第7話 異世界人との交流
その昔、世界の中心は大陸南部にあった。
女神デナを主神とする大帝国が、東側の大陸デナアル大陸の殆ど掌握した。
ここで重要なのは、当時の集落が崇める神をないがしろにしなかったことだ。
膝をつく国の神は女神の眷属に、抵抗を示した国の神は悪魔にと、ありがちな宗教の歴史を辿っている。
「どうやら、この殆ど掌握したってところがデビルマキアの原因になったみたいなんだ。悪魔を崇める国が力を溜めていたってことなんだろうね」
そういう話が大好物のナオキが嬉しそうに語る。
但し聞いているのはサナくらいだろう。ワンチャン、アイカは聞いているかもしれないが、レンに至っては全く聞いていない。
きょろきょろと、異世界人の貴族様を興味深そうに観察している。
「そのデビルマキアが三百年前。…でも、私たちの世界だと10年くらいなんだっけ…」
「ってか、アタシたちが目指してるのってローリアル大陸の方でしょ。それに時間の進みが違うんなら、浦島太郎の逆になっちゃうから急がなきゃ。それに‼宗教戦争って難しそうだから、そういうのはナオキに任せるわ」
「任せるって…言われても。その宗教戦争をしないとローリアル大陸と唯一繋がっているメリアル王国には行けなくて…」
「うん…。巻き込まれちゃってるよね、完全に。それより…」
やはりアイカも聞いていなかったらしい。そしてサナもレンのようにきょろきょろと落ち着かない表情をみせる。
「どした、サナ。料理はまだかって顔に書いてあるぞ」
「アンタじゃないのよ。…ユウのことが心配なんでしょ。アタシも心配だし」
「はぁ?俺だってそうだよ。だから、俺達の顔を知ってもらう必要があんだろ?」
ユウが何と言おうと、四人は未だに元の世界の人間のつもりだ。
彼らから見ても、どうしてユウだけ力がないのか分からない。
勿論、彼がチラリと見せた、ジョブ:盗賊と書かれた画面のこともある。
「一人だけあんまり強くない。だから、こんな扱い…。可哀そう」
「だーかーらー、その為にスピード攻略するって決めたろ?それに朝からの一件で分かった筈だ。なぁ、ナオキ」
「…うん。あの魔物で重体レベルの怪我を負ってた。…これからテルミルス帝国の息がかかった国に乗り込まないといけない。魔物も強くなるし、その時は本当に殺されてしまうかも」
未覚醒の青年が危惧したように、四人の勇者はヌガート山脈の魔窟について大した疑問を持っていない。
示された魔法具が結界を作っていた。神話上、地下にあるとされる魔界に繋がる道を己の力で粉砕した。
ただ、それだけくらいにしか思っていないし、三百年前も同じ感じだったのだろうと疑いなく思っている。
ここでレンのキョロキョロが、ついにある人物を射抜いた。
「おい。見てみろよ。あの髪、マジで異世界って感じ」
「レン、煩い…。それを言ったらリーリアちゃんもでしょ?」
鮮やかな赤い毛がリーリア。それは光を通した時の色だから、実際はもう少し落ち着いている。
だが、この中で一番豪華、ゴージャスなドレスの少女の髪色は、二度見をしてしまう。
しかも、異世界人たちが皆二度見をしている、ピンクの髪の少女。
何を食べたらそうなるのか、如何にも異世界な少女が真っ直ぐに、一番目立つ場所に設置された来賓席に歩いてくる。
「アナタたちが噂の四人の勇者様ですの?」
「あぁ。俺達が噂の勇者様だぜ」
「ちょっと、レン。さっきも言ったでしょ…」
「ふーん。男が二人、女が二人…。もしかして、ご結婚されているのです?」
その言葉に勇者四人の目がガン剥かれた。
因みに、大公の命令で彼らにはマイマー公の情報が伏せられている。
民主主義で貴族制のない国から来た勇者様を、その点では信用できなかったから。
加えて、知らない方がマイマー公とその家族の素の反応が見れると思ったからだった。
「な⁉そ、そんなわけない…だろ。俺達はまだ17歳だし…」
「でも、貴方と貴女。貴方と貴女。カップリング出来ているではありませんか?」
「いやいやいや。なんでアタシがこんな奴と!」
「そうですか。もしかして私にもチャンスありかも?」
遠くからユウもその様子をこっそり見ていた。
貴族の女たちが嫌っていた女、思っていた悪役令嬢とは違うがリーリアとは違うタイプのあくの強さを感じさせる。
「はい?」
「強い男性の妻になる、それは乙女の夢でしょう?それに、…三百年前のデビルマキナでは、異世界からやって来られた勇者様に特別な爵位が与えられたと聞いておりますし…。私に見合う男性に違いありません。そちらの緑の髪の殿方は…」
「ち、違います。結婚は…まだ…」
「私、知的な方も素敵と思います。私、とても信仰心が厚いんです‼」
「ロザリー様‼勇者様が困られてます‼それに先にすべきことがある筈です」
ここで漸く、ユウが思う強い女であるリーリアが止めに入った。
ロザリーが来たいと言ったのだろう、という推測がおそらく正解。
そして。
「あーら。その声はリーリアさん?遠路はるばる半島の先から来たのかしら。私、アナタと話しに来たのではないのですけれど?」
「私もお呼びしたつもりはありません」
「あら、そうでしたわね。お父様、それでは殿下に挨拶に参りましょうか」
ユウは相変わらず様子を伺っている。ベンの目があるから、簡単には近づけない。
それに強い男がタイプ…。そういう意味で近づきたかったのではないけれども。
第一印象は良い方がいい。なかなか険しい道のりらしい。
「ろ、ロザリー。勝手に前を行くな。私の立場は話しているだろう?」
ロザリーの年齢は勇者と同じくらいに見える。だけど、彼女の父親はかなり上に見える。
彼は悪くないのだが、毛髪が無さ過ぎて、彼女のピンクが何処から来たのか分からない。
「ロザリーちゃん。私たちはこちらですよ」
母親っぽい人。彼女の髪の毛はリーリアの両親に近い。この辺りで赤毛は珍しくないのかもしれない。
何が言いたいかと言うと、ロザリーはかなり目立つ女ということだ。
近づこうものなら、直ぐに誰かに見つかってしまう。
「どうすれば近づけるかな…」
彼女は一番下の娘で、マイマー公は家族総出で来るという話だったが、実際に来たのは親子三人だった。
ベンはそれも怪しいと言っていた。その親子が大公に膝を突いた。
「ダッカよ。娘は相変わらずのようだが、手土産も持たず何をしに来た?」
「陛下。手土産なら持ってきましたとも。今年はブドウの出来がイマイチでしたが、それなりには仕上がった筈です。是非、世界に安寧を齎す勇者様にと急いで馳せ参じたのです」
「…ほう。それは楽しみじゃな…。ベン、その葡萄酒をこっちに持って来れるか?」
封建社会でイメージしていたのは、フランスの中世後半から近世前半だが、どうやら中世中盤辺り。
少なくとも、クシャラン半島の都市アモラットはそうだった。
大公と庶民の距離が近いと言えば想像がつくだろう。
「は!ユウ、厨房に行って持ってこれるだけ持って来なさい」
「か、畏まりました‼」
ここで四人の勇者はユウの居場所を確認出来た。
だけど、今もまだ例のルールは続いている。いつまで続くかも説明は受けている。
最初にも登場したが、教皇からの援助を得るまでで、まだまだそこには至っていない。
これ、もしかして罠?それにしてもマイマー公家族からは、もっと先の文明の気配があるな。リーリアを田舎者発言したのは、内地の方が文明が進んでいるってことか?
ユウは仲間の視線を感じながらも、裏方の仕事で覚えた厨房へと急ぐ。
十七歳は成人年齢、ここは日本ではないから法律違反にはならない。
それにそんな簡単な話ではない。マイマー公は帝国と繋がっている可能性がある。
そして輝かしい勇者の活躍を知って、急いで手土産持参でここに来た。
「毒…とか、入ってない…よな」
やはり文明差があるのか、丁寧に瓶に入れられたワイン。
それらをサービスワゴンに乗せるだけ乗せて、広間に運ぶ。
その間も、女たちはロザリーの悪口を話していて、一番気になったのは…
「あの子、勇者様を口説いて…、本当にはしたない。婚約者がいるんじゃなかったの?」
「あ、それ私も聞いた。エイスペリア王国の王族って自慢してたわよね」
へぇ、そうなんだと思いながら、サービスワゴンを押していく。
毒が入っているかもしれないワイン瓶を、ぼうっと眺めながら、数分も掛からずに侍従頭のベンの所へ運んだ。
そこでユウは思わず顔を顰めた。
「ユウ。私の所ではなく、陛下のところまで運んでください」
「え?俺は目立っちゃ駄目って…」
「運ぶだけですよ。その程度で目立つことはありません。…余計なことを言わなければいいだけです」
それはそうだけれど。怪訝な顔をしつつ、彼はワゴンを押す。
ユウの目的は、追放されそうな悪徳令嬢とお近づきになること。
そういう意味ではチャンスなのだ。
ゴロゴロゴロゴロ…
ほんの少しだけ、嫌な予感がする。
だけど、なるべく早く行動に移さなければならない。
友人がどれだけ仲間想いでも、付きっきりでいてくれるとは限らない。
今は身内によって殺されるかもだし、この先は帝国側の刺客によって人質利用されるかもだ。
一人ぼっちは寂しいけれど、命が惜しいなら覚醒をしなければならない。
「もう少し急いでください。今が丁度よいのですから」
「丁度よいって…」
「鮮度が大切ということです」
侍従頭も後ろからついてくる。いよいよ、何かが起きるのか。
覚醒できていないユウには、察知できない訳で。
「あら…。侍従の貴方、変わった服を着ているのね。…でも、ちゃんと洗ってるの?変な臭いが…」
「う…」
「ロザリー‼陛下の御前ですよ」
「はーい」
酒を飲んでもいないのに、顔が暑い。確かに…、着替えてない‼
追放される予定か知らないが、その予定の女からの評価は絶対にマイナスポイント。
だが、実際。そんなことはどうでも良かった。
「ダッカ、これが手土産か?」
「えぇ。その通りです。殿下。選りすぐりのものを持ってきましたので、今宵はお楽しみくださ…」
ここで、一度も話をしたこともない大公が、大きな手をユウの肩に置いた。
「へ…」
「侍従の君‼良い働きだ。名は何という?」
「え、えと…」
目立ってはいけない。だけど…、と目を泳がせてベンの瞳まで辿り着かせると、彼は口の形だけで、こう言った。
——すなおにいいなさい
思わず首を傾げる。ただレン、アイカ、ナオキ、サナの嬉しそうな顔も見えてしまった。
今の言葉の意味をそのまま汲めば、大公に褒められたのだ。
もしかすると、この不自由な状況も——
「ユウ…。ユウと申しま…」
「そうか、ユウか。お前の働きを評価したい。そのワインはマイマー公が選んだ最高の酒だ。最初の一口をお主に与えたい」
その言葉にユウは凍り付いた。
だが、横でベンは手早く封を開けて、しっかとユウに瓶のまま持たせている。
嵌められた…。これって只の毒見係じゃん。
全員が固唾をのむ音が聞こえてきそう。ここに居る殆どの人間が、魔窟騒ぎをマイマー公の仕業だと思っているらしい。
とは言え。
「未成年…とかはいいか。時間の進みが違うから、あっちに戻る時には成人ってことで…」
ユウは逡巡することなく、瓶の口に己の口をつけた。
ザワ…と会場の空気が固まった気がするが、そんなのは関係ない。
お近づきになる為、というより単なる確信。それは毒の有無の確信ではなくて。
「では、頂きます」
人生で一度くらい口をつけたかもしれないが、やはりアルコール。
だけど、ブドウの風味は本当に良くて、ある程度の量を口に含んで、少し口の中で転がし、のどぼとけの動きが分かるようにしながら、ユウは怯えることなく毒入りかもしれないワインを呑み込んだ。
この行為に説明は不要だろう。だって、彼はリーリアに言われている。
——今は勇者様たちがいますから安全ですね、と
「ど、どうだ?も、勿論味の方だが…」
「え…?味…?んーなんていうか、物凄く…」
そして、ユウは倒れてしまった。
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