第19話 ついに仲間から離れる
一体、どれだけの偶然を引き当てただろう。
どれだけの致命傷が、致命傷ではないのだろう。
どれだけ待てば、仲間が手当してくれるのだろう。
「俺を助けない意味…、なんか…ある?」
この国は裏切り者を匿っただけでなく、魔物を使役して、女神デナに反旗を振りかざした。
その罰が解き放たれた魔物に壊されることなら、確かに罰から守る行為は許されざる行為かもしれない。
だが、デナ信者に相違ないアイカは救っても良いと言った。その背後にはレオスも居たし、リオールも居た。
「良いって言ったじゃん。なのに、どうして来ない!なんで、読まない。なんで既読がつかない!!」
異世界まで来て未読、既読問題に巻き込まれるとは。
っていうか。
「だったら、どうして俺は覚醒しない!?」
悲しいことに、この状況はユウの考えたパーティ離脱条件に適っている。
ナオキはレンの事を悪く誇張していた。
それも、もしかしたら嘘かもしれない。
ユウをアイカに接近させる為?
いや、意味がわからないし…。あ、分かることならあるか。あの魅力を放つアイカを前に、レンが他の女に、しかもカラーズでもない侍女に手を出すとは思えない。
僅かに触れた愛果、あの経験がなければ、合ったかもしれないと思えたかもだけど。
「それでも、なんで…。…いや、もしかして。これだけは絶対に考えたくないけど…」
地獄の中で悶え苦しむドロドロの学生服の男。
「お、おい。助けてもらって言う話じゃないが、アンタ大丈夫か?」
ここまでドロドロになれば、地元住民に紛れても疑われない。
同族が助けてくれたと思っている者も。
「だ、大丈夫。ちょっと休めば。でも、暫く動けないから、先に避難してくれ」
「いや、同族を放っておけない。しかも命の恩人だし」
「本当に大丈夫。俺、プロの賢者だから。こういうの慣れてるから」
「プロの賢者?あぁ、そう…なのか。俺達には分からないってこと…だな」
すると男は怪訝な顔をしつつ、ドロドロ青年は置き去りにした。
そして、避難住民の後姿を見送りながら、プロ賢者は呟く。
「いや、プロってなんだよ。最初からおかしいと思ってたんだ。イスルローダはフザけた悪魔なんだよ。こんなの嘘に決まってるじゃん‼大剣豪って戦士だろ?神聖精霊騎士って勇者だろ?大魔導士は魔法使いで、大神官は僧侶‼ほら、ピッタリじゃん‼」
呟くどころか全身でもんどりを打って、叫び始める始末。
「最初から分かってたし。最初からおかしいなぁって思ってたし‼絶対俺は巻き込まれただけだ。あの四人が召喚される予定だったんだろ‼で、偶々俺がそこに居て、俺だけ残ったら面倒くさいとか、悪魔の存在がバレるとか、適当な理由で連れてきたんだろ‼」
ツッコミ待ちだったのかもしれない。
プロ大賢者?あー、そっちのプロ、前駆体の方ねーって、そんなわけないだろう、なんて最初に言えば良かったのか。
「今は何とも言えないけど?アイカとレン、ナオキとサナ。アレですか?異世界ダブルデートですか?あー、もう。なんか、どうでも良くなってきた」
ずっと溜め込んでいた不満が、思っていた不安が、一人だけ仲間外れだった怒りが、堰を切って溢れ出る。
でもでも、もしかしたら、とか…
勿論、考えた上で。でも、ここには誰もいない。さっきの男が生き残りの最後。
結局、アイカの速度にも負けて、彼女が何処に居るのかも分からない。
ここは集落の端。彼女はどこかで方向を変えた。いや、それも実は分かっている。
マップの進捗状況を見れば、どこで方向を見失ったかもピンポイントで指し示せる。
「こっちにアイカはいない。それも分かってた。でも、ここから100㎞北東って絶対に無理だし。魔物を見つけたら手当たり次第、戦いを挑んでただけだし。…もう、ヤケクソだし」
アイカの所に追いついて、回復してもらうのは絶望的。
ナオキとサナから連絡があれば、全く問題なかったのだけれど。
誰もいない。誰も聞いていない。
だけど、言語能力を持たない闇に蠢くモノは確かに存在する。
バシュ…
自暴自棄になって目立っていた。人形のように転がって、藁束にぶつかる事もなく、地面に自身の体液をぶち撒けた。
実はこれが初めての貰う、致命的な一撃。
「もう…、いいよ…」
この先はデッドエンド、自分で決めた人助けだが、助けるべき対象はもういない。
そして、バッドエンド。死に直面しても封印が解けないチート能力なんて、無いのと変わらない。
可哀想に。こんなことなら、さっさと喋って楽になれば良かったのに。
真実を誰にも言えずに、勇者を騙った無能として消えていく。
「二足歩行、ヒト型モンスターは文字通り人の代わり。四足歩行、大型モンスターは家畜の代わり。呼び出されたお前たちは悪くない。呼び出した人間だって、多分悪くない。散々同胞を屠って悪かった。あぁ、嘘。そんなには倒せてない」
自分を慰める言葉を適当に並べ、勇者にとっては強くもない魔物に、命の終わせ方を教わることにした。
もしもプロ賢者なら、まだ仲間だと思っている誰がいるということ。
その人物だけは悲しんでくれるかもしれない。
「いや…。それはない。だって、ソイツも…、チート勇者なんだぜ。…おお、いいねぇ。…その爪なら…簡単に…死ねそう…」
固い大地を掘るのに役立ったろう、巨大な爪がユウの首元に振り下ろされる。
既に回復魔法が必要な致命傷は貰っている。緊張がブチ切れて、意識も遠のく。
思ったより、苦しまなくて済みそう。
そして、意識がその手綱を離そうとした時。
周囲に奇跡の炎が発生した。
「ファイアソード」
男の声。聞いたことがあるような、ないような。だけど、どっちでもいい。
普通の名前が付けられた魔法では、ユウの意識は戻ろうとはしなかった。
「お兄い。こいつ…」
□■□
緑色の髪を靡かせる大神官は、クシャラン司祭長に就任する予定の男の使者から、情勢を聞いていた。
使者の男は一般的なクシャラン人の中年男性、だが良い家の出の男。
カラーズはそれほど珍しい存在だ。
「分かりました。僕も暫くしたらそちらに向かいます、と伝えて下さい」
そして、仮拠点の一画の部屋のドアを閉める。
「ユウ君、大丈夫…だよね?」
「…多分。アイカさんに任せてるし。でも、アイカさん達は最前線に張り付く…みたい。明日か明後日か、落ち着いたら聞いてみよう。それに…分かっている、よね?」
「うん。私は…、悪魔の能力者。大人しくしないと。皆の敵にはなりたくないもん…」
クシャラン大公の嫡男。レオスの部隊は明け方までにエイスペリア王国中央まで前線を広げていた。
確かに、アイカの活躍はあった。
だが、その中身はスカスカ。エイスペリア軍が終始撤退戦に徹していたから、というのが本当の理由だ。
そも、エイスペリア南部は魔物に頼らなければならないほどの不毛な大地だ。
「そうだよ。サナはボクが守るから。…ね、帝国の全容が掴めるまでは、大人しくしてよう?それじゃ、手」
「うん…」
因みに、戦いを上手く進めたのは、間違いなくエイスペリアだった。
カラーズ二人をチラつかせ、魔物の防壁を張ったと同時に、本隊を一気に北に持ち上げた。
定期的に魔窟の罠を張ることで、アイカとリオールのような遊撃隊以外の侵攻をかなり手間取らせた。
全体で見ると、クシャラン軍の方が犠牲を出している。
「アイカ様、流石です」
「リオール様もです。まさか追いつかれちゃうなんて」
「死にものぐるいでしたよ。ほら、分かりますか?心臓が破裂しそうです」
とは言え、相手を攻めて伏せているという気分は味わえる。
実際に不毛ではあるが、領地は獲得できるかもしれない。
不毛の大地の意味。意味はなくとも形はある。形があれば記録に残せる。
「ちょっとリオール様!!いけませんよ。ここは最前線です!!」
「そうでしたね。それに僕はもっと強くならないとね。いずれ、戦うことに」
「リオール様が戦わなくても…。アタシがケリをつけたいだけですから」
ただ、飛び回ったアイカは気付いていた。
流れから当然かもだが、後手後手。間違いなく、レンから情報が流れている。
カラーズとしてのレオス殿下の力を知っている。
だから、思い切った作戦に出ることが出来なかった。
「そういえば、ユウって大丈夫なのかしら。途中までは目で追えてたの」
「彼は…そんなに大事な人?」
「と、友達…です。とっても弱い…。ナオキのせいよ…」
「ナオキ様は気付いておられる。彼に任せていれば問題ないです」
「…世界の形。アタシがレオス殿下から聞いた話、ですよね…」
「えぇ。なんて言ったらいいか…」
「…リオール様のせいではありません」
白銀の姫は橙色の司祭に体を預けて、そのまま瞳を閉じた。
「少し…眠ります」
「うん、おやすみ」
カラーズは暫く女の重みを楽しみ、本当に彼女が眠ったか、確かめようと思った。
だが、今日は手を出すのを止め、起こさないように溜め息を薄く吐いた。
そして、笑顔が張り付きすぎた糸目を薄っすらと開けた。
「能力を持たない召喚者…か。その男に何かを仕込んでいると聞いた。一体、何を考えている…。リーリア」
□■□
走馬灯…、見れないな。あの空間、もう一度見たかったけど。
イスルローダに大文句を言いたかったのに。
…ってことは、幽霊?なんで…意識が…
「あ、お兄い。黒髪、やっと起きたぞ」
「…おにい?…って?お姉さん、じゃなくて妹。じゃなくてえっと…、カル…。痛っ‼」
「ウチの名前覚えるな。お兄ぃ、早くぅ」
近くで見ると間違いなくカラーズ。濃紺がカルド。薄紫がカルタ。エイスペリアの王族の二人。
サナの髪色が丁度間にくるかも、と何となく思っていると
「なんだ。思ったより余裕そうだな。」
「…余裕?あ、そか。もしかして命を助けられた?つまり…捕虜…痛っ‼」
また、何かを投げられた。物を投げる癖がある女なのかも。
とは言え。
「その前にありがとは?お兄いがアンタを助けたんじゃん」
言っていることはまとも。
喋り方の特徴は…、多分イスルローダがえいや、とやっている。こういうイメージということだろう。
「実際に助けたのはカルタだ。回復魔法でな」
「あー、せっかくウチの名前、秘密にしてたのにー」
「なんか、調子抜ける。…でも、えっと。有難う。それにビックリするほど体が軽い。確か死ぬところだったし、何もしなくても死ぬ予定だった。だから、捕虜でもなんでも好きにしてくれ。出来るだけ協力する」
「はぁ?随分潔い捕虜じゃん」
「だが、残念だがその潔さを活かせる状況じゃない」
持ち上がって、叩き落された気分。ユウの顔が一気に青ざめるが。
「その意味じゃないじゃん。アンタ、無能勇者って有名らしいじゃん」
「あぁ、そか。その意味で処刑…」
「その意味って言ってないじゃん。何、そのマイナス思考」
「それは…色々理由が…って、そういう意味じゃない処刑?」
「処刑から一度離れろ。それに俺からも礼を言わせてくれ。民の幾人もが恐らくお前に助けられている。俺達は命の恩人を助けてほしいと言われてあの場に行った。…剣のプロと言っていたから調べたら、黒髪の無能勇者と特徴が一致した。」
少し大きめのナイフ、短剣しか使っていなかったから、そちらに空耳してもおかしくはなかった。
そして。
「あ、うん。そうだった…っけ」
「はぁ。まぁ、いい。つまりお前は無能な有名人。だが、民の命を救った。特徴を覚えている者もいるかもしれない」
「だから、扱いに困るじゃん。で、ウチが名案を思い付いたんじゃん?」
「絶対に嫌な予感しかしない顔なんだが…」
「カルタは頭が良いからな。見事なバランスの案を思いついた。それに良い予感しかしない顔だぞ。」
見た目は豪と柔。少し褐色の肌。だけど、髪の毛は遺伝には関係しないらしい。
その柔の方がニヤニヤとしているが…
「バランスの良い案?」
「あぁ、見なかったことにするという、賢すぎる案だ」
「は?いやいや、見なかったことって…。実際に助けられてるし」
「で、アンタは助けたんでしょ?見なかったことが一番バランスいいじゃん」
「流石はカルタだ。成程、やはり俺の婚期が遅いのはカルタという素晴らしい妹が存在してしまうからだ」
「ウチのせいにしないでって言ってるじゃん。ってか、ウチたちは北東に向かう。んで、クシャランは南東にいる。だから、アンタは北西に向かう。分かった?」
「…そこはじゃん、じゃないんだ。…そういうことか。合流はさせてもらえない。俺も何も見なかったことするわけか」
マジで適当に考えたような、どんぶり勘定。
早く出ていけというので、言われた通りにする。
「あ…。服、ありがと。カルタさん。カルドさんも死なないように。勇者は…強いから」
何故か生き残った。今回ばかりは偶然だろう。
運が良かった、いい人に助けられた。敵国の王族、しかもカラーズだけれど。
全く、何がなんだか。そう思いながら、二人の為にも身を潜めて北西に。
——つまりオーテム山を登っていく。
そして、そこでユウは目を剥くのだ。
カルドの言う通り、カルタが凄いのか、運が良いのか。もしくは…
と、その前に。
ピュ‼という音、風を切る音が聞こえ、瞬時にユウは身をのけ反らせた。
一応、そういう可能性もある。帰らせておいて、裏で殺される可能性が過ったのはある。
だけど、やっぱり
「へぇ。今の避けた?俺、ちょっと鈍ってるらしい」
躊躇なく、首を刈り取ろうとした灰色の髪の青年。その背後には彼女。
「グレイは真剣勝負じゃないと本気が出せないからでしょ。…さて、無能勇者様。どうやら、無事に生き残れたみたいですね」
赤毛の女が、この山に向かったのは知っている。本人が言ったから。
だけど、このタイミングでの出現は、カルタと通じていたと言っているようなもの。
「その無能の勇者でも入れる保険があると聞いたけど?」
「そう、それが彼。私が知る限りの最強の剣闘士よ。そして彼も貴方と同じ、無能力なの」
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