第35話 異変の時、オーテム近郊では

 勇者が神殿を訪ね、教皇が動き始める。

 だから、帝都のコロッセオで祭りが開かれる。その予定だった。


 だけど、一通の魔法メールによって、大会の趣旨が変わった。


 でも、レジスタンスに伝わるのはずっと後の話で。


 ユウが解読不能文字列と出会い、教会を出たくらいが、時系列上では前回の話と殆ど重なる。


 アイカがオーテム山山頂に居た時が、時系列上では重なる。


 先ずはユウ。


「文字化け、古い神様。そして考え続けること。それから…、大事な事。疑わなければならないこと…。信じなければならない…こと」


 ここでいろんな話を聞いたことが、ユウにとって大きなプラスに働いていた。

 良き出会いもあった。リーリアも過去にここで何かがあった。


「本当かどうか、確かめようがないけど。天覧試合でなら…。あぁ、でもそこで勝ちぬかないといけないんだっけ。いつもの興行とは違うもんなぁ…」


 いつもの興行とは趣旨が違う。

 今回は特別な神事ゆえ、賭け事をしてはならない。

 とは言え、絵描きが帝国中を走り回っているのを見るに、誰が戦うのかくらいは貼り出されるのだろう。


「アイツ、一人で出てきたぞ…」

「間違いねぇ。おい‼向こうにも連絡しろ」


 ここで少し脱線するが、この時点でのユウの悩みは別にあった。


「奴隷のくせにいいもん食ってる野郎だ」

「女も何人か囲ってるって話だぜ」


 剣闘士は奴隷。テルミルス帝国は他国の捕虜を剣闘士にするのが慣習だった。

 そして奴隷とは言え、人気が出ると庶民よりも良い暮らしが出来る場合もある。

 興行時に人を呼べるのだから、飼い主だって甘やかすだろう。


 …そりゃ、食べないと動けないし、その女ってリーリアだし。マリアさん?いやいや。あの人はグレイしか見てないし。教皇に近づく為の手段とは言え、俺を勇者って思ってる奴、ゼロ説。


「またかよ。…ゆっくり読書も出来ないのか」

「あいつ、逃げやがった。飼い主は奴隷上がりのインディケンだろ?」

「あ?俺らにとっては、奴隷みたいなもんだろ?」


 有名税かも、実際に稼いでいることに違いない。

 その殆どがリーリアの裏工作に使われ、残りはマリアとかいう悪女に吸われている。

 だが、彼らにはそうは映っていない。映さない為にお金を払っている。

 

「インディケンさんに迷惑かけられない。よし、逃げるか…」


 そして、時々発生するのが、ユウを誘拐しよう税、いや勢。

 買い取ったと言い張れば、インディケンの口を封じられると思い込んでいる下流、中流貴族連中。

 そして、どうやらなかなかに戦える連中に目を付けられたらしい。


 いつもなら直ぐに諦めてくれるが、先日の闘技場で目立ち過ぎたのかも。

『あのグレイが師匠らしい』と、根も葉もしっかり生い茂った噂まで浸透して、地方都市の開催だったが、大歓声に包まれた。

 一万人以上は見に来ていただろうか。


「インディケンのやつ、気でも触れたか?天覧試合参加って、死なせちまうのは勿体ねぇぞ。だから、俺達で有効利用させてもらうんだ」


 もしかしたら優しい貴族…?かもしれない。

 実際に正々堂々と、ウチに来ないかと誘われたことさえある。


「それに参加する為に頑張ってたんだけど?って、言っても聞かない奴ら。ま、気持ちは分かるけど。それにしても…、今日は体が軽い。多分、さっきの話。なかなか美味しい経験値だったってことか」


 ただ、その天覧試合が差し迫っているものだから、今日の彼らも必死らしい。

 剣闘士は臣民の大切な文化で、宗教的な意味もあるから、すたれることはない。

 つまり、金の卵を生む鶏に見えている。


「こんな俺が大人気。除け者よりはマシ?…いや、見世物にしようって連中だ。でも、勇者だって見世物みたいなもの…」


 テルミルス帝国の南西部、オーテム地域を支えているのは当然のように、おそらくカルデラのオーテム湖から流れ出る水。

 北東に向かう川が、帝国南部を支えているし、南東に向かう川がエイスペリアの西部を支えている。

 その街から少し外れ。食肉用の畜産を行っている草原の丘。そこまで辿りついた時。


 ズズズズズズズ、ゴゴゴゴゴゴゴ……、ドゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン‼


「うわっ‼」


 最初、追ってがついに商品を傷物にしようと魔法を撃ったのかと思った。

 魔法の攻撃をする、魔法網闘士と戦ったこともあるので、ユウは俄かに屈んで様子を伺っていた。


 だが…


「なんだぁ?」

「地震か⁉みんな、伏せろ‼」


 追手の方も困惑していた。

 いや、そんなの気にしてる場合ではなかった。


「なんだ、あれ。火山が噴火…した?でも、それにしては…」


 ユウが一番近くに居た。

 自然とそうなっていた。だって、ここは帝国にとってデッドエンド。

 でも、彼は考えていた。勇者にとってもデッドエンドなのか、とも。


「ってか、オーテムは大丈夫か?リーリアは?グレイは?インディケンさんは?…いや、火山の噴火にしてはおかしい。あの辺りは…、俺が勇者の力を持ったなら行ってみたいと思っていた場所。オーテムの西、ハバト地区。そしてアルズとマリアの両親の領地だった場所が…」


 彼には踏破不可能だけど、四人なら。もしかすると行けたかもしれない。

 だったら、この現象が…


「デビルマキア…。遂に始まったってこと?」


 剣闘士としての知名度は上がってきたが、勇者として扱われていない。

 何が起きたか分からないけど、彼はオーテム教会へ走り出した。


     □■□


「アイカ様、少し飛ばし過ぎです。騎兵は仕方ありませんが、歩兵隊まで遅れています」

「あら、そうだったの。でも、仕方ないでしょ?登るのが遅いんだから」


 後ろからジッとついてくる軍隊は、まるで裏切りや逃亡を阻止する為の督戦隊のようだった。

 そもそも、アイカはそのまま逃げようなんて思っていない。

 だって、彼女は勇者である前に人間である。これだけの力を授けられ、何もしないで元の世界に帰る。

 最初の頃なら可能性はあったけれど、今はそれなりの情を持っている。


「おいらは平気だぜ?遅れてくる奴らが悪いんだろー」

「姉貴、なんでこんな馬鹿を選んだんだよ」

「…馬鹿だから。それにリンネは、いくら愚かでも、愚弟にタンク役はさせたくないのです」

「なんだその、頭痛が痛いみたいな悪口。ん、最初の馬鹿だから、は俺に掛かってねぇよなぁ?」

「タンク?おいらだって飲むときはガロン使うぜ」

「種類が違う…?」

「愛する弟だろうがよ‼」


 あの三人はフザけあっているが、ピッタリと後ろに張り付いている。

 問題はナオキが絡んでいることだ。言われたようにやっていた。その結果、神聖精霊騎士の力をかなり見せてしまった。

 リオールに一人、自分に二人。それで封じられると分析されている。

 いつもいつも後ろで、何かを考えている。アレは本当に仲間なのか、とだんだん腹が立ってくる。 


「鬱陶しい。いちいちついてこなくていいのよ。アタシ、メリアル王国の下見に行くだけ。アタシがそんなに裏切りそうに見えるわけ?行ったこともない帝国に寝返るわけないし‼」

「そうでしょうか。…リンネは聞いております。帝国に逃げた勇者とアイカ様は関係をお持ち…」

「前の世界での話よ‼今は全然違う。ほら、アタシにはリオールがいるし‼ほんっと、デリカシーがない女ね」

「アイカ様…。そうです。僕はアイカ様をお慕いしています」


 まさか、あの話を異世界人に問われるとは。

 今の男と手を繋ぎ、噛みつかんばかりに睨みつける。


 だが、青緑の髪の神聖騎士、ゲイツ・ワーケルリヒはこの瞬間を待っていた。


「へぇ、言うじゃん。勇者アイカ様は素晴らしい心がけのようで」

「そうよ。アタシはちゃんと世界も助けようと思ってるの。ちゃんと勇者として…」

「んじゃ、猊下からの命令をここで伝えるわぁ」


 リオールがギュッと手を握る中、白銀女騎士の両肩が浮く。

 罠に嵌められたわけではない。…でも、在るかもしれない命令。

 ずっと…、考えないようにしていた命令。

 それが今…、下される。


「猊下は期待していらっしゃる。…勇者様。どうか世界の為に、大剣豪レンを打ち倒してくれませんか?裏切り者の勇者レンは化け物級の体力と聞く。当然、俺たちも戦うが、…今んとこさ。アイツを殺せるのは神聖精霊騎士のアイカ様を置いて、他にはいないんだよ」

「アイカ様も薄々気付いていらしたのでしょう?自分なら、大剣豪レンを倒せるかもって…」

「勿論、おいらたちも戦うっすよ。でも、正直自信ないっす」


 今まで生意気だった三人が、殆ど同時に頭を下げた。

 眼球を剥きだして、瞳を震わせ、歯の根があわぬまま、アイカはただ、ただ震えた。


 そして、ここで。


 ズズズズズズズ、ゴゴゴゴゴゴゴ……、ドゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン‼


 彼女にとって、ラッキーであり、アンラッキーでもある例の地殻変動が起きる。


「な、何…。これ…」


 どこからか舌打ちが聞こえた気もしたが、それをも掻き消す轟音だった。

 山頂に居たから彼女たちが、アスナの奇跡を最も良い位置から見ていたことになる。


「毒沼地帯はハバド地区だけだった。なのにこれはどういうこと?」

「…分かりません。シロッコ山もその向こうも…。一瞬、崩れ落ちたように見えましたが、紫の煙が邪魔で。…メリアル王国全体が見えなくなってしまいました。女神デナを裏切った報い…、そう考えるしか。…アイカ様‼どちらに⁉」


 メリアル半島、そして帝国領の地であるシャルリックから、紫の煙が昇っている。

 流石の糸目も目を剥いて、巨大な厄災を眺めていた。

 地響きのせいか、それとも余りの出来事に力が抜けたのか、繋いでいた筈の手が何処にも無い。


「あー、なんだ?やっぱり帝国に逃げるのかよ」


 なんて声が聞こえる中、彼女はしっかりと勇者をやっていた。

 勇者として当然の行為。つまり人助け。


「何言ってるの‼あそこに教会があるってことは、人間が住んでいるんでしょ。…だったら、早く避難させないと‼」


 そして、転がり落ちる速さでアイカはオーテム教会に向かう。


「それはそうですね。僕も行きます‼」


 眼前に広がる厄災、眼下に見える人の街。

 だから、白銀姫の行動は責めることが出来ない。

 例え、あの災厄がこっちには及ばないと知っていたとしても。


「仕方ねぇな。俺たちも行くぞ」

「リンネは…、あの教会だけはあまり行きたくないのですけど。…あの教会は」

「んなこと言ってられねぇぞ、姉貴。ケルシュ、お前は兵に待機を命じとけ」

「えー、おいらだって」

「エイスペリアに来てるクシャラン軍に押し付けりゃいい」

「ううう、リンネがそれを…」

「馬鹿姉貴‼黒勇者もいるかもなんだぞ。あのリーリアも行方知れずだ。しっかり姫様を連れ戻さねぇとだぞ」


 そして、ワーケルリヒ姉弟もオーテム教会へ向かう。

 弟が姉を懸命に引っ張って。

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