第30話 壊れた魔法硝板

「猊下。私はどうすればよろしいでしょうか」

「リオールはそこで待っておれ。そして、更にアイカ様に助力できるよう励め」

「は‼」


 リオールはここでお預けを喰らう。彼の立場はデナ信仰教会でも、かなり上。勿論、クシャラン大公のせいで株は下がっているが。


「心配せんでもいい。今から行く場所は教皇のみが立ち入れる聖域じゃ。あやつがクシャラン大公の息子だからというわけではない。」

「それでは…」


 デナ信仰の教皇は世襲制ではない。

 崩御の後、枢機卿団より選ばれる。つまり…


「他に誰も知らぬこと。デビルマキアの兆候が現れ、勇者様を召喚した後、勇者様に見て頂くための神域じゃ」


 幾人もの枢機卿、信者、僧兵とすれ違い、奥へ奥へと進んでいく。

 ここまで来れば、アイカの気持ちも引き締まる。

 元々、熱しやすい性格。だから、過去に選ばれた勇者の魂が自分に憑依していくようにさえ思えた。


「お前たち。命を賭しても見張っておれな」

「おう‼」

「任せてください、猊下‼」


 最後にすれ違った教会関係者の方が、えんじの服を着た老人よりも色んな意味で優れている。

 だけど、ここではそのルールが適用されない。


「ここ、何か不思議な感じ。違う力が働いている?」

「はーっはっは…。流石は勇者様じゃ。ワシは何も感じぬがのぉ」


 色んな力が働いている。壁も歪で、三次元空間かも分からない。

 ここを作った人間は、この世界の性質を間違いなく理解している。

 管理するのが、何の能力も持っていない人間というのは、やはり意味が分からない。


 アイカはそんな事を考えながら、冷たい石櫃に辿り着く。


「ここじゃ。悪いが、ワシには開けられぬ。これは決まりではなく、体力の問題じゃがな」


 最初に会った時は、嫌なお爺ちゃんとしか思えなかったが、今は好々爺にしか見えない。

 神殿へ来た時の印象は確かに最悪ではあったのだけれど。

 今はナオキと同じくらい信用しているように見える。

 だから、アイカは何の迷いもなく。


「分かりました。アタシが開けますね!」


 真四角の石の箱。しかも、ズラせばよい訳ではなく、持ち上げなければ外せない箱。

 しかも、1m四方だから、重さも相当なものとなる。

 そして管理するのが、何の能力も持っていない人間という意味の一つはこれだろう、と考え直すのだ。


 誰も箱を開けないようにした?中身を知られたら、もしかしたらデビルマキアの起こし方が分かっちゃうとか?それとも勇者の弱点が記された書物が残っている…とか?何にしても、勇者じゃないと見ちゃいけないもの…。


 ——そして…、アイカは絶句する。


「スマホ…?どうして…、こんなに…?しかも壊れて…いる?」


 中に入っていたのは、丁寧に並べられたスマホだった。

 1m四方一杯というわけではなく、中央に二十台のスマホが等間隔で並べられていたから、思ったよりもスカスカだった。

 もしかしたら、蓋の重さを重視したのかもしれない。

 でも、保存方法や、並べ方なんてどうでもよい。


 確かに召喚された後に、スマホのイラストは見せてもらった。あの時は五人で帰ろうと誓った。だけど…


「教皇になった日に、前任の教皇の手記を読むことが出来る。無論、焼かねばならぬ故、残ってはいないがの。じゃから、魔法硝板が入っておるかは知っておった。じゃが、意味は分からぬ。手記には信頼できる勇者が訪ねてきたら見せよ、としか記されておらんかったからな」


 頭の中がぐしゃぐしゃになりそうだった。

 だって、五人で世界を平和にして、五人で帰るとしたら、スマホはこの世界に残らないのだ。


「触っても…いい…ですか?」

「構わぬ。ナオキ様も同じことを仰ったからの」


 震える手でスマホを触る。握る。タッチしてみる、スワイプしてみる、ボタンを押してみる、長押ししてみる。


「動か…ない。比較的綺麗なものでも、電源が入らない…」


 半分は原形をとどめていない。残りの殆どのスマホは画面が割れている。

 そもそも、どのスマホも傷がついているが、動きそうなものを手に取ってみた。

 だけど、うんともすんとも言わない。

 自分が持っているスマホだって、充電していない。電波はなくともアプリは起動する。

 他の四人のスマホを触った時にどうなるかは試していないが、これだけは言える。


「勇者と魔法硝板は二位一体。持ち主から離れることはない。だから…、あんな伝承が…」

「勇者が死ねば、対となる魔法硝板も壊れる、じゃな」


 アイカは目を剥いた。危うく睨みそうになった。

 でも、勇者が死ぬのはあり得ることだ。少し前に死にかけた勇者を知っている。

 彼はスキルの覚醒をしていない。でも、魔法硝板は持っている。

 あの時死んでいれば、ここにユウの魔法硝板が並べられたのだろうか。


「これ…、ナオキが有利じゃない…」


 彼はスマホに詳しい。中古スマホまで知っていたほどだ。

 アイカには自分が今まで使っていたスマホくらいしか見分けがつかないし、ナオキみたいにボタンの位置で、いつの機種とか分からない。

 それに知っているスマホでも、昔持っていたスマホでもボタンの形状まではっきり思えていない。


「ナオキ様は絶句しておられた。デビルマキアについても多く聞かれた。それについてはご存じでござろう?」

「…でも、聞かせて。アタシ達の知識はそれぞれで分担してるし、アタシが聞いたのはナオキの考えを通してだから」

「ふむ。捉え方は人それぞれ。よかろう。デビルマキアとは地上全てに魔物が現れることを言う。」

「今までの魔物はどうにかなったけど、そこで現れる魔物は勇者でも…勝てない?」

「うむうむ。ナオキ様も同じことを聞かれた。じゃから、ワシは同じように返そう」


 考えることは同じ。今の質問はスマホは関係ないことだからだ。

 ここから更に有益な情報を得るには…


「帝国が仕掛けてくるという話があるけど…。アレはでまかせなの?」

「…いや。出まかせではない…が、捉え方の問題だの。そのデビルマキアの前後、人の世も乱れ、人間同士の戦争も引き起こされると言われておる。じゃから、ワシはデナ様を信じる者たちを救いたいんじゃ」

「そんなのおかしい‼だって…。人類の危機だから、手に手を取ればいいだけじゃない‼」


 アイカにとっては意味不明だった。いや、大多数にとって意味が分からない筈だ。

 だから、相手が誰とか関係なく、声を荒げた。

 そして、この言葉を聞いた老爺は少し俯いて、深いため息を吐いた。


「やはり…、そうなるわなぁ…。じゃから、信頼を置ける勇者しかここには連れてくることが出来ぬわけじゃ」

「何よ。アタシのこと信頼してるって言ったじゃない」

「左様。じゃから、心苦しいんじゃ…」

「いいから‼アタシは勇者よ。この世界を守りに来たのよ‼」


 心臓が警告している。頭が動揺している。目の前のスマホが訴えてくる。

 そんな。そんな馬鹿なと…。だが、老爺は仕方ない、という顔で白状した。


「あくまで前の教皇の手記じゃ。…デビルマキアでの人間の死の多くは勇者が原因ではないかとも言われておる。もしくは…、デビルマキアとは関係なく、勇者によって殺されたのではないか、ともな」

「そんな…。勝手に呼び出しておいて…。アタシ達はそんなことしない…」

「三百年前の出来事じゃ。途中の教皇の持論が含まれている可能性は十分にある。それにまだある。勇者の中に悪魔と結託している者がいる、というものもな」

「そんなわけ‼」


 アイカからは、今にも殴り殺さんという殺気が出ていた。

 それでも、この世界の中では鈍感な部類の人間だからか、それも覚悟してか、老爺は動じない。


 そして、続ける。


「…そしてこれが勇者同士が戦ったと考えられる一番考え得る理由じゃ。勇者の目的は元の世界に帰ること。もしかすると…、帰ることの出来る人数には限りがあるのではないか?」


 白銀姫は目を剥いた。

 これではまるでデスゲーム。

 確かに悪魔の力で呼び出されたなら、納得したかもしれない。

 でも、悪魔を介したとはいえ、呼び出したのは人間だ。


「メリアル王国の西‼そこに行けば帰れるんでしょ⁉」

「そのように言われておる。じゃが、西に行けるのは勇者のみとも言われておる。ワシには分からんよ。それこそ互いに手を取って、帝国を打ち倒せばよいではないか」


 ついにアイカは眼球が零れんばかりにガン剥いた。

 初めからその予定だったのだ。話が一周して戻っている。


「だったら、何故?帝国はアタシ達の邪魔をするの?」

「決まっておる。ワシが愛するデナンの地。そこをデビルマキアに乗じて奪い取るためじゃ。デビルマキアが始まる前に勇者様に変えられては困るからの。裏切りそうな勇者をスカウトするのもその為じゃろうな。じゃからサナ様はワシらに約束してくれた。ナオキ様と共にワシらデナンを救うと誓ってくれた。そして今も協力を惜しまない」


 納得できるような。納得できないような。

 仲間と話し合いたい。誰と?レンと?最初に裏切ったのに?


 そして、ここでは終わらない。


 デナン神殿の頂点に君臨する、能力的には只の人は、アイカの脳が更にシェイクされる話を持っていた。


「まぁ、人間には向き、不向きがあるからの。ナオキ様はこの質問もされておったぞ。あの方は先に正解に辿り着いた上での質問だったが…」

「何よ、その言い方。まるで私が思いつかないみたいな…」

「そう熱くなるんじゃない。ナオキ様はこういうことを考えるのがお得意なのじゃろう。そしてお前様は戦う才能がある。ワシはどちらも良いことだと思う。そう言うとるだけじゃ」

「ふん。物は言いようね。まぁ、いいわ。それでナオキはどんな質問をしたの?」


 皺皺、骨と皮。単に太りにくいだけかもしれないし、権力で私腹を肥やしていないのかもしれない。

 老爺は、そんな指でいくつかの魔法硝板を指差した。


「これと…。これじゃったか?アイカ様が最初に手に取った魔法硝板もそうじゃった。それらを指差しながら、ナオキ様はこう聞いたんじゃ。…勇者とカラーズとは関係あるのか、とな?」


 それだけでピンときた。

 聞いてみれば、なんだそんなことか、というもの。

 だから、アイカは先に答えた。ナオキと同じように。


「スマホがそんなに壊れていないのに動かない。…つまり、アタシ達はここに残る選択もある。そしてカラーズとはつまり勇者の子孫。そういうことね?」

「左様。勿論、全てが…」

「時の教皇が残したものだから、確証はないね。でも、カラーズの力を考えれば納得だわ」

「さて。やるべきことが分かったようじゃな」

「えぇ。メリアル王国を早急に攻略すること。その為にアタシ達は頑張らないと」

「その為には…、まぁ良い。ワシもそろそろ時間じゃ。悪いが…」

「もう、戻しておいたわよ。アタシは戦うのが得意だからね」

「うむ。また、知りたいことがあれば来られよ。…次は海側から来てくれ。リオールに聞いたが、アイカ様は力があり余り過ぎる。…補修するのも大変じゃ」


 アイカは最後の言葉は軽く聞き流した。

 そして、またもや老爺を置き去りにして、入り口で待つリオールと合流した。


 ここで彼女に、白銀姫に変化が起きる。


「アイカ様。お待ちしておりました。帰りは南側に馬車を用意しております」

「そ。じゃあ、飛ばして帰るわよ。リオール・・・・

「…。はい、畏まりました」


 アイカは畏まるのを止めた。元々、どんな訳がされているのか分からないのもある。

 でも、一番の理由はデナとかマリスとか、考えるのが面倒臭くなったからだった。


「アタシのやるべきことはメリアル王国の即時解放。その為には…、クシャランとエイスペリアの戦争を待ってなんかいられない」

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