第10話 貴族街の一画にて

 何度、指を画面に滑らせただろうか。

 十分おき?五分おき?もしかしたら数秒おき。

 一瞬で既読がつくペースで画面を更新し続ける。


「って…今何時だろ」


 魔窟破壊で1日が終わって、次の日に首都アモラットに到着して、その日の夜には宴が始まった。

 このハイペースからも魔窟破壊が計画されていたと気付けた筈だ。

 クシャラン半島南西部のマイマー領主が間に合った。それも計画だった証明になる。


「夜に始まって、直ぐにマイマー公のワイン騒ぎになった。つまり俺は宴の殆どを寝てたってことになる」


 全ての計画の案内人であるリーリアは怪しい。

 勿論、アグセット卿の指示で動いていただけかもしれない。

 だが、彼女は勇者の力を目の当たりにしていた。


「三百年前のデビルマキアが関係していることは分かるけど…、流石に個人を特定するのは難しいか」


 魔法硝板は投げても戻ってくる。そんな便利機能が元の世界でも欲しいほど。

 問題は三百年前に、十年前のスマホがあったことだ。やはり当時を知らなければ何も分からないが、手放せたということはその方法があったということだ。


「朝になったら教会に行くんだっけ。ってか、ここは何処?レンたちは何処だ?」


 今となっては怪しい存在である侍従頭のベン。彼の話では大公の屋敷の周辺はいわゆる貴族街になっていて、領主の別邸がそこかしこに建てられている。


「アグセット卿の邸宅もありそう。居るならそこかな…」


 ユウのお仕事はとても簡単なのだ。昨晩の宴の裏であったことを話せばよい。

 直感でナオキの力を披露させたこと、ロザリーをナオキの所に行かせたことで、誰一人毒が効かない宴になった。

 それは素晴らしいことだ。だけど、失敗だった。せめてロザリーに何かを…


「スロットも冒す毒…、知らなかったから仕方ないんだけど…、今は知っている。って死にかけた」


 偶然にも日は東から昇る。

 この世界の人間の知識を信じるなら、南半球に大陸はない。

 だから北は寒し、南は暑い。厳しい地域である北に帝国があり、穏やかで肥沃な大地を持つ南にデナン神国という、教会の総本山がある。

 因みに、帝国は女神デナを最高神に奉っていない。


「日の出前に動くか。なんか…、二日と少ししか経ってないのにずっと昔のことみたいだ」


 その二日間で、ユウは無能さに気付き、四人はチート勇者だと気付き大活躍をした。

 特に無能なユウの無能さは抜きんでていて、スロット世界の住民よりも弱いくらい。

 それでもイスルローダは勇者と呼んだが。


「リーリアも胡散臭いけど、彼女の言ったことは事実だ。俺の扱い一つで、皆の行動が決まってしまう。つまり隠密行動か…」


 アイカかサナが皺にならないように畳んでくれた学生服の袖に腕を通し、ズボンに足を通し、学校指定の革靴を履く。

 トントン、とつま先で床を鳴らして、準備完了。


「…絶対にこんなメタ的な使い方は無しなんだろうけど」


 アイカ達は魔法硝板を預けたと言ったが、覚醒していないユウには必要ないのか、それともバレてはいけないと思っているからか、寝ている間に取り上げられることはなかった。


「ロザリーとの会話は無駄じゃなかった。こんな使い方が出来るって分かったし…」


 基本的には自動翻訳機。だけど、それ以外にも使えそうだった。


「反応なし。ドアの外で会話をしている人はいない。」


 聞こえた言葉を解析してくれる。その時、アプリの起動が確認される。


 ガ…チャ


 ゆっくりドアを開けた。続いてはスマホ本来の機能。カメラ部分さえ出せば、画面に廊下が映される。


「廊下に人はいない。思ったより真夜中なのか?」


 抜き足、差し足…、本当に盗賊ジョブならもっと上手いのだろうけれど。

 そもそも、この世界の人間よりも格下。


「‼」


 ちゃんとボタンを留めた内ポケットが少しだけ反応した。

 

「サーチライト…」


 三つの光源が頭上に発生し、ユウの全身を三方向から照らしだす。

 やはり盗賊さんって凄い、なんて思いながら彼は脳を回転させて言い訳を考えるが…


 ん?その前にこの声って…


「…どういうつもりですか。ロザリー様」


 陰に隠れている誰かの影が動く、ただし少し歩いただけであの特徴的な髪色がきらりと光った。

 と言うより隠すつもりもなかったらしい。


「どういうつもり?これは奇妙なことをいいますね。ここはマイマーの別宅ですよ」


 ユウは目を剥いた。確かに、サナの報告書にはマイマーの名が多く登場した。

 リーリアとベンにマイマーに近づくなと言われているのに。


「…それって」

「寧ろ、こんな時間にお出かけですか、ユウ。…でも、今はこちらへ」


 マイマーは怪しい。でも、怪しいのはマイマーだけではない。

 そもそも、彼女は一番下の娘。ただ、エイスペリア王国に婚約者がいるという話。


「早く‼」


 彼女が多彩な魔法を使えるのは、目で見たから知っている。つまりそれなりのスロットを持っているから、彼女の方が色んな面で強者だ。

 片手で引っ張られるだけで、一つの部屋に連れ込まれてしまった。

 彼女自身は限りない白だと思っていたのもあるけれど。


「…あの。俺は」

「光栄に思いなさい。天地がひっくり返っても、入ることのできないわたくしの部屋に立ち入ったのです。」

「え、いや。だって、アレは」

「良いのですか?私が大声を出したら、アナタは婦女暴行罪で死刑。それはそれは酷い死に方をするでしょう。お友達はとっても幻滅するでしょうね」


 う…。それはそうかも。ってか、何なんだ、こいつ‼


「あの…」

「アナタに質問する権はありません。…それで、今から何をするつもりだったのか、話して頂けますよね?」


 この強引さ。やっぱりベンの言っていることは本当?

 本当のことを言うべきか、それとも


「その前にどうして俺が…」

「質問は受け付けておりません。…ですが、それくらいは話しておきましょう。先ず、マイマー領はクシャラン半島から見て、大陸の中心に行く拠点になる場所にございます」

「それは…知って」

「アナタの発言は許していませんよ。…お父様はその地の利用をちらつかせて大公に取り入ったのです。あぁ、そうでした。どうして、アナタがここにいるかでしたね」


 脇道と言うより、ロザリーは全く違う話をした気がする。

 これってもしかして


「アナタは勇者様に気に入られているのでしょう?…ですが、大公は貴方の存在を煙たがっています。そこで皆の嫌われ者、マイマー家の登場です。マイマーがアナタを人質にしていることにすれば、マイマーはあっという間に滅ぼされる。そしてそれは大公の周辺の貴族も同じ。その場合、勇者の矛先は大公に向けられるでしょうね。つまり利害の一致です。私が看病したという事実もありますしね。」


 利害一致の矛盾のない話…、ではない。

 首を傾げる内容しかなかった。


「いや、それってマイマー家は損しか無くない?」

「ふん。流石は田舎者。甘いですわね。…私が得をするじゃありませんか‼」


 あー、成程。えっと成程?んーーー、って何なんだよコイツ‼


「そこで私情⁉っていうか、弱い男に興味ないって」

「まあ、厭らしい男。そういう意味じゃありませんのよ。それくらい無い脳みそでも分かりそうなものですけど」

「ひ、酷い言われよう…」

「うふふ。半分冗談ですわ」


 でも、半分は本当。だけどというか、やはり彼女が用意していたのは。


「四人の勇者様はアナタのことをあまり語りたがりません。それは彼奴等もですが」

「俺は…」

「ご親友なのですよね。そして、アナタには何かがある。…安心して下さい。私、誰にもあの話はしておりませんので」

「…親友の俺を使って、勇者を操る…為。やっぱり…」

「いえ。そのような単純な動機ではありません。私が匿ったのは、単に珍しいからですわ!」

「珍しいって…」

「三百年前に現れた異世界人。正直、作り話と思っていましたの」


 アニメで言えば、衣服がズレて肩が見えてしまう感じ。


「え……」


 因みにユウが住んでいた世界は少しだけ近未来。三百年前は丁度幕末に当たる。


 確かに…、歴史って実は作り話が多いって言われてたけど、異世界人まで登場したら、それはただのSF。そんな感じ…かな


「で、でも実際に魔法硝板の記録は残ってるって…。リーリアが絵も見せてくれて…」

「リーリア?あの赤毛娘がねぇ。ユウ、お願いがあるんだけど…」


 スマホの話をしてからのお願い…


「いえ。私の立場で考えたら命令…かしらね」


 ではなく命令。


「な…、なんでしょうか。ってか、俺ってもしかして」

「はい。私たちマイマーが引き取ることになりましたの。これはアナタにとっても喜ばしいことですわよね?」


 昨日まではそう。だけど、マイマーが追放されそうとか勝手に思っただけ。それに今は仲間の為に行動したいと思っている。


「……」

「というわけで、アナタが持っている魔法硝板…、私に少しだけ見せてください・・・・・・・・・・ませ」

「少しだけ…?」

「はい。少しだけです。わたくしたちには扱えない代物ですし」


 ユウの目がひん剥かれる。

 そういえば、彼女はあの時。興味は抱いて覗き込んだだけ。


 かもしれない…って、だけだけど。


「分かり…ました。でも、メッセージは個人情報で…」

「えい…、えい…」

「って、もう触ってるし…」

「確かこのように指を…、駄目ですのね。やはり私の指では反応しません」

「あ、ほんとだ。そういうルールはあるんだ…」

「もうもう‼駄目ですの‼ユウ、アナタが操作してくださいませ」

「俺?…えっと」


 ふわりと桃色の髪が浮き、ふわりと桃の香りがした。

 肩と肩がぶつかる距離。顔はもっと…

 きっとサナに嫌味を言われてしまうだろうほど、ユウの頬も桃色に染まる。


「そのマークは何ですの?」

「これは…」


 当たり前かもだが、実は殆どのアプリアイコンが消えている。

 チャットアプリとメッセージアプリ。それからただの四角いアプリ、そこは押しても何も起きない。

 多分、封印されている大賢者のアプリ。

 それから…


「なんだっけ。え、これ…って」


 まん丸のアイコン。最初触った時は真っ黒で、意味のないアプリかと思った。

 だけど、今ならそれが何だったか分かる。


「なんですの?ミミズが這ったような気持ちの悪い絵ですけれど…」

「多分…、俺が歩んだ道だ。だから最初は殆ど真っ黒だったんだ。今もちょこっとしか表示できていないけど。…マッピングアプリ」


 残念ながら地図は表示されない。自分が行った場所が見えるようになるという、ゲームでよく見るソレだった。

 ただ、…ここでユウの肩が激しく飛び跳ねることに。


「…ふふ。実はどうでも良かったのです。私が操作できなかった時点で決まっていましたが…。ユウ、やっと正体を現しましたね」

「…ふぇ⁉あれ…、そう言えば…」


 不味い。不味い。あの時、このままじゃ不味いって思ったのに…


「あの後、四人の勇者様とお話をさせて頂いたのですが…。おかしいと思ったのです。皆さま、魔法硝板をお持ちでした」


 それだけで殆ど確定。勿論、魔法硝板の性質上、勇者に戻った可能性もあった。


 ってか、余りにも自然すぎて…


「…お、お、お、俺を人質に…する…つもり…で」


 桃色のふわふわした香りに騙された?いや、そもそもあの時点で…?

 っていうか、マイマー公の娘。しかも、うまく取り入ったとか言ってたし…

 何故か、マイマー公の別邸の物置にいたし…


 だが、彼女は目を皿のようにした後、首を傾げた。


「人質?…何を仰ってますの?私が匿ったのは、単に珍しいから。それだけですが?ですので、昨日見たことも私、お父様とお母様にも秘密にしておりますのよ」

「本…当に?」

「五人目の勇者様とバレたら取り上げられるに決まってるじゃありませんの。私、自分の立場位弁えていましてよ」


 彼女の言葉に、表情に嘘はないように思えた。

 だけど、彼女の両親が知らないとは限らない。

 つまりマイマー邸に連れてこられたのには意味がある。


「あの…、ロザリー様。俺、ベン・セムシュ様からマイマー家の話を…」

「ユウ、アナタに発言権はないと言ったはずですよ。まぁ、その話は恐らく事実ですけれど。マイマーは帝国と繋がりがあります。…そんな分かりきった話は良いのです」


 つまりベンの言葉も本当。それなら…、ここに連れてこられたのはクシャランの内地側に移送させる為。

 彼女は両親に気付いていないフリをしているし、両親も彼女にユウの正体を明かしていない。

 だが、重要なのは、両親が知っているだろうこと。

 ここから出ることも容易ではない。


「で、アナタは何をしようとしていたのです?流石にご自分の立場は理解しているのでしょう?」


 知った風な事を言う。帝国と繋がり、侍従たちから嫌な噂をされている女。

 だけど、帝国について何も知らない。勇者たちは今までずっと踊らされているのかもしれない。


「毒のことをアイツらに伝えないといけない」

「毒のこと…?あぁ、そういうことね。でも、どうやって?」


 彼女の反応にユウは目を剥く。だけど、だけど。


 …嫌な予感がするんだよ。


「ズレた世界の体をも蝕む悪意。その存在をどうにかして伝えないとダメなんだ…。お前が何者かは知らない…。だけど、アイツらは俺の友達…だから」

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