第37話 天覧試合へ向けて
「グレイ。それ、全然隠れてない」
「ん」
「いや、頭にのっけろとか言ってないし。もっと干し草の中に…。っていうかマリア様、隠れる気ある?アルズ様、どうすればいいんですか」
「ふむ。私に聞かれてもな。マリアは私の言うことは聞かないから」
「…その言葉を悲しそうな顔で言うのやめてもらえます?マリア様、ちゃんとグレイを押さえててくださいよ」
「はーい。グレイ、ほら、ぎゅー」
「…ダメだな。先にこのまま寝てもらって、上から何かを被せよう」
「ちょっと。それだと私の隣でいちゃいちゃされるってことじゃない」
「しょうがないだろ。そもそも三人隠れるってのが無理過ぎなんだから」
以前にも話したが、オーテム山から流れる川だけが周辺の地を潤している。
その全てが海に流れ出るわけではなく、しっかり途中で枯れる。
「雨が降らないのに水が流れる。色々、分からないことだらけ。インディケン先生、雨は降らないんですか?」
白髪の先生、頭頂部に肌色があることは、彼が知っているか分からないから、話していない。
その先生とユウだけは表に顔を出せる。流石に所有主の目の前で連れ去ろうとは思わないのか、平和に人が住む場所を出ることが出来た。
先の川が終わる場所が、即ち人が住めない場所。
「降ったことはある。だから、雨という言葉が残っているのだろう。ただ、そのほとんどが人間か、魔物が空に水を上げたか、発生させたものだ。今や、それを雨と呼ぶ者も多い」
そのやり方は二か月も帝国領内に住んでいれば、何度か目にすることが出来る。
あれを見てしまうと、魔物がいないと立ち行かないと心の底から思ってしまう。
「呼ぶ者も多いってことは…、雨が降ったこともあるのか」
「伝承では神が雨を降らしてくれた…とあったはずだ」
「神…、神ねぇ…。神様なんて、一度も見てないんだよなぁ」
青年の言葉に老爺は「簡単に神様に会えてたまるか」と、大きめの溜め息を吐いた。
ある意味その通りだけれど、異世界人としては首を傾げてしまう。
天使、悪魔、魔物、この辺りは時々見かける。
天使と悪魔の判断は敵味方で変わってしまうのかもしれないけれど。
「俺が覚醒したら…、その辺も分かるのかねぇ…」
とは言え、実は9割以上諦めている。先のアイカとのいざこざが良い例だ。
最終的に彼女がどう思ったかはさて置き、アレはアイカがユウを仲間だと思っていたから、ややこしくなった。
「自分に置き換えても、無理って思える。皆には引かれるかもだけど、俺の中だとレンもまだ仲間なんだよなぁ」
暗躍しているナオキも仲間のまま。あんなことがあってもアイカはやっぱり仲間。
五人で召喚された事実がある限り、どうしても縁を感じてしまう。
「金色の勇者か?確か、マイマー公の娘に連れられて来たという」
この老爺との出会いは、ユウにとって価値あることだった。亡国の生まれ、奴隷剣闘士として生き抜き、今も勉強を欠かさない賢人。
結果的にお尋ね者に雇われているが、彼があの場に居たことも意味があったように思える。
「俺、もっと賢くなりたいのに。どうやら無理っぽい」
最近の口癖。賢者とはファンタジー世界に限ったことではない。単に賢い人。それなら、地元民にバレるとは言わない筈。
いや、どうでも良くなったのかも。そりゃ、愚痴だって出る。
「賢いってんなら、先生だって。先生はいっぱい勉強したんだろ」
「元々、本を読むのが好きなだけだ。剣技だってグレイのように強かったわけではないし、才能が足りん。才能ある勇者様のようにはいかんよ。それにマリア様は惜しみなく本をお与え下さる。ワシは今の生活で満足だ」
「奴隷として、お手本のような回答だな」
「言い訳だからな。ワシではどうしようもない世界だ」
変えることの出来ない世界。
彼が言っているは、帰る国がなくなってしまったことかもしれない。
それはある意味で、今のユウにも当てはまるもので。
「俺にも…、どうしようもない。あの時もどうしようもないって思った。今も…思ってる。頭、良くないから。もっと賢かったら。それこそ…」
彼が異世界で最初に弱音を吐いたのは、四人の仲間でもなく、同年代のカラーズでもなく、なんでもない老爺に対してだった。
持っていないからこそ、吐き出せたのかもしれない。
ただ、この後のインディケンの言葉が、これからのユウの行動を大きく変えることになる。
「賢者などにならなくていい。いや、賢者など生まれるわけがない。三百年前の預言を信じ、世界を救うためにどこぞの人間を召喚し、滅びる前に帰ってしまわぬように国を一つ滅ぼす。世界全体の為とは言え、そのような世界に賢者が生まれる筈がなかろう」
彼が話したのは元の世界でもよく聞く話。憂いの多い世界だと知っているから賢者は生まれない。
勿論、その理屈は分かるし極論だとも思う。
だけど、救われた気がした。
パーティの定義が分からない。もしも仲間のことだとしたら、絶対に不可能だと分かっていた。
勿論、一つは思いついている。一番最初の頃に思い浮かんだこと。
『仲間の誰かを殺したら、絶対にパーティから抜けられる』
こんなの出来るわけがない。
そもそも、あっちはチート能力者だし、殺したいとも思わない。
そこから時間が経ってしまったから、今はもっとややこしくなっている。
異世界人の事情、彼ら彼女らと繋がった縁まで考えると、どうだろうか。
アイカは監視されていたかもしれない。デナ系のトップにいるナオキのただのコマかもしれない。本当にアイカはレンに愛想をつかしているのか。彼に死んで欲しいとまで思っているのか、…いや、なんで殺す前提?極論だけど、パーティの四人が居なくなるまで、それを続けるのか?
こんなことを考え続けて、精神も披露している。
だから、『この世界に賢者は生まれない』
それは心の中に染み渡る、圧倒的な救いだった。
「そっか。それなら俺は賢者にならない。馬鹿でもいいから、やりたいようにやる!!流石はグレイの先生だ。」
「いやいや。ワシもまだまだだよ」
ずっと考えていた覚醒を諦められる。後はじっくりと世界を観察すればよい。
異世界の傍観者として生きていれば、いつか誰かが世界を救う。
それでいいと、この時は本気で思っていた。
だけど、この世界は彼らに甘くはない。
□■□
帝都マルズの小高い丘にテルミルス・マリス正教会がある。
そこから少し南に下ったところに円形闘技場が建設されている。
一度、剣闘士の乱により大破した闘技場も、綺麗に補修されている。
「…馬車が渋滞してる。流石は本大会と言いたいが、これは流石におかしいな」
インディケンが言う。そしてユウも頷く。
帝都はとても活気づいている。そんなことだってあるかもしれない。
だけど、これは流石におかしい過ぎる。
「帝国は青色系から金色系が多い。金髪は南にも見られるからいいんだけど」
「あぁ。以前来た時には赤髪はおらんかったぞ。一体、いつ戦争は終わったんだ?」
実は以前から疑っていた。
馬はこんなに早く駆ける。人間もカラーズだけでなく、常人もそれなりに戦える。
極めつけに魔法という遠距離攻撃。魔窟トラップを仕掛けたとて、こんなに時間が掛かるのか、と。
「おーうい。なんでぇ、こんな混んでんでい?」
インディケンの喋り方の変化に、ユウは舌を巻いた。
田舎から出てきたお爺さんのソレ。干し草いっぱい運んでるんだから、殆ど違和感がない。
「久しぶりに出てきてみりゃ、ありゃクシャラン人だよなぁ」
「あ?爺さん、知らねぇのかよ。猊下が一時停戦を申し込んだんだとよぉ」
「停戦だぁ?こちとら高い税も我慢して、お国ん為に尽くしてきたんじゃぞ。全く、猊下は何を…」
「猊下に直接文句言うんだなぁ、爺さん。癇癪起こす暇なんてねぇぞ。勇者もみんなコロッセオに来るって話だ。死ぬ前に良い土産が出来たじゃあねぇか」
「へぇ、そりゃたまげたなぁ。兄ちゃん、サンキューなぁ。死ぬ前にゃ見とかねぇと」
「入れたらの話だぜ。んじゃな、俺はもう席とってっから楽しみで仕方ねぇ」
赤ら顔のインディケンは上機嫌で手を振った。
「…上手いもんだな。流石は俺をねじ込んで来ただけある」
「これくらいはなぁ。貴族相手は無理だがの」
「それにしても、そこまでやるか…?勇者が来るって…、懐に招いて何をするつもりだ」
「予定では、猊下がお越しになる武芸試合。在り得ないことではないが、な」
「ん?それ、どういう意味だ」
「…マリス神殿は最古の神殿と呼ばれておる。じゃが、マリスは女神デナの子供の一人」
「あれ…?それ、おかしい…。まぁ…、神話なんてその時の支配者が勝手に改変するイメージあるけど」
「ユウ、そういう直球は止めるんだ。全部が台無しになるぞ」
「あぁ、そか。…そして名を失った古い神。南北を繋ぐ道。俺、なんとなく…分かりかけてる。…あ、ありがと。先生。それにしてもどうして先生は…」
インディケンの口が僅かに動く。
空気を振動させるか、させないか。それほど、小さな声。
いや、これは…
「…今まで…ありがとうございました。先生は…、これから」
「ワシがおらんと、あの二人だけじゃ心配すぎる。ワシらはワシらのやるべきことをやる。と言っても、これはグレイのやるべきことだがな」
そう言った途端、干し草がボン‼と跳ねた。
相変わらず、グレイグレイのマリアと、超絶不機嫌がリーリアがいるのだろう。
「リーリア。話、聞こえてた?」
「えぇ。簡単な変装で済みそうで助かったわ」
「グレイ…。その…、がんばって」
「うん。ユウもね。俺とマリア様は…、もう一度帝国をボコボコにしとく」
「マリアさんも…、そういえばマリアさんってどうして…」
「さぁ、どうしてでしょう。大切な何かを私の天使がやろうとしている…?でも、私は天使よりもグレイですけど」
少しずつ、変わっていく。
ユウの周りも、ユウの中も。この三人、ついでに殆ど出番のなかった、マリアのお兄ちゃんにもいつか礼が言いたい。
でも、ここから先は本当に違う道を歩む。きっとそれは同じ道だけど、何かが違う道。
今のユウは晴れやかな気持ちだから、何となくだけどそれが分かった。
だから、笑顔で見送る。ここに連れて来てくれた老爺と、青年とシスターに。
「随分、気持ちの悪い顔ね」
「…リーリア。今から俺はいつもの見世物紹介の場に行くけど、ついて…来る?」
「飼い主がいないとダメなんでしょ。無理そうなら逃げるけど」
「そか。だったら、その前に…。リーリアがどこまで知っているか、…教えて欲しい。それによって、俺の戦い方って多分変わるから」
ユウの真剣な顔に、リーリアは首を傾げた。
そして、肩を竦めて軽く頷いた。
リーリアの変装は、適当に髪の毛を汚すだけ。
服装はアグセットのものではないし、身綺麗にもしていない。
今は、普通のクシャラン人と大差ないように見える。
二人で円形闘技場に向かいながらで、話をする。
彼女は話をすることについて、ただ眉を顰めるだけだった。
その理由は至極簡単なものだった。
「それで、何が聞きたいの?」
「今って、預言によって動いているんだよな」
「それは最初に説明しなかったかしら」
「俺…、多分相手にされなかったから聞いてない。リーリアも俺を疑ってたろ?」
「それは…、あまりにも四人と差があったから…」
「…だよな。それは仕方ないと思ってる。だって、四人ともチート能力を持っていた。でも、リーリアはチート能力について俺に聞いたよな?あれ、どういう意味なんだ」
間違いなく聞いた。それを覚えているからだろう、リーリアも簡潔に答える。
「ピンと来なかったので。ユウの力もそうなんでしょう。とんでもない力が眠ってる…って。それが世界を救うのに必要だって」
あの時と同じ。やっぱり彼女の知識はそこまでなのだ。
理由は三百年前の伝承だから…?だったら、やっぱりおかしい。
「うん。俺もそう思ってた。…んで、空きスロットにその力がスポッと入ったんだけどさ。俺も多分…」
「それで何?あんまり言うと、制約を破っちゃうかもだけど」
「…あぁ、違う。俺が聞きたいことはそこじゃない。リーリアが言ったんじゃなかったっけ」
「私は伝承をそのまま伝え、予定通りに勇者様を導く役を買って出ただけ。途中から、あのクシャランの王子が加わって、やりにくくなりましたけど。でも、そんなことを聞きたいのではないのよね?」
今は薄汚れて、赤茶毛の女。彼女は意味が分からないという顔をするが、黒髪の似非勇者は大きく頷いた。
「リーリアは俺達にとんでもないヒントをくれている。それに気付かない?」
「…勿体ぶらないの。もしかしてまだ、私たち異世界人を馬鹿にしてる?」
あの時は、この煽りにたじろいだ。だけど、今は違う。
「うん。馬鹿にしてる」
「アンタ‼」
「…でも、俺達だって馬鹿だったからおあいこだ」
そう。何も考えていなかった。思考停止に近かった。
だって、アレはどう考えてもおかしい。勿論、リーリアの発言だが。
あの時点で気付けるかは分からないけど、何度も気付く機会はあった筈だ。
「はっきり言いなさいよ。私が間違ってるって言いたいの?」
「…いや、間違っていたのは俺の方。チートって言ったじゃん。…だったらさ」
——なんで、十年も時間が掛かったんだ?
そして、赤毛の貴族令嬢は足を止め、目を剥いた。
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