第18話 援護が来ないのは
アイカは笑みを浮かべ、サナは青冷めて膝から崩れ落ちる。
「サナ。…大丈夫。僕が…ついているから」
「言ったのに…。私、言ったのに。魔物から処理しないと、大変なことになる…って」
悪魔の言葉が分かる、魔物の気持ちも分かる、大魔導士。
最初から聞こえていた。初めから分かっていた。使役する側とされる側。
本来の家畜の気持ちは分からない。でも、魔物からは悪意を感じていた。
「さぁ。デナ様の加護です。エイスペリア王国の皆さん、解放のお時間ですよ‼」
「ひぃぃぃいいいいい‼」
「父ちゃん…。え…え…えぁあ、ああああああ」
「お隣も、お隣も。その赤いひもは、アイの証かしら」
想像以上に魔物の使役技術が広まっていた。
そもそも、耕せる土地が少ない。人間の力では実った麦穂以上のカロリーを使う。
誰かの為に誰かが飢える。人口が増えることで突き当たる、理不尽な気象風土の壁。
「助けて…」
「助けはきますよ。魔物と関わらない生活を送っていたら」
ガジュ……ガジュガジュガジュ
魔物を使う利点は、体力が違うからだけではない。天魔大戦で天と地上と地底に分かたれた世界。
地底に住む魔物は、地上の食べ物が無くても生きていける。
とっても効率的。悪意のコントロールさえ出来れば。
そして、鎖を切られた農夫は食われるのではなく、ただ殺される。
痛めつけられ、苦しまされて殺される。
「痛い…、痛いよぉ…」
「ジョー、今お母さんが助けるから…」
農耕器具が扱える魔物、とても器用な魔物なのだ。丁寧に子供の腕を…
ザッ…
「キシェシェェェェェエエエ‼」
ただ今回は、腕をもがれたのは魔物の方だった。
「っと、クソ。やっと五人…。三人とも、あっちだ。あの魔法使いが助けてくれる」
有無を言わせず、礼をする暇も与えず、エイスペリア人を大魔道士の下へ走らせる。
「ユウ!!アンタ、何やってんのよ!!」
「お前こそ!!…自分が何をやってるか、分かってんのか?」
魔物の声は聞こえない、気持ちも分からない。
だけど、ユウはアイカの後を追っていた。
到底追いつけたものではない。殆どを取り零してしまった。
「最初から言ってるじゃない。罪からの解放よ」
「それはお前たちの法だ」
「女神デナに傅く、神聖騎士団の法よ。即ち女神の法」
って、話してる場合じゃない!!大体読めてたじゃないか。もっと俺が…
基本的に不意打ちだから、どうにか出来た。
だけど…
「ギアガガガ!!」
「っ…。だよなぁ。俺じゃ戦えない。分かってるよぉ!!」
「はぁ…。はい、アイヒール。仕方ないから、一回だけ助けてあげる」
「アイカ!!…くそ、もういない!」
土台が違う、人間と神くらい力が違う。
「アタシは忙しいの。まぁ、人間を殺せとは言われてないから、勝手にしたらいいわ」
さっきのアイカは何処に行ってしまったのか。単に身内贔屓で、今は考え方の違いで、本当に掴みどころがない。
いや…
「姫!!俺達も手伝うぜ。やっと、魔窟の処理が終わったんだ」
「姫、僕も同行するよ。僕も良いところを見せないと。兄上に負けてしまうからね」
彼らの存在、アイカの変化を語る上で見過ごすことができない。
レンがロザリーに連れ出されたように、アイカも異世界人に導かれる。
本気モードだったかはさて置き、レンがレオスを押していたのが大きかったのかも…。もしかしてリーリアの変化も?いや、それは考えすぎかな
「ユウ。こっちは大丈夫。サナに手出しはさせない。だから…」
あぁ、そういうこと。アイカが言ってたっけ。ナオキが今回の編成を決めたって。…ずっと守っていたんだな。ジョブの能力と社会情勢を見比べれば、ナオキとサナは対極なのか。サナの能力は帝国に必要なモノ…
「分かった。因みにサナ。このバケモノは倒していいヤツか?」
すると
「うん!地獄からいくらでも湧いてくる魔物だから…、倒していい…。で、でも…」
久しぶりに目を合わせて話した気がする。
悲しそうな顔、辛そうな顔、それでも先を見据える真っ直ぐな目。
「ユウ君、頑張りすぎないで…」
ちょっと、違和感はあったかもだけれど。
「でも、まぁ…。だいぶ、見えてきたか」
精霊騎士のデナ信仰向けの快進撃は日の入りと共に始まった。
暗闇は魔物を発生させ、魔物を活性化させる。
「て、思ったより明るい。いや、暑いな…」
人々の生活は火とともにある。魔物を発生させない為に人が暮らす場所には聖火が灯される。
パチッ…。ドドド…。ガラガラと燃え崩れ落ちる家々。
勇者様は迷える人間たちを魔物信仰から解き放った。
魔物は厩舎のような場所に集められていた。エイスペリア王国に使役の暗鎖が持ち込まれたのは、最近のこと。
だから、家畜用の厩舎をそのまま流用したのかもしれない。
「解き放たれた魔物は解き放った勇者を無視。そのまま民家に向かった。まぁ、大火事になるのは当然か」
昼のようにとはいかないが、直上が夕焼け空に見える程度には煌々としている。
近くからの悲鳴はない。苦しまずに死ぬことが出来たなら、それは悪神、軍神マリスの加護だろう。
「精霊勇者は鎖を断ち切るのが仕事。神官勇者は大切な仲間を守ってる。魔導士勇者は守られている。」
カラーズではない人間が使役していた魔物。魔法具の呪縛があるとはいえ、そこまで強くはない筈。
黒髪の未成勇者は、姿勢を低く身構えて、仲間の勇者なら瞬殺するだろう二足歩行魔物、四足歩行魔物ににじり寄る。
「一面、炎の海。遠くからは人々の叫び声。多くの魔物が跋扈していて、いつ襲われてもおかしくない。地獄…だな。女神デナの教えに背いたから、ここに住んでいた人は皆地獄に落ちたって?」
流石にこれは酷すぎる。
自分ひとりには荷が重すぎる。
どこかの勇者様に助けてもらうべきだ。
「各国が勇者の力を欲しているんだってさ。ナオキはそれを察したからサナを守っていた。…だから相手をしてやれるのは、未だ勇者に成れない俺しかいないらしい。レベルの低い次元かもしれないけど、相手をしてやる。かかってこいよ、化け物ども…」
あぁ、間違えた。なんか今の、…負け勇者っぽいセリフだ。
□■□
未完勇者の装備は相変わらずの学生服。
魔法のナイフとそれを固定するベルトが、ささやかにここは異世界だと訴えている。
「こういうのも見るって。大抵の学校は異世界と通じてんだよ‼」
グルルルルrrr…
四足歩行の魔物、ただでさえ言葉が通じないのに、相手が居ないから魔物に話しかける。
ガキィィィイイン
牙を剝いてきても、構わず喋り続ける。
「あぁ、お前たちもそうか。勝手に呼び出されて、最初から制約を食らってる」
先も言ったが、夜は魔物が出没する。
リーリアとの修行の一週間とは、当然夜も合わせての一週間だ。
そして彼女の教えは、これしかなかった。
「一撃で決める…。二撃目は必要ない。…って言えばカッコいいんだけどな‼」
噛ませたナイフをそのまま喉の奥に刺し入れる。
流石は魔法属性武器。レンが拘った魔法の剣。ユウの目には見えなくとも、そこには確かに存在する別次元。
武器の力を借りて、漸く雑魚狩りが出来る。
今回も運よく、魔物の中枢を貫くことが出来た。
そして噛まれたらアウト。二撃目が要らないのは、反撃されたら終わりだから。
「防具の方はさ。俺には意味がないんだと。重い装備だと動けないし、軽い装備だと俺の体だと着てないのと同じってさ」
だから、一番着慣れたもの。一番動きやすいもの。一番体のサイズに合っているものが良いと言われた。
相手の攻撃が1mmも当たらないよう、見極める為。
「イスルローダめ。制服じゃなくてジャージって言えよ。動きやすい服装でって言えよ。あ、ゴメンゴメン。お前に言ったわけじゃない…」
「ぐがぁぁぁおおおおお‼」
今度は二足歩行、二本の腕を持つ人間に似た魔物。
爪と牙は悍ましいほどに発達しているけれど、
人間に似ている分、こっちの方が気持ち悪い。
「マリスの神官が倒していいって。言われるんだ…よ‼」
ユウが戦える条件はたった一つ。近くに回復魔法が出来る魔法師がいること。
日が昇っている間は、対人戦を。夜になったら、騎士団の隣で魔物狩りを。
そのどちらもリーリアが回復してくれた。初日の猛特訓は…
「回復魔法の限界を身をもって体験する為…、って‼全然分からなかったんだけど⁉スロット分も併せて考えろと申されましても‼」
ここまでは回復できる。ここを切られたら喪失する。ここをやられたら即死。
その全てが元の世界だと、死んでるだろという傷だった。
勇者ですし、どうやら封印されているだけらしいので、外殻はあるのでしょう?その感覚が分からない虫けらですか、その体に覚えさせるしかないですよね?
「う…。その理論。絶対間違ってますから。分からないものは分からないから…、──は‼やばい。吐きそうになってきた。えっと、あっちにアイカ。あの炎の向こうにナオキ…とサナ。サナは回復魔法が使えるのか聞いてない。バランス的には使えないような気がする…けど」
アイカの進行方向は悲鳴が教えてくれる。でも、ナオキとサナの居場所はなんとなくでしか分からない。
ユウは毎回死ぬ覚悟で立ち向かう、仲間が回復してくれると信じて戦う。
今はそれしかないって話。
「生き残ってるやつ!魔物の死体の先に回復してくれる仲間がいる。早く、行け」
「ありがとうございます‼ありがとうございます‼」
「早く、行け。まだ、夜は始まったばかりだ」
ここまで頑張っても十人ちょっとしか助けられていない。
勿論、燃えている家屋の中に人が居て、どうにか安全な空気を確保できている者もいるかもしれない。
しかし、問題はユウの体力。今の今まで後ろからの援護がない。
「後ろで何かあったのかな?カラーズとの戦いが長引いてるとか?…でも、俺たちは戦争しに来たんじゃないんだぞ。ナオキ…、サナ…。戦うだけが勇者の仕事じゃない。一体、何を考えてる…」
ただ戦えているのは、サナが言ったことを信じているから。
即ち、解き放たれた魔物は飼い主を狙うこと。
今のところ、その言葉に嘘はないように思える。
とは言え、先を行くアイカには追いつけない。それどころか、至る方向から逃げ惑う声が聞こえる。
ここでユウの頭に電流が走る。魔法の道具はナイフだけじゃない。
ちゃんと初めから、しかも魔法の力で、勇者の体から離れないようになっている。
「…そうだ。
今までは戦力外、保護対象、更に作戦も知らない無能だった。
でも、これだけ頑張っているんだから、少しぐらい甘えても…
「人間を助けているのはアイカも知ってる。だから、救援求む、は大丈夫。問題はここが何処か。…そうだ。マップ機能がある。俺の位置を記憶して…」
汗を拭い、返り体液が混ざっていたことに目を剥き、目を背けながら拭くものを探す。
だけど、ここは少数の人間と多くの魔物の開拓地だ。
光源を求めてスマホに手を伸ばそうとしたが、その手を止める。
地図が見たい。画面を汚さない為にタオルが欲しい。
「クソ…。考えている場合じゃない。服は洗えばいいんだ」
今回は除け者ではなく、仲間として戦場を共にしている。
これ自体がユウにとって本末転倒だが、そもそもパーティを抜けるキッカケが見当たらない。
奇麗そうな布部分を手探りで見つけ、必死に拭って炎に向かって手を翳す。
「焦るな。焦るな。何を焦っている。息切れは…仕方ないんだけど」
息が苦しい。心臓が痛い。胸が痛い。これは本当に身体の話?物理的な話?
──何かを見逃してる…?
そんな訳…、ない。でも、今はそんなの関係なくて…
まだ、大賢者のスロットは封印されたまま。これがその証明ではないのか。
「とにかく、先ずはマップを…」
汚さないように、内ポケットに手を差し入れて、最小限の接地面積でゆっくりと摘まみ上げる。
スクショ機能ってあったっけ…、なんて考えながらポンと画面を立ち上げて、トンと地図情報アプリを開く。
そして、ユウ青年は目を剥いた。
「なんだ…、これ…」
──そうです。帝国が掲げる主張は悪魔の果実。一度呑み込まれれば、あっという間に国が変わります。だから、私はスピードを上げる為に魔法硝板を
あの時、リーリアは言った。
魔法硝板で連絡を取り合って、マリス教国家を追い詰める。そういう意味で言ったのは知っている。
──除け者が出たんだから、改めてグループを作りなおしたらいいじゃん
この意味を真に理解できていなかった。
マップアプリも言った場所しか見えないから、と触ってもいなかった。
だが、三百年前にもこの機能はあった筈。
地図アプリを開いた時は、アモラットの貴族街まで。
殆ど、近い場所に居たから、そこには思い至らなかった。
…とは言え、頭を抱える必要があるのか、まだ分からない。
「これってグループで共有されていたんだ。…南の方のマップが解放されてる。ここがリーリアが言ってたデナン山か。んで、そこから真っすぐ…。デナン神国だろうって場所も…。ここ、神殿か?」
アイカはレオスと共に、首都アモラットに向かった筈。もしかして、デナン神国にも顔を出していた?
…在り得ない話ではない。だけど。
──ナオキの提案ってリオール様は仰られたけど
「そういう…こと?ナオキが神殿に行ったのか…?あ、スクショ出来る。これをこうやって…」
違う意図があったなんて、考えたくない。
『ナオキ、サナ。ここに来て。救援を求む。回復して欲しいんだ』
あの日、呼び出された時。
ユウはこのままでいいと言った、彼の言葉が嘘だなんて、思いたくなかった。
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