第36話 良くない再会

 教会には黒髪の勇者、いや青年が先に到着した。

 ただそこで、赤毛の女が彼に立ち塞がり、神妙な顔で未完勇者を睨む。


「ユウ、何処に行くつもり?」

「何処って…、アレはなんかダメなヤツだ‼」

「分かっているわよ。でも、今はダメ…」


 赤毛貴族令嬢の緋色の瞳が、魔力を帯びて光り輝く。

 そして、その瞳を睨み返す、黒髪未完勇者は顔を歪めた。


「…あれって。どう見ても…。グレイが言ってたやつが…、また起きた?」

「そうみたいね…。でも、今アンタが行ったところで意味はないわ。それに…」

「なんでこんな急に…。お前たち、どうかしてるぞ‼」

「私に言われても知らないわよ。…アンタの仲間がメリアル王国を突破しようとしたんでしょ」


 元々、勇者の導きはリーリアの役目だった。

 そして彼女はメリアル王国は最後に行くようにと、レン以外に話をしていた。

 ということは…


「レン…か?でも、レンが動けば帝国の噂になる筈。だったら、誰が…」


 ユウとアイカの道が交わる。

 男女の道が交錯する、それはドラマチックなものとは限らない。

 今回の彼と彼女は、まさにここを争点として混じり合う。


 ズッ──


「来たわよ」

「分かってる。この感じ…。そこにいるのはアイカか‼お前、何でここに来た⁉」


 リーリアの声と同時に、ユウが身構える。

 様子を見ていたアイカは、訝しげに姿を見せた。


「何でって…分かるでしょ。あんなことになったのよ。アタシは周辺住民が心配で駆け付けたのよ。そんなことも分からないの?」

「…そうか。だったら問題ない。──早く帰れ」

「は?何なの…」


 白銀姫は目を剥いた。

 リーリアもアイカに対して冷たい眼光を送っている。

 ユウの目は黒いままではあるが、睨みつけている。

 そして、白銀姫には意味が分からない。

 教会の中のメリアル人がどうなっているのか想像できない。

 そもそも中の状況を知らないし、グレイ青年も知らない。彼がどうして家族を失ったのかも知らない。


「ほんと…、二人して何なのよ。アタシはただ勇者として当然のことをしようとしただけ。アンタがここにいることも知らなかったし。ユウはグループから抜けちゃうし…。…リーリア、アンタもいたのね。ずっと行方知れずでやっぱりユウと一緒に居たのね。一体、何を企んでいたのかしら」

「ユウ、この女勇者様一人とは思えないわ」

「うん。近くに一人。遠くに二人、さらに遠くに一人。…見られてる」


 アイカの話を全く聞かない二人。体温が上がるのを感じる女勇者。

 ただ、その女勇者は今の会話に違和感を、泡沫程度だけれど感じることが出来た。


「全然話を聞いて…。って、あれ…?ユウ…、もしかして、覚醒してる…の?」

「覚醒しているように見えるか?今はどうでもいい。早く帰れば。その四人も連れて」


 けれども、その言葉もとげとげした対応で返される。

 熱くなる体温が、少しずつ沸点に近づいていく。


「アンタ。アタシに隠し事って。…ふーん、そういうこと。やっぱりナオキの言う通り、裏切っていたのね」

「裏切りって…、リーリア」

「分かってる。私に命令しないで」


 そう言った赤毛の女は、右足でトンと地面を蹴って、自身は後方に飛んだ。

 その直後、稲光と同時に上空から大地に一筋の光が走る。


「…裏切りの意味は分からないけど、企んでいるのはお前たちじゃないのか?」


 ユウの眼前に長槍。彼の黒い髪の一部がチリチリに焦げている。

 そして長槍の隣には雷光に遅れて降り立った、オレンジ色の髪の司祭の姿があった。

 アイカはその一連の動きに目を剥く。


「リオール‼…貴方、突然何を」

「流石に二人同時には無理でしたね。アイカ様、ここは僕に任せてください。…彼女は同朋。そして裏切り者です」

「あの時…、何もしなかった臆病者が良く言う…」

「リーリア、今は止せ。こいつは俺が相手する…」

「おやおや君が?僕相手に何か出来ると?確か…、外れ勇者。…いや偽勇者だっけ」


 そういえばリーリアとレオス、リオールは、仲良さそうには見えなかった。

 しかも赤毛の方は三白眼で睨みつけるほどの敵意を持っていた。


「ねぇ、リオール。さっきからどうしたのよ。不意打ちなんて、貴方らしくない…」


 背後で隠れていると思ったら、頭上からの不意打ち。

 彼らしくない?…いや、彼にとっては当たり前の行動。

 彼がアイカの為を思ったからの攻撃だった。

 だから彼はいつもの笑顔、いつもの糸目でこう言った。


「この男はアイカ様に嫌な思いをさせた。それだけで…、僕は許しません」

「え…、そんな…ことは…」


 白銀姫の両肩が少しだけ跳ねる。

 ユウまで、アタシを一人にして。…そして、そのまま彼女は固まってしまう。


「アグセットの娘でも良いのですが、僕は男ですからね。男の悪いやつの方を倒すとしましょう。うねる炎、本当に勇者ならこの程度では死なないでしょう?…ファイアウィップ‼」


 うっすらと糸目の中の瞳が光り、渦巻き状の炎がユウの全身を襲う。

 黒い方の未完勇者は右側方に飛び、左腕の手甲で炎を打ち払った。

 だが、それだけでは明らかに足りない。

 猛火から逃れる彼は汗をかき、その汗から蒸気を上げながら、数mほど避け続ける。

 そして、最終的に最初に立っていた場所から、十m以上後方まで移動した。


「…アイカ様に嫌な思いをさせる。まったく、異世界の男は碌でもないですね。僕の堪忍袋も限界です。…さて、逃げてばかりの偽勇者。握れば潰せる弱い存在…。やっぱり逃げるしかないですよね。それなら…」


 リオールは笑顔で先ほど使った槍を地面から引き抜いた。

 身の丈より少し長い槍、祭事でも使うのか意匠を凝らした美しい武器。

 その時。


 ──名を失いし雷神。境界面上に映し出された影。今ここに…


「オレンジ頭‼その槍を放り投げろ‼」


 青緑の男女が飛び出し、男の方がそう叫んだ。

 リオールはそれを聞いて、槍を放り投げるも。


 バリバリッ‼


「ぐぅ…」


 投げた直後の槍に稲妻が落ち、近くの腕を感電させて地面へと吸い込まれた。

 それを見たアイカは、瞳が小さく見えるほどに赤毛の女を睨みつけるが


「姫様。先にパートナーの手当てをするべきと、リンネは考えます」


 姉の方に命令されて、リオールの焼けただれた右腕を癒す。


「ゴメン、アタシがいながら。今すぐ治療魔法を、…アイ・ヒール」

「…すみません。アイカ様…」

「リオール。てめぇも油断しすぎだ。リーリアは先発組。後発組のてめぇにゃ…荷が重いんじゃあねぇか?」

「…いや、今のは。でも、そんな馬鹿な」


 順を追っていけば、何が起きたか分かった筈。だけど、考える間もなく状況証拠が並べられていく。


「リーリアの白銀姫アイカ様への攻撃。リーリア、そして黒の似非勇者は裏切り確定だ。当初の予定通りだなぁ、アイカ様」


 アイカへの直接攻撃ではないが、アイカのパートナーへの攻撃は確認された。

 正当防衛かどうかなんて関係ない。彼らがそう言えば、教皇もナオキもそれが事実だと確定させるだろう。

 リオールの傷が完全に癒えたとしても、帝国領での出来事だとしても、何故かそうなる。

 ナオキの顔がチラつく。


 そして、彼なら都合よくそれを真実だと伝えてくれるだろう、水色のナイトの登場である。

 ドスドスと音を立てて、重量装備の彼がやってくる。


「みんなー、大丈夫かぁ⁉今、雷魔法で…。リオール様がやられた?」

「やられてません。…油断していただけです。まさか、攻撃を仕掛けてくるとは思っていませんでしたので」

「って、何人来るんだよ‼俺が裏切りでもなんでもいいから早く帰れ‼今すぐにだ‼」


 更に、意味の分からないユウの言葉。これで彼は裏切り者確定なのに。


「アンタ、今何を言ったか分かってるの?」

「アイカこそ、何をしているのか分かっているのか。…く。もういいから早く帰ってくれ‼」

「よーし、裏切り者は決定と。でも、それで俺たちが帰るわけねぇんだわ。なぁ、勇者様?」


 もう、どうにもならないのかも。

 どうしてこんなことになったのか、とアイカが頭を抱える暇もなく、次々に話が展開していく。


「…そうね。取り敢えず拘束して…、後でゆっくり話を」

「おいらも加わるっす。やっぱり赤髪リーリアも裏切ってたっすね」

「では、ナイト・ケルシュ・ビードル。先ずはリーリアから殺しなさい」

「アイカ様。僕はもう大丈夫です。…偽勇者、お前は僕が」

「リオール、待って‼」


 完全にヤル気満々のアイカの手下に、ユウの顔色が青くなる。リーリアの顔色も青くなる。

 二人が教会の扉を背にして、身構える。


「リーリア…」

「えぇ。まずいかも」


 そして、そんな小声もアイカの胸をぐしゃぐしゃに搔きむしっていく。

 予定は無茶苦茶。一緒に帰ろうとか言っていた癖に…


「本当に…、皆勝手なことを…。アタシばっかり。アタシしか、ちゃんと勇者をしてないじゃない…」

「行け、タンク役‼」

「おうさ。タンクの意味は分かんねえっけど‼」


 水色の髪、大きな体。魔法を帯びた巨大な鉄塊。

 まるでトラックだ、とユウは恐怖した。…以前なら。

 実際のユウとリーリアは背後に恐怖を感じて、咄嗟にドアから飛びのいた。


 ドン‼バキッ…


「なんだぁ?二人とも…、ってアブねぇ。扉が…、あれ?シスター?それから…」


 アレ目の前が暗く…


 水色の騎士は、ガチャと音を立てて前向きに倒れた。

 成程、魔法の鎧で走っても金属音がしなかったのは、来ている人間の魔力を使っているかららしい、…なんて冷静に分析出来たのは同じく水色の髪の修道女くらいだろう。


「マリア様。なんか出てきたから斬った。大丈夫?」

「大丈夫ですよ。私と髪の色が被ってるみたいですし。もしかしたら同じ故郷の生まれかもしれませんけど、ややこしいですし、死んでも問題ないです」

「殺したとは言ってないんだけど。いきなり殺すとかは俺はしないし」

「うーん。だったら、聞くまでもなく大丈夫です」


 灰色の青年は例の鎌で、ケルシュ・ビードルの腋窩を斬った。多分、大丈夫じゃない。

 そして、余りのことにアイカとリオールの動きが止まった。


「あんなこと言ってるけど、グレイ、怒ってるな」

「それはそうよ。どうにか抑えられる?」

「自信ないけど、やるしかない。アイカ、早く逃げろ‼」


 この言葉でアイカが動き始める。

 そして、勇者に逃げろと言う、元親友を睨みつけた。


「な…。そんなわけ…いかないじゃない。いかなくなったじゃない。…彼とはあんまり交流なかったけど、アタシは勇者…。仲間を殺されておめおめと逃げられない…。アタシはアンタたちを」


 だが、そもそもが奇妙な状況だった。

 今、何の力もない男にカラーズがあっけなくやられてしまった。

 灰色の髪の男。雰囲気がどことなくユウに似ている。そして、その奥にいる修道服の女も何かヤバい。

 勇者の力があればどうにかなるとは思うけれど。


「ユウ、それじゃダメよ。このカラーズはまだ死んでない。でも、グレイの鎌は呪いの鎌。…ここに司祭長クラスの神聖魔法の使い手は居るのかしら?」

「なんですって?アタシじゃ足りない。リオール、ケルシュの手当てをお願い。アタシはこの灰色の男を…」

「く…。間に合わなかったか」

「何よ、間に合わないって。アタシを誰だと思っているの、ユウ」


 結局、ユウが恐れていた状況がやってきてしまった。

 どうやったらアイカを説得できたのか、未だに分からない。


「何?俺と戦うの?」

「えぇ。一応、その鎧、アタシの仲間なの」


 なんて言えばいいのか、分からなかった。

 アイカとグレイの戦いは話にならないくらいに、アイカの勝利で終わるだろう。

 マリア相手での変わらない。それほど、勇者は強い。


「マリア様。さっきのってこの女のせい?」

「え…?ちょっと何を…」


 二人を物理的な意味で接触をさせたくなかった訳ではない。

 そもそも、ユウはアイカの心を守ろうとしていた。


「それはそうでしょう。とっても強い力のその女は勇者。彼女の力ならあっという間にハバドを越える。だからそこの女、確かリンネ・ワーケルリヒだったかしら。彼女が誰かに連絡して…」

「く…。だからリンネは嫌だったのに。オーテムの魔女マリア。あの女はまだいるに決まってるのに…。愚弟、あなたのせい」

「知らねぇよ。俺は会ったことねぇし。それにあの風貌…、あの男が隻腕のグレイ。国際指名手配の男かよ。なんで、オーテムに。…いや、オーテムだからいんのかよ」


 アイカはあの様子。

 何も知らずにやって来た。でも、その結果。


「どう…いうこと?アタシのせいって…」

「優秀な勇者さん。貴女が急ぎ過ぎるから、多くの人たちが死んでしまったの。メリアル王国には多くの人たちが暮らしているのに…。逃げる間もなかったでしょうね」

「それもエアリスが?」

「勿論。彼女の意志かは分からないけれど。…グレイ。あんな女忘れて、私と静かに暮らしましょう」

「…ちゃんと…話を聞いた後で…なら…」


 マリアが彼の悲しみを癒そうと、グレイを抱きしめる。


 グレイが飛び出してくると知っていた。マリアなら辿り着けると知っていた。

 俺もまだまだ…だ。と頭を抱えるユウ。それを呆れた様子で見守るリーリア。


 事態を呑み込みきれないアイカ。


「アイカ様‼」


 そして、この沈黙を破り、彼女に逃げる機会を与えたのは、彼女の心中を察した男だった。


「僕の力では時間稼ぎにしかなりません。大神官の力があれば、もしかしたら」

「え…と。そう…ね。リオールの力でも足りなくても、信仰系のスペシャリストなら。早く、連れて帰りましょう」

「あ?カラーズの一人ぐらい、別にいいだろ」

「ゲイツ。…ここは空気が悪いし、リンネも帰りたい」

「はぁ、ま、いいか。猊下とナオキ様にも報告出来るしな。黒の偽勇者は黒確定って」


 リオールの勇気ある発言によって、どうにかアイカは帰路の選択が出来た。

 こんな感じで、オーテムでの再会は気まずいまま終わる。


「…ユウ。やっぱり貴方は変わらない…のね」


 白銀姫の別れ際のセリフ。


 そして、彼女が見えなくなった後にユウはガックリと肩を落として呟いた。


「…アイカは気付いていないのか。一体、どういうこと…なんだ。この世界、あまりにも…」

「ユウ」

「分かってる。帝都に向かうんだろ。…そこに多分、レンもいる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る