第二章 四人のチート勇者と未完の勇者
第15話 幕間
開幕初見殺しと相違ない、魅了トラップ。
レンは死んではいないが、精神がどうなったかは彼自身でないと分からない。
あの夢のように、大地が割れてレンの魂が囚われの身になったのかもしれない。
もしくは最初は魅了されたとは言え、本当に彼女のとりこになってしまったのか。
「ここがマイマー領…」
「元マイマー領です。領民は残っていますが、マイマー公は騎士団を従えて、エイスペリア王国に逃げ延びたのでしょう」
リーリアがユウのせいではないと言ったのは、開幕初見殺しをも見抜ける勇者でないといけなかったから。
臣民だけでなくデナン神国からの援助が滞ってしまう。
「ですが、この地を手にしたのは大公国にとって有意義な事です。それを以って良しとしましょう」
気象学が固定されているという珍しい世界であり、デナン山の南はどんな作物も育つ神々の大地だという。
そして荒野が領地の殆どのクシャラン大公国は、人間の手でいくら耕しても限度がある痩せた国。
「これだけの領地をあっさり手放したんだね」
「神国には、召喚者とマイマー公の裏切りと領地の奪還を報告した…ってことになったんだっけ」
デナアル大陸の南北を繋ぐ神の道。
この領地も神に愛されているのだろう、珍しい果物が多く取れる大地だった。
「昔から、蝙蝠のような領主です。独立することもあれば、エイスペリア王国に傅くこともあった。昨今は大公の方が仲が良かっただけ、ということです」
「まぁ、親父は酒さえ飲めればなんでもいいって感じだったしな」
「兄上。異世界からの客人に余計なことを言わないでください。ただでさえ、召喚の失敗を責められているんですから。…す、済みません。アイカ様はまだ…」
レンが抜けて、異世界人が二人増えた。
しかもレンと互角に戦えていた異世界人。
…だのに、何で俺も連れてこられてんだよ。
「だ、大丈夫…です。こっちに来て…、最初から揉めてばかりだったし…。どっちかっていうと…悔し…くて」
それはその通りで。
レンは死んだわけではない。男女のカップルは普通に別れることもある。
ただ、彼女の場合は別れ方に問題があった。目の前で他の女に取られた。
元彼はロザリーを抱きしめながら、馬車に乗り込んだ。脳が溶けても仕方がない。
でも、でも‼めちゃくちゃ喋りたいんですけど?宴の時には魅了されてましたって言いたいんですけど?ただでさえ、喋ってはいけない制約を喰らってるのに?
そこまで嫌がっている彼が連れて行かれている理由は。
「げ、原理的にはユウ君も覚醒…するんですよね…。だから保護はしない…んでしたっけ」
「原則ではなくて、歴史書と聖典によればです。彼が目覚めてくれたら、あの件に目を瞑ってくださるのですから、仕方なく連れて行くのです。何かきっかけはなかったのですか?サナ様、ナオキ様。」
「僕たちはこっちに来た時スロットが埋まって…」
「それだけだったから…。ユウ君…は?」
うーん。喋りたい。ナオキは自身が大神官だから、魅了されなかったとして…。アイカとサナはどうしてだ?…多分、ジョブの違いからだ。大剣豪は俺達の中で唯一魔法が使えない。だから魔法耐性が低かった。ってか、俺が魅了されたかったまであるじゃん。そしたら…、賢者になれて…それで…今頃帝国で
「大賢……、…え?何…?」
黒髪青年が気付くと、目の前に魔法使いの帽子があった。
その幅の広いつばの下には頬を膨らました少女の顔。サナのこんな顔は見たことがないが。
「え、俺。なんか…言った?」
「…大剣豪の話はしちゃ駄目だよ」
あまりにも心の中で叫びすぎて漏れ出てしまっていた。彼女が空耳してくれたお陰で、どうにかなったけれど。
「…あ、うん。そ、そういえば、勇者って強くなるためにロードマップがあるんじゃなかった?もしかしたらそれをしたら…」
「ロードマップ?」
「ちょっと失礼します。その話、どこで?」
「…えっと」
あの時の彼女はとても優しくて、親切だった。
三白眼で睨んでいる赤毛の少女と正反対。そして少女は赤毛が歪むほどに肩を竦めて、途方もない話をした。
「あのあばずれからですね。全く、余計なことを…。ロードマップではなく、平定する順番です。これから行くエイスペリア王国、その西のゼングリット首長国、北のテルミルス帝国とマリス神国。その四つの国を平定した後、最西端のメリアル王国となります」
「…は?そんなに?俺達の目的ってメリアル王国の先じゃなかったか?今のってデナアル大陸の殆ど全ての国だよな」
「そうです。帝国が掲げる主張は悪魔の果実。一度呑み込まれれば、あっという間に国が変わります。だから、私はスピードを上げる為に魔法硝板を…」
「り、リーリアさん‼」
ナオキが慌てて会話に割って入りなおすが、ここで。
「…いいじゃない」
後方から聞こえる、冷たい声。
「除け者が出たんだから、改めてグループを作りなおしたらいいじゃん」
「アイカ…ちゃん、その…」
「ユウ。アタシ達はアンタを除け者にしようとした。でも、間違っていたの。…本当に除け者にすべき奴をね」
ユウの心の口も噤むほどの殺意。
彼女がここまで傷ついてしまうとは。そして…
「この世界ってさ。デナ様を裏切った奴を殺してもいいんだよね?他人の者を盗んだやつもデナ信者でなくて良かったわ…」
ナオキとサナが青ざめる。
多分、自分よりも二人の方が怖がっている。ということは、もう一つの次元で荒ぶっている。
「…その通りです。やっとお一方、やる気になって頂いたみたいで」
「うわ…、アレをやる気と呼ぶのか」
「当然です。最初から申し上げていますが、魔物を指摘しているのは人間です。人間を殺す覚悟がなければ、勇者は務まりません」
三百年前、というか十年前に送り込まれた人間は、最初からやる気があったか。
十年前の日本人も蛮族ではない。彼らもキッカケがなければ人間は殺さなかっただろう。
「本当にそうなのか?」
「疑問を持つことは結構ですが、ユウ様は先にやるべき事がありますよね」
「う…。頑張…ります」
未だ勇者の舞台にいない。
この後、スマホで別グループを作られていたことを知ったが、レンが裏切ったキッカケとアイカが受けた精神的屈辱が脳裏に過り、ショックを受けることもなかった。
──何となく気づいていたし
加えて、とある実験が出来たことも大きい。
いつか考えたこと、グループを最初に抜けてみた。
だけど、何の変化もない。
レンを外すのも踏まえて全てのグループを解散してみても同じ。
形だけじゃ、…駄目だった。本当の意味で仲間から外れないと。今のレンみたいに?
「…サナも大丈夫みたいね。全員のスマホからアイツの名前がなくなった。これでもう誰とも連絡出来ないわね」
「うん。流石に…ね」
「酷い人…だもん」
今更、魔法の影響が、あったとは言えない。
イスルローダとロザリーの言葉がなければ、チャームを受けていたと気付けなかった。
もしかしたら本気だったのかも、と今は考えている。
アイカの圧に負けて…、いや俺も実験のために躊躇しなかった。
これは皆に言えないけど、羨ま嫉妬もあったかもしれない。
順調に行けば、元の世界に帰るとき、レンはこの場にいない。
この世界に置いていかれる。勿論、このまま行けばの話。
運命の神がいるのなら、これは追放のお手本。外道感を出しつつ、美女を攫っていく。華麗な追放劇。
「あんな真似出来ないし、そもそも俺には…」
車窓からの景色を眺めながら、覚醒方法を探す。
勇者様には馬車が用意され、本来レンが座る席にユウが座っている。
アイカの席にはリーリアが座っている。
彼女はサナにこっそりと伝えていた。
「暫く…、一人にさせて欲しい」
サナはその言葉の意味をこう受け取った。
「アイカちゃん。私たちと距離を置きたい…って。何となく、…分かるかも」
レオス殿下とリオール殿下がゲイダス教会まで乗ってきた馬車に乗っている。
ユウとは五年間の付き合い。サナとナオキに至っては、友人ではなかった期間も合わせると八年の付き合い。
それだけ長い付き合い。顔を見れば嫌でも思い出す。知らない人とならどうにか同車出来る。
「多分、…こうするしかなかったと思う。僕も…なんて言ったらいいか分からないし」
「うん。どんな事情があってもあぁいうの…、駄目…だと思う」
彼女はいないのに重苦しい空気。
ただ
「…あの…さ」
ユウの思考は違っていた。
単純な思考。全く関係ない話、でもどうにも気になってしまう話。
「どう…したの?やっぱり不味い…かな」
「いや。この馬車、速くない?っていうか、止まらなくない?」
「え…。そうかなぁ。来た時もこんな感じだったけど」
「…俺の知ってる馬車ってこんなんじゃないぞ」
「それはやはり、ユウ様が覚醒されていないから…かもしれません」
「ん。…やっぱそうか」
とは言え、これだけでも空気は変わるもの。
「ユウって馬車に乗ったことあるの?」
「普通にあるよ。小学校の頃はド田舎だったし」
「あ、そっか。中学で引っ越してきたんだっけ。どれくらい違うの?ユウ君が知っている馬車と」
「十倍以上。まるで車に乗ってるみたいだよ。時速50㎞のペースで走ってて、休憩なしって化け物だよ。」
「そうなんだ‼やっぱり異世界なんだね」
「そういや、マイマーの馬車も同じくらい速かったか。あの時は別のこと考えてたから気付いてなかったけど。地図で見ると移動速度が尋常じゃないんだ」
異世界と言うより、神話の世界。
そういえば重装部隊に轢かれたけれど、あの時死んでもおかしくなかった。
でも、スロット無し縛りをしているから見えるものもある。
「三百年前の勇者…って。途中、何度か止めようとしたと思う」
「……」
「あれ。図星かな。何か隠していない?」
「…隠していません。あんなことがなければ、デナ神殿にお連れしたいところでしたのに」
だけど、図星。だけど、全否定。その意味を知るまで時間は掛らなかった。
「もうすぐハボッド山が見えます。その山から北がエイスペリア王国です。そこで今日を終えようと思います」
デナアル大陸の東端のクシャラン半島、首都はアモラット。
そこから一日でセムシュ領。そこで一泊、次の日マイマー領に入って一泊。
そして宿場町のように見える集落で、今日が終わる。
たったの三日でクシャラン半島南部を殆ど一周している。やはり、移動が早すぎる。
つまり…
「なぁ、アイカ」
返事はなかった。それでもユウは彼女に話しかける。
レンがいない時に話したこと…あったっけ
「…このまま異世界で生涯を終えるって考えたこと…ない?」
レンのお陰で、新たな服が貰えた。
少し袖は余っているけれど。
彼女達は私服まで提供されていたらしい。
その真新しい生地、白銀の髪が生える少し地味目の衣服が揺れ動く。
「俺は帰らなくていいって思ってる」
「…は?何が言いたいの」
「正直な感想。牧歌的なのに物流は早い。これって完璧に近い」
「アンタは田舎生まれだから…でしょ。アタシは嫌…。ネットも見れないし…、ゲームだって」
ユウは何気ない話って訳じゃなく、聞きたいことを聞いている。
すると、彼にとってはクリティカルな答えが返ってきた。
「あ…。確かに。ゲームはやりたい。だー…ゲームしてぇぇぇえ」
「ちょっと。さっきと言ってること…」
「で、異世界モノのアニメ見てぇ…」
「それは…。…その…ゴメン」
「ん?何が?アニメの話?」
「アタシ、嘘のメッセージを送った」
「あぁ。嘘って分かるメッセージ…」
今思えば…、だけれど
「ちょ…」
「でも、もしかしたら嘘じゃないかもって思った」
そう。信じた理由はあった。皆には別の感覚器官があるようなもの。
スマホがなくても、会話できる術を持っていたかもしれない。
結局みんな日本語で話をしていたのだけれど。
「…で?何が言いたいのよ。まぁ…なんとなく分かるけど」
「そう?だったら聞きたいんだけど…」
白銀の髪がふわりと浮かぶ。でも、多分。
彼女が考えているモノとは別の質問。
「俺が居なくなる時ってどんな時だと思う?」
実はこれを聞きたかったから、ここに来た。
今しかないと思った。だって一人だし…
異世界人も気を使って、彼女に近づかないし
「…想像できないかも。いつの間にか一緒に遊ぶようになって、その後はいつも居たし」
「…そうだよな。俺、みんなと離れるって全然イメージできなくて。ずっと一緒にいるって。在り得ないのに思ってて」
計算したわけではない。実際、この質問は彼の為の質問だ。直接的に脱退する方法を聞いているわけではないし、真意を連想できる状況ではない。
だから、利己的に聞いた。意地悪だと思いながら聞いた。
でも、白銀姫はぽろぽろと泣き始める。
「え、いや。そういうつもりじゃ…」
「何よ、馬鹿。そういうつもりじゃん‼」
現実逃避しても、傷ついた心が癒えるとは限らない。
彼女の場合は、こういう時こそ仲間が近くにいるべきだった。
「俺はただ、俺が居なくなるってどんな時かなって…、考えただけだし」
「ユウが居なくなるのって…、魔物に殺される時かも」
「って、それはいなくなるじゃなくて、死んでるじゃん‼」
「…でも、それしか思いつかない。ユウはいつも居てくれるもん」
「それはさっき俺が言ったことだし。…ってか、死ぬよな。普通に考えて」
「…うーん、実はそれも嘘かも。なんでかな。ユウは死なない気がする。…なんか不思議だね。うん…。そうよね。アタシが守らなきゃ。アンタの分、アタシがファンタジーやってあげるわよ」
「うわ…。それ、嫌味?」
「うん…、嫌味…だよ?アタシを泣かした罰…、でも、ありがと。アタシ、寝るね」
ユウはただ、自分本位に聞きたかっただけ。
その結果、彼女は少しだけ元気になって帰っていった。
未だ、ユウが大賢者になる道は分からない中、次回からエイスペリア王国編が始まる。
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