第3話 始まったばかりの五人

 さて、話を戻そう。

 ユウと友人の四人は簡単な知識を与えられながら、南にある山の麓の誰かの屋敷に連れて行かれることになった。

 半島の先に孤立しているのだ。魔窟をどうにかしなければ、パーティを抜けることさえできない。


「レン。サナが怖がってんだけど…」

「は?サナは関係ないだろ。アイカが分かってないんだよ」


 元々、喧嘩するほど何とやらの二人。そんな二人に喧嘩の火種を与えたのはジョブの性能だった。

 因みに現在、封印されたスロットしか持たないユウには羨ましい状況でもあるのだが。


「魔窟を掃討したら、デナン信仰国からの援助が期待できる。そうすれば…」

「そういうのはアイカに言ってくれ。バランスを考えたら俺が魔法剣を持つべきって、お前も思うだろ?」


 これが、喧嘩の理由だ。ナオキとサナは後衛型で決まりだ。それに杖や錫杖、ワンドにモーニングスターと、何となくイメージが出来る。

 だけど、剣豪と神聖精霊騎士は前衛だし、武器のイメージも被ってしまう。

 大剣豪はありとあらゆる武具を装備できるらしいが、始まりの大地と言って差し支えない召喚された地、アグセット辺境伯領は物資の補給もままならないのだ。


 魔法が使えるアイカが通常の武器を持ち、レンが魔法剣を持った方がバランスは良い。

 これが彼の主張。


「いーやーよ。リーリア様がアタシに、と渡して下さったの!!神聖騎士の為の装備は殆どないからって。それに大剣豪は皮膚も強いんでしょ。魔法のいろはも分からないアタシたちより、レンが頑張るべきなの」


 レンのスキルがあれば、重装騎士の装備も問題がない。それに比べて神聖騎士が装備できるものは少ない。であれば、それは自分が装備すべき。

 これが彼女の主張、そしてそれだけでは終わらない。


「そんなことよりナオキを説得しなさいよ。ユウはレベルが上るまでは使い走りなんでしょ?」

「…はぁ。分かってます。でも、ナオキを説得するにしても材料が…」


 この世界はユウ達に現れたスロットと共に歩む世界だ。ユウが大した力を持っていないことくらい、直ぐに分かる。

 この差が戦場が近づくにつれて、態度に現れるようになってしまった。


 …なんかムカつく。けど、その方が追放されやすい…かも。討伐開始の直前に抜け出して、魔物が山から消えた後に逃げようと思ってたんだけど…。…それも失敗したし。


 ということで、大人しくパシリ役に徹するしかなかった。

 脱走チャンスなんていくらでもあったが、彼らが魔窟を攻略しなければ、チート封印人間には魔物が巣食う山を越えることが出来ない。


「…ナオキ。その…大丈夫…か?」

「ユウ…?…駄目みたい。お腹…痛い」

「リーリアさんから聞いたよ。な、入って良い?」

「…うん」


 ユウは四人と中学からの付き合い。今年で丸五年。その五年の記憶の中で似たようなことは何度もあった。

 だから、ユウでなくとも気付ける。だけど、今はみんな忙しい。その中で一人だけある意味暇な男。

 彼は纏められた紙束をしっかりと握って入室した。


「ナオキ、これ」


 五年の付き合い、とは言えナオキとサナ、アイカとレンはもっと昔からつるんでいた。

 だから、ある意味でユウは新入りであり、五人目。

 その彼は少年が寝転ぶベッドに紙を放り投げた。


「な、何する…の…」

「今日の計画。朝日が昇る前から説明された」

「…だから、何?」

「綿密に練られた計画。それはそうだ。リーリアさんたちにとっては国を守る為の戦いなんだ」

「…分かってるよ。ユウは良いよね。戦わなくていいんだから…」


 五人は同い年。その中で一番幼く見えるのがナオキだ。

 友達のような、弟のような彼、彼の一言がユウの胸を抉る。

 とは言え、その通り。ユウはベッドに散りばめられた計画書では脇役でしかない。


「それは…、出来るだけフォローするつもりだから。ハッキリ言ってさ…。戦士、魔法剣士、僧侶、魔法使いってバランス良いよな。俺…、多分余計だったんだと思う…。もしかしたら…、俺はいない方が…良かったのかも」

「そ、それは違うよ。レン君もアイカさんも…、サナでさえ余裕がないみたいで…。だ、誰も来なかったし…、その…」

「へぇ…。そうなんだ。ま、俺だけやることないからな」


 ユウは目を剥いた。演技ではなく、純粋に驚いたからだ。と、同時にあの疑問を思い出していた。

 どうして協力しなければならないのか。勿論、帰るために必要なことだから。

 とは言え、召喚したこっちの世界の人間が本当のことを言っているかは分からないのだけれど。


 ま、確かめる方法はないし、ここで燻ってても仕方ないんだけど。あとは…


「で、ここからが本題。俺なりにこの書類に目を通してみたんだ。それでナオキの負担にならないよう、アグセット兵の配置を提案してみたんだ」

「僕、行かないよ!!」


 ナオキが掛け布団を引っ張って、計画書が何枚かヒラヒラと床に落ちる。

 ただ、この反応もユウにとっては違和感だらけ。


「リーリアさんに魔力の測定してもらったんだよな?」

「う、うん。それは…してもらったけど」

「どうして魔力が高いのか、って説明は?」

「受けた…。でも、やっぱり…」

「ほら、ここ。南側に精鋭たちを配置するようにお願いしてみた。いつお腹が痛くなっても大丈夫なように」

「へ…。ほ、ホントだ。でも、言う通りに動いてくれる…の?」

「動いてくれるってさ。…俺に渡した魔法具も使わないに越したことないから、案外あっさりだった」


 するとナオキは目の前に落ちていた地図を手にとって、ゆっくりと目を通し始めた。

 予想通りの反応。どちらかと言うとサナの方が臆病だったのに、彼女は出発の準備を始めている。

 実は肝が座っている、かも知れないけれど、多分…


「で、でも。動けないくらいしんどいって言っちゃったし…」

「吐いたらスッキリした、とでも言えばいいし、俺も付き添うから」


 そして、少年の瞳が揺れた。


「大丈夫だよ。俺も兵隊に混じって近くにいるから」

「ほ、ほんと?…そ、それじゃ」

「ああ。…一応、気分悪そうな顔はしとけよ」


 空きスロットが埋まり、力が満ち溢れると目に見える変化さえ起きる。

 ナオキの場合は緑色。髪の色、それから瞳の色。

 その翆眼に光が戻り、頷いたのを確認した未だ黒のままの青年。彼はドアを開けて赤茶色髪の女に話しかけた。


「ナオキ、休みながらだったら行けそうです」

「ほ、本当ですか?」

「本当。だから、報告してくれない?」


 赤茶色の髪がふわりと浮かび、嬉しそうな顔をする女。リーリアは髪の色が変わった四人に侍従をつけている。

 その一人、女は嬉しそうにワンドの先端で、クルクルと空中に文字を書いた。スマホのカメラを向ければ何が書かれているか分かるだろう。

 でも、今それをやる必要はない。


「杖…にしてて良かった。やっぱりしんどいのはしんどいし」

「本当に杖って感じだな。大神官だからメイスとか、打撃武器を選ぶと思ったのに」

「やめてよ。僕に接近戦は無理。こういうのはサナの方が…得意だし」

「そっか。ゲームの中じゃなくてもそうなんだな」

「うん。サナ、ああ見えて結構僕のこと叩くし…」


 結局、こんな感じ。彼が言う腹痛なんて大したことはなかった。

 レンとアイカの喧嘩も感情の乱れ。


 そういうこと…か。怖い気持ちと満ち溢れる力、心のバランスが情緒不安定にさせてる?んで、俺は──


「ナオキ様!!動けるようになられたのですか?」


 目元にクマを作った貴族のご令嬢が駆け寄る。

 その勢いに負けて、大神官スキルを賜った彼の足が固まりかける。


「ナオキ、大丈夫。俺がついてるから」


 そっと背中を押す、封印された力を持ちし者。ただ、背中を押した左手の感触が、ユウの顔を顰めさせる。


 これって凄く良い服…だな。それに多分…。ってか、俺だけ学生服のままってどういうことだよ。山越えしたら、絶対に逃げてやる。


「…はい。どうにか…」


 その言葉に赤毛の女がチラリと黒髪の青年を見るが、目が合う前にはナオキの手を引いて案内を始めていた。

 後になって説明するのは後出しな気がするので、先に話しておくと一人を除いた四人はやはりチートを受け取っているのだ。

 その理由は悪魔イスルローダの説明の通り、こちらの住民は空きスロットを持っていない。

 正確には半次元あるが、それは普段の生活に結びついていて、完全に独立しているケースは殆どない。

 だから、わざわざ窮屈な三次元の民を召喚するらしい。空きスロットが大きいから、それだけ大きな別位相の力が手に入る、という構造。


「ナオキ…君。もう、平気…なの?」

「…うん。あまり無理は出来ないけど…」

「漸く来たのね。…ま、ユウの働きに免じて魔法剣はレンに譲るわ。鎧は駄目だけど‼」

「鎧は問題ねぇよ。俺は剣豪だぜ?ばったばったと薙ぎ倒してやんよ」


 スロットに大いなる力を内包する英雄四人の到着は、アグセット兵の士気を高めるには十分だった。

 そもそも追い込まれていた彼ら、四面楚歌と言ってもおかしくない状況の打破。

 空気になった青年を除いて、気温が上がっていく。


「…あの。ユウ様。魔法具の方を…」

「あ…。そうだったっけ」

「貴重品…ですので。後で何か代わりを探しますので」


 …そうか。このリュックがあれば一人で踏破出来たかも…?でも、使い方分からないし。んー、今は我慢我慢。


 彼女の目の下のクマは無駄になってしまったが、大神官が戻ってきたお蔭か、明るい顔に見える。

 そして、魔法具を受け取った彼女は目の前の無能力者に興味を失くして、能力者の四人の方へ向かった。


「代わり…ね。お金とかかな。それはそれで嬉しい…か。嬉しいか?」


 目的は魔窟の中央にある魔法結界の破壊。そこにユウの活躍が見込める筈もない。

 少しずつ堪る苛立ち。とは言え、迷いがない訳ではない。

 本当に、ここから逃げ出すのか。逃げた先に何があるのか。スマホがあるから言葉には困らないけれど、外国に行ったこともないユウにはハードルが高すぎる。


 それに…


「ユウ。ナオキの件、ありがとな。…大丈夫だって。お前も力に目覚めるって。スロットは埋まってんだろ?」

「私もありがと。ユウ、戦いは私たちに任せて、安全なところにいるのよ」


 本当に彼らから追放される、なんてことがあるのか。

 賢者という言葉に、胸は躍ったが追放されて賢者になって意味があるのか。


 そこはさておき。召喚されて一週間も経たないうちに始まった、魔窟結界破壊の戦いがどうなるのかを見ていこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る