第12話 タイミング悪すぎ‼

 ここで地理のお勉強となる。

 クシャラン大公国はデナアル大陸の東端のクシャラン半島の国だ。

 首都はアモラットで、クシャラン半島南部のほぼ中央に位置している。

 そこから西に行くとマイマー領、南西に行くとセムシュ領で、どちらもクシャラン大公の配下である。

 そして、今回の舞台はセムシュ領ゲイダス教会。基本的にどの領地にも教会はあるが、どうして南西部のゲイダス教会が選ばれたのか。

 それは女神デナ系の総本山であるデナン神国に一番近いからだ。

 デナン神国はデナアル大陸のかなり南、正確には大陸最南端の山であるデナン山の南側がデナン神国で、その山の北側にはサジッタス公国である。

 サジッタス公国は小さな城塞都市国家で、別名は女神デナの守護門である。

 実際に門があり、真っすぐ北へ伸びる道がある。


 その道は遥か先で神聖マリスと呼ばれる、違う神の聖地に繋がっている。

 そして、その道の途中にエイスペリア王国とクシャラン大公国があり、エイスペリア王国の北側と西側が、現在話題のテルミルス大帝国となっている。


「レオス殿下‼リオール殿下‼お久しぶりです‼」


 鮮やかな赤い毛がふわり。その柔らかな髪が撫でられる。


「リーリアちゃんじゃん。ちょっと大きくなったんじゃない?」

「ほんとだ。前もだけど、もっと可愛くなったんじゃん?」


 金髪ではなく黄色っぽい髪とオレンジの髪。五人の勇者の中で一番身長の高いレンよりも頭一つ高い男が二人。


「誰だ、あいつ。リーリアに馴れ馴れしくない?」

「……」

「おい、アイカ。聞いてっか?もしかして眠れなかったぁ?」


 リーリアとベンの案内で教会の前まで来た。そしたら、リーリアだけが飛び出していった。


「お二人は勇者様の為にデナン神国から戻ってこられたのです。流石にアモラットの宴には間に合いませんでしたが」


 初老の執事長が、若い女リーリアの代わりに説明すると、ナオキがポンと手鼓を打った。


「あ、そういえば。大公のご家族は奥さんしかいらっしゃらなかった」

「アイカちゃん…。え、えと。お二人はデナン神国にいらしたんですか?」


 ナオキよりアイカの方が背が高いので、彼らから二人の顔は良く見えない。

 だけど、アイカの反応にサナは小さな溜め息を吐いていた。


「はい。一般的に貴族の子はデナン神国で神学を学びます。特に国を背負う可能性のある者は殆どの時間をデナン神国で過ごすことになっています。」

「…中世でいうローマ教会みたいな感じかな。えっと…、サナ?」

「あ、うん。あの人たちも髪の毛が奇麗だな…って」

「そ、そうかな。リーリアさんの色が一番目立ってると…思うけど。そ、それにクシャランの人たちは髪の毛が赤っぽいから。ぼ、僕はサナの髪の方が…」

「わ、私は…ダメだよ」


 緑色の少年は人種の違いに置き換えたついでに、サナの髪色に触れた。

 だが、彼女は紫の色を気に入っておらず、つば広帽子の先を両手でギューッと引っ張った。

 だから、顔まで見えなくなってしまった。


「さて。私たちも行きましょう。リーリアは後で叱っておきます」


 そしてここからはベンが先導して、四人の勇者を教会へ誘導していく。

 ただ、途中に頭を撫でまわされる赤毛の少女がいるわけで。


「おい。リーリア。俺たちにも紹介してくれよ」

「…あ!す、すみません。つい…」

「いやいや、俺たちのせいっしょ。リーリアちゃん、俺たちからも挨拶させてよ」

「だね。僕たちは勇者様に会いに来たんだし」


 ずっと言ってきたが、五人の勇者は17歳。リーリアもそれくらい。

 そして二人は二十五前後。既に成人しているし、騎士の称号も持っているし、何処に出しても恥ずかしくない貴族と言える。


「あ、アタシ…。アイカっていいます。ジョブは神聖精霊騎士です‼」

「神聖精霊騎士…、これまたすげぇ力だな。俺はレオス。親父には先に会ったんだっけ?」

「兄上。親父って言わない。そっか。話では男二人、女二人だっけ。うんうん。奇麗な銀色の髪。僕はリオール。君、とってもバランス取れて美し…」


 デジャヴと言っても問題ないほど、アイカの動きは先のリーリアと同じだった。

 ベンを追い越して、黄色頭、オレンジ頭に向かって深々と頭を下げている。

 そして、ここでサナは小さな舌打ちを聞いていた。そして…


「俺は大剣豪のレンだよ‼お前ら、順番間違ってんじゃねぇか?このパーティのリーダーは俺だ」

「おっとぉ。元気のいい奴がいるねぇ」

「レン‼」

「んだよ。昨日決めたろ」

「あ、そか。それは失礼したね。レン君、良い金髪だね。大剣豪、噂には聞いてる。君にも期待してるよ」


 四人の勇者の出発は、両親の説得とか要らないから、ユウとロザリーよりも早かった。

 そして奇しくも同じ時間に、この世界の強者の存在を理解していた。

 もしかしたら、レンは気付いていないかもだけれど。


「ナオキ…。あの人たち」

「うん。リーリアさんと同じ感じがする。元々異世界だから、強い人はいると思ってたけど」


 リーリアの兄ルイには申し訳ないが、彼からは何も感じなかった。

 だけど、この二人からは何かを感じる。元の世界には無かった間隔、つまりズレ軸の存在だ。


「そっちの二人も勇者だろ?俺、レオス。宜しくな」


 ナオキは顔を引きつらせながら、サナは終始帽子を押さえながら、簡単な挨拶を済ませ、全員そろって教会に入る。

 別の場所でロザリーが言った通り、国の形は昔から一緒という訳ではない。

 その証拠の一つか、セムシュ領のゲイダス教会は今まで見てきた教会よりも古く、そして大きな造りだった。


 その第一歩目で最初の動きがある。


「ナオキ様はあちらへ」

「あ、そうだった。ナオキ君。僕と一緒にこっちだね」

「え、僕、だけ?」

「君、大神官だよね?一応、僕の所属って今は教会関係者なんだ。だから、とっておきの神官着と装備を用意してるんだ」

「そ、そか。そうですよね。僕は大神官…大神官…」


 そして、同じ信仰スキルを持っているのは。


「アイカちゃん。俺たちはこっち」

「は、はい!」

「そんなに緊張しなくてもいいぜ。リオールは教会に残るだろうけど、俺は長男だからな。剣士の修行もしてる。神聖騎士ってとこ。精霊騎士じゃないけど、一応そろえてきたんだ。多分、気に入るぜ」

「わ、私の…為…」

「レオス様!!アイカ様は女の子ですよ!!」

「あ、そりゃ問題だな。リーリアも頼む」


 四人から三人、そして二人。しかもリーリアまでもがいなくなった。

 そして二人になった瞬間、サナの耳は再び破裂音を拾った。


 ど、ど、どうしよう…


 とは言え、大剣豪と大魔導士と教会の因果関係が見当たらない。


「では、我々は先に奥に入るとしましょう」

「は、はい!!」


 今まで目立っていた異世界人は、リーリアとロザリー。他にも人間はいたが、何故かあの二人は強く印象に残っている。

 そして、最初はアイカべったりだったレン。

 自身の力を自覚し、実践も経験することで彼の態度に変化が生じた。

 変化が起きたのは彼だけではないが、レンは明らかにリーリアとロザリーを意識していた。


 だから、彼女は昨晩のことを心の底から後悔した。

 でも、その全てを解決するためには…


「レン君、行こ。この世界は私たちの世界じゃない…よ」

「…あぁ。…分かってるよ」


     □■□


 原初から始まる世界。最初は南端で始まった。

 当時は魔物が跋扈する世界だった。だから人々は協力して文明を広げていった。

 以前にも登場したが、あらゆる土着神をデナ系列に置いたことで、大きな争いを生まずに大帝国にまで発展を遂げた。

 その結果、デナはとんでもない多産の神になってしまったが、それにツッコミを入れる者はいない。


 そして、大帝国が築かれた名残りは教会にも残っている。

 例えばゲイダス教会はゲーダという神が守護神としているし、領地の名前であるセムシュも、セム神の地という意味がある。

 クシャランにもクシャラという神がいるのだから、女神デナは本当に凄い。


 なんて話がゲイダス教会の司祭から…ではなく、リオールの口から語られる。

 大公の長男は大公を継ぐ、次男はその地の司祭長になるのが通例だ。

 そういうものだから、ゲイダス教会の司祭が彼に教壇を譲ったのだ。


「なんだよ、アイカの奴…興味ないって言ってたくせに」


 ナオキは相変わらず、興味深そうに聞いている。

 問題はアイカ。彼女は宗教とか面倒くさいと言っていたのに、輝く銀色の髪をかき上げて美男子の宗教学を聞いている。

 真面目なサナも同じく聞いているが、どうしても気分が晴れない。


 そしてお待ちかねの瞬間。


 集中力に欠いたサナが一番最初に聞き取った。


「馬の…いななき?」


 その言葉に同じく意識散漫な男が食いつく。


「おう。俺も聞こえた。大剣豪の鼓膜がな」

「…何よそれ。大魔導士のサナの方が早かったじゃない」


 大公の息子二人は、ただ首を傾げるだけ。馬のいななきがあったところで問題ない。

 教会はいつでも門戸を開いている。

 とは言え、ベンとリーリアは目を丸くしている。


 今日のゲイダス教会はこっそりと警備している。門戸は閉じた状態なのだ。


 だのに…、助祭の一人が屈みながらリーリアの下へ駆けつけた。


「…マイマー公の長子が勇者様にお会いしたい…と?」

「ヨナス様…ですか。それにロザリー様まで…」


 今後の計画上、どちらもないがしろには出来ない。

 特に、ヨナスは重要な役を背負っていた。


「仕方ありません…ね。断る理由もありません」


 マイマー家は勇者との関りに拘っていたし、今回の教会参りも箝口令を出したわけではない。

 在り得ることだし、取るに足らないこと。


 ということで、ユウサイド。


「あのぉぉ。これは流石におかしくない?」


 外の様子から友が中にいることは分かっていた。

 だから、緊張で喋れなかった彼が漸く口を開いた。

 馬車は二台で、ヨナスは先に降りていた。よほど勇者に会いたかったのか、とても嬉しそう。

 髪の毛の色がなんだ。能力に関係なく、楽しむ権利を持っている。…とはいえ、有力貴族の長男って時点で勝ち組だけれど。


「また?何かおかしいかしら?」

「何かって、流石にこれは俺でも分かる。距離が近すぎない?俺は立ち位置的には野生の馬の骨だろ?有力貴族の娘が俺の隣は不味いだろ。」


 振りほどく気力は湧かない。彼女は天使付きだ。男の力での振り払えずに恥をかくだけ。

 それに彼女が言う理由は真っ当なものだった。


「勇者様を狙う悪意。その中でユウは無防備ですもの。離れるとアナタが危険よ。それに、そんなことより兄者に続くわよ。こういう時の兄者はなかなか頼りになるしね。中の人たちも兄者には強く出れない筈だから」


 兄には強く出れない。その理由は彼がマイマー領の跡継ぎだから…だろう。

 詳しいことは分からない

 でも、先に入ってくれるのは有難い。


「殿下‼一か月ぶりです‼」


 元気な声。一か月ぶりに誰かと会ったらしい。

 流石は領主になる為に育てられた、超勝ち組お兄ちゃんがズンズンと中に入っていく。


「マイマー卿のヨナスか。こないだぶりだなぁ‼」


 まだ日は高く、ステンドグラスで日が射し込んでいるとはいえ、中の方が圧倒的に暗い。

 その中に知らない人間が居る。勿論、知っている人間も。


「リオール殿下もいらしたんですか‼」


 屋内が暗い。ということは中から外を見れば、逆光で逆に見えない。

 だけど…


「あーれー?その奇妙な髪。もしかしてロザリーかい?」


 いつかリーリアの髪を日の光で透かして見たように、今回は桃色の髪がキラキラと輝いていた。

 そして、この女は女で。


「あーら。古い町からお戻りになられていたのですね、殿下。田舎らしさは学べましたか?」

「ちょ、ロザリー‼喧嘩を売っちゃダメだって」


 相手が誰かは分からないが、彼女が殿下と言ったからには絶対に目上の人物だ。

 普通、嫌われ令嬢って長いものには巻かれるものではないのか。


 と、ツッコんでしまったことで、事態は更に面倒くさくなっていく。


 桃色少女がレオスとリオールに一歩近づいた時、すれ違いざまに金色の光が見えた。


 そして…


「ぐ……ぇ…ぇぇ」


 恐るべき力が臓物を潰さんとする。そして…


「なんでてめぇがいんだよ。大人しくひっこんでろつったろ…。ってか、どうしてお前がロザリーの横に立ってんだよ…」

「レン…?一体…」

「レン‼アンタ、何してんのよ‼」

「うーるーせぇ…。お前は中でお勉強してんだろ。俺は大剣豪だ。関係ねぇんだよ‼」


 いきなり勇者の力で腹パンされ、何が何だか分からない。

 分からないまま、殺されてもおかしくない衝撃で頭がくらくらする。


「ユウもユウよ。ロザリーを連れて何しに来たのよ。ちゃんとメッセージを残したでしょ?」


 メッセージという言葉の刺激でどうにか気絶を免れ、生身の人間は現状に構わず、端的に告げる。


「あ…、悪意があるって気付いた…んだ。毒のこと…とか。何かがおかしくて…。だから──」


 横隔膜が悲鳴を上げる。それでも…

 ユウは間の悪さに気付いていなかった。そしてあることに気付いていない。

 彼は純粋な気持ちで、仲間の為に懐に入っている悪意を伝えに来ただけだ。

 だが、ここで彼が見過ごした事実が明るみになる。


「てか、まだこんな時間じゃねぇか。次はマイマー領だったな。お前は勉強。その間、俺はロザリーとリーリアと…これからの話をしてくる…」


 感情の起伏が激しくなっていることは分かっていた。

 でも、なんで…?アイカもなんで俺を睨んでいるんだ…


「…とにかく。アンタは引っ込んでて。アタシたちに全部任せればいいのよ。ナオキ、回復魔法」


 そして再び、緑の暖かい風が流れる。


「…ユウ。レン君…、ちょっと気が立ってて。アイカさんも…。昨日の夜も…機嫌悪かったし…」


 本当に臓器が傷ついていたらしく、そこで漏れ出た血液が脳に戻っていく。


「で、でも…。あのさ…」


 伝えないと…伝えないと…


 だけど、ナオキはお腹の傷を完全に修復する前に立ち去った。

 そして、最後に申し訳なさそうに魔女っ娘がやってきて、こう言ったのだ。


「ユウ君。ゴメン…ね。でも…、きっと大丈夫…だから」


 ゴメンと謝り続けていたサナのメッセージ。こと細かく報告してくれた女の子。


 でも…、彼女もそそくさと去っていく。


 後はヨナスの護衛騎士。だけど彼らのことは目に入らなかった。


 自分の愚かさに打ちひしがれていた。


「魔法硝板が手元を離れることはない…。だって…、アレがないと会話が出来ないじゃないか…」

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