第20話 グレイとマリアとレジスタンス

 オーテム山、カルデラ湖を越えると、デナアル大陸の南側が最大の敵に認定している国。

 即ちテルミルス帝国の領地となる。


「さて。ここからなら丁度良いですね。あちらをご覧ください。女性の胸部のような山が見えませんか?」

「回りくどい言い方するなよ、リリー。そのまま女神の乳房って言えばいいだろ」

「…えと。うん。確かに見えるけど。形は置いといて」

「シロッコ山そこからこちら側に流れる川がチラーズ川です。どのように見えますか?そうでした。ユウ様も無能でしたね。こちらをお使いください」

「リリー。喋り方、どうした?」

「黙って。大事な話なんだから」


 初めて見るリーリアの一面。勇者用、無能勇者用、灰色髪グレイ用、いくつもの顔を持っているらしい。

 と言うより、分かっていたことではあるが、やはり彼女はテルミルス帝国内に知り合いがいたことになる。

 しかも、ただの少年で…


「もしかして付き合ってる…?」

「違うよそれに俺には…、いや、なんでもない。」

「そんなわけないでしょう?それよりも」


 リーリアに促されるまま、望遠鏡を覗き込む。覗き込むまでもなかったかもしれないが、より詳細にということ。


「…俺、この世界に来て思っていたことがある。ここの世界は耕せる場所、暮らせる場所が決まっている。今まで見た中だと、あそこは本来人が暮らせる地形だ。でも、戦争でもあったのか?なんであんなことに」

「世界に来て。本当に別の世界から来たんだ…。あそこ、俺の生まれた場所。ハバド地区っていうメリアル王国の一部」

「生まれた場所…って…」

「空から毒性と酸性のスライム、炎が降ってきて、俺の家族は親戚も含めて殺された。ハバド地区に住んでいた人間で生き残ったのは俺を含めて三人だけ」


 流石にユウは目を剥いた。今、サラッと凄いことを言った。しかも、無表情。

 というより、会った時からずっと表情がない。


 家族を殺されて、一人ぼっちに。俺は異世界に飛ばされて、一人ぼっち…、だけど…


「これがメリアル王国に直ぐに行けない理由です。直接見て頂いた方が、虫けらのやる気も出るんじゃないかと思いました」

「…その前に色々考えたいんだけど。あれ、ただ事じゃないぞ。この世界は気象の関係で生きにくいのに。あんな勿体ないことを。それに…、えっとグレイ君だっけ…」

「あ。俺と話す時は俺の上司を通してよ。そういう決まりなんだ」

「なんか…。凄いな。それじゃ、リーリアに」

「リリーは俺の上司じゃない。役立たずの仲間」

「役に立つ方法は戦い以外にもあるの。…まぁ、いいわ。ユウさ…、虫けら様。今から今度は帝国側に下ります」


 いよいよ帝国。だけど、何も感じなかった。


 俺の中では、あの三人はもう仲間じゃない。だけど、俺が一方的に思っても条件は満たされない。…やっぱり、リーリアにも幻滅されるんだろうか。でも、無能でも戦える…なら


「帝国領?そう簡単に帝国領に入れるのか?見たところ、あの街は結構大きい。目立たないようにってのも難しそうだけど」

「その点は問題ありません。今、あの街オーテムはレジスタンスが占拠しております」


 流石に目を剥いてしまう。ただ、説明を受けた限り、帝国は巨大な国家だ。


「そんなことも…あるか。帝国も色々抱えているんだな」

「因みにですが、私は何故反乱を起こしたのか存じておりません。ですが、敵の敵は味方ですので」

「え。リリーは戻って来たんじゃないの?」


 灰色のボサボサ髪、人のことは言えないけど、とにかく彼はリーリアとそれなりに付き合いがあるらしい。

 彼女はクシャランの貴族令嬢。そして、そのレジスタンスとも繋がっていた。

 ここの人間のことを、異世界人がとやかく言う理由はない。

 ただ、一つだけ。この出会いの意味を知る為、どうしてもリーリアに聞きたいことがあった。


「そこに俺を連れて行く理由って、俺が強くなる為だけか?」

「そのようにお伝えした筈ですが?」

「…ちゃんと聞こう。そのレジスタンスに俺を入れるつもりは全くない?」

「…質問の意味を測りかねます。どうして無能勇者をレジスタンスに?」


 だったら、どうしてここまで気に掛ける?


「デナン神国もクシャランも帝国も、勇者の取り合いをしているように見えただけだよ。ただの好奇心だ。俺についてはリーリアの好きなように使ってくれ」


 そういえば、気にする意味もなかった。だって、見捨てられた。

 助かったと思ったら、エイスペリアの王族に助けられたくらいだ。


「成程、私の好きに?とは言え、…その話は置いておきます。先ずは…あの女に会ってから。今はマリアと名乗っているとか?」


 今度はマリアという女。だが、ここで灰色の青年が無表情のまま俯いた。


「うん、俺のせいで。爵位をはく奪されて、地位も名誉も失ったから。名前を変えたんだ」

「あの女の目論見でしょ。グレイのせいじゃない。それから、下山までに帝国の政策がどのようなものか、簡単に説明しておきます。異世界人様なら、理解も早いと思いますので」


 前途多難、でも歩んだ道だって多難だった。

 なるようになれ、とユウは過去に何かがあったらしい二人について行った。


     □■□


 テルミルス帝国は今やデナアル大陸の北半分を影響下に置いている巨大国家だった。

 北に行くほど、記憶が低くなる世界だから、北に行くほど栽培が難しくなる。

 縄張り争いに負けた人種が、北へと追いやられ、デナ信仰の中の一人の神を選び出して、主神の世代交代が行われたと主張し始めたのが、南北の争いの火種だ。


「その説明をする為に必要なのは、古代デナン帝国時代の慣習です。住むに厳しい雪の世界。ここでは魔物の使役が特別に許可されていました」

「…厳しい世界って言っても、教義と真っ向から反対のことを?」

「遥か昔のことですので。神学上はこうなっております。軍神マリスは天魔大戦で悪魔を地底に追いやった神です。それが当時の北部一帯での土着神マリスと同一視されたと言います。マリス信者は軍神マリスに天魔大戦後に悪魔を監視する役目を受けた。民間伝承ではそういった記述がある、というのがマリス信仰者の言い分です」


 それ以外にもいくつか話を聞いたユウだが、途中から理解するのを諦めていた。

 信仰に関しては、アレを見てしまっているから、あまり口にしたくないのもあった。


「で、政治体系は民主主義とは言うものの、元老院によって皇帝が選ばれる仕組みか。そして、元老院とマリス教会による中央集権制。荘園制は廃止されているものの、貴族の地位は残り、領主を地主に名を変えている。で、元老院の議員の立候補は貴族が多くて、投票するのも金持ちが多い。でも、近代に近くはあるか」

「…え。アンタ、分かるのか。凄いね。俺、全然分からない」

「俺もグレイと似たようなものだよ。さっきのリーリアの話のうわべを纏めただけ。何なら…」

「いい。マリアに全部任せてるから」


 その後、グレイが口を開くことはなかった。

 と言うより、興味を失くされた、という寂しい気配がした。


「当時はアルスという名でしたが、今はアルズという名を名乗る兄と、当時はアリア、今はマリアと名乗る妹。恐らく…、…来ます。気を付けて」

「気を付…、…は?」


 彼女が言った瞬間、空気が変わった。散々、嗅いできた空気。

 つまり…


「カラーズか‼全く…、最近カラーズとしか出会ってない…、っと‼」


 ちゃんと上を見る癖がついた。

 ただ、足は常に動くように気を付けて、カルタが洗って貰ったから、制服もいい感じ。

 てか、あの兄妹は正直嫌いじゃなかった。


 横からの魔法と…


 ガキン…、上からの斬撃。


「あらあら、おひさしぶりですね。リーリアさん」

「…本当は二度と顔も見たくなかったわよ」

「私の許可なく、グレイを連れて行ったと聞いた時はどうしてやろうかと思いましたよ?天使の裁きで」

「時間がなかったのよ。例の勇者が魔物に殺されるかもしれなかったから」


 いや、そこは間に合ってないから。ただ、カルタと交流があったから、安全に。安全に?


「成程。リーリアが最低限の教育はしたと言ってけれど、中の下くらいかな」


 マリアは何故かシスター服。相当な美形。水色の髪色。

 アルズは魔法剣士。同じく相当な美形。青色の髪色。


 ただ、リーリアが首を傾げることを言う。


「あの時と髪の色が違う」

「え、髪の色が変わった?前は…」

「金髪よ。そのままでもそれっぽいとおもっていたけど」


 会話途中だとリーリアはユウに対してもこの言葉遣い。

 こっちの方が彼女の本当の喋り方だろう。


「それよりリーリアさん。本当に天使を降ろしたのですね。クシャラン大公とクシャラン王子に泣きついたのかしら」

「泣きつくわけないじゃない。アイツらは私を助けようともしなかった。だから、帰って自分で古文書を紐解いたのよ。…いつかアンタに復讐しようと思ってね」

「怖い怖い。ちゃんとお話した筈です。あの時は仕方なく、アナタを大衆の面前で凌辱したのです。私のせいではありませんけど」

「‼…そういう態度がムカつくのよ。…分かった?私はこの国で酷い目に遭わされた。…取り返しがつかないほど穢れた人間なのよ。ユウ、私に失望した?」


 いや、話に全然ついていけない。それに同情はあっても、失望する内容は何処にもない。

 

「失望とかそんなのはない。…でも、何が何やら。そもそも、俺達が来る前の話だし、…っていうか、状況的に今よりも深刻な気がするんだけど。クシャランもひれ伏してたってこと…にならない?」

 

 ここに来るまでの歴史に意味があるかは分からないし。相変わらず、賢者の力は目覚めないし。この世界の戦争に巻き込まれたくないし、…それはもう遅いけど。


 なんて考えていると、マリアがするするっと割り込んで、グレイ青年を連れ出して、目の前で彼の体に絡みついた。

 異世界美女に、シスター服でそれをされると、エロしか感じない。

 そして、されるがままの灰色髪の彼は無表情のまま。その唇を奪われたとしても。


「この子がたった一人で帝都を大混乱に陥れたの。私の自慢のグレイ。私のもの。勝手に連れ出したことで腹を立てていたの。ゴメンなさいね、リーリアさん」

「マリア様、リリーは許可を貰ったと言ってました」

「そうよー。分かっていても腹が立つものなの」

「何、それ。リリーは悪くないじゃん」

「そうねー。でも、知らない人についていっちゃだめよ?」

「知ってる人。ま、いいか。えっとユウって人。この人が俺の飼い主。俺に用があるなら、この人を通して」


 ユウは、引き攣りそうな顔をどうにか我慢するのに必死だった。

 ここは異世界、だけどさらに異世界。


 ってか、何なの、この空間?あれ、お兄ちゃんだよね?お兄ちゃん視線逸らしてるし‼グレイ少年もおかしいけど、このシスターもおかしい‼どうでもいいって思ったこともどうでも良くなってきた。


「グレイ。この人はね。無能な勇者様なの。リーリアさんはこの無能な勇者を鍛えて欲しいって、君にお願いしているのよ」


 知ってるんかい‼…駄目だ。この女、怖いし、強い…。グレイが可哀そう…。いや…、う、羨ましいとはおもうんだけど、相変わらずグレイの表情が死んでるし。この人も相当なんだろう


 ただ、それにしても


「グレイが最強の剣闘士?…しかも一人で帝国をめちゃくちゃにした?一体、どういうことなんだ。なんか、世界が違うくね?」


 ————————————————


※『神様はサイコロを振る。悪魔は出目を教える。俺の運命が決まる。』の世界観を取り入れているだけで、話は繋がっていません。

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