第4話 圧倒的成長力
出発して直ぐに始まったのは当然ながら登山だ。
山自体はそんなに高くないが、登り坂は辛いもの。
特に兵装の男達は見るからに限界だった。
因みに5人目の彼も。
「レン!!ここで休まない?四人と違って皆、しんどそうだ」
「はぁ?しんどいのはお前だろ?俺は鍛え方がちげぇんだ。重装でも全然余裕!!」
「そりゃ、大剣豪のスキルだよ…。ってか、学生服の俺がこれだぞ。その重装部隊が遅れてる。後衛を守れないかも…」
「えええぇ!!それは困る…かも。私とナオキ君はアイカちゃん達みたいな装備がないし」
「そ、そうだよ。レンとアイカ、仲直りしたんじゃないの?競争じゃないんだよ!?」
「何よ、ナオキ。やっぱ怖いんだ?」
「そ、それは…」
「アイカちゃん。そういうの良くない。ユウ君のスケジュール通りに゙しよ?」
紫の髪色に、なってしまったサナ。本人はそれが恥ずかしいのかつばの広い帽子を被っている。ただ、それが魔女っぽさを引き立てている。
「分かってるわよ。コイツがガンガン進むせいだし」
「なんだと、アイカ…」
「やめて…って。ユウ君の言ってる通り、兵隊さんがしんどそう」
「多分。僕たちの力って相当なものなんだよ。ユウはどう?」
「俺はあっち側。…装備してないからギリギリって感じ。って訳で、休憩するって伝えてくるよ」
空きスロットは、相当大きなものだったらしい。
それは当然のことで、これくらいの力が生まれるからこそ、異世界召喚を行ったのだ。
そして、その恩恵を授かるにはこのパーティを抜けなければならない。
「にしても…」
登る時は周りを見る余裕はなかった。チート能力の四人について行く必要があったわけだし。
だから、高い所から見渡すのは初めてだった。そして、一つの違和感に気付く。と言っても、説明を受けていたから気付けたのかもしれないが。
「小さいけど船は見える。…でも、沖には全く船がない」
北と西、つまり対岸にテルミルス帝国がある湾には船が見える。そして半島という性質を考えれば、東側は大海ということになる。
だが、そこを通る船は沿岸部に数隻のみ。
「本当に波がない大海。鏡のように空が映ってる。別名、鏡海。神話によれば地母神デナが自身の姿を見る為に作ったのが海…か」
鏡、正式名称はデナ大海。波のない、風もないから、帆船が存在しない。魔法で推進力を得るか、手で漕ぐかしなければならない。
そして、それがそのまま、ユウと四人がテルミルス帝国と戦う理由に繋がる。即ち、西の大陸には陸路を行く必要がある。
「川の流れがある沿岸はさておき、沖に出れば船は進まない。海流がないから、魚もいないし、雨も降らない。船上で餓死するしかない…。どうにかして」
封印を解くか、それとも丁稚奉公、付き人、侍従として、仲間に傅くか。
なんで、俺だけプロ?前駆体・賢者なんだよ。俺には資格があるのに!!…いや、あれか?まだ、三十歳になってないからか!?…その考えはよそう。条件も提示されてんだし…
「ユウ。アンタも疲れてるんでしょ。見張りはアタシ達がやるから休んでなさい」
確かに仲は良い、いや良かったと言うべきか。四人は四人で、突然手に入れた力と背負わされた責任で、情緒不安定になっているかもしれない。
だが、何も得ていない青年だって情緒は存在する。
「だ、大丈夫だって。俺も盗賊としてのスキルが堪り始めてるし…」
「お。ユウ‼マジかよ。期待してるからな。即死トラップとか、そういうの勘弁だし」
「そ、そうだよ。ユウ君には期待してる…し」
アイカ、レン、サナも優しく接する。ナオキもお腹を押さえながら側にいてくれる。
でも、これって同情?確かに即死トラップというものが存在するなら盗賊スキルかもしれない。
だけど、実際は…
俺、賢者だし‼ちゃんと読んでないけど、サナとナオキとスキルが丸被りする予定だし‼ってことは盗賊スキルを補える何かがあるってことだよな?多分だけど‼
心の中で不満タラタラの青年である。
「レン様‼アイカ様‼お待たせしました‼」
「ナオキ様‼サナ様‼重装部隊の陣も恙なく…」
そして、その青年を気にも留めない、異世界の住人たち。
「ユウ…様もお疲れさまでした。ここからは勇者様達におまかせしましょう」
赤毛の少女の家族、そしてその少女が最後にとどめを刺した。
「だ、駄目だよ。ユウもいてくれないと…」
「…あ、そうですね。そうでした。それではユウ様もお気をつけて。場所はここから真っ直ぐ。小さな洞穴の中にソレはある筈です」
今のところは四人の異世界勇者のご機嫌取りだけの理由で、ユウは必要とされている。
だけど、期待は全くされていない。だって前駆体だし?
「レン様、アイカ様が前衛と伺いました。魔物が密集しているので分かるとは思いますが…」
そんな黒髪青年を無視して、赤毛少女の父親即ち辺境伯自らが計画を説明する。
彼の手には赤黒い宝石が装飾された魔法具があり、それを四人に見せながら話を続ける。
「この中央部を破壊して頂ければ、この地は解放されます」
その魔法具が天魔大戦で地下に落とされた魔物たちを呼び出しているらしい。
「あ…、あの。魔物とはどのような姿をしているのでしょうか」
「色々です。ヒトに近いモノ、獣に近いモノ。だけど、一目で見分けがつくと思います。おおよそ知性を感じぬ存在。それが魔物です」
「ま。出てくる奴はぶっ潰す。んで、その魔法具を壊す。それでいいんだろ」
「アンタ、またそうやって話も聞かずに——」
実はここまで会敵していない。用意された道を用意された装備を纏って、登ってきただけだ。
それでもレンとアイカは、出発前より随分機嫌が良い。ナオキとサナも顔色が良くなっている。
そして、顔色がすこぶる悪い友人が一人いる。
「魔物…って。野生生物とは違うのか?こちとら野犬レベルで詰むんだけど…」
「大丈夫…だよ。僕がついているから。ね、サナ」
「う…、うん。そうだよね。ユウ君、私たちから離れないように」
ユウは目を剥いた。この二人、出発の時は暗い顔だったのに。ナオキなんてお腹痛いって言っていたのに。登山だけでも分かるチート能力を実感しているに違いない。
そして、早くもその瞬間は訪れる。
「レン‼」
「分かってるって。一番槍はこの俺だ‼」
確かに見ただけで野生生物と違っている、赤黒い眼をした何か。シルエットだけを見ると、ユウが怯えた野犬に近いかもしれない。
背後に重装部隊が揃っているし、五人の内で最後尾。だけど、怖いものは怖い。
魔物?野生生物?どっちも怖い。こちとら只の人間。
そして、野生生物だって魔物だって、行動パターンは同じだろう。こういう時に最初に狙うのは——
「ひ…」
魔物も野生生物も、
四足…、いや六足?
「ちょ。待てよ、八本犬‼」
八本の足を奇天烈な方向に回転させて、四人の間を縫って這う。
たった二本の足では到底避けられない。しかも筋肉の疲労か、恐怖からか、足が棒のように固まってしまう。
「死…」
「大レン撃ぃぃぃぃぃぃぃぃ‼」
ユウが死ぬ覚悟をする前に、大地が揺れた。
八本の足を持つ赤黒い目の野犬の爪が届く前に、犬の顎が縦に割れた。
どす黒い体液が顔に降りかかる。その汚物を拭うのも忘れて、黒髪の青年は膝から崩れ落ちた。
「しゃぁ‼一匹目ぇ‼」
青白い光を放つ剣の切っ先、彼には青白い光にしか見えず、何が起きたかも分からない。
そして、その直後だった。
「何、それ。ダサ…」
「は?なんだと?カッコいいだろうが」
「ってか、技名を言う決まりなの?アンタの魔法硝板、どうなってるのよ」
アイカの声に、ユウは目を剥いた。スマホ、いや魔法硝板に違いがある?
覚醒していない彼の魔法硝板は、悪魔イスルローダのメールを消去した時のまま。
でも、彼らのソレは違うものを映しているらしい。
「アイカちゃん、後ろ‼さ…、サナリスファイア」
熱風。この世界でも温度差で風が巻き起こるらしい。
そんなことより…、サナがメイスを構えると巨大な火球が発生し、ギャンと小さな鳴き声と共に数匹の八本足が炎に包まれた。
「いつの間に…」
「だーっはぁ。こりゃ、笑えるねぇ。俺の剣劇に見とれて、二番手をサナに取られてやんの」
「イチイチムカつくわね。ってか、サナ⁉やっぱり技名言わないといけないの?」
「…え。魔法ってそういうものかと…。…えと。恥ずかしい…」
間違いない。四人のスマホには戦い方とかスキルとか魔法とかが映っている。
そして…、ドンとユウの前に鉄兜が落とされた。
レンはボサボサになった金色髪をくしゃくしゃと掻き上げ、前線に戻っていく。
「アイカ、サナ、ナオキ‼一気に行くぞ。四か所回らないといけないんだろ」
「うん」「はい」「分かっているわよ」三者三様の返事の後、四人の勇者は予定していた魔物の巣窟に向かって飛び出していった。
「嘘…だろ…」
いやいや。今までの流れを考えたら分かることだ。クシャラン大公国は国を分断されて大ピンチに陥っていた。
そこで取られた選択が、スロットガバガバの異世界人を召喚すること。
異世界に助けを求めたのは、彼らがチート能力に目覚めると分かっていたからだ。
「…いきなり魔法が使えて、いきなり魔物と戦えて…。それに比べて、俺は…多分、助けられて…」
恥ずかしくてクシャラン兵を見ることが出来ず、よろめきながら立ち上がる。
そう言えば、後ろを任せてくれと言った兵隊たちは動く様子がない。
予定通りなのか、予定以上なのか。振り返る勇気もなく、友が空けてくれた道をゆっくりと歩いていく。
ナビゲーター役。それくらいは…
「だ…、大丈夫。これも俺の計画…のうち…だし…」
一度、棒になってしまったからか、うまく歩けない。走るなんてもってのほか。
レンが居なければ、先の八本の足の魔物に殺されていただろう。
万が一、取りこぼしがあったら殺される。頼れる仲間は先に進んでしまった。
「すーーーー、はーーーー。うん、…大丈夫。俺だって…」
胸に手を当てて、周囲を二度、三度と見回して、漸く足の筋肉が柔らかくなった…
ドン‼
「え⁉今度は何?」
恐らく前の方から、とは言え反響しているから正確な位置は分からない。
だけど。
「おおおおおお‼これが勇者様たちの力か‼」
ユウは慌てて、自分のスマホを確認した。だけど、変化はない。
ズレ軸では何かが見えているのか。
「…いや、それとは関係なく。なんとなく分かる。獣臭さと腐ったような臭いが消えていく。…消えて初めて臭いがあったことに気付いた…けど。それにしても——」
余りにも早すぎる。どれだけ呆けていたのか分からないけれど、それでも十分も立っていない。それはスマホに刻まれた数字で正確に分かる。
圧倒的なチート力…。そんなのって…
頼もしい友、頼もしい仲間。彼らは初戦で見事にやってのけたのだ。
「リーリア。壊すのってこれでいいんだよなぁ?」
成程、これが所謂、…チート異世界召喚ってやつ。
「はい‼流石です。レン様、アイカ様、ナオキ様、サナ様‼」
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