も分からない。
それにこの声は。
「リオール殿下…。分かったとは…一体?もしかして妹を許して下さるので…?」
「いえ。その権限は僕にはありません。…ですが、教会の外での決闘裁判ならクシャランの法が使えます」
は?お前はお前で何を言ってんだよ‼
ってか、俺たちは法律なんて知らないし‼
「え?決闘って…、もしかしてアイカちゃんとレン君が?」
ユウを呼び出した張本人、サナがアイカの腕にしがみつく。
正直言って、呼び出されても何もできることがない。
グループチャットの件はさておき、少なくともサナの中ではユウは仲間なのだ。
「いえ。流石に僕の口から勇者様に依頼は出来ません。まぁ、ロザリーは…」
「レン…様。その…」
「任せとけ…」
「…ということなので、こちらからは兄上で如何でしょうか」
何もできないユウ。そして、今の言葉で更に口が噤まれる。
少し…、いやかなり興味のある戦いだ。
「お。いいぜ。勇者様と手合わせしてみたいって思ってたしな」
「い、いけません。レオス殿下。アタシたちの力は…」
「大丈夫。白銀の姫の前で格好悪い姿は見せないよ」
雰囲気的に殺しはなし、というのは伝わってきた。
とは言え、余りの置き去り感。アイカはアイカで異世界を堪能しているらしいし。
ナオキとサナも、話には加わっていない。けれど、この場にはリーリアもいる。
天使を神と呼ぶ人間が居るならば、髪の色は神の色。
レン、アイカ、ナオキ、サナ、リーリア、ロザリー、レオス、リオール。
男四人、女四人。…んで、俺。何、この疎外感…
ユウは話に混ざれない。
でも、そんなことだから見逃してしまう。
「…ありがと。アナタが無知なお陰で助かったわ」
ピンクの風に乗って、そんな言葉が聞こえた気がした。
□■□
「帝国って民主主義…なのかな」
「帝国って言っているくらいだから違うでしょ」
俯いたサナの言葉を、腕組みしたアイカが拾う。
「それに民主主義は古いって…」
「僕たちの世界でも古代に民主主義はあったんだよ。でも、文明が進むことで民主主義は一度消滅した。そういうことだと思う…」
魔法使いの衣装で佇むサナの声。
デナン神国から送られた、神官服に袖を通したナオキが答えた。
彼には司祭長と同じ権限が与えらえたらしい。
因みにレオスから聖騎士の剣と鎧を渡されたアイカは、神聖騎士団長と同じ権限を受け取ったらしい。
「ユウ君…、こっちに来ないの?」
「俺は…」
「サナ様。彼の身は私たちが保護しています」
身柄を拘束された黒髪青年。マイマー公の娘が暴挙に出たから、封印されし五人目の勇者の扱いが変わったらしい。
場所は教会の敷地を出たとは言っても、教会施設の目の前である。
場所が場所だけに、周辺の人々が野次馬で駆けつけている。
「まさか、人間とも戦うとはな」
「勇者レン君。帝国も人間の国だぜ。俺くらい負かせないとな」
「…負けねぇよ。俺はロザリーを守る為に召喚されたんだからな‼」
そして漸く、ユウは目を剥くことになる。
大切なピース、重要なヒントが目の前に並べられたのだ。
だが、パズルを当てはめる前に戦いは始まる。
「それでは決闘裁判開始。殺しは無しでお願いしますね」
橙の髪、リオールの言葉に反応したのは、金色の髪。
クシャラン大公から受け取った両手剣を抱え、ドンと地面を蹴った。
…ところまでしか、ユウには見えない。
隣のリーリアの顔が僅かに上がったので、怪訝な顔で空を見る。
バチィィィィ‼
ただ、その瞬間には電流がショートしたような音が、眼下で鳴り響く。
「は…?今、何が…」
「ちぃぃ。魔法剣士かよ。ほんっと、うぜぇなぁぁあああ‼」
ドクン…
ユウの心臓が警鐘を鳴らす。
だが、レンの防御力は身体にも適用される。
地面に落とされたが、今度は地面を抉って、水平方向に飛んだ。
人間は上下より左右の方が視界が広いから、どうにか視界には捉えられたが、肝心な部分は速すぎて見えない。
ギュィィィイイイン‼ズザザザ…
「レオス様‼」
「アイカ、てめぇ。そっちの味方かよ‼」
「当たり前でしょ。その女は帝国と繋がってるのよ。アンタの方がおかしいのよ」
黄色の髪、白銀の鎧の男が弾き飛ばされたから、レンの攻撃が当たったことは分かった。
その一部始終をアイカは見ていたらしい。
「流石は大剣豪…。俺が力負けしたのって、いつぶり?」
「うーん。五年前。僕に負けた時じゃない?」
兄と弟の会話。兄が吹き飛ばされても弟は笑顔、糸目のまま。
いや…。神持ちは全員見えたのか。っていうか、勇者スキルと普通に戦えてるじゃん。
「レン様…」
「あぁ、問題ねえよ。ってか、余裕ぶってんじゃねえよ‼」
そしてまた、ドンという音と同時に金色の剣豪の姿が消える。
金属の衝突音だけが鳴り響く。
集まった野次馬も、全員が呆けた顔。彼らの顔を見て、ユウは安堵してしまうのだが。
「成程。噂には聞いていましたが、レオス様もなかなかやりますね」
「…う。すみません。私には見えないもので」
あ、ここにも仲間がいた…
「ベンは修行が足りないのです。血統に問題はないのですから」
「…いやはや。流石にこの歳から修業は…」
修行…、血統…。まるでバトル漫画のよう。
まるで異世界…って異世界か。
「ウィンドカッター…、く…。サンダーソード‼」
「激・大レン斬‼」
魔法と魔法剣。魔法剣と大剣豪スキル。そのぶつかり合い。
魔法と剣を併せて使うレオスの方が有利に思えるが、剣闘士のような真っすぐな戦いでは、物理に全力を振っているレンの方が戦いやすいらしい。
少しずつ戦況がレンに傾いていく。
ユウには、そのコマごとにしか見ることが出来ない。
だからこそ、見るのを半分諦めていた。
時々見える、光る髪を呆然と眺めるだけ。
あら、知ってたの?だから、私たちはアナタが無能だと一目で分かる。魔力器官の影響と言われているのだけれどね。そしてアナタの言う毒は魔力器官をも破壊するものだったわけ
教えてくれた彼女はレンの後ろ。兄とマイマー騎士団と共に見守っている。
もう、自分には興味がないのだと伝わってくる。
「俺の髪が黒くて光っていないから、失敗作…」
「ん?やっと気づきました?髪の毛は生命としては死んでいる。だから、反映されやすいと言われてます」
最初から教えてくれたらいいのに…。いや、こっちも秘密にしているんだけど。
…っていうか。グランドデュークも別に…。あぁ、グランドデュークって言い方はロザリーがしてたんだっけ
勇者様の力を測る為に呪い付きの猛毒を仕込んだ…。しかもマイマーの手に見せかけて。グランドデュークがやりそうなことだわ
「呪い…?スロットからも侵入する力…」
海風は前も言ったが無いに等しい。
近くに山があり、海もあるのに荒野が広がっているのは、海からの水蒸気が昇ってこないから。
地球の気象学は恐らく通用しない。この世界には間違いなく神が存在しているのだ。
「呪い?何の話ですか?」
「えっと、宴の日に運び込まれたワイン…」
荒野の地平線が夢の光景と重なる。
ナオキは大神官スキルで人々を感動させた。だから、宴に参加したみんなの地面は崩れずに…
「あれ…。俺って、ワインを飲んだ人間に毒が回らないようにって…」
「へぇ…そういうことですか。それでナオキ様は突然、客人の手を握り始めた…。それで呪いを解いたと…。何の呪いですか?」
「なんのって…」
イスルローダの言葉だとこっちの世界に影響があるって…
でも…、呪いとは…何?それに…アイツが真実を語ったとは限らない?
死ぬような呪いじゃなかったかも。だけど、内側に影響があったことは事実…
そして、ユウの目が、心の目も合わせて見開かれる。
その瞬間だった。
「レン様‼もう充分です‼」
「はぁ?いや、だって。俺はまだまだ…」
「いえ。日没までには戻りたいので。護衛、して頂けますか?」
そのユウの目を見たのか、勘付いたのか。
ロザリーは身を乗り出して、レンの体を抱きしめた。
「ナオキ‼宴の日、レンにナオキュアをやった?」
「え…?やって…ないよ。僕の大神官スキルを皆に披露してって言われたけど…、レンは僕のことを知っているし…」
「そう…いうこと…」
つまり最初の話の通りだった。
まだ、ピースは埋まらない。それでもこの部分だけは完成する。
「今すぐ、レンに…」
「ユウ‼…やっと気づいたのね。最悪、アナタで我慢しようと思ったけど、もっと良いものを手にしちゃったの。ゴメンなさいねぇ。レン、私をここから連れ去って」
「おう。あんなので我慢しちゃダメだぜ。俺が最高だって思わせてやるよ」
桃の色、桃の香り。結局、最初から最後まで騙されていた。
勿論、勇者レンに関してのみ、だけれど。
「死に至る呪いじゃなかった。それどころか毒なんて入っていなかった。自分を魅了させる呪い。自分が飲んでも効果がないと知っていた。でも、俺が何故か魅了されなかったから、こんなややこしい手順を踏んだ…。して…やられた…」
効果がないなら、引き下がる予定だったのだろう。
だけど、レンに効果があったと分かったから、彼女は実行に移した。
演技の連続。護衛騎士団の存在も様になっている。
魅了した勇者に抱かれて、帝国と繋がっていた人間が悠々と帰っていく。
「はぁ…。こういうことですよ。アナタというノイズがいるから、こんなことになる…」
余りにも呆気ない幕引きに、横から深いため息が聞こえた。
そして。
「勇者レンは決闘裁判中に逃亡…ですか。やれやれ。残念ながら逃亡は敗北です。本人も逃げてしまいましたが、マイマー家はデナン教会から追放処分が下されるでしょう」
「レン…、どうして…」
意地を張っていたアイカが崩れ落ちる。
まんまと異世界の女に、男を取られたのだ。でも…、それは魔法の力で…
「ユウ。その話は言ってはなりませんよ」
「え…」
「…これはアナタの落ち度ではない。それに言ったらどうなるか、…流石に分かりますでしょう?」
逃げられた以上、どうにもならない。
そしてレン一人を悪者にすれば、三人の勇者の立場を守れる。
だけど、真実を伝えればロザリー、ただ一人に四人の勇者が騙されたことになる。
表面上はそうなるかもだけれど、どうしても解せない。
それに…
「アイカ様。その…、僕のせいで本当に…申し訳ありません。どうしたら良いか、今は思いつきませんが…。僕で良ければいつでも力になります。」
「アイカ様、本当に申し訳ない。俺がもっと強ければ…。アイツを引き留めるだけの力が…」
「ううん…、違います。アイツ、こっちに来てからずっと…おかしくて…。あんな奴…。でも、アタシ…」
今は異世界人の二人の間に割って入る権利はない…ように思えた。
っていうか、さ…
ユウは心の中で思い切り叫んだ。
確かにぃぃ‼俺のせいかもしれないけどもぉぉぉ‼
本当は声に出して思い切り叫びたい…
レン‼お前が追放されてどうすんだよ‼追放されたいのは俺なんだけどぉぉぉおおお‼
という感じに、もしかしたら見事に追放されていたかもしれない、『宴事件』は終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます