第16話 使役の暗鎖

 山から見下ろす風景は目を疑うものだった。


「本当に魔物が指摘されてる。っていうか、畑を耕してる…」

「お分かり頂けました?これが悪魔の果実の正体です」

「悪魔の果実ってまさか食べたら魔物になる…とか?そんなの…」


 リーリアとユウ、それからアイカの会話をナオキは目を皿のようにして聞いていた。

 そして自身も眼下の景色に驚愕した。


「いや。それじゃ国が成立しない。悪魔になる実を食べろ、なんて言われたら反乱が起きるに決まってる」

「誰が悪魔になると言いました?」


 スッとアイカが手を挙げたが、それを無視しリーリアが続ける。


「単純に労働力として、魔物を呼び出すんです。あそこはエイスペリア王国ガラナ辺境伯の家臣、テンバサール子爵の荘園の筈ですが…。成程、ここまで来ていましたか」


 丁度日の出時刻。空はまだ暗く、オレンジ色。

 だからこそそう見えるのか、薄暗いから見えるのか、二足歩行の黒い何かの首から赤黒く光る紐が見える。

 形状はさておき、あの色には見覚えがあった。


「あの赤黒いのは…」

「使役の暗鎖あんさ。古来より、一部の神官にのみ使用が許された魔法具です。あの鎖を切る、もしくは魔物を討伐する。これからの戦いの主な内容です」


 この牧歌的な風景の一部にノイズが発生している。それは認めよう。でも…


「理由が知りたい。その使役の暗鎖って、魔物を操れる魔法具なんだろ。それなら…」

「ユウ。気持ちは分かる。でも、あの鎖からは嫌な感じがするわ。放っておくのは良くない」

「え…。そうなんだ。俺には見えないだけ…か」


 てっきりリーリアがよく分からない理由をつけて、否定をするものだと思っていたのもあるけれど。

 アイカの凛とした声に、軽く目を剥くユウ。


「…ううん。私も…見えないかも。ナオキは?」

「そっか。ジョブの違いはこういうところにも影響するのか。うん。僕も禍々しさを感じる。と言うより…」


 ジョブ:大魔導士

 精霊魔法と悪魔系魔法の大半が使える。

 悪魔との交信が出来るため、習熟すれば召喚魔法も使用可能。


 話しにくかったのだろう、ナオキはまるでキスをするようにサナの頬に顔を近づけた。

 だから、誰にも聞こえないけれど、言った内容は恐らく——


 サナの能力は帝国で活かせるのかも。


「ナオキ、サナ。こんなところでいちゃつかないで。デナ様の教えに背く者は悪魔信者…、そういうことでしょ?」

「流石はアイカ様。正にその通りです」


 あっさりとさぁ…


 今にも超人的な脚力で山を下ろうとしているが。


「ちょ、ちょっと待って‼んーと…」

「何?まだ何かあるの?アンタには見え…」

「アイカ、気持ちは分かる。でも、マイマー領の併呑とは意味が違うんだぞ。どっちみち戦うとしても、だ。だろ、ナオキ、サナ。」


 これって間違いなく余計な事。

 ただ、ここに来て。ナオキとサナの関係値が二人の口を噤ませる。

 サナはアイカの直情的な行動に恐怖しているし、ナオキはサナも殺されかねないと彼女の手を握って黙り込んだ。


 そして思わぬ方向からの助け船。


「マイマー公は陛下を裏切り、マリス教へと改宗した。だからクシャラン大公国法に基づいて、領地の没収となった。確かにユウ君の言っている通りだね。今飛び出せば、ただの略奪そして殺害。しかもエイスペリア王国の法が適用される。」

「リオール様…。ですが…」


 優男が糸目のまま、笑顔で話す。

 彼はデナ神系の司祭服、黙り込んでいるナオキは司祭長の服だから、少しアンバランスに映る。

 アイカは血相を変えて、橙色の長い髪に縋りつく。

 すると、彼は女の銀髪を優しく撫でた。


「大丈夫。こんなこともあろうかとレオス様がいる」

「だー、なんだよ、そのレオス様って気持ち悪い‼それに、こんなこともって…、お前にも資格はあるだろ‼」

「僕やナオキ様が行くと、それはデナン神国からの訓戒となる。帝国相手ならまだしも、エイスペリア王国は表立ってはデナン系国家だよ。そもそも許可が下りていないし、裏切り者の件はクシャラン大公国の責任にされている。」

「わーってるよ。だが、お前は第二継承者だ」

「僕は第二継承者。慣習に従い、神に身を捧げる者だよ」


 ここで言う意味もないかもだが、ベンは大公の侍従頭。だから、とっくに帰っている。

 そして、騎兵と歩兵はマイマー領に多く残している為、僅かな騎兵と僧兵のみ。

 ただ、リーリア曰く、数の問題ではないらしい。


「こほん。…レオス殿下、リオール殿下?」


 ここで不思議なことが起きる。赤毛の娘の咳払いだけで二人の背筋が緊張したのだ。

 確かにリーリア・アグセットの父は有力者に違いないが、二人は大公の息子。

 身分的な話ではないのかもしれないが。


 ん?もしかして…


「分かったよ。俺が行く。だけど、流石に俺一人は格好がつかない。リーリア…」

「アタシが行きます。勇者であるアタシが居た方が、箔がつくと思います」

「ですが、アイカ様は…。いえ…、そうですね」


 今までの水先案内人、リーリアが一歩引いた。

 これにはナオキもサナも目を剥いた。ユウは道中を知らないので、そんなものかな、と思っただけだけ。


「…ユウ。後で話したいことがある」


 そして、先ほどサナにそうしたように、ナオキはユウの耳元で呟いた。

 何のことか分からない彼は、とりあえず頷いてみた。

 もしかしたらアイカなら、聞き取れたかもしれない。

 アイカならナオキの狙いに気付いたかもしれない。

 ただ、今のユウには何も分からなかった。


「では、私たちは一先ず、山の麓に戻りましょう。丁度、私もユウに話さなければならないことがありましたので。…では、後のことはレオス殿下にお任せ…ということで」

「簡単に言ってくれる。事実上の宣戦布告だぞ。使者が殺されて始まることだってある」

「あら。その為の白銀姫ではありませんか」

「どんだけ頑張っても、一週間は準備に時間が掛かる。親父にも話を通さないといけねえからな」

「兄上。父上ですよ。…では、アイカ姫も一緒に参りましょう」


     □■□


「雨…だ」


 気象については全く奇妙な世界。だけど、一応ルールは存在するらしい。

 マイマー領が潤っていたのはハボット山から湧き出る水、ハボット山周辺に降り注ぐ雨の恩恵だった。

 思い返せば召喚された場所にも山があった。

 山から水が流れ、川となり、海へ流れる。ここで終わり。


「ユウ、何してるの。これから大事な戦いが始まるんだよ」

「風邪を引いてもナオキが居れば問題ないだろ。なんて言うか、この世界だと肉体に価値がないって感じだ」

「全く…。僕の仕事は増えてるんだけど?」

「あ、そか。それは悪い」


 ユウの体は脆い。風邪を引いたら大変だ。

 そもそも、細菌は?ウイルスは?

 彼らもスロットを持っているのか。なんとなくだけれど、持っていない気がする。

 神話の世界に登場する病は、呪いや毒から。


「ってか、呼び出したのはナオキだろ。待ち合わせ場所はこっち」

「それはそうだけど…。相変わらずだね、ユウは」

「そんな、成長してないみたいに言うなよ」

「褒めているんだけど。変わらないって良いよね」


 何処かで聞いた言葉だった。

 ただ、含みがありすぎてソレかは分からない。


「正真正銘。三次元モードのユウだから。ってか、お前達が変わり過ぎなんだ」


 すると緑の少年は苦笑した。


「違いない。最初は怖かったけど。あぁ、怖いのは今もかな。別の意味で怖い」

「別の意味って?」

「…レン君は凄く分かりやすかった。感情の起伏も、何を考えているかも」

「元々、分かりやすい性格だろ?レンも俺達も」

「そそ、それはそう…かも。でも、今のはそういう意味じゃないんだけど」


 少し頬を染める17才にしては幼さの残る彼。

 怖がりで、繊細で。だけど今は悲しそうな目。


「大剣豪スキルは魔力を持たない。レン君はずっと怯えていた。その裏返しの感情が透けて見えてた。センチメンタルな意味じゃなくて、フィジカルな意味で」


 ユウは僅かに目を剥き、そして眉を顰めた。

 究極的にはレンに成り代われないけど、身の毛がよだつ思い。

 別名、4勇者の中で最弱。


「リーダーを演じてたのもそういうことか。レンは強くあろうとした。」

「うん…。ユウは知らないと思うから先に行っておくけど。レン君はお城の侍女と厭らしいこともしてた。それも透けて見えてた。」

「は?信じられないんだけど。だって、アイツはアイカと…」

「アイカさんが気付いてたかは分からないけど。何となくは知ってたと思う。見ないふりをしてたのかな。それであの事件。何でだと思う?」


 確かに、ここに来てからの二人は本当に仲が悪そうだった。

 いや、仲が悪かった。

 でも、本当のことだろうか。少なくとも、ユウの行動範囲では…。

 いやいや、最初から別枠だった。っていうか、夜逃げばかり考えてたし。

 あ…、それで?


「さっきの流れだと、怖かったからって感じ?」

「うん。でも、あの時の強さって多分…。僕たちには向けられてた。そういう意味ではユウのせいとも言えるね」

「な…何をを」

「あ、ゴメン。ユウにはどうにもできなかったんだよね。でも、ユウが側にいたらレン君ももう少しマトモだったかも」

「それって。自分より弱い人間を見て慰めるってこと?…随分言うようになったな」


 元の世界では考えられない発言。

 でも、それが言えるだけの力を得た…、そう思ったが、ナオキはビクッと両肩を跳ね上げた。


「ご、ゴメン。そ、そういう意味…じゃなくて。そういう意味にも聞えちゃうかもだけど…。い、今のもそう…なんだよ?僕達はスロットを持ってる。そこから感じるものって結構あって…。レンはレンなりの感覚で、そういうのを受け取ってて…」


 ─アナタは何者なの?


 そう言えば、リーリアにも言われた。


「そか。俺が感じられないように、皆も俺のことは感じられない。」


 そもそも、そんなの当たり前。究極的に…、でもここでは軸が増えてるから、一歩踏み込める。ロザリーが不思議がっていたのも。


「うん、そういう意味の変わらない。互いに見えない部分は見えないまま」


 やっぱり魔法硝板は、なくても問題ないのかも。


「逆に言えば何を考えてるか分からないんだぞ」


 だって、追放される方法を考えてるし

 ん?アイカが言ったのも同じ?見えないから分からない…


「それでいいと思う。でね…、ここからが本題」


 実のところ、ナオキはあの夜の一部始終を見ていた。アイカは気づいていたかもしれないけれど。


「俺に出来ることって…、何も」

「レン君の代わりにアイカさんの側にいて欲しい。…できれば、心を奪うくらい」

「は?いやいやいや、そんなの」

「昨日の彼女、見た…でしょ?怖いんだ。サナが凄く怖かってる。だって──」


 ナオキが頭を下げた理由。

 それは納得に値するもので、ユウは渋々首を縦に振った。

 そして、さらに次の日の朝。

 

「俺が…戦う?お前みたいなバケモノと?」

「何ですか、失礼な。化け物じみて美しいとは言われますが、直接的な悪口は初めて…。いえ、ピンクのあばずれがいましたか。」

「自分で言う?…でも、俺が戦えるわけ」

「…戦えます。裏切り者のレンほどではないですが、こちらを…、肌身離さずお持ちください」


 何処から取り出したのか、彼女の手には一本の小刀が握られていた。

 綺麗な小刀、と言っても綺麗なのは鞘で中身はまだ見えない。


「武器か…。ん、微かに光ったような?」

「へぇぇ…。ちょっとは目が慣れたようね」

「ん?」

「…失礼しました。それは魔法属性武器です。貴方のような無能には勿体ない代物です」


 なんていうか、物凄く裏がありそう。昨日のナオキの話だと、こういう時は感じることが出来るらしいけれど。


 あ、そか。レンも魔法剣に拘ってたっけ。


「ただ、貴方の体は至って地味で、のろまで脆いので今はこっちで我慢してください」

「…なんか、日に日に口が悪くなってない?」

「…そうですね。貴方が意外にもほんの少し使えるかもと、道具として見れるようになったからでしょうか」

「怖い…。なんだ、この女」

「では、行きます。私は手を抜くので、それに併せてください」

「って‼俺は戦った経験ないって‼…痛‼」

「ヒール‼…全く情けない。ちゃんとぶら下げてるんですか?」

「って、回復した?ちょ、マジ…で、斬る…とか…聞いて…、…って、そこは‼ひぃぃぃいいいいい」


 斬られては繋がり、潰されては元に戻る。吹き飛ばされては集まり、焦げたら治る。

 だけど、意外なことに怖くない。

 あの日の彼女の方が、三日月型のシミターを持ったリーリアの方がずっと怖かった。

 もしかしたら、これがナオキが言っていたことかも、と思いながらも何度も斬り飛ばされる。


「…リーリア…もさ。ロザリーみたく…、天使と契約…してるのか?」

「ロザリー?アレは悪魔と契約しているのでしょう?私は紛れもなく天使と契約しています。もっと早く契約していたら、と後悔しておりますが」

「後悔…?」

「話をしている…暇が…あったら…、もっと動いてください。…本当に殺しますよ?」


 瞳が緋色に光る。あの時と同じ殺気。


 あぁ、そういうことか。…レンはこの数十倍の恐怖を感じてたんだな。

 馬の身体能力から逆算した、何の確証もなのだけれど間違っていない気がした。


「…因みに天使の名前はなんて言うんだ。そう言や、ロザリーから聞き忘れたんだけど」

「アレと同じにするなと言っている。私の守護天使様の名は…アカツキだ。頭を垂れ、膝をつけ。間抜けな異世界人‼」

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