第34話 手紙の受け取り
聖地マリス、マリス山、マリス神殿。
いくつも呼び方はあるが、ここは人間が住める場所ではない。
「マジかよ。家は帝都って。なんか、イメージ崩れるわ」
来るという知らせがあったから、マリスの教皇は神殿で待っていたらしい。
そこまでしたのに、祖父の悪口を言われてブチ切れていた。
とは言え、彼もカラーズ。登るのに苦労はなかったらしい。
「レン様‼」
「いいんだろ。俺より年下だし、ため口でいいって言ってんだし」
「それはそうですけど」
「オレも教皇の喋り方とか勉強してないし、別にいいよ。本当に年下かどうかは知らないけど、一応俺より背が高いし」
「いやいや、声変りもしてねぇだろ。どれだけ成長が遅くても、教皇様は中二か中三だろ」
「なんだよ、そのちゅうにって。それに教皇教皇言うな。まだ、慣れないし。オレにはヤナスって名前があるし」
「あら、そういえば、そうですわよね。名前はあって当然でした。ですが、流石に」
「別にいい。もうすぐデビルマキアが始まる。その時、どうなってるか分からないし。もしかしたらただのヤナスになってるかもだろ。そもそも、エアリスはそっちの名前で呼ぶし」
その言葉にレンの顔が強張った。
エアリスの名前に強張ったのもあるが、やっぱり世界の終わりの話の方。
そのキッカケとなるデビルマキアについて、若い教皇は若さ故か、殆ど包まずに話していた。
その時のことを思い出してしまう。
「太陽が落ちる…?何を言ってんだよ。太陽ってのはな…」
「いつも落ちてるじゃんって言いたいの?俺はそんな馬鹿じゃない」
「いや、そうは言ってねぇだろ。寒くなってんのも寒冷化かなんかで。暗くなったって言うのも、昔は涼しかったとは言ってるやつと同じじゃね?」
レンは捲し立てるようにそう言った。
ただ、心の中には冷たい汗が流れてもいた。
ここは地球じゃない。流石にこんな期間を過ごせば嫌でもわかる。
「そう思いたければそれでいいよ。オレだって本当はそっちのがいい」
「で、でも、三百年前は大丈夫だったんですよね?だって、今があるのはそういうことですし」
「うん。うまく切り抜けたんだと思う。」
「ま、そりゃ。そうだろうな。その時の勇者が頑張ったってことだろ?で、どうやって切り抜けたんだ?」
勇者はデビルマキアの為に召喚されたのに、ここまで、誰一人その話をしてくれなかった。
漠然と帝国が悪いとしか、言われなかった。
だが、教皇ヤナス少年は包み隠さずに伝えた。
「前提として三百年前の言い伝えだから、本当かは分からない。でも、ここに来るまで見なかったとは言わせないよ。マリス教信者が神に捧げているもの。それは——」
レンはその時の話を思い出して、北から世界を眺めていた。
極端に南に傾いている太陽。アレが落ちた時、世界は闇に包まれて大地から魔物が湧き出てくる。
その太陽はまだ光を失っていない。一応、まだ時間はあるらしい。
結局、最適解はメリアル王国に辿り着くこと。
だけど、海は…
「…そう言や、ユウがしきりに海を気にしてたっけ」
一人だけ蚊帳の外に出されていた勇者、勇者と呼んで良いか分からない存在。
隣の桃色髪の女は、最悪ユウでいいから確保しようとしていた。
「ロザリー。最初、ユウを連れて行こうとしてたろ」
「あら…、そんなこと御座いましたっけ?私は最初から…」
「隠すな。ちゃんと分かっているし。それにお前を信用している。単純に興味があるだけだ。」
ロザリーは肩を竦め、首を振って、レンにもたれかかった。
「…怒らない?」
「あぁ、怒らねぇよ。で、どういうことだったんだ?」
思春期入るか、入らないかの教皇を前にしても、彼女は構わずに勇者に抱き着いた。
「人質の価値はあるのでしょう?四人の勇者と仲が良いのは知ってましたし」
「人質だと?…あの時点でユウが攫われたとしたら、俺達は一丸となって帝国を潰してたぞ?」
「レンさまぁ。短絡的過ぎですぅ‼いつ何処で、カードを切るかは私次第ですよ。元々、匿うという役目でしたの。忘れましたか?」
勇者に近づく口実にもなる。更には今しているように、目の前で見せつけることも有効かもしれない。
そもそも、レンを釣るために使った。なんて彼女が言う筈もない。
まだロザリーにコロッと騙されているが、レンは自分が知りたい話を優先させた。
「…そう言や、そうか。だけど、さっきの話が本当ならそれこそ…」
「レン様ぁ、あの男が勇者だという確証は何処にもありません。クシャラン大公が容易した偽物かも…」
「いや、だって」
「魔法硝板だけではダメなのです。先ほどご覧になられたでしょう?…魔法硝板は珍しいものではありません。それを利用したのかもと思うのが普通ですよ。」
南の神殿にあるのだから、当然北の神殿にも動かなくなった魔法硝板は保管されている。
だから、デビルマキアの話が真実だと思えた。
そして、この後。
ロザリーはレンの体に指を這わせながら、確信を突く。
「第一、本当に勇者だと思っていたら、デナ信仰国があんな冷遇します?」
桃の良い香り。かと言って、ロザリーが精神魔法を掛けている訳ではない。
そもそも、この状態で魔法を掛けたら、教皇に気付かれる。
マイマー家は未だに帝国では中流貴族でしかないから、それはそれで不味い。
それでもレンの鼓動は速くなる。
体を弄られたからだけでなく、違う理由も併せて。
「…ヤヌス猊下。一つ聞きたい」
「んー、なんだよ。目の前でいちゃつきやがって。俺だってもうちょっと大きくなったら…」
「猊下にはまだ早いかと?」
「…う、もういい。勇者、話せ」
「あぁ、大事な話だ。…過去に元の世界に戻らなかった勇者はいるのか?」
そして、彼の元カノが南で聞いた話。しかもヤヌス猊下は口が軽い。
「いる。三百年前の勇者は帰ったと言われているけど、伝承には残ってる」
アイカが知らない話まで、少年教皇は勇者に包み隠さずに話す。
「降臨したモノ、神の如き力で悪魔の軍勢を倒した。その風貌は千年先でも若者のままであった。そしてその者は千年に飽いてお隠れになられたという。…言い回しは自信ないけど、内容はあってる筈だ。」
「はぁ?なんだ、それ。まるで神になったって感じじゃねぇか」
「そうだよ。マリス様もそうだったんじゃねぁかって言われてるし。ま、オレ達には関係ない話だし。カラーズは勇者の子孫。でも普通に歳とって死ぬし、それが良いことかもオレには分かんねぇし」
「ま…、まぁな。永劫の若さって言われても…な。でもまぁ、帰らない選択肢もあるってことか」
ロザリーがさわさわと前側を触っているので、レンは前に腕組みが出来ず、その代わりに頭の後ろで腕を組む。
信じるか、信じないか、という話。前回の勇者は帰ってしまったし、今は不老不死の勇者は居ないから、証明しようがない。
そして、ここで。
ヒュン…、と風を切る音がして、教皇ヤヌスの膝元にふわりと手紙が落ちた。
「ん。なんだ、それ」
「手紙も知らないのか。やってることは大人な癖に」
教皇少年は手早く封を切って、中身に目を通した。
そして、目を当てられない大人行為をしている桃色娘に、目を当てて命じた。
「桃髪ロザリー。いつまでも俺の馬車でいちゃつくな。…それから御者に伝えてくれ」
「おや、何か気に入らないことでも?」
「気に入らないね。兎に角、行き先が変わった。オレんちじゃなくて、元老院に直接行けと伝えてくれ」
□■□
帝都マリスはマリス山の雪解け水が作り出したメイリス川のお陰で栄えたと言える。
とは言え、寒い日々が続くこの地では魔物の使役が欠かせない。
畑の耕しから薪の切り出しまで、全て魔物がやっていると言っても過言ではない。
その為、街の至る所で赤黒い鎖を見ることが出来る。
「なんでまた元老院に…」
「勇者様は流石に元老院に挨拶に行ったんだろ?」
「当たり前だ。そこで事情聴取を散々受けたんだよ」
「マイマーも疑われたわよ」
元老院についても、少年教皇の喋り方は相変わらず。議員は頭を下げるが、その全てを無視する非礼な子供。
彼が帝国の象徴であることは誰もが知っているから、許されている。
「なぁ、シルベルク公爵…は殺されたんだっけ。えっと、今はその息子が議員…、名前、なんてったっけ」
「ウィードです。ウィード・シルベルクです。猊下、突然お越しになられると困ります」
議員か、それとも使用人か。
ヤヌス少年は部屋のドアを開けて、目の前の男に話しかけた。
その奥の景色に、レンは頬を引き攣らせた。
「マジでコイツ偉いんだな」
「これでレン様も偉い顔が出来ますね」
隣で微笑むロザリー・マイマー。彼女も余裕しゃくしゃくの顔。
その理由はやはり、カラーズか否か。
そういう意味ではレンも余裕を持つべきだが、どう見ても帝国の偉い人が集まっている部屋だ。
高校生が小学生を連れて、国会に乗り込むようなもの。
ロザリー曰く、議員は民主的に選ばれているが、今現在は七人の侯爵家が牛耳っている。
「俺はやっぱ苦手だな。っていうか、何で俺達まで…」
教皇は勇者についてこいと言った。ロザリーはせっかくだから勇者の威厳を示しましょうと言った。
確かに、その為にマリス山を登ったのだが、余りにも展開が早い。
三百年前の勇者たちは、十年も掛かって世界を脱出した。
十年掛けて…、デビルマキアを終わらせた。
「…ロザリー。手紙の内容って結局なんだったんだ?」
「さぁ?猊下は楽しみにしてろって言ってましたしぃ。案外、カッコよい、大人な部分を自慢したいのではなくて?」
「自慢したいってか。まぁ、これでロザリーの親父さんにいい身分が与えられるんなら…、ってなんだ?」
教皇は議員の一人を捕まえて、見せて貰えていない手紙を突き付けている。
そして。
「直ぐに‼」と言って、走り出してしまった。
直後、隣の議員、その隣。更に隣と続いて、たちまち全議員が席を立った。
「なんてことだ…」
「あまりに早い。これでは…」
「失礼します‼」と言って、全速力で駆けだす者がいたり、「勇者様‼よろしくお願いします‼」と頭を下げる者がいたり。
「何が起きたんだよ」
「さぁ。何でしょうね。私にも分かりません」
結局、部屋の中の議員の全員が飛び出して、中に残った一人と対面する。
残っていたのは勿論。
「さて、勇者殿。君は実に運が良い…」
少し喋り方は違うが、少年教皇ヤヌスである。
「な、何が起きてんだ。運がいい…って…なんだよ」
声変りしていない少年の筈だ。
だが、彼のなまめかしい目は本当に子供なのかと思ってしまう。
というより、頬を染めて快感を味わっているような顔。
何を考えているのか分からないが…
「爺ちゃんにも見せてあげたかった。こっちだよ、勇者‼バルコニーから多分見える‼」
成程。やっぱりデビルマキア関連。彼の祖父が待ち侘びていた勇者。
「うふふ。何が待っているのでしょう。とても楽しみですね。」
ロザリーもヤヌスの顔と同様に、興奮して頬を染めている。もしもアニメなら瞳に渦巻きが描かれているに違いない。
そして向かった先で、レンは両肩を跳ね上げた。
大剣豪の力で地鳴りがするほどに、彼自身が飛び跳ねた。
「あら?…そちらに見えるのは、勇者レン様ではありませんか」
本物の黄金ではないかと見紛う、美しい髪。
バルコニーの外では更に美しく見える。そして黒かと思っていたメッシュも紫がかって見える。
それがなんとも美しい。…不気味なまでに。
ここでとても奇妙な現象が起きた。
「エアリス様‼お久しぶりです‼」
「うふふ。お久しぶりですね、ヤヌスくん」
数日前に来た元老院では、議員の嫁かと思った。
それくらいひっそりと佇んでいた。だが、今。少年とは言え、教皇が傅いている。
「そして…、ロザリーちゃん。あの時はお声を掛けられなくてごめんなさいね」
「いえいえ。私も久しぶりの帝都でしたので。それにしてもエアリス様、…今日も美しくて羨ましいですわ」
「また、そんなこと言って。私はロザリーちゃんの髪、凄く好きよ?」
あの時は嫉妬をしていた彼女が、楽しそうに話をしている。
マイマー家は帝国と繋がっていた。それは知っていたことだけれど。
「勇者様、せっかくですからご一緒しません?」
そして、レンは漸く気が付いた。彼女もやはりカラーズだとばかり思っていたのに。
老人たちが皆膝をつく。兵士も侍従も皆、同じ。
世間一般で、ノマル…だっけ。ノーマルって意味だと思ってたけど、…この
だが、吸い込まれるように、まるで魅了されているように、足が勝手動いてしまう。
勝手に?いやいや、レンの意志がそうさせている。
共に共同作業をしたくて溜まらないのだ。
「エアリス様。いえ、アスナの巫女様。俺…じゃなくて、ボクも…」
「えぇえぇ。そうしましょ。みんなで女神様にお祈りしましょ!」
めが…み?それってデナ…?
どうにか脳内で言葉を紡いだが、それ以上考えられない。
それに。
「女神『
魔法硝板を見る余裕はなかった。どうして、頭の中に言葉が浮かぶのか。
間違いなく、魔法硝板の仕業なのに、今手に取る気にはなれなかった。
俺…。異世界に来て…。良かった…
レンが、金城恋は本気でそう思った。そして。
「エアリス様。俺の力も使ってください。
「嬉しいですわ。それじゃ、みんなで祈りましょう。この魔法具に…」
カラーズでも、勇者でもない、純粋に美しいだけの女。
彼女はアメジストのような宝石を掲げる。
そして…
ドゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン‼
西の遥か彼方、それでもデナアル大陸だと分かる場所。
地名で言うならメリアル王国と、テルミルス帝国の西岸。レンは知らないが、その地はシャルリックと言う。
その大地がまるでエアリスの声に呼応して、山でもないのに噴火したのだ。
そして赤紫の噴煙が西の空一帯を覆い尽くしていった。
西側が突然地獄に変わった。だのに、金色の彼女は笑顔で、とても楽しそうに、本当に無邪気にこう言った。
「これから始まるお楽しみパーティからは抜け出せませんよー。レン様も、思い切り楽しみましょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます