第11話 厳しい契約

「お父様、お母様、お兄様。わたくし、彼を侍従見習いとして付き従わせたいのですけれど」


 翌朝、ロザリーは寝ぼけ眼で一家団欒の朝食でそう言った。

 ユウはどうにかマイマー邸を抜け出して、四人の勇者様がいるアグセット卿の邸宅に行くつもりだった。

 けれど、それはするなとロザリーに説得を受けた。


 先ずマイマー邸を抜け出せない。

 運よく出られたとしても、アグセット辺境伯の邸宅も勇者が泊っているということで侵入が難しい。


「ロザリー。その男は…。そもそも男は」

「私、久しぶりに教会で女神様にお祈りを捧げようと思っていますの」

「お祈り…?ロザリー、教会は…」

「あら、お母様。私が教会に行くことに反対ですの?」


 そして、行き先が分かっているなら、わざわざ可能性が低い選択を選ぶ必要はない。

 貴族の邸宅は所有する貴族の法で裁かれる。不法侵入で、その場で殺されても文句は言えない。

 だが、教会の敷地内では教会法。しかも教会に行くこと自体は罪ではない。


「反対はしていません。ですが、また良からぬことを企んでいるのでしょう?」


 …え。ロザリーって親からも信用されてない…。駄目じゃん。


「ふぇぇええええ。そんなぁぁああ。私、昨晩勇者様と出会い、心を入れ替えようと決めましたのに…」

「また、そんな泣き真似を…。百歩譲って教会には行っても良い。だが、その男は駄目だ。その男は…」


 泣き真似…、っていうか本当に泣いているんだけれど。この子、何なの?

 そもそも…、面白そうってだけでそこまでする?


 と、ユウが横で呆れていると、彼女の涙は嘘のように消えた。

 そして、今度は妖しい目付きで父親を見つめる。


「…知っております。勇者様の御親友でしたわよね?」

「そ、…そうだ。マイマー領で匿うと約束をしてだな…。だから…」

「彼が居たら、勇者様とまたお近づきになれそうなの‼これは行くしかないって感じでしょ?」


 と、思ったら今度はイケイケ女子。

 家族の前で百面相をしたことがないユウは、終始ドン引きだったが。


「父上。良いではないですか。私も勇者様とお会いしたいと思っておりました」


 ここで初めて見る顔が助け舟を出した。

 マイマー家の長男ヨナス。赤茶髪は、今やクシャラン半島ではよく見る髪色だ。

 そんな赤茶色は昨晩の宴には間に合わなかったらしい。


「これ。ヨナス。」

「私に領地の仕事を押し付けたのは父上です。それにセムシュ領は我らの領地の南。そのままロザリーを領内に連れ戻すと約束します」


 この後色々と揉めたが、長男ヨナスが全ての責任を持つと言ったことで、話が進んだ。

 彼女は少し不服そうだったが、見事にセムシュ領ゲイダス教会への馬車を獲得したのだ。


「あのぉぉ…。これ、なんかおかしくない?」


 ようやく口を開いたユウ。彼が発した場所は馬車の中だった。

 馬車は二台。前の馬車にマイマー公長男が乗り、後ろにロザリーとユウが乗っている。


「何かおかしいかしら?」

「俺が馬車に乗ってるとか大丈夫なの?ってか、護衛騎馬の配置もおかしいし。長男が大事なのは分かるけど、長女だって大事だろ…。こっちは護衛なし…って」


 ヨナスの馬車は言っては悪い気もするが普通の馬車に乗っている。

 ロザリーの馬車は、彼女専用のカラーリング。ピンク色のファンシーすぎる乗り物。

 ヨナスはこの馬車には乗りたくないと思ったのか、自分用に馬車を調達していた。

 但し、騎兵はそちらを囲っている。だからピンクの馬車がむき出しの状態。


「あらあら。弱いくせに私の心配ですか?と言うより、田舎娘のリーリアは教えてくれなかったのかしら?」


 リーリア。きっと彼女も勇者と同道しているのだろう。

 そして、リーリアと言えばで思い出すことがある。それ+4だが。


「説明は受けてない。でも、今の言葉で分かった。俺の親友も力を得て、髪の色が変わった…」

「あら、知ってたの?だから、私たちはアナタが無能だと一目で分かる。魔力器官の影響と言われているのだけれどね。そしてアナタの言う毒は魔力器官をも破壊するものだったわけ」


 生命が生命たるには三次元が望ましい。だけどここは少し違う。

 だけど、人間の感覚は殆ど同じのようだ。因って彼女にはこのように認識される。


「勇者様の力を測る為に呪い付きの猛毒を仕込んだ…。しかもマイマーの手に見せかけて。グランドデュークがやりそうなことだわ」

「呪い…。アレが…」


 黒の大地を破壊しようとした力。

 確かにワインを飲ませようとしたのは、クシャラン大公だった。

 だけど、その後のことを知らないから分からない。

 彼女がそういうのであれば、大公はワインに口をつけていなかったのだろうけれど。


「最終的にナオキ様に癒してもらったとはいえ、私で解けなかった呪いで死ななかったのは、やっぱり勇者の素質を持っているからかしらね」

「…そ、それはよく分からなくて」


 この世界の人間にも秘密を明かしてはいけない。

 話した瞬間に完全に封印されてしまう。もしかしたら無くなってしまうのかも。

 その状態で呪いを受けたら、間違いなく死ぬ。


 ただ、ここしかないと思った。

 どうすれば、その話に持っていけるのかと考える。


「それにしても、ロザリー様はとても目立っていらっしゃいますよね?その…、アモラット城の侍女の皆さまが…」

「…何、突然。喋り方変えて気持ち悪い…」


 胸元の魔法硝板がどんな訳をしているのか、言語を知らないユウには分からない。


「何を言われたのか知らないけど、どうせ私の悪口を聞いたのでしょう?」

「…うん。そう…なんだけど。色んな意味で目立っているのかな…って」


 だから、結局普段通りの言葉遣いになった。そう言うロザリーも喋り方は定まっていない。

 この時点で、ユウはある事実に気付けたが、彼の頭は自分のことでいっぱいだった。


「アナタもマイマー領に来れば分かるわよ。ここがどれだけ遅れてるか。田舎者が都会人の悪口を言ってるだけ」


 仲間と連絡が取れない。悪意は間違いなく存在する。

 その中で彼は求めてしまう。


「帝国側の人間と婚約をしてる…って話も…あった…けど」


 そしてその瞬間、ロザリーの目が薄紅色に輝く。

 空気を切り裂く音がした後、頬を静電気が走ったような痛みが走る。

 ロザリーの尖った付け爪が、ユウの頬を軽く削いだ、と気付くまで数秒は掛かった。


「…そんな話までしてたんだ。まぁ…、アンタは何も知らないんでしょうけど」


 まるで別人だった。

 魔力器官が髪の毛に影響を及ぼすのか、多数の桃色蛇がうねうねと空を泳いだ、ように見えた。

 だけど、動じてはならない。その方法を知っておく必要があるから。


「随分評判が悪かったけど…、国外追放の心配とかってないの?ほら、帝国と戦争が始まるかも…しれないし」


 ただ、その瞬間。

 彼女は興が醒めたのか、溜め息を吐いて優雅に座りなおした。

 妖しく光っていた瞳も元に戻っている。


「…そういうこと?だったら、あんまり話せないじゃない…。考えることも出来ないし…」

「え?それって…」

「余りにガツガツしすぎ。ユウは制約を受けているんでしょ?もしくは契約…。悪魔とはそういうものよ」


 ユウは目をひん剥いた。

 彼女は封印された勇者ということを、彼の態度から辿り着いていた。

 これはある種の運命の出会い。リーリアとは対極にいるロザリーという女。


「…ここからは私の独り言ですので、聞かなくても結構です。」


 いや、もしかして同類?さっきの殺気はあの時とよく似ていたけれど。

 リーリアにも同じ質問をしたら、同じような反応をしたかもしれない。

 でも、今は…


「例えば私、ロザリー・マイマーが追放をされる条件はこんな感じでしょうか」


 今までに見たことのない顔。感情が見当たらない、魂を感じない。無機質な何か。


「全ての人間は教会で管理されています。教会関係が最も容易いでしょう。私が他の宗派の人間と結ばれると破門されます。それはその地で生活が出来なくなるということ。つまり追放です。私が教会の利益を損なう行為をした場合、やはり破門されます。掴まれば処刑されるかもしれませんが、私なら国外に逃げます。これも追放されたようなものですね。…そして教会と関係なく、例えば私が公国の多数の貴族から慕われた上で、大公と対立した場合もそうでしょう。処分が出来ない場合、追放で手打ちにされる場合があります。勿論、私が原因ではない場合もあります。マイマー家に問題が起きた場合でも起こり得ますね…」


 不気味なほど、抑揚のない声。

 魂がないのではなく、もしかするとその反対…


「とは言え…。アナタ様はまだ洗礼を受けていない。勇者に与えられるべき、爵位も受け取っていない。そもそも民には村八分という民間制度は在りますが、基本的に追放処分は下されません。民は領主の所有物です。よほどの徳を積まない限り、処分されて終わりです」


 そしてロザリーではないロザリーはゆっくりと目を閉じた。

 その直後。


「はーい、おしまい。これ、結構疲れるんだから。」


 喜怒哀楽の可憐な少女が戻ってきた。

 今まで魔法の有無はあっても、それでも人間らしさを感じていた。

 だから、今初めて異世界人という概念を意識したかもしれない。

 そして異世界人からの回答は、ユウにとって喜ばしいものではなかった。

 勿論、彼の制約は国外追放されなくても可能なのだが。


「…ありがと。参考になった」


 解決にはなっていないけれど、バレてはいけないというのは、悟られてもいけないという意味が良く分かった。

 単に追放して欲しいと言ってしまうと契約違反になる可能性がある…らしい。


「それにしても、今のって…」

「魔法硝板を持っているのに何も聞かされていないの…。いえ、そうでしたわね、今向かっているのは教会でした。詳しいことは私にも分からないのだけれど、こんな髪の人間は守護天使に守られているのよ」

「天使…だって…?」

「その辺は分からないって言っているでしょう?私も聞かされただけ。これでも教会に気を使っているのよ。中には神を宿していると言っている者も居るし?帝国は悪魔を使い、魔物を使役しているのだし、不思議なことではないでしょう?」


 先ほどロザリーから感じた殺気、前にリーリアから感じた殺気。

 アレはズレ軸スロットの世界の力かもしれない。

 魔法硝板スマホを操る不可思議な悪魔も知っている。


「思っているほど、勇者はチートではない…?」

「凄い力を持っているのは確かね。だけど、この世界で一番強いか分からない。だからデナアル大陸の東端、その中でもクシャラン半島の北端でしか、召喚の儀は許可されていないの」

「…あ。そか。だから、段取りが出来ていた。そういうの、この先の教会で説明を受けるのかな…」


 昨晩に残されたメッセージに、そんな記述はなかった。

 サナが細かいことまで纏めていたんだから、こんな大事なことが抜ける筈がない。 

 間違いなく知らない。


 ただ、彼女は首を横に振る。


「あのね。さっきも言ったけれど、三百年も前の記録が最後なの。当時と比べて国の形も変わっている。私が聞いた話もどこまでが真実か分からないのよ」


 そして彼女は車窓に向かって指をさした。


「ほら。見えてきたわよ。っていうかぁ、ぜんっぜん眠れなかったじゃない。アンタのせいで全然寝れなかったんだからね」

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