第6話 ハイな若者たちとローな若者

 四人の勇者は見事にクシャラン大公の心を掴んだ…らしい。

 少し前にナオキが公爵や大公の話をしていたが、忘れてはいけない魔法硝板の機能。

 未覚醒のユウでさえ、その恩恵は受けている。

 聞いた言葉が日本語に置き換わるし、言った言葉も異世界語に置き換わる。


「だからね。爵位とかはあまり気にしなくてもいいのかも。大公は単にプリンスって言われることもあるみたいだし。それよりも習慣の方かな。目上の人を名前で呼ぶのが、失礼だから大公って爵位だけで呼ぶ。今の感じだと、土地の名前がついてることが多い気がするけど」


 4つ目の魔窟破壊も順調だったのだろう。ナオキは途中で自身の発言を見直す余裕さえあったらしい。


「大公…って呼び捨てにならないの?」

「文化が分からないから何とも。殿下が適当なんだけど…、この雰囲気だと陛下の方かもしれないし」

「難しいことは分からねぇ。だって俺は大剣豪だからな」

「で、でも。一応…、言葉は通じるから…その」

「あ?」

「コラ!サナが怖がってるわよ。喋り方、なんとかしなさい」


 どうにか分析しようと、どのように仲間に説明しようと考えているナオキとサナ。

 レンとアイカの声は良く聞こえるが、二人の声は聞き取れない。

 あんな遠くにいるから、侍従の列に紛れているユウには聞こえない。


 今の彼の立ち位置はそこ。リーリアは、本当にユウの事を考えて行動していた。

 この城に来る途中、彼女が提案したことだった。


「侍従の一人として?」

「はい。最初に導いて下さったお礼です。侍従はいつも近くにいますが、一人ではありません。紛れるには丁度良い役回りかと」

「そ、そか。なんか、ゴメン。俺のこと邪魔者に思ってるって勝手に考えて…」

「邪魔ですよ」

「う…」

「でも、今ではない。それだけです──」


 そう言いながら、彼女は去っていった。

 今なら猶予がある。だけど、その気になれば──

 リーリアはユウの身の安全を保障した。だから友達の四人は彼女を信用して別部屋に移動した。

 そしてこれから始まるのは大公との謁見。

 大公グランドデュークと言っても、それは過去の風習でそうなっただけで、この半島国では実質王と変わらない。

 整列する四人は、どこで着替えたのか、どこで手に入れたのか、更に煌びやかな装備を纏っていた。


「俺は学生服…。なんかもう…、身分が違うって感じ。侍従っぽいようにも見えるし…」


 ブレザーにネクタイ。色や形は違うが、男の侍従のソレと大きな違いはない。

 とは言え、ここは日本の検品の質に感謝すべきだろう。

 ユウ自身はまだ気づいていないが、四人の勇者の侍従を務めるのは、貴族出の人間ばかり。

 彼ら彼女らの侍従服と質感は殆ど変わらない。

 勿論、今の彼はそんなことを考える暇はなかった。


 どんどん離れていく友。だけど気にかけてくれる親友。


「…絶対に足を引っ張る。帝国がどんな考え方をする連中なのか知らないけど…」

「こほん…」

「……す、すみません」


 初老の男の咳払い。彼が侍従頭を務めるベン。リーリアの兄ルイの嫁の叔父という話だ。

 そして見張られている自覚もある。


 問題はここままじゃダメってことだ…よな。リーリアの話は何か含みがあった。西大陸に行けるっていうメリアル王国は遥か西…。途中には帝国に膝をつく国々もあって、それを片っ端から平伏させるしかない。どう考えてもあれだよな。お荷物な俺を待つ最もありそうな将来の可能性は…


 ──身内からの暗殺だ。


 女神デナを崇拝する国、こっち側の人間が軍神マリスを崇める国の仕業に見せかけて、俺を殺す。死んでる俺からすれば有難くはないけど、俺の為にブチ切れてくれる。お荷物もいなくなって、侵略が捗る…。


 ここでユウは目を剥いた。自分で考えたことだが、それってつまりは、と考えさせられる。


「…いや。その逆もまた。…はい。…すみません。お口にチャックしときますね」

 

 今殺されないのは、どう考えても身内が殺したと分かってしまうから。チート勇者たちが怒りに任せて、近衛もろともグランドデュークを滅するかもしれない。だから安全。…だけど、この中にスパイが居れば、同じ理由で俺を殺しかねない。それでリーリアは身内を使って、俺を守ってもいる…のか。


 ジャッカとリーリアの父は呼んでいたが、好々爺然とした初老の男が大公だった。

 彼はレン、アイカ、ナオキ、サナと楽しそうにお喋りをしている。

 きっと良い条件を引き出せたに違いない。チート能力はあっても、知らない世界。

 流石の勇者様でも、衣食住はどうにもならない。


「アグセット卿。良くやってくれた。今宵は広間で宴をするぞ」

「おおお‼宴だってさ。俺たち、マジで勇者じゃね?」

「レン‼恥ずかしいから、やめてよ…」

「いやいやいや。それくらい愛嬌がある方が民も納得してくれる」

「民…?」


 その言葉にサナが首を傾げた。勿論、民という言葉くらい知っている。

 ただ、一応は民主主義世界の住民だから。少し考えてしまっただけ。

 

「陛下…」


 それ仕草を見た真面目そうな側近が、大公の横で膝を突く。


「…そうか。勇者様は民主主義の国から。であれば、こう言った方が良いか。臣民からの信用がなければワシら領主は国を動かせぬ。帝国は魔物を使役し、国の形を変えようとしている。じゃが、その為に税を上げると言えば暴動を起こす。だから、アイドルが必要なのじゃ」

「アイドル…?私たち…が」

「しょ、象徴って意味だと思うよ。ほら、政治家だって…」

「いいんじゃね?俺達は勇者、つまりアイドルだ。民を安心させる為にもキッチリ目立ってやろうぜ」

「はぁ?アンタは表に出さないわよ。…アタシ達が全員馬鹿だと思われるわ」


 謁見の間に大きな声が響く。

 その頃、侍従集団は既に退室をしていた。

 盛大な宴が開かれることは予め決まっており、その準備をする為にと侍従頭のベン・セムシュが連れ出していた。

 とは言え、流石は大剣豪の横隔膜。石廊を見事に反射して別室にいたユウの鼓膜を僅かに揺らした。


「アイドル?何を言ってんだか。っていうかガラじゃない。サナとナオキの性格の変化が目立ってたけど、レンもテンションが高すぎる」


 異世界に飛ばされ、しかも何の能力もないことに悲観した青年。

 それ故の温度差だけでは済まされない変化だ。

 そもそも敵が何者か分からない。魔物を使役するという情報を与えられたが、それを言ったら自分たちの存在は完全にアウトだ。


「俺達は悪魔の力でここに来た…。ってことは…、…っつつ‼」

「ユウ。言ってはならないことくらいわきまえなさい」


 バチッと音が鳴り、背中に痛みが走った。

 振り返るまでもなく、ルイの伯父ベンの声。しなるタクトをひゅんひゅんと鳴らして、無能力の召喚者の言葉を封じた。


「帝国とは違うのですよ。女神デナの秘術はあくまで人間の召喚です。リーリア様に目を離すなと言われていたから何があるかと思えば。ただの問題児ですか」

「う…。それは…」


 作法なんて知らないから、完全に裏方。能力はないけれど男ということで力仕事。

 命令されるままに行ったり来たりしている途中に、よろしくない私語を聞かれて背中を叩かれたのだ。


 リーリアめ。ちゃんと俺の説明をしろっての…


 ——ただ鞭で打たれた痛みが、ユウの目を覚まさせる。そう言えば昨日の夜から一睡もしていない。


 俺も寝ぼけてた。つまり…、そういうことだ。髪の毛の色まで変わった。性格も同じく変わったんだ。変わっていないのは記憶だけ。そうじゃないと、この違和感に気付けないアイツらじゃない。


 違和感というか、明らかにおかしな点があった。

 だが、その考察をしようかと思った矢先、侍従の女たちの会話が耳朶を刺激した。


「椅子の数、これで足りるかしら。三百年前の記録を頼りに…って言われてもねぇ」

「そうね。どう考えても、当時より国が大きくなっているものね」

「ベン様。アグセット伯爵家、セムシュ子爵家。それから大公の御親戚のどこまでがいらっしゃるのでしょうか」


 貴族の内輪話、それ自体に意味は見いだせない。


「その予定でしたが、マイマー公も出席すると先ほど連絡がありました。恐らく家族全員でやってくるでしょうからよろしくお願いします。」


 そう言って、ベンはユウの背中をポンと小突いた。

 そして、重要なのはこのマイマー公という家名だった。

 誰が誰かなんて分からないし、歴史も知らない。そんな彼だが…


「え⁉マイマー公も⁉」

「しかも家族を連れて⁉…それってロザリー様もいらっしゃるってことです?そんなわけ…」

「来られるに決まっているでしょう。大方、彼女が行きたいと我が儘を言ったのでしょうから」


 むむむ‼なんか、分からないけど、面白そうな話‼


「…あの。ベン様。そのロザリー様?マイマー公って偉い人なんですか?」


 臭う臭う‼能力が封印されていても、これは流石に食いついてしまう。


「ちょ。アンタ、知らないの?相当な田舎の貴族のようね。マイマー公は大公の従弟。ロザリー様はその一番下の娘でね」

「高飛車な小娘よ。アンタが偉いんじゃなくて、御父上が偉いだけ!!いつか言ってやりたいくらいよ!!」


 目がガン剥かれる。これってつまり…


「お喋りの時間ではありませんよ。ユウ、アナタは早くテーブルと椅子を持って来てください」


 ベンがパンと手を叩くと、侍従の女二人がクルリと踵を返した。

 勿論、黒髪の青年も名指しで仕事を与えられたので、同様に動き出そうとした。


 だが、そこで肩をポンと叩かれる。そして侍従頭は耳元でこう囁くのだ。


「…ユウ。マイマー公にはあまり近づかぬように。マイマー公はエイスペリア王国と繋がりを持つ貴族です。」

「エイスペリア…?それって…」

「エイスペリアは内地の王国。場所がら、帝国の影響下にあるという噂です。陛下はマイマー公が魔窟の件に関わっているのではないかと考えています。喋り過ぎました。…さっさと仕事に戻ってください」


 ユウの背中から汗が噴き出る。

 大剣豪やら、神聖精霊騎士やら、大魔導士やら、大神官やら。しかも初めての戦いでガチガチになっていた時、たった一人力に目覚めないユウは世界情勢やら地理やら、色んな話を皆の代わりにリーリアから聞いていた。

 クシャランは半島、湾を挟んでテルミルス帝国領、その南がエイスペリア王国だ。


「…その帝国との繋がりが噂されるマイマー公。大公と親戚で力を持つ領主。そしてその娘は皆が嫌がる高飛車女…。つまり…、これが俺の運命ってこと…?」


 ロザリー・マイマー。

 もしかすると、彼女は追放される系悪徳令嬢かもしれない。

 四人の勇者は、暫くはクシャラン半島を拠点にするだろう。その為の下準備だった。

 そして、追放されるかもしれない貴族の登場。

 追放という単語は出ていないのだが、それでも期待してしまう。


「異世界…、悪徳令嬢…、追放。これってやっぱセット…かもしれない」


 全てが漠然としていることは分かっている。だけど、そんなこと言ったら異世界召喚とか意味が分からない。

 そもそも何かをしなければ、自分の命をコマにされるのだ。


「…俺がやるべきこと。それは——」


 ——悪徳令嬢ロザリーとお近づきになる


 これが異世界に来て、ユウが初めてやってみようと思ったことだった。

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