第32話 南の権力者
幼い頃から体が弱かった。家の中に居る機会が多かった。
だからゲームが好きになった…、っていうのは嘘。
眼鏡をかけた黒い髪の女の子。僕の後ろの席の子。
「あ、あれ?僕もそのキャラ…好きなんだよ。ガーブンだっけ」
すると、少女は目を剥いて、キャラグッズを鞄の中に収めてしまった。
そして彼女は俯いて、…こう言った。
「…う、うん。だって…人気だし」
思っていた反応ではなかった。ただ、少女は他の生徒に対してもこんな対応だったから、特に何も思わなかった。
って、それは僕、
似た者同士の二人。50音順に座っているから、教室の隅。
彼女は人と話をするのが苦手らしい。
「…その。……だから」
そもそも大きな声を出すのが得意じゃなくて、先生に当てられるのが怖いらしい。
だから、僕の後ろで僕を盾に小さくなっている。
「僕が全部答えるから。村崎さんは大丈夫だからね」
「うん…」
小動物は身を守るために集団で生活する。
僕たちの場合は、それがたった二人だっただけ。
「ね、あのさ。一緒に…、ゲームしない?」
「ふぇっ!」
「あ、ゴメン。本、読んでた?」
「だ、大丈夫…だよ」
「そか。あのさ…僕もガーブンが欲しいな…って。調べたら…、一人で仲間にするの難しいって書いてあったから」
「…うん。…いいよ」
初めて一緒にゲームをする口実を与えてくれたのが、人気キャラのガーブン。
ピンク色の丸っこい体、顔に似合わず鋭い牙と大きな口でガブガブと何でも食べる、女の子人気を狙ったキャラクターだった。
「ガーブンって、口をあーんってしてるとこが可愛いよね」
「うん…」
ボクの趣味ではなかったけど、このキャラを獲得するには複数人でプレイする必要があった。
ガーブンに感謝しなきゃ。
そのキャラクターのお陰で、僕は紗那と一緒にゲームをするようになれたんだから。
「村崎さんは本を読むのが好きだよね。だから、これ」
「え?緑川君、それは…」
「ほら、ここ。これ、ガーブンの尻尾に似せた栞。ネットで売ってて…。なんか、二つ届いちゃったから、一つあげる」
「いい…の?あり…がと」
僕は彼女が後ろにいてくれたらそれでいい。苗字とガーブンが繋いでくれた運命の糸。
だけど、ある日。
「あれ…?それ、ガーブンじゃん」
「ほんとだ。村崎さんだっけ。村崎さんもゴルモンやってるんだ」
一応知っているけど、知らない二人が村崎さんに近づいてきた。
クラスメイトだけど、話したこともないから知らない人。
声が大きくて、見た目も派手だから、知ってるだけ。
男の方は
名付け親の顔を見てみたい、と思う。でも、当時は全然、…興味がなかった。
異世界の人間だと勝手に思ってた。
「ふぇ?緑川君…」
「う、うん…、あの…」
「緑川…だっけ?緑川もゴルモンやってんだ?」
「…ん。やってる…けど」
「だったら、丁度いいじゃん‼今、フェスやってるでしょ。アタシたちだとランクが足りないの」
小学校で目立ちまくっていた二人とは、こんな感じで初めて話をしたんだっけ。
ただこの時は偶々、他のクラスメイトが居なかっただけ。
それから一年くらい、あの二人とは話をしなかった。
だけど…
その一年後のことを、…僕は忘れもしない。
小学六年生の夏。僕と村崎さんは相変わらず、スマホでゴルモンをやっていた。
そこにあの二人が偶然立ち寄ったんだ。
「お。相変わらず仲いいなぁ、お前ら」
既に声変りを済ませた大人の声。僕よりもずっと上にある頭。
運動神経も、身長差以上に離されて、相変わらずカースト上位に君臨している。
「それに相変わらず、ゴルモン?俺はもう見たくもねぇわ」
「…別にいい…でしょ。ね、村崎さん。」
「うん…」
確かに金城恋の言う通り、クラスでもやっている生徒は少なくなっていた。
ブームなんて、そんなもの。でも、この時の彼は違う意味で言っていた。
「ちょっと、レン。ここに居たの?全く、…あちこち探したのよ。レンのお母さんから連絡来たし」
彼女も相変わらず、クラスのトップに君臨していた。
いや、彼女の方が金城よりも、もっと大人びていて、もっと人気、もっと憧れ。
クラス内どころか、学校中で彼女の話を聞かない日はない。
そんな二人を繋ぎとめていたのも、やっぱり——
「もう戻るとこだよ。ここでもゴルモンだし。はぁ…、母さんに怒られんだろうなぁ」
「当たり前よ。ガチャ回しすぎ。いい加減諦めなさい。アタシ達、小学生は課金しちゃいけないの」
「親の許可ありゃ、いんだろ?」
「許可して貰ってないから、怒られるの‼」
そして、引き返す二人。一人は肩を落として、もう一人がポンポンと叩く。
それで終わる筈だった。
「か、金城君‼」
思いもよらない場所から、大きな声がした。
僕が聞いたこともない声。勿論、小さな声でも聞こえる距離に居たから…かもだけど。
「ん、どした?村崎」
「そ…、それって…、ウィッチレーヌの…こと?」
僕が唖然としている中、金城はバッと振り返って、村崎さんの近くに詰め寄った。
そして、僕が生きていて五本の指に入るくらいの嫌な出来事が起きた。
「な‼ってか、まさか村崎、お前…」
「うん‼私、出たよ‼ウィッチレーヌ。今週のピックアップ…だよね。」
「嘘だろ。一体、どれだけ…。俺、全然出なかったのに…。魔石、全部つぎ込んだのに…」
「私、ウィッチレーヌが一番好きだから、ずっと魔石を溜めてたんだ」
「さーすが、紗那ちゃん‼どっかの誰かとは大違いね。それにしても…、ふーん。レンはこんなエッチなキャラの為に親に怒られるまで課金してたんだぁ」
「ちげぇよ‼そりゃ…、めっちゃ揺れるけども‼ウィッチレーヌの魔法はすげぇんだぞ。大会でも議論を呼ぶくらいにな」
「はいはい。分かったから。でも、アンタはご両親との議論が待ってるでしょ」
そして、カースト上位の二人はいなくなった。
会話は他愛のないものだったかもしれない。些末な話、たかがスマホゲームの話。それでも、僕にとっては大問題だった。
「村崎さんって…、ウィッチレーヌが好き…だったのか」
「あ、えっと…。うん。で、でも…、ガーブンも可愛いよね」
僕が気を使っているのではなく、本当はずっと村崎さんに気を使われていた…だけ。
僕は、これを卒業式まで引き摺っていた。
ずっと、金城恋という男を恐れていた。
僕の視野が狭い?世界が狭い?違う。僕の世界はここなのに。遥か上から、異世界から、チートを使って、アイツは村崎さんを連れ去っていく。
だから、卒業式の三日前に先手を打った。
「…あ?いやいや、落ち着けって。俺達は中学も一緒だろ?今告白したら、流石に不味いって。三年間、どうすんだよ」
と言っても、金城恋に恋愛相談をした…だけ。だけど…
「…ま、ナオキの気持ちは分かるぜ。俺だって…」
僕の狙い通りに事が運んだ。四人とも、同じ中学に行く。僕だって今告白して、フラれたらどうなるかくらい分かっていた。
つまり僕は…
「それじゃ、一緒に頑張ろ。僕たちは…」
「だな。まぁ、俺の方が大変そうだけど…」
「応援してる‼」
——恋愛同盟と言う名の、見えない城壁を作り上げた。
だけど。
だけど、だけど、だけど。
中学校に上がった時だった。
「俺、『 』ユウ。やっぱ、小学校から一緒に奴が多いな。二人は別の小学校だろ?」
小学校と変わらず、教室の隅で二人だけの世界だったのに。
このまま永遠に続く筈だったのに…
その異世界人は、僕たちの世界に勝手に飛び込んできたんだ。
□■□
「…ナオキ?」
ゼングリット首長国はデナアル大陸南西部に位置する。
南北に長い国で、国土のほとんどが砂漠である。
二十を越える部族が、山や川ではなく、砂漠によって隔たれたまま暮らしている。
かつてはそれぞれの部族に神がいたとされている。
だが、三百年前のデビルマキア以降は、彼らは女神デナの子供たちを天使として崇めている。
「え…?あ、あぁ、ゴメン。ちょっと考え事」
「そう…だよね。数十のオアシスを巡らないといけないし。でも、レイユさんが待ちぼうけだよ?」
「あ…。それはゴメン。えっと…、どうしよっか」
「もう…。ナオキ、色々考えすぎだよ?私だって考えるくらい出来るんだから」
女神デナの子供たちを天使を崇めているのだから、今はこの地の平定は容易い。
デナン神殿の判断により、勇者が召喚されるのだから、勇者が来たことを伝えるだけで良い。
だけど、ナオキは頭を抱えていた。
「そ、そうだよね。ここまでも一緒に考えてきたんだし。僕の大神官スキルとサナの大魔導士のスキルがあれば、なんでも出来る…筈」
「それじゃ、私的には…。まずはレイユさんをテントに招き入れようと思います」
「え?ええええ‼砂漠の中で待ちぼうけさせてたんだっけ」
「そうだよ。流石に可哀そうだよ。ナオキに話しかけても、ずっとブツブツ言ってるだけだし。私が勝手に入れても良かったんだけど…」
「あ、うん。大丈夫。僕が猊下に頼まれたんだし、僕が行くから…」
レイユはデナン神国のヤミニス執政官が、大神官ナオキに託した部隊長だった。
サナが魔物を使役できる力を持つ、という情報はあっという間にデナ信仰国に知れ渡ってしまった。
だから、トップに立つのはナオキでなければならない。
「どうぞ、こちらに…。えっと、タオル…タオル…」
「はい。レイユさん、タオルです。首尾は如何ですか?」
「は。南領域は恙なく。ただ、北領域は軍馬での踏破はやはり…」
濃い赤髪、褐色の肌の女。彼女を選んだのはナオキで、サナの身の回りの手伝いも彼女に命じている。
中学を卒業し、高校生になったサナは、ナオキの贔屓目なしでもとても愛らしい。
屈託のない笑顔の可愛い少女。
加えて、この世界では別軸の影響で愛らしさがグッと増している。
何より、異世界人と地球人が惹かれ合う様子を何度も目撃している。
「やっぱり…。私とナオキで行った方がいいかな。かなり広い砂漠だし…」
テーブルの上にはデナアル大陸の大きな地図が広げられている。
ゼングリット首長国はデナアル大陸南西部、だから本来は左下を見るべきだが、ナオキの視線は少し上を向いてしまう。
「そう…だね。デナン神国はカラーズの発掘には熱心じゃないし…」
「ナオキ…、何の話をしてるの?」
「あ、いや。カラーズは勇者の子孫だから、エイスペリアの王族みたいに飛べるかな…って」
「うーん、それはそうだよね。でも…」
「はい。我々は力での支配を望んでいません。寧ろ、力がないからこその権威です。力足りず、申し訳ありません」
膝をつき、傅く赤茶色髪の女。
デナン神殿がそうだったように、デナン神国も同じ考え方をしている。
豊かな土地だから争う必要がない、そんな簡単な話ではなく、長い歴史がそうさせた。
神格だけを高めること、食糧を惜しみなく分け与えることで、デナン神国とデナン神殿は安寧を得ている。
もしも力を持ち、権力を振るうなら、デナアル大陸南部の国々は、一致団結して肥沃な大地を奪わんとする。
最悪、全てが帝国に寝返ることだって考えられる。
「ち、違うんです。…ね、ナオキ。そういうことが言いたいんじゃないよね?」
「あ…、うん。居てくれたら…って思った…だけかな」
「では、サジッタス公国から数名を連れてきましょうか?」
力を持たないが故に、サジッタス公国、クシャラン大公国、エイスペリア王国、メリアル王国などの大国が互いを牽制する。
何かあれば、デナン神殿に裁定を求める。一つの国が出過ぎた行為をした場合、デナン神殿とデナン神国の名、大義名分の下に、一致団結して制裁を行う。
そんな中、数年前にメリアル王国が、数か月前にエイスペリア王国が帝国側に寝返ってしまった。
だから、現在は大陸の半分が帝国と帝国側の国である。
ナオキは地図を上下に眺め、自身の頭を己の拳で軽く小突いて、大きく深呼吸をした。
そして…
「サジッタス公国にもカラーズはいるのか。…子孫だし、それなりにいるよね。だったら、三名以上でアイカを追って」
その言葉にサナは目を剥いた。
「え?ナオキ、今は…」
「…うん。分かってる。ゼングリット首長国は僕とサナで行く」
「そういうことじゃ…、なくて」
「大丈夫。アイカが何を感じたのか、見ておく必要があるだけ。レイユさん、僕たち二人の一週間分の食べ物を用意してくれる?その後、次にやるべきことを伝えるから」
軽く頭を下げ、部下を引き連れて、レイユがテントから退出した。
それを待って、サナがバン!と机を叩いた。
「ナオキ、それはどういうこと?アイカちゃんは変なことを考える人じゃない。それに…」
「別にアイカさんを疑ってはいないよ。ただ、アイカさんを監視させるだけ。…アイカさんを守らないと。じゃないと世界はバランスを欠いてしまう。それはサナも分かっているよね?」
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