第33話 南側も活気が出てきたようで

 白銀姫といつの間にか呼ばれているアイカは、元マイマー領の屋敷に戻っていた。

 真っ直ぐ、メリアル王国に向かう予定だったが、そうは言っても腹は減る。

 眠気も苦し、体だって洗いたい。


「アタシ達がデビルマキアを引き起こす?…馬鹿みたい」


 自分ではないと確信は出来る。

 でも、他の四人はどうだろうか。他の四人から見た自分はどうだろうか。

 考えた末、魔法硝板をベッドに放り投げるが、直ぐに戻ってくる。


「ううん。アタシは大丈夫。だって、魔法硝板にそんな記述はないし」


 だって、最初の頃はみんなで帰るつもりだった。そういうものだと思っていた。

 だけど、使えなくなった魔法硝板が二十台以上。


 コンコン…


「アイカ様。宜しいですか?」

「えぇ。鍵は開いているわよ」


 ガチャ、とドアが開いて、橙色の髪が外と内の気圧の差で、ふわりを中に向けて靡く。


 もしも、アタシが諦めたら、あの綺麗なスマホのままだったら、ここで一生を終えるってこと。

 幸いにも降りたってすぐに、勝ち組としての地位を得た。

 勿論、デビルマキアを乗り切る必要はあるが、ここでの永住を決めた者がいるから、カラーズが居る。

 この世界の聖職者は南部の司祭、枢機卿以外は結婚できる。

 だから、リオールとの道はあるように思える。全部全部諦めたら、そうしてもいい。


 ただ、今日のリオールはいつもの糸目にキレがない。

 表現がおかしいと思うが、そんな気がしてならない。


「失礼します。おや、着替えられたのですね」

「当然よ。これから超特急でメリアル王国に行くんだし」

「左様でしたね。それについて報告が御座います」

「まさか、ナオキ?アレを見せて、これ以上何かあるのかしらね」


 アレを見せた理由は、勇者同士の戦いと、勇者の定住の選択を教える為。

 見せなくても良かったような気もするが、ナオキは裏切り者という言葉を強調していた。


「…スキルで言えば。で、報告って何?」

「アイカ様を守る為のカラーズと一分隊が、先ほどこちらに来ました。僕も知っている三人です。サジッタス公国の貴族の子です」

「必要ないわ。アタシはメリアルに真っ直ぐ行くつもりだし」

「その道中はオーテム山越えのを含みます。ですので、必ず帝国領を跨ぎます。四人の勇者、しかも一人を欠いた状況でアイカ様を失うのは不味い。大神官はそうお考えのようです」


 本当なら要らないと言いたい。

 ただ、デナ信仰国がマリス信仰国に侵入する。

 デナ信仰国軍が押しているという構図は作れる。

 そして、それ以上のメリットも用意される。


「サジッタス公国も豊かな国です。神々の道を使えますので、兵站の確保も容易になります」


 食べないと力が出せない。汚い場所で寝たくない。ここが快適すぎて有難いと思ってしまう。

 そもそも、北側の土地の大部分は荒野だ。本当の戦争なら現地調達、略奪などなどが行われるが、丁度良い略奪場所があるかは分からない。


「それは必要ね。特にエイスペリアの南部は荒れてるし…」

「そうですね。アイカ様の御活躍ですね」

「活躍だなんて…。アタシは言われた通り…、ん、いえ。その三人のカラーズは」

「待たせております。ここでは流石に狭いので、こちらへ」


 ブドウの木、柑橘系の木、林檎の木。それから各種穀物が取れる畑。

 夜逃げに近いかたちで逃げたため、庭園まで綺麗に残っている。


 そこに、カラーズの三人が待っていた。

 一人は、神聖騎士の装備。青緑の髪の男。


「お前が勇者か?俺はゲイツ・ワーケルリヒだ。神聖騎士としては俺の方が先輩なわけだから、敬語とか使わねぇぜ、異世界人」


 思ったよりも口が悪くて、思わずアイカは顔を顰めた。

 その隣は女。リオールと同じ司祭服だが、文様が異なる。青紫の髪。


「あの…。ゲイツ。その口の利き方は如何なものかと。リンネのことはリンネとお呼びください。女神デナ様のずーっとずーっとずーっと下のそのまた下の下僕、リンネ・ワーケルリヒと申します。勇者様、どうぞリンネを下僕のように扱ってください」

「二人共、ワーケルリヒ?」

「えぇ。彼女はゲイツ君のお姉様です。僕たちと同じですね。リンネ様はいわゆる後発組です」

「はい。リンネは…大した者ではありません」


 そして更に隣。中央にリンネ、左右が男、その右側の方。薄い水色の短髪のカラーズ。見た目はなんというか…、戦士のように見えるが、個性的な鎧。そして大きな体。


「姫様、めっちゃ美人じゃん‼って、おいらはケルシュ・ビードルだ。おいらさ、最近、騎士に認められたんだよねー。ワーケルリヒ家みたいな名家じゃねぇけど、女神様をこよなく愛し、姫様をカッコよく守る騎士だ。その魂は誰にも負けてねぇぜ」


 終始、アイカが眉を顰めているのを察しても尚、糸目を崩さないリオールは最後につけ足した。


「彼らに加えて、サジッタス公国から一個中隊を預かっております」

「それ…。もう、戦争の一部隊じゃない…」


 クシャランの本体はエイスペリア王国で今も戦っている。

 そこから北西へ勇者と四人のカラーズ、そして数百人の兵士が移動する。

 デナ信仰国連合軍の遊撃部隊とも言える。


「これからメリアル王国へ向かうとか。是非、おいらをお使いください、お姫様‼」

「あ?これだから弱小貴族の出は品がねぇ。後輩の後輩の後輩が出張んな」

「ゲイン。そ、そんなことを言っては駄目です。リンネたちは皆、デナ様の下僕なのです」


 なかなかに濃いメンバーが揃っている。

 とは言え、アイカには関係がない。自分には関係ないと思ったその時。


「それに順番が違いますよ。ゲイン、ケルシュ。リンネ達は…」

「そうだった‼途中に裏切り者の勇者いるんだった。騎士は悪漢から姫様を守らないと‼おいら、命に代えても姫様を…」

「だから、出張んなって。親父からの命令だからよぉ。しゃーなしに守ってやってもいいんだぜ、アイカ姫?」


 三人に下されていた命令に目を剥いた。


「…アタシはメリアル王国に行くの。その途中、勇者には会わないわよ」

「そ、そうなのですね。し、失礼しました。でも、リンネたちは…」

「姉貴、黒の勇者は帝国領に潜伏してんじゃなかったっけか?」

「それもナオキからの命令?どうして、そこまでナオキは…。っていうか、彼も言ったはずよ。そこからは行方が分からなく…」


 そして、ここまで話をした時。

 アイカの眼球が大きく剥かれることになる。


「アイカ…様?如何されました。…というより、ナオキ様からの命令とは言え、ゲインは失礼すぎますよ。」

「あ?預かりはクシャランだろ?俺達にゃ関係ねぇ」

「あぁぁ、デナ様。この出来損ないの弟もどうか御救い下さい‼」

「って、姉貴。俺は出来損ないじゃねぇぞ」


 実は今まで二つの可能性が存在していたことに、軽く眩暈を覚える。


 …勇者が死ねば、魔法硝板は機能を停止する。つまりユウが死んでも同じことが起きるのかも。あのユウが死ぬ?そんなの…、アタシには考えられないけど…。でも、可能性はある…。いえ、あった。


 それは元カレ、レンにも言えることだけれど。彼の場合は帝国で上手くやっているだろうと、状況からある程度判断が出来る。いや、それもただの推論?


「…でも、ナオキは知っている口ぶりだった」


 それは…、どうして?実はユウと繋がっている?ううん、それなら裏切り者認定しない?だったらレン?ってことは…帝国と繋がっている?確かにサナなら可能…。ううん。適当に言ってるだけかもしれないし


「ナオキ…様?アイカ様、先ほどお伝えした通り、僕たちに断る権利はありません。サジッタス公国は女神デナの近衛騎士、一人ひとりの実力は僕と同等です」


 だから、三人と軍隊を連れてきた。

 勿論、進行ルートに敵しかいなければ、強力な援軍と呼べるのだが。


 …そっか。デナン山と同じ。キツイ山だと、部隊は崩れるかも。だったら、オーテム山の頂上を目指せば、2対3には持ち込める。ううん。その先にユウがいなければ何の問題もないんだし


「分かってる。真っ直ぐメリアル王国を目指すんじゃなくて、オーテム山の方を目指すことにするわ。上から見たほうが、メイアル王国の攻略ルートが分かりやすいと思うし…」

「分かりました。それでは兄上にも連絡しておきます。なるべく東側に注目させるよう伝えさせます」


 エイスペリアとクシャランの戦いは長期戦の様相を呈している。

 実際、国と国のぶつかり合いは、何年もかかる事がある。

 今回の場合は帝国と、デナ信仰国が、それぞれ南北を支援している。

 勇者だけで突破しても、レンが情報を漏らしているから、どんな対抗策を練っているか分からない。


 だけど、アイカにはそれさえもナオキが関わっている気がしてならなかった。

 でも、狙いが分からない。


「取り敢えず、準備に戻らせて。時間はとらせないから」

「あ?俺達は準備万端なんだが?」

「姫君には色々な準備が必要なのですよ。この愚弟のせいで、リンネまで地獄に落とされませんように…」

「おいらはついて行くぜ。安心して姫様が…、ぐへ‼」

「このクソガキのせいでリンネが地獄に落とされませんように。永久に続くの真っ白な世界に、是非ともお連れしてください。この二人は地獄に突き落としても構いません」


 三人のカラーズの声を背中で聞きながら、アイカは自室へと急いだ。

 因みに、片手にはリオールの手首がある。

 リンネはケルシュ・ビードルという男を止めたが、リオールを止めることはなかった。

 天に祈りながらも、三日月のようにうっすらと開いた瞳。

 彼女は、リオールの反応をしっかりと見届けていた。


「成程。乙女の着替えにも同行出来るほど、勇者に気に入られたの。随分変わったのですね。それとも…」


 そして、袖の中から一片の紙切れを出した。

 それに気付いた愚弟ゲインが目をぱちくりとさせる。


「お、姉貴?それって…」

「お黙りなさい。あの勇者からは信仰心の欠如が見られます。——エンゼルメール」


 リンネはそう言って、指で挟んだ紙切れを頭上に放り投げた。

 普通なら空気抵抗で高くは飛ばず、ヒラヒラと舞い落ちるだろう。

 けれど、魔力を伴った羽が生えて、真っすぐ上に飛んでいく。


「おー、すげぇ!って、何だ、あれ。」

「お前は知らなくていいんだよ」

「ぬわんでだよ。おいらだって騎士の端くれで大神官様の命を受けてんだぞ」

「なんでもありませんよ。リンネ達の役目の一つは勇者の監視ですし。猊下への報告をしただけですから」


 遥か高く昇っていった紙。見えなくなるほどに舞い上がった手紙

 ただ、ユウがいつか言ったように、気象現象が限定された世界。


「そういえば、おいらもそんなこと言われてたっけ。でも、アレって魔法だろ?猊下って、ノマルじゃなかったかー」

「バーカ。馬鹿なお前は気にしなくていいんだよ。自慢の馬鹿力で姫様をお守りしてろ」


 青緑の髪の男が、親指を立てたまま、くいっと拳を後ろに引く。

 すると、天然無邪気で褐色肌のカラーズの青年がハッとした顔をして二人が消えた方へ向かって走り出した。姫さまー、おいらも荷物もつっすー、なんて言いながら。


「ま。そっちの猊下じゃねぇんだけどな」

「愚弟。真白な世界へ行くためにも、その粗末な口を噤みなさい」


 そして二人はうろんな目に変わって、遥か北を見つめる。


「あのお姫様。リンネ達を巻いて、一気に行くつもりだもの」

「んじゃあ、目いっぱい邪魔しねぇとな。後は猊下に任せようぜ、悪姉貴」

「リンネはワルじゃないし。神様の為にこの身を捧げてるだけだし」

「んで、あの男…。…ぐは‼…ったく、どこが司祭だよ。馬鹿力が」

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