第21話 オーテムという新たな拠点
オーテムという街は西側に湾を持つ、テルミルス帝国の南西の街。
教会はそれなりに大きく、その敷地内に円形の建物を持つ。
「この街全部レジスタンスって…。信じられない。そういうのってもっとアングラな場所に潜むんじゃないのか」
「テルミルス帝国はとても大きく、南北で政策が大きく異なります。特に南側はエイスペリア王国とメリアル王国と隣接していたので、中央集権が進んでいませんでした」
リーリアが四人の勇者と接していた時の顔。常に笑顔を絶やさない顔。
ただ、リーリアの表情は少しの冷たさを孕んでいた。だけど、このマリアという女は屈託のない笑みを浮かべる。
善人、天使、女神?とにかく慈愛の塊のような人。
グレイに対する偏った愛は、さておきだけど。
兄の方は至って普通の真面目な人。青色の髪、カラーズだけあって、人間離れした戦闘力を持っているのだろうけれど、水色髪のカラーズ、マリアが戦うとはとても思えない。
お兄ちゃんの方は聖騎士って感じ。妹は修道服、ナオキに近いスタイルかも。
お兄ちゃんも丁寧な言葉づかいで話をしてくれる。勇者扱い…、いつかガッカリされるのかも。
「我々は元々、シャルリックの地を任された領主の家系です。シャルリックはここから北西の地です。そもそも帝国に肥沃な地はありません。それでも先祖代々の地を受け継いで、民と共に慎ましい生活を送っていました。勇者様は、デナンの地を訪ねたのでしょう。あれほどの土地を持っているのなら、私たちも魔物に頼らずに生活できます。」
「…あ、そ、そうです…よね。…行ってないけど」
グイッと半眼をリーリアに向けると、プイッと顔を背けられた。
「…予定が狂ったのです。と言っても、ユウ様は連れて行かないけど」
という声がぼそぼそと聞こえる。ただ、確かにその予定だったのだろう。あの教会から南がサジッタス。そこからデナン神国に繋がっている。
だけど、ロザリー事件が起きてしまい、勇者の一人が離脱した。裏切り者の勇者を追って、そのままマイマー領に行った。
だったら、ナオキとサナ、アイカの三人で行ったのかも。だとしても俺を見捨てて良い理由には…。っていうか、なんでこの人。俺に説明してるんだろ…。あんまり興味ないんだけど
「ある日突然、メリアル王国が海を越えてやってきたのです。対応を任されたのは我々、シャルリック領の人間でした。甚大な被害は出ましたが、賠償として我々がバドの地を納められると…」
「アルズさん。ユウ、多分聞いていないですけど」
「聞いてるから‼リーリアこそ、聞いてないんじゃないか?」
「…聞いてるし。戦後賠償としてハバドを譲渡される予定だったのに、メリアル王国が死の地へと変えてしまった。しかもメリアル王国とテルミルス帝国の上層部は繋がっていた。シャルリックの力を削ぐための策謀だったとして、レジスタンス化した。分かった?」
一気に早口で捲し立てるように赤毛の淑女が喋って、その後しばらく沈黙が流れた。
「…そ、そういうことです」
「って、リーリア、空気を読めって‼アルズさんの役目が無くなっちゃったじゃん‼」
「大丈夫です。私のお兄様は優しいですから」
「そういう意味じゃないのでは?」
「うー‼グレイも優しいー‼ギューしちゃいます‼」
マリアは灰色少年を抱きしめると、バキッと良い音がして、グレイの頭がぐたっと垂れた。
「もう、しょうがない子です。ヒール‼嬉しいのは分かりますが、アレくらいの抱擁で気絶しないでください」
「…う。死んだかと思った」
ユウの口角が片方だけ痙攣した。
今の何?言葉と行動はさておき、一瞬殺しかけて、無理やり回復をさせた。
既視感…?いやいや、と首を振る。
「何か?」
「何でもない。って、それはいいとして。今の話の意味が分からない。メリアル王国はデナン系、だけど裏切ったってのはソレ?」
「そう、ソレ」
「海を越えてきたって言った?でも、海は」
「少し形は違うけれど、メリアル王国は西に突き出た半島なの。山から見えたでしょう?」
「遠すぎてそこまで見えなかったけど、そもそも大事な大地を無駄にする必要ってあった?」
「いくつか考えられるのだけれど、それは…」
緋色の瞳が灰色の髪の青年に向かって泳いでいった。
彼が関係している…?
「勇者さん。私たちが、あの日逃げたリーリアさんの頼みを引き受けたのは、それを調べるためなのです」
「その…為?俺にできること?」
「いや。君に出来るというより、私たちに出来ないことなのだ。私たちについてきてくれた領民を守らなければならない」
先ほど話を横取りされたアルズは、ユウの肩をポンと叩いて溜め息を吐いた。
未だ何も見えてこないが、エイスペリアの王族と似たような目をしている。
レジスタンスとはいえ、帝国の人間。本当に帝国は敵なのか。それとも勇者たちが悪なのか。
「…っていうより、その資格を剝奪された…。俺がやり過ぎたから」
「だからそれはグレイのせいじゃなくて…」
「ううん。ユウ…、俺からも頼みたい。俺がユウに戦い方を教えたらいいんだよね。俺、頑張って教えるから」
同い年くらいの青年が、小さく頭を下げる。
頭を上げた彼の瞳は、遥か遠くを見つめていて、視線の先には教会がある。
「俺が強く…なる?想像つかないけど、宜しく頼む。アレが拠点になっている教会か。因みにあの教会って…」
「マリス教会よ。少し雰囲気が違うでしょ。エイスペリアの教会はまだデナン様式だったと思うけど」
「見る暇もなかったよ。夜に始まって、気が付いたら…。って、アレは見ていないことになってた。気付いたら、リーリアとグレイがいたんだよ。それより良いのか?一応、クシャランはデナ系だろ?」
「私は帝国さえ潰せれば、それでいいの。ついでに裏切り者のロザリーも…」
□■□
「お兄ちゃんだ‼」
「お兄ちゃん、お帰り‼」
突然、教会の方から大きな声がした。二つの子供の声。
一人は足が不自由なのだろう、杖を突いている。もう一人は片方の腕がない。
「ただいま、ロコ、モコ。今日も良い子だった?」
ユウは目を剥いた。
教会が体に障害を負った子供たちを保護しているのだろう。
「…お兄ちゃんしてるんだな」
「ん…。俺のせいで二人は生かされてしまった、だから俺が面倒を看てる」
「なんて言うか…」
「ユウ。こっちへ。…話があるの」
「あ、リリーさんだ‼」
「ほんとだ‼」
「ロコちゃん、モコちゃん。また、後でね」
リーリアは二人を知っていて、二人もリーリアを知っていた。
その様子に目を丸くしていると、腕をぐいと引っ張られる。
「一応、貴方に言っておこうと思って。…でも、あの子たち。特にグレイには聞かせたくない話なの」
ユウの背筋、足の筋肉が固くなる。
その様子にリーリアは肩を竦めた。
「…薄々気付いていたみたいね」
「本当に薄々だよ。勇者の目的地、回る順番を聞いてなかったら…。いや、オーテム山から眺めてなかったら気付かなかった」
「察しが良くて助かるわ。そういう意味でも協力してあげて。どのみち通ることにはなるかもしれないけれどね。あの子の足、あの子の腕を、グレイの家族を奪ったのは、おそらく勇者関係。あの子たちの前でその話をして欲しくないの」
「そか。あんまり聞くのも良くないな。でも…」
「そう。でも、その理由は分からない。グレイがアナタを責めないのは、その理由を知りたいから、というのもあるの」
「というのも…?」
「…喋り過ぎたわ。とにかく私はグレイに借りがあるの。貴方は強くなりたいのだし、丁度よいでしょ」
赤毛の女は少し顔を青くしながら、話をしている。
彼女はエイスペリア王国を密かに縦断し、この近くまで来てグレイを連れて引き返してきた。
ここに来て、ユウは目を剥き、息を呑んだ。
彼女はどこまで把握しているのだろう。いつかお前は何者かと聞かれた。
で、導いた答えは何者でもない。
秘密にしていた。黙っていたことが、『勇者のパーティを抜ければ賢者覚醒』だった。
この状況はどう見える?彼女が知ればどう思う?
嘘つき、裏切られた。ここまでしてやったのに。
いくらでも思いつく。だが、そもそも彼女は──
「あのさ…」
「グレイのこと?心配要らないわよ」
「いや、そうじゃなくて。俺にそんな力があると、本気で思っているのか?」
無能、無能といつも言う。無能なりに助けられながらここまで来た…、けれど
「思ってないわよ。無能だし。でも、他の四人は既に行き場を見つけているからね」
肩の荷が降りる言葉。彼女は期待していない。
ホッと胸を撫で下ろした時だった。
彼女だからこそ分かる、事実を告げられる。
「一応言っておくけど、貴方が勇者なのは間違いないのよ?」
「え…、でもそれは」
「召喚の儀を覚えてないの?五芒星の頂点だったでしょう」
「あれ…。そうだっけ」
あの日、ユウは異世界に行くなんて思ってもいなかった。思う方がおかしい。
そんな中で本当に召喚され、異世界に降り立ってしまった。
それを踏まえて、『むむ‼足元にあるのは五芒星だ。しかも俺達は五人、それぞれが頂点に立ってる。即ち、この異世界召喚の儀は五人を召喚する為に行ったに違いない!!』と気付けと言われても酷な話。
そして彼女は続ける。
「貴方が無能の理由。それは力が封印されているから。実際に召喚を行った悪魔の誓約に縛られている。私はロザリーの逃げ台詞を聞く前から、それくらい知ってたけど?気付いていたけれど?あの女が一番最初に気付いた、なんてまさか思っていないでしょうね?」
半眼を越えて、白目。何故かユウを睨むリーリア。
些か後出しな気しかしないけれど、こっちの世界だと結構常識なのかもしれない。
悪魔と契約し、天使と契約する。それがまかり通る世界なら。
とは言え。
「いや、信じられない。だって、リーリアは…」
「無能無能と言っていた?でも、ユウは知ってるでしょう。それぞれの派閥が勇者を確保しようとしている、と。だったら本当に無能なんだと、召喚された仲間の勇者を含めて騙されてくれたらラッキーでしょ?」
「でも、あっさり俺をマイマーに引き渡しただろ」
「当然よ。封印されてる勇者で帝国が満足してくれるなら、それはそれでいいじゃない」
「ぐう…」
「あら、お腹空いた?特訓の準備には時間が掛かるから、しばらくは体の回復に専念しなさい。その間に自分に合った武器を選ぶのもアリかもね」
ぐうの音くらいは出る。明らかにグレーなマイマーを放っておいたのは悪手だ。
でも、蝙蝠外交の領地だし?ロザリーも最悪、我慢してたって言ってたし?
そもそも勇者って何?
ぐぅ…
「ほら、言った言った。私はアルズとマリアと打ち合わせをしないといけないから、しばらくはあの子を頼るといいわ。グレイは基本的には悪い子じゃないから」
そう言って、リーリアは片手、片足を失った子供たちの方に歩いて行った。
「グレイ。彼を宜しく。何か食べさせて」
「ん。分かった。ロコ、モコ。お前たちも後から来いよ」
「うん!」
「リリーさんとお話したら、直ぐに行くー‼」
そして、特訓の準備が出来るまで、ユウは穏やかな日々を彼らと過ごすことになった。
とても、心が落ち着く生活。ちょっとパンの味と触感は合わなかったけれど。
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