第5話 ぬるい道は許されないらしい
魔窟の数は合計で四つ。丁寧に東西に点在していた。
ドン‼
「へ…?」
そして今のが三つ目。ガラガラガラと音を立てて、四人の勇者ごと崩れる岩の山。
「ゆ、勇者様‼」
「は、早く救出を‼」
ここに居たのはポイズインセクトと地元の人たちが呼んでいる虫っぽい魔物だった。
虫と言っても1m以上はある、名前だけでなく目にも毒な見たい目をしていた。
因みに先の八本足の野犬はエイトハンガーという名で、最初に見せた行動の通り、人間を含めた哺乳類を捕食する魔物だったらしい。
リーリアから聞いたのではなく、勇者たちと彼女の会話で仕入れた話で、やっぱり一歩間違えば死んでいたという話。
「嘘…。そんな…」
「急げ‼あの勇者様達は本物だ‼」
「どけ、邪魔だ」
一つ目は洞穴、二つ目は森の奥、今回は岩山…だと思われたが、魔法具を粉砕した時に起きる衝撃波で、その岩山が崩れてしまった。
「痛‼」
茫然と見つめるユウは背後から強烈な何かにぶつかられて、転倒してしまう。
そして、ドスドス、ガチャガチャと地面を抉る音と、金属の擦れる音。
金属で全身を覆った人間たちの群れが、その後も続いて何も持たぬ青年は山の中でゴロゴロと転がった。
自動車とは行かないが、少なくとも自転車複数台にぶつかられた以上の衝撃だ。
「アイツら…俺をなんだと…。…いや」
既に彼らは態度に出していた。勇者四人と何も持たない一人。
足が変な方向に曲がっているから、立ち上がることも出来ない。
だけど、こうなることは当たり前。だって——
ガン‼…ドス‼
何かが弾ける音、そして五年間も聞いていた声がした。
「ふぅぅ。死ぬかと思ったぜ」
「私も…。死ぬかと思った。アレは魔物の巣って言ったのに…」
「レン、ちょっとは考えなさいよ‼ナオキの魔法、ナオキズムがなかったら、魔法装備に傷がついちゃうとこだったじゃない。」
「アイカさん。ナオキズム…じゃなくて、ナオドーム…だから」
「お。そうだった、そうだった。サンキューな、ナオキ‼ナオキズム最高だぜ」
先ほどの音はレンとアイカが岩を弾き飛ばした音だった。
そして、何と四人は傷一つない状態での生還を果たす。
岩山の正体がポイズインセクトの作った巣だったことも、勇者たちの話で判明した。
「おおおおおお‼」
「流石四人の勇者様だ‼」
流石はチート勇者様方。あの程度のことではビクともしない。
そして未だ覚醒せずの男は、変な方向に曲がった足から目を逸らしながら、重装騎士団に出迎えられている友人たちを見やった。
「流石、四人の…か」
次第に痛みという神経が活動を頑張り始める。感じなくても良いのに激痛を脳が訴え始める。
痛い…けど。これでいいんだよ。寧ろ…、ラッキーじゃないか
異世界召喚された人間、つまり勇者は五人いるのに、重装部隊の末端は四人だと思っている。上の方でユウの話は無かったことにされているのだ。
ある意味で、パーティ離脱への順調な旅路。賢者になるための最短ルート。
だけど。
「ユウ君‼どうしたの⁉」
前の世界では、とても仲の良い友達だったのだ。当時は紫の髪色ではなかったけれど。
少女が地面に伏せる青年の姿を見つけ、彼女と仲の良い彼に訴える。
「ユウ君が怪我してる。ナオキ君…」
「うん。分かってる。…ちょっと恥ずかしいけど。——ナオキュア」
翠の髪の毛になってしまった少年が杖を翳す。どうやら彼、彼女のスキルには当人の名前の一部が使われるらしい。
そして、その暖かな光は痛みを和らげてくれる。
ここでユウは漸く、自分の足がとんでもないことになっていたことに気付いた。
変な方向に曲がっているのは視界の境界で捉えていたが、どうやら折れた骨が血管を引き裂いていたらしい。
赤黒く腫れあがって、今にも破裂しそう。自身の足ながら、気絶しそうな程に痛々しい様。
「…マジ?ナオキ、これって」
だが、そのグロ映像が目に見えた変化を起こしていく。
どうしてこうなったか見ていないが、逆再生されたように足の腫れが引いていく。
そして、折れた骨も見事に元通り、見慣れた右足が戻ってきた。
「大神官…の力…。魔法名は…ちょっと変えたいけど…。朝、話を聞いてもらったから…、そのお礼を…」
「にしても、何があったんだよ。まさか、魔物が外にいたのか?面目ねぇ‼」
恥ずかしそうな顔のナオキの声は、大剣豪の力を蓄えた横隔膜ボイスによって掻き消される。
その大声に逡巡したのはナオキだけでなく、ユウも。
魔物ではなく、騎士団に轢き殺されそうになった、とは言えなかった。
言っても良かったのかもしれないが、この時は恥ずかしくて言えなかった。
次いで現れたのは、髪の毛が金色になってしまった女。
「きっとそうね。蜘蛛みたいな魔物だったから。でも、大丈夫よ。魔法具は砕いたから、この辺りも平和になる筈よ」
「そうだなぁ。おい、ユウ。危ないから、お前は大人しくしとけ。ここは俺たちがどうにかすっからさ」
確かに、この世界の人間は何かとカラフルな髪色をしている。
そして、髪の毛とは毛根から生えてくるものだろう。だけど、彼らは毛先までその色に染まっている。
五人の中で、もっとも髪の毛が短いのはユウ。だが、黒髪のまま。つまり一瞬で異世界人に変わってしまった。
だけど。
「大丈夫よ。これだけ強いんだもの。アタシたちに任せてたらいいの」
「帝国を倒して…、一緒に元の世界に戻ろ?」
関係性は変わらない。記憶は変わらない、思い出も変わらない。
だから、友達には違いない。
「う…、うん。ありがと。…頼りにしてる」
いつの間にか足の怪我は完治していた。金糸鮮やかなレンに引っ張られて、ぐぃっと立ち上がらされる。
その力の強いのなんの…
このままで…、いい?友達だから…、頼っていい…
少なくとも、仲間でいてくれる。いや、パーティメンバーであり続ける。
「おい。アイツってなんだ?」
「知らねぇ。なんであんな奴が勇者様と…、…ひ‼すみません‼」
「ユウ、気にしなくていいわよ。アタシたちがちゃんと言ってあげるから」
「おう。お前は俺たちの仲間だってな」
そして、ユウの名は少なくとも重装部隊に知れ渡る。
彼らの中では四人の勇者だったのに、あっという間に勇者の仲間。
勿論、嬉しいこと。喜ばしいこと。だけど…
「レン様、アイカ様、ナオキ様、サナ様。こちらへ来て頂けますか?」
赤い髪の女、リーリアの声。そして彼女の背後には白銀の鎧の男が並ぶ。
「勇者様。次で最後の魔窟。南から大公がやってきたんです。」
「ジャッカの奴。今更のこのこと。…とは言え、アイツの手を借りなければなりません。顔を見せてやっちゃくれませんか?」
リーリアの兄、そして父。つまり伯爵自らが、四人だけに目配せをする。
「大公?そういえば大公の国だったんだっけ。公国ってやつ?」
「…うーん。その辺は歴史を知らないから分からないかな。西洋の歴史と東洋の歴史、国によってもその辺の扱いが違うし」
「そっか。分断されたからって理由だった…。どう…しよ?」
「行くしかないでしょ。ユウも一緒に…」
「待て。…いや、待ってください。彼は…、ここで」
白髪の混じった赤毛の男。髭の方は殆どが白い男が待ったをかけた。
彼らには思い出なんか関係ない。現状を考えたら、やはりユウは別物である。
「は?なんでだよ。ユウは俺たちの…」
「今後の為です。大公に弱い部分を見せたくはない。教皇からの助力を受けるためにも…です」
白髭の隣の男、リーリアの兄のルイがゆっくりと頭を下げた。
四人の勇者に元の世界の記憶とルールがあるように、彼らにはこちらの世界の記憶とルールがある。
「郷に入りては郷に従え…、かも」
「そう…だね」
「あぁ?お前ら」
「形だけでいいのよ。偉い人に完璧な仕事を見てもらうんでしょ。…気に入らないけど、アタシたちだって食べ物がなきゃ死んじゃうのよ。だから…」
「分かっています。ユウ様は私がここで匿っておきます」
おそらく封建社会。人類皆平等ではない世界。全員に人権があるとは思えないが、今はもっと単純な話だ。
出来の悪い子を表に出したくない、って話。
「リーリアさん、ユウを宜しくお願いします」
「ユウはまだ覚醒出来てないだけだから…。お願いします。魔物から守ってください」
未だ納得できていないレンの手をアイカが引き、ナオキとサナが頭を下げて伯爵様の後ろについた。
その時の俺は…、全く話についていけなかった。
※注意事項。以上のことは残り四人およびこの世界の誰にもバレてはいけない。解放前にバレた場合、ジョブは封印されて二度と出現しません。
この言葉が頭にもたげて、何も口にできずにいた。
この世界の誰にもバレてはいけない。バレた瞬間に本当のお荷物になってしまう。
チート能力で無双する友人。気の弱いナオキとサナまで別人のよう。どこか楽しそう…。
ハッキリ言って羨ましい。俺もチートぶっぱしたい‼
でも、その為には友達と別れなければならない。なんで、こんなスキルに…
守ってくれるって言ってくれてるし、それなら今のままでもいいかも…
相反する二つの道だ。でも、この時のユウは後者に傾きかけていた。五年間、一緒に過ごした友と別れる、しかも異世界で一人ぼっちになる。それはとても辛いこと。だったら…
「悪く思わないでくださいね」
「え…?まぁ、俺もなんとなく…」
大人しくしておくのが一番良い生き方かもしれない。レンたちはアレだけの力を持っている。それこそこっちに兵士たちが興奮するほどの。
ユウの揺れる気持ちが片方に傾こうとしている中、アグセット卿リーリアは続ける。
「今から向かうのは四つ目の魔窟です。お父様はクシャラン大公に私たちが召喚した英雄たちの活躍を見せるつもりでしょう」
「えと、教皇様の協力を得ることが出来たら…、みんながアイツらに力を貸してくれるってこと…だよな」
「はい。…でも、一つ問題があります」
「問題?問題って…」
「…お分かりですよね。アナタのことです」
ユウの目が見開かれる。
鮮やかな赤毛が、血のような色に見えた。
朝焼けから始まった一日がもうじき夕焼けに染まる。
逆光で彼女の表情は見えない。狙っているのか、偶然か。
「…ねぇ、アナタは何者なのですか?」
五人が召喚された。五人は昔からの友人で、その中の四人は直ぐに覚醒した。そして、一人だけ覚醒しない人間がいる。
「…何者って。説明した通り…。大泥棒で…、まだ覚醒をしていないから…。ただの人間で…」
言ってしまえば、ただそれだけ。右と左、真逆の選択肢を与えられたユウは、それだけのことだ、と思っていた。
だが。
「もしかして…、召喚に失敗した?それとも素質が無かった…?」
現実は甘くはなかった。彼はずっと勘違いしている。悠長に考える暇なんてないのだ。
「それは…、まだなんとも。今は…、レンたちがい…、…かはぁ‼」
どこから取り出したのか、夕日を使って隠していたのか。
緋色の目が一瞬光り、三日月のような刃物がユウの喉元を横切った。
当ててない、なんてことはなく、しっかりと数センチほど抉りながら。
「…ヒール」
そして、ナオキが放った暖かな光とは違うが、似たような感覚が抉られた喉を包み込む。
淡く光る少女の手、その光が彼女の笑顔を照らしだす。
「冗談です。今は勇者様たちがいますから安全ですね。でも…、気を付けた方がいいですよ」
魔法があるとは言え、彼女は本当に切ってみせた。
即座に喉に手を当てたが、切られた感触は残っていない。
これは彼女の悪意か、優しさか。憂いに満ちた目で、リーリアはユウの存在の不自由さを嘆く。
「アナタの存在は四人の勇者の行動理由の一つ。つまり弱点にも為り得るのです。敵にとっても、味方にとっても…」
拭き取って仕舞う三日月型の短剣が言外に伝える。
人質にも為り得るし、復讐の道具にも為り得るお前はただの邪魔者だ、と。
「分かった…。身の振り方を…考えるよ」
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