第23話 戦いの心得
黒髪の未完勇者、ユウは立ち尽くしていた。
ドン……ドン…ドンドンドンドンドンドン‼——ドン‼
レジスタンスの街とは思えない盛り上がり、帝都にある巨大なコロシアムよりは三周りくらい小さいが、ユウはそれを知らない。
とは言え、闘技場跡地くらいは写真で見たことがある。
それだけで唖然とした。そして、突然始まった演奏。踊り子による舞踏。
「勇者ユウ。残念ですが、勇者ユウの人気はあまりないみたい。殆どのお客さんはグレイに賭けてしまったみたい。気を落とさなくてくださいね」
賭けの対象になっていた、つまり隠す気一切なし。
しかも、会場のあちこちに何処で漏れたのか、5割以上盛られた自身の肖像画が貼られている。
やせ型なのに、筋骨隆々。情報が少なかったとはいえ、誇張しすぎだ。
だのに、賭けが成立するか怪しいほど、グレイが勝つと皆信じている。
もしかして、この準備に時間が掛かったんじゃあないかと邪推してしまう。
「この肖像画だと少しは騙されたのだけれど、あの日の食事でバレちゃったの。そういうしきたりとはいえ、残念過ぎますね」
「ふぇ?」
「ご馳走が出たでしょ。あれ、そういう意味よ」
「そうです。生死を掛ける剣闘士が本番で本気を出せるようにって儀式です。その時に観察もされるのです。先に説明しておけば良かったですね」
サイコパスと判明した美人に言われても。あの時、アルズが長々と喋っていた中に、その手の話もあったのかもしれない。
「流石に戦歴がね。でも、頑張ってね、ユウ」
一戦しかないから、お祭りを豪華にしているとアルズが話していたかも。
でも、ここに集まる人たちは、そんなのは見たくないのだろう。
国をかき乱した英雄を早く見たいという思いを伝える為に、足踏みをしているに違いない。
「…分かってる。え?」
「はい、これ。流石にハンデがないと、賭けが成立しないから」
「でも、これって魔法属性ナイフ。結構、ヤバい武器。ってことは…」
同じ興行主の時は同じ場所から戦士が出てくることもある闘技場。
今回は小さなものだから、ソレに当てはまるが。
「ぐ…。相変わらず痛い。でも、いつもより痛くない。ユウ、俺は死の鎌は使わないから、安心して殺しに来ていいよ」
「殺す…って…」
「それはそうです。これは剣闘士の戦いですよー。マリス様への供物。さぁ、行きましょう、お二人とも‼」
お祭り騒ぎは急遽演劇も入れて、ある程度盛り上がった。
だけど。
ドン……ドン…ドンドンドンドンドンドン‼
やはり、ここからが本番。見られている…、それがどれだけ戦意を失わせるか。
「ユウ。俺は本気でユウを殺しに行くけど、そこまで怖がることはないよ。剣闘士の死亡率は1割にも満たないし」
「本気で…。…って、そんなに生き残るものなのか?」
「うん。お客さんも良い戦いをした戦士の次の試合が見たいし、育てるのも大変だし」
あの力を使わずに、生身で戦う。その中で最強の男が灰色の髪の彼。
訓練のつもりではなく、殺し合うつもりで。
奇妙な感覚。その相手と一緒に、太鼓の音に併せて、中央の円形舞台に行く。
「あ。そういえば、言ってなかった。俺、右利きって言ったけど、左でも剣を触れるから」
「へぇ…、そ、そうなんだ。でも、手を抜いてくれたり…」
「してもいいけど、バレた時。殺せコールを浴びせられるかも。その場合、マリア様、躊躇なく処刑するから止めた方がいいよ」
彼女の顔を思い出して青ざめる。五千人は集まった観客席を見て、また青ざめる。
「だから…。死ぬ気でかかってきて。人間っていつか死ぬんだから、今を楽しもう。メメント・モリだよ」
「メメント・モリ…か。そう…だな」
メメント・モリ。ちゃんとそんな言葉まで訳してくれる。
楽しもうって意味は分からないけれど、ここに来るまで何度も死にかけた。
割合で言うと、リーリアに殺されかけたのが一番多いけれど。
でも、死を覚悟した時もあった。
「私が審判する。そう簡単には止めるつもりはない。大事なのは観衆だから。特に、ユウ様。そのつもりで」
青い髪の男。しっかり鎧を着こんでいる。淡く光る鎧、魔法の鎧。
カラーズだから扱えるのだろう。
「それじゃ、二人とも。中央に——」
ドンドンドンドンドンドンドンドン。ソレに混じってラッパの音がした。
そして、訳が分からないまま、練習試合という殺し合いをする。
ユウはグレイに倣って、観客に頭を下げる。四方全てに下げたところで、アルズが叫ぶ。
「…では開始‼」
□■□
ザッ‼…ガン‼
「…は?」
鈍い音がして、グレイの姿が露わになる。
マリアが切った腕、そこには本気ではない鎌が装着されている。
因みに、ユウはリーリアに縋りついて、盾を持たせてもらっていた。
それが今、失われたらしい。
それまでは距離を置いて戦っていたが、一瞬で詰め寄られて盾を刈り取られた。
「相手の怒った顔、自信満々な顔、恐怖におびえた顔、顔が見れなきゃ楽しめないよ。それに逃げてばっかだと命が危ない。あと、俺も教えられないから。俺の脚をちゃんと見て、飛び込んできてよ。」
確かに戦い慣れているし、覚悟も決まっている。
だが。
「お前、本当にカラーズじゃないのか?」
完全に別人のオーラだった。このオーラはスロット効果じゃないのか、と疑う。
闘技場ではカラーズと対等に戦える、それはカラーズってことではないのか。
「違うよ。早くしないとお客さんのイメージが悪い。…それに聞いている。魔物と戦った。俺をその時の魔物だと思って攻めてきて。攻めてこないなら…」
ザッという音。同時に踏み込む音。
その直後、ガッという音がして、左腕に激痛が走った。
おおおおおおお‼流石、グレイ‼
「つ‼やらなきゃいけないのか。分かった。どう考えてもお前は化け物だ。だったら…」
ある意味で条件は揃っている。回復魔法が使える人間はリーリア、そしてマリア。
足さばきも、少しは教わっている。だが、二刀流は聞いていない。
…いや、そうでもないか。
ドン‼…キン‼
「ク‼やっぱ読まれた。知性を持たないから成功したんだよな」
「いや、いい踏み込みだった。リーリアが気に入っただけはある。今の一撃だけで五勝くらいした剣闘士クラス」
ザッと距離を取って、左右の手を確認する。
左手の剣は駄目、リーチが違い過ぎる。だから、右手の鎌を狙う。
ただ、鎌はユウから見て左。それが問題だった。
「回り込む。回り込め」
「回り込むのは太陽を背にして優位にするため。今日はあんまり意味がない。もっと速度を出した方がいい。それじゃ…行く‼」
勇者とカラーズの戦いのように、ドン‼と音がして姿が消えることはない。
そして、左手剣が真っ直ぐに吐かれる。ユウは辛くも生存本能で避けるが、顔の右半分が焼けるように痛い。
当たってしまった。でも、この剣は力がない。そんなことより‼
ガッ‼
その瞬間、目を剥いたのはグレイの方だった。
「…ふーん。やるじゃん。今までの剣闘士はこれでビビってた」
「暗闇で色んな方向から、化け物の爪が来たから。お前は化け物じゃないけど‼」
通常、盾などで射程を見えなくさせるが、グレイは盾を持たない。切断闘士と呼ばれる型。
それを防げたのは、単にグレイとの腕の長さの違い。
彼よりもユウの方が腕が長かった。だから…
「く…。絶対に話さない。んで、短剣で…」
「甘い。足が止まってる」
伸びた足の膝を蹴られて、ユウの体が崩れた。そこに待ってましたと、左手剣が振り下ろされた。
どうにか、短剣で受け止めようとするが、右手に激痛が走って、肉片が飛ぶ。
おおおおおおおお‼という歓声。
ドン……ドン…ドンドンドンドンドンドン‼
出血が多くなればなるほど、楽団の奏が激しくなる。
信者は満足してくれただろうか。
だけど。そこで奇妙な事。グレイにとって奇妙なことが起きる。
「ユウ、君は…」
「こういうこと、だろ‼」
飛んでいったのはもしかしたら小指。握力が失われたからなんとなく分かった。
だけど、振り切った剣の後は隙が出来る。しっかり左腕で鎌を押さえているし、グレイの武器は魔法属性ではない。
なら、武器の違いがそのまま活かせる。
屈んだ分、方向はやや下。腹部に向かって魔法剣を突き出した。
「やる…ね。でも、鎌を手放したくはないよね」
突然、グレイは右腕を思い切り引き、ユウの体勢を前のめりにさせて、彼の顎を膝で打ちぬいた。
また、うまい‼凄い‼という歓声。
やっぱ人気は国を壊しかけたグレイのモノだった。
「痛…。経験が違い過ぎる…」
「今ので、そうだね。三十勝クラスの剣闘士に昇格。こういうこともあるらしいね。でも、次は通用しな…」
「やられっぱなしは勇者の沽券に関わるんだよ‼」
「え?いいね。いいじゃん‼ユウ、いい感じだよ。直感?それとも…」
カウンターは予想外だったけれど、躱されるのは分かっていたユウ。
鎌の腕を退かれたなら、その力を更に利用してグレイの右側に回り込む。
つまり射程の長い剣の意味を僅かに失わせた。
「この義手は一生離さない。そうすることで…」
「考え方は良いよ。でも、…俺って案外左手も使えるから」
左手の剣をポンと握りなおし、身を回転させながら、短剣をユウに向かって突く。
ザク、と良い音ではなかったが、今のでジ・エンド。
剣はユウの右腕に刺さり、痛みで魔法のナイフを落としてしまった。
「おしゃ‼決めてしまえ‼」
かなりの血の量に観客は大盛り上がり。
その時、動くのは審判のアルズ。険しい顔の彼を見れば分かる。
このままでは…
「やられて…。堪るか。俺はまだ…」
「ぬわっ‼」
ユウの機転、というより単に義手を奪おうとした行為が、命をながらせさせた。
彼は知らないが、グレイの義手は骨と直接繋がっている。
ナイフを落としてしまったとはいえ、骨直結の義手を両腕で捻れば、体の構造上、全身もよじれる…筈だったが。
ドン‼
「いい‼楽しいね、ユウ‼」
「う…。クソ、体力もお化けかよ。それに関節を無視して俺に体当たりって。」
「俺の右腕が折れても、左の剣があるからね」
「マジ、何なんだよ」
と言っていると、左手の剣の切っ先が突き飛ばされた、武器無しユウの眼前に掲げられる。
わぁぁぁぁぁ‼という声。
更に、審判も急いで向かう…が
ここで盛り上がった観衆は置き去りにされることになる。
…観客自身は気付いていないだろうけれど。
突き付けたまま、グレイは言った。
「…なるほど。さっきから臭ってたんだ。イスルローダ…か」
灰色の青年からの声。ユウは目を剥いて、その場で固まった。
あまりにも焦っていたため、ナイフを探すのも忘れて。
背中から地面に倒れてしまった。脳震盪は起きていないが、心の方は激しく動いてしまった。
そして。
「え?今、なんて?」
「道理であの時から、声がしなくなったと思った。そか。俺の体から本当に去ったのか」
⚀⚁⚂⚃⚄⚅
この瞬間、世界から色と形が失われて、白と黒の地平線が広がる。
「は?…もしかして今までの夢?」
「…違う。アイツの仕業だ。ユウの場合はこうなるのか。色彩は同じだけど」
そして、あの悪魔が黒い地面からぬっと顔を出した。
「あれ?あれあれ。なんだ、グレイじゃないか。ボクのこと覚えていたんだね」
「忘れる方が無理がある。お前、何をしてるんだ」
「へ?何?二人ってそういう関係?」
「違う」
「違わない。そうだよ。ユウの価値観で言う元カレ?元カノ?」
左右で白と黒の髪、赤い瞳の少年か少女。真っ白い歯と血の色の口と、真っ黒な蝙蝠の羽の悪魔。
その正体を見ても、グレイが動じることはなかった。
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