第27話 銀髪の女子高生

 エイスペリアの北部に作り上げられた多構造の魔窟結界。

 そこを突っ切る事ができるのは今のところ彼女しかいない。

 その向こうでカラーズ複数人が待ち構えているのは容易に想像できる。

 あの二人もやろうと思えばできるが、サナの情報が帝国に漏れているからと、ナオキがゴーサインを出さない。

 因って、召喚された頃のように魔窟を一つずつ潰せねばならない。

 しかもエイスペリア南部は魔物を使わなければ農業も出来ない荒野ばかり。

 兵站確保も難しく、徐々に長期戦を視野に入れた戦いに変わっていく。


 だから、彼女の姿は元マイマー公領にあった。


「ユウの動きが止まった…?」


 銀髪の女は寝ぼけ眼で、首を傾げた。

 今日はレオスもリオールも居ない。

 訪ねてきた二人は小学生の頃から知っている。

 だからか、元居た世界の夢を見ていたのか。


「あ、そか。アレは夢か」


 フルフルって顔を振り、鏡で身なりを整えて、ユックリとドアを開けた。

 そこには夢とは違う髪色の二人。と言っても一人は相変わらず目深に帽子を被っているが。


「さっきからそう言ってるでしょ?スマホ、見たら分かるよね?」

「あれでしょ?地図アプリ。戦況見るのにも使ってるから、一応はチェックしてるけど」

「ユウ君、山の向こうに行っちゃって…」

「サナ、それは前に話したよね。アイツは逃げたんだって」


 アイカは軽く肩を竦めた。

 二人のことは小学生の頃から知っている。

 だけど、その頃はあまり接点がなかった。


「ユウは力を持たないから逃げた。それは別に悪くないでしょ。アタシは…その。いいと思ってるけど?」

「良くないよ。山の向こうは帝国領だよ?それって裏切りだよね。レオス殿下にちゃんと言った?リオール殿下でもいいけど」

「言ってないわよ。司祭長なんだから、ナオキが言えばいいでしょ。っていうか、これ以上…」


 二人と接点を持てたのは、一人の少年の転入からだった。

 転校生という存在と、実は同じゲームをやっていたということ。

 最初は何となくだったけど、いつの間にか5人で一緒にやるようになっていた。


「アタシに色々言わないでよ。アタシだって忙しいんだから…」


 ただ、四人でゲームをすることはなかった。

 ゲームをする殆どの機会で、ユウが居たというのは勿論ある。

 でも居ない時もあって、何故かその時は別々に遊んでいた。

 ユウが先導することはなくても、ユウが中心にいた。

 こういう関係でも、友達は友達だ。


「そうだね。アイカさんは楽しそうだしね。邪魔っては分かるけど、報告はしなきゃ」

「何が言いたいのか、考えたくもないわね。だけど報告はしない」


 だから、ユウの力が目覚めないのは正直言って不安満載のスタートだった。

 四人でうまくやっていけるか、と言われたら。

 っていうか、殆どバラバラだ。


「…それに、サナ。心配しなくてもいいんじゃない?動いていないってことは、上手く隠れてるってことでしょ?それが一番じゃない」

「うーん、でもでも」


 特にサナはユウが居ない時は、会話に参加しない。

 ナオキに話をして、ナオキから伝わってくる。

 多分、普通では友達にはなっていない。

 ところが、ユウがいる時だと話は別だ。


 特別、ユウにカリスマがあるわけではない。

 ちょっと空気を読むのが苦手な男。だからこそ、いつの間にか会話が始まっている。

 それに巻き込まれる形でなら、アイカとサナは会話ができる。


「ちゃんとチェックしてる?現在位置が全く動いてないんだよ」

「それに…、気になってチャットアプリ見たら…。ユウ君、グループ抜けちゃってた」

「え…、嘘、…ってホントだ。アタシ、ダイレクトメールと来てたらヤだなって思ってたし、こっちでの会話にも少しずつ慣れてきたから、このアプリは見てなかったから」

「それは仕方ないよ。アレは悪魔を媒介にしてるから、デビルマキアに備えてる僕たちは使わない方がいい。リオール殿下も魔法で意思疎通が出来るなら、そっちの方が安全っぽいって言ってたでしょ」

「言われた…。ってか、いちいちリオール様の名前出さないでよ」

「…わ、私も疑われない為に…、使わないようにしてたんだけど。どうしても…、気になっちゃって…」

「一緒に見ようって僕が提案したんだ。そしたら…、グループにいなかった。何かを呟いてたみたいだけど、退出すると読めなくなる仕様らしいけど」

「…えぇ。なんとなく分かるわ。あの時、ユウははぐれちゃってて、助けを呼んでたんでしょうね」

「どう…かなぁ。結局、帝国に行ったんだから、最後の方は僕たちへの恨み節だったんじゃないかな」

「そ、そんなこと…、ユウ君は」

「サナ、状況を考えて?自分に置き換えてみるんだ。もしもサナが覚醒してなくて、僕たちに助けを求めてて、連絡来なかったら…、どう思う?」

「…それは逆恨み…しちゃうかも」


 異世界に来て、みんな変わった。神の如き力を得たことで、本性が剥いだしになったのか、それとも飽くなき欲求までついてきたのか。

 兎角、ナオキの変化は誰の目にも明らかだった。

 世界よりもサナを守りたい、サナと一緒に居たい。何を犠牲にしてもサナだけは守る。


「ちょっとナオキ。その話はもう止めて。それに今のはただの推測でしょ。グループと地図が同期してるって気付いたのは最近だし、グループから離れたらその後のマップ更新がされないのだって今気付いたのだし」

「とにかく僕はあの日、ユウのことをアイカさんにお願いしたんだからね」

「…分かっているわよ。アタシが責任をもって対処する。すればいいんでしょ?」


 とは言え、これは救いの船。

 今のナオキは好きじゃない。それにユウは力を得ていないから変わっていない。

 あの時は使命感に踊らされていたし、やるべきことを知った気でいたし、弱そうな魔物だから大丈夫、なんて思ってしまった。


 ううん。あの時の流れだと、サナがサポートに回ってくれるって思ってたんだったわ。

 ナオキ、アンタまさか…


 なんだ、アタシたちって全然仲良くなかったじゃん、と思いながらドアを閉めようとした。

 ただ、そのドアは向こう側から引っ張られていて…

 彼はここで、思ってもみなかった提案をした。


「頼んだよ。…って、あともう一つあったんだった」

「何?これ以上は…」

「アイカさんってデナン神殿に行った?」

「行ってない…けど。ナオキとサナが行ったんだから、別にいいでしょ?それにリオール様がいらっしゃるし」


 テルミルス帝国は民主主義を掲げているが、富と権力が集中している階級社会である。

 エイスペリア王国でも実施されていたが、使役できる魔物は階級によって異なる。

 元老院クラスになると、カラーズクラスの魔物を使役しているという話。

 そして、今まさに凶悪な魔物を召喚しようとしている…とか


「僕からリオール殿下に言っておくよ。アイカさんを神殿に案内してって」

「アイカちゃん…。私は…、もう行きたくないの、ゴメンね」

「サナはいいのよ。ここでは立場弱いの知ってるし。嫌な目で見られたんでしょう」

「うん…。デビルマキアの引き金の可能性があるって…」

「アイカさん。僕たち行くとこあるからこれで」

「……」


 ただ、これから先の敵よりも、眼前の元・友達。

 アイカの神聖騎士団長の階級は、クシャラン大公国にあるデナ大教会と切り離せない関係にある。

 騎士になるメリットは荘園を抱えられることだが、クシャランも大地の質は大して変わらない。

 だから、デナ教会にも所属して、教会所有の土地の使用権を得る。

 それに興味はないのだけれど、ナオキの方が立場が上なのは気に入らない。


「アイカちゃん。私たち、ゼングリット首長国に行ってくるね。…ほら、早く帰りたいし」

「…そうね。それはサナの言う通りね」

「でも、部族がたくさんあるから、説得に時間が掛かりそうかもって…。だから…」

「分かってる。サクッと神殿に行って教皇猊下から話を聞いて、速攻でユウを探しに行くわ」

「裏切ってたら…、遠慮なく殺して。逃げられたら面倒だから」

「ナオキ、あんた…」

「な、ナオキ。早く、行こ。ほら、レイユさんを待たせちゃ悪いし」


 サナと手を繋ぎ、ナオキが去っていく。

 エイスペリアが卑怯な手を使って、魔物の壁を作ったから、その間に他国を押さえる。それはデナン神国の意向である。リオールとレオスからも聞いてはいるが、そんなことよりも


「問題はあっちね。サナが変わっちゃったのよね…。ここに…来る前だけど」


 アイカ、レン。サナ、ナオキ。ここにユウが加わって五人組が完成する。

 ユウが来て、五人で遊ぶようになって。

 アイカは何となく気付いていた。勿論、本人に問い詰めようとは思わなかった。

 そもそも、口を出すべきではないのだ。


「ユウの事が気になってる。異世界に来ても、それは変わらない…か。ううん、もしかしてユウのことを可哀そうって思い始めて、守りたいって気持ちが芽生えて。それに気付いたナオキが…」

「ナオキ様が…、どうかなさいました?」


 銀色の髪がバサッと靡いた。

 そして、その声の主に気付いて、アイカはドアをばたんと閉める。


「アイカ様?」

「い、いえ。アタシ、そういえば…、まだ部屋着モードで」

「ナオキ様もいらしたようですけど?」


 ここからドア越しでの会話に切り替わった。

 正直、ナオキを男だと思ったことはない。それは子供の頃から知っていたからと、ナオキから出ている矢印があからさまだったから。

 それに異世界人はやっぱり特別で、素の自分を見られたくないと思ってしまう。


「アイツ…、じゃなくてあの人は別枠というか、あんま気にしてないというか」

「そうですか。羨ましいですね」


 ドアの向こうでも糸目なのだろう。穏やかな顔、それでいて隠しきれない強さを持っている大公の次男。


「羨ましがらないでください。単に異性って思ってないだけですから。それに」

「そうですね。ナオキ様はとても分かりやすいですし。…っていうより、僕はそんなつもりで羨ましいと言ったわけではないですよ」

「はぅ!あ、えと…、それは。と、とにかく準備しますから、ちょっとだけ待っててください」

「分かりました。それでは馬車の準備をして参ります。ですので、ゆっくりで構いませんよ」

「は、はい。い、急ぎます」


 そしてドアの向こうから気配が消えた。


「ナオキ、予め準備してたのね。ほんと、分かりやすいっていうか…。それにしても、なんでアタシが…。って、アタシも準備しなきゃ」


 今はマイマー公の屋敷で生活をしていて、日替わりでレオスとリオールが彼女の部屋を訪ねてくる。

 兄弟は話に来るだけ。少しだけ、ロマンスに発展しかけたこともあるけれど、それは完遂していない。

 因みにアイカが懐いているのはリオールの方で、ここ最近はリオールが訪ねてくる頻度が高い。

 高い理由はレオスがエイスペリアの指揮をとっているからでもあるが。

 アイカはレオスも嫌いではない。だけれど、どうしても被る。髪色も喋り方も、あの男と被ってしまう。

 だからか、今はタイプの違うリオールの方が気が休まる存在である。

 気が休まると言っても、異性として意識はしているから準備は大事だ。


「んー。この服ってロザリーのじゃないわよね。…はぁ、やっぱこれしかないわよね」


 いっそ家ごと燃やしてやりたいと思うが、それではまるで彼氏を寝取られた腹いせだ。

 そうは思いたくないのと、実際にこの家が便利なのとで、行動には移していない。


 そんな彼女が選んだのはやっぱり。


「うん、十分に奇麗ね。臭いもないし。それにしても魔法ってほんと便利ね」


 下着や消耗品は現地調達している。だけど、やはり制服の素材はあっちの世界とは多少違う。

 わざわざ、似せて作ってもらうのも申し訳ない。

 だから、学生服は一着だけ。

 たった一度しか見たことのない、イスルローダに騙されたことで持ってきてしまった学生服の袖に腕を通す。

 アイカとサナに関して言えば、実は学生鞄も持ってきている。

 いつかはなくなってしまうだろうけれど、化粧ポーチも入っていたから、元の世界の彼女に戻る。

 それでも銀髪、それでも神聖精霊騎士。ユウが体感していた通り、当時のアイカではないのだけれど。


「リオール様、お待たせしました!」

「おや。突飛な衣装ですが、やっぱりお美しいですね」

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