第25話 帝国の大地を踏む

「ん、どういうこと?」

「グレイから伝言。特訓は自分じゃない方がいいって」

「ええええ。もしかして、俺、破門…?」


 グレイとマリアたちは教会併設の修道院で寝泊まりしている。

 そして、リーリアとユウは少し離れたところの宿を借りている。

 理由はリーリアの宗教上の理由で、ユウは地の利もないし、戻るつもりもないから、彼女のいる宿に泊まっている。

 これは闘技場での一日から、次の日の出来事である。


「流石に私も聞き返したわ。どう見ても同じタイプに見えたからね」

「うん。結局、一回も当てられなかった。回復魔法付きって条件だけど、体の使い方とか物凄く勉強になった。でも、楽しくなかったってことか…」

「いえ。戦いは楽しかったって。特に呪いの鎌も恐れないとことか、ワクワクしたそうよ」


 ここで思わぬ事実。


「そっかワクワク…………っは⁉今、なんて?」

「耳悪いの?あの鎌を恐れてなかったって言ったの。それにこれはグレイの意志だからね」

「グレイの意志…?確かに、何でもない鎌って聞いていたから、あんまり考えずに食らいついたけど。…でも、それを知ってたら俺もビビってた。今から震えていい?」


 そういえば、観客がそれっぽいことを言っていたような。


「震えてもいいけど?抱きしめてあげようか?」

「…いい。でも、だったら俺が恐れなかったのって当たり前のような…」


 呪いの鎌って言われたら、実際に意識をするし。


「そんなことないわ。あの姿でグレイが現れたのは帝都のコロッセオ。呪いの鎌、という情報なんて何処にも書いてなかったわよ。…それでも対戦相手は皆、恐怖した。あの命を刈り取るカタチに…」

「…それはまぁ。でも、実際に俺が苦戦したのは左手の剣の方だよ。だって、リーチが全然違う」

「グレイも最初はそれを不思議がってたみたいね。でも…」


 言いながら、ザッ‼とリーリアの姿が消えて、彼女が言った通りに殆ど抱きしめた格好になった。

 首に当てたシミターはさておき。


「…もう慣れたし。はいはい。俺は弱いですって」

「全然分かってない。この剣だって言ってみたら呪いの剣。魔法の剣よ」


 その言葉でユウは漸く、頭の中のパズルが埋まる。


「あ。そか。前にナオキが言った、別軸の意志か。それを使えないから、俺にとっては呪いの鎌も普通の鎌も変わらないって見えた。…でも、よく考えたらどっちみち死ぬし。見えたところで…」

「そこよ。正直、私は闘技場のグレイが怖かった。観客の殆どがそう感じた筈よ。前にも言った通り、グレイは本当に特殊なの。そこの力が使えない。己の意志と肉体だけで戦う。で、限られた環境では肉体の限界を引き出せる」


 聞けば聞くほど、彼に戦いを習いたくなる。


「俺が怖がらないから…」

「それは褒めてた。彼、戦う相手がみーんな距離を取るって不満を漏らしてたらしいしね。実際、貴方と戦っている時、気味が悪いくらいグレイは笑ってたし」

「ん。でも、俺の師匠にはなれない。ますます意味が分からない」

「ユウ。勇者の特殊スキルはチートって呼ばれているけど、その意味ってとんでもない力を持っているってこと?」

「ん。そうだと思うけど。俺に聞くのは間違って…」

「グレイが言ってたの。ユウは無自覚に別の力を使っているから、魔法が使える誰かの方があってるって。例えば、私とか」


 思わずユウの肩が揺れる。目が剥かれる。そして眉が上がった。

 無自覚に力、スキル、魔法。そんなことをした覚えがない。


 と、考えていると左半身が、特に左ひじ辺りが柔らか…いや暖かくなった。


「…ねぇ、君が知っていること、もっと詳しく教えてくれない?魔法硝板に何か書いていないの?」


 自覚ありか、無自覚か、スマホ画面を一緒に見ようのポジション。

 意識しないようにしながら、ロック画面を解除する。とそこでユウは思い出す。


「スマホにそんな便利機能は…。確か、アレって俺にはないアイコンを使っていたような。…っていうか、俺ってマジで帝都のコロッセオに?」

「そ。そういう噂があったから、私が裏で動いてみたの。そもそも、オーテムの臨時興行で私が手伝えることってないでしょ」

「…やっぱり‼だから、グループチャットを抜けさせたのか」

「抜けれる?って聞いたら、やってくれた。何か不味いことでもあった?」


 話の流れも間違っていなかったし、あの時は別にいいと思った。

 レジスタンスの行動を邪魔する、ソレは不味い。居場所が特定される、それも多分不味そう。

 でも本当の狙いは、ユウの行動を誰にも悟られないようにすること。


「…って、リーリアは戻らないのか。今も小康状態というか、戦線は動いていないんだろ」

「ええ。戻らないわね。帝国で酷いことをされた恨みもあるし…」


 語らないから聞かない。とにかく彼女に何かがあった。それでいい。

 考えろと言われても…


「それなら尚更…」

「でも、懐を見てみたい。ユウは思っているんでしょ。どっちが正しいとは言えないんじゃないかって」

「え…。それは…うん。そう思って。でも、リーリアからその言葉が出るとは」

「当然、赦すつもりはない。でも、知っておいた方がいい、そう思うの」


 赤毛の女の言葉、ユウはスッと力が抜けた気がした。肩の力と脳に筋肉はないけれど、脳の力が。

 そうだよ。考えろよ、俺。異世界人とか、勇者とか関係ないんだ。

 誰がバカとか誰が賢いとかそんなのない。


「同じ…だ」

「え?アンタは帰りたいんじゃないの?大好きな勇者様と仲良かったんでしょう?」

「あ、いや。そういう意味の同じじゃなくて……」


 いや、違う。これは間違いなく、…俺の意志だ。これから何があるとか、勇者の役割とか、自分の役割とか。

 関係ない。リーリアも関係ない。


「…ゴメン。やっぱ同じだ。俺も知りたい。俺はデナン神殿の教皇に話を聞いていないけど、リーリアはある程度知っているんだろ」

「え…、そこまでじゃないけど。少なくともユウよりは知っているわ。でも、それって…」

「うん。だったら、両方の言い分を聞くべきだ。俺、ただリーリアについて来ただけだったけど、利用されていると今も思っているけど…、今のは俺もやりたいこと。リーリア、俺を使ってくれ。地の利はないし、剣闘士も良く分からないから」


 もしかしたら、異世界に来て初めて何かをやろうと思ったかも。

 追放されようとかは思ったことはあるけど、それは自分に対してやろうと思ったこと。


 でも、これは勇者とか異世界人とか関係なく、この世界でやってみたいこと。

 

 そして、赤毛の淑女も豆鉄砲を喰らったような顔をして、少しだけクスッと笑った。


「その顔、初めて見た。ほんとに良いのね?私に任せちゃって」


 未完の勇者は力強く頷いた。


     □■□


 光り輝く金色の髪が、ピンクの髪と桃色の衣装の後ろでたなびく。

 雪が降り積もる白銀の大地で、真っ白な息を吐く一団が足跡を残しながら歩いていく。


「寒…。皮が分厚い俺でこんなに寒いんだ。ロザリー、あんまり無理をするな」

「魔法具の力を借りてますので、レン様もこれを着られたら宜しかったのに。暖かいですよ。一緒に入られます?」

「あ…、いや。いいんだ。それ着ると暑すぎるから。…それにこの世界のフォーマルな衣装は…ちょっとな」

「まぁ。お似合いになられると思うのですけれど。それにその姿は傅く者っぽくて、私は嫌でございます」


 チャット共有を解除したから、彼の行先は四人には分からない。

 どうせ帝国入りはしているのだろう、と思っているが、帝国はデナアル大陸の三分の一以上の国土を持つ。

 それこそエイスペリア王国の20倍、クシャラン半島の15倍も広い。

 それに灼熱地帯が存在しないデナアル大陸、世界の平均気温も10度を下回る涼しい世界。

 太陽の暖かみはここまで来ると殆ど感じない。それくらい北までレンは来ていた。


「分かってないなぁ、ロザリー。世界のトップだってネクタイしてんだぞ。学生の俺達はこういう時は制服って相場が決まってんだよ」


 レンは自国の総理大臣、他国の大統領を思い浮かべながら話す。

 彼はこの服だけは大事にしたいと、今でも思っている。

 ロザリーの誘惑は一旦の落ち着きを見せたものの、エイスペリアからこっち、ずっと彼女の世話になっているから、それなりの愛情はある。


「確かに身辺調査は腹が立つほどされましたけど?それでも私は傅くつもりは全くございません」

「何をするにしても、教皇に会いに行くんだ。一番偉い人に会うんなら、やっぱりこういうのはちゃんとしねぇとな」

「ただ実質、国を動かしているのは元老院です。教皇の力がどれほどか、私は存じておりませんので」


 実は、ロザリーの思惑通りに事が運んでいない。

 マイマー公。そもそもは大デナン帝国時代にそう呼ばれていただけ。

 正確にはマイマー伯爵で、既に形骸化してしまった爵位でもある。

 そして、爵位そのものは帝国でも利用されており、実はデナ信仰系国家の爵位が、マリス信仰系国家に行っても、ある程度の意味を持つ。

 それほど大デナンが巨大な国だったからだし、テルミルス帝国の政治制度自体が、元老院を含めて大デナン帝国の歴史的背景のソレを取り入れたものだったからだ。


「俺のことを気にしてくれるのは有難いんだけど。言っても俺は…」

「軍団長クラスの扱いなんて酷すぎます。レン様にこの世の全ての武具を装備できるのですよ。皇帝に即位しても良いくらいです‼」


 大枠はかつての大デナン。だが、デナン神国の影響を避けるため、最北端で信仰されていた小さき神マリスを主神とした。

 因みに剣闘士の分化は、テルミルス帝国が大デナン帝国の後追いをした証明でもある。


「皇帝って…。それは流石に。皇帝は居るし、隣に立ってた男、えっと次男の方だったか?アイツが継ぐんだろ。」

「元々、皇帝は元老院で選出するんです。選帝侯どもが押し付け合っているだけですし」


 ここで漸くレンは、はたと気づく。

 魔物がチラホラと見えるのは大きな違い。

 だけど、それ以外は些細な違いにしか感じられなかった。


「あ?民主主義って話はどこ行った?ここまで来る途中も偉そうな奴ばっかだったぜ。国民で投票してんじゃあねぇのか。だけど、あんま景色変わらねぇな」

「投票しておりますよ?ただ、議員に立候補しているのが大地主や大商人ばかりというだけです。それに流石にある程度の税を払える者でなければ、立ち行かぬものでしょう?」

「それはそうだけどよぉ。俺様が国を変えてやる、なんて奴がいても…」

「では、レン様が立候補されますか?私は勿論、協力させて頂きます」

「な…。いや、俺はまだこの国に来たばっかだし…」


 桃色髪の女は至って真面目に受け答えるが、金の勇者は目を泳がせた。

 そして、後ろで行列を作っていた部下たちに向かって、ある命令をした。


「この辺でいい。ここから魔物が出るんだろ?しかもデケェのが」

「はい。聖地マリスは凍える風と魔物で警備しておりますので」


 レンの話題逸らしはあからさまだったが、ロザリーは気にすることなく首肯した。

 彼女はレンが言っている民主主義が何たるかを知っている。

 異なる価値観を持つことを知っている。だけど、それについて思う所はなかった。


「んじゃ、試してみようぜ」

「私も…」

「いや、ロザリーはいい。俺が俺を試してみたいんだよ‼」


 異世界の勇者の価値観がズレていることは、ちょっと調べれば分かる話。

 そもそも、住んでいる環境が、世界が違うのだから、政治に口出しされては困る。


「まぁ…、本当に逞しいですわね」


 大人が十人でやっと運べる巨大な金属の塊を振り回す金色のたてがみ。

 振り回すと余りの力に金属が熱を帯びて、降り積もった雪を、氷を溶かしていく。


「へへ。思った通りだぜ。武器って認識すりゃ、何だってぶん回せる。ってことはよ…」


 この世界では普通か、少しだけ背の高い男。かと言って岩男、筋肉男ではない。

 カラーズとして、力に目覚めたロザリーだが、彼女の目で見ても常軌を逸している。


「やり方次第じゃ、俺が最強…じゃね?——レン撃大旋風‼」


 四本足の状態での体高5mを上回る、クマのような化け物があっという間に泥の塊となる。

 脱線するが、魔物を死に至らしめると汚泥と化す。あの日、ユウの体にこびりついていたのも血ではなく、似たような汚泥であった。


「素晴らしいですわ‼」


 魔法を使った遠距離戦では苦戦する可能性はある。

 けれど、彼の大剣豪スキルは、この世界においても人外のモノ。

 カラーズで対抗できるとは思えない。


「まだまだだ。俺は圧倒的に不利な立場だ。アイカもそうだが、サナが怖い」


 やはり勇者と対峙するには勇者。

 一人欠けているが、絶大な力を持っていることを知っている。


 そして、彼だって考えている。


「俺は…、俺達は帰ることが目的だろ?…俺は、俺が一番近くまで来てんだぞ」


 色香に惑わされたという自覚はある。

 だけど、帝国に足を踏み入れた時に、これは前進だと自分に言い聞かせた。


 そんな彼の不安はやはり…


「あと、忘れちゃいけねぇ。…ナオキが何を考えているか分かんねぇ」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る