第14話 魔族との遭遇

 リーンたちを巻いたケインは、より強い魔物を探し森の奥へとずんずんと突き進んで行った。



「大体さ……、魔物を討伐した程度でソードマスターとか、甘いんだよ」



 樹々の間を歩きながら、ケインがぶつくさとつぶやく。

 自分の時は、ヘルハウンドという上級クラスの魔物の討伐だった。

 たまたま冒険者教会からヘルハウンドの討伐依頼が来ていたので、単独試験ではなく討伐チームを組み、ケインがメインアタッカーで先輩たちにサポートをしてもらうという形で討伐し合格をもらったのだが。


 一人でも倒せると主張したのに、団長が通してくれなかったのだ。

 まあ結果、ソードマスターのクラスをもらえたので良くはあったのだが、それにしたって今回は、ただの魔物ザコ討伐では程度が低すぎるのでは? と思わざるを得なかった。



「おっ、そんなこと考えてたら。タイミングよく来てくれるじゃねえか……」



 樹々の切れ間の先にある湖。

 そのほとりに、イビルアイがふよふよと浮かんでいるのが見えた。



「ま、中の下って感じだけど」



 そう言うと、ケインはイビルアイに向かって跳躍し、目にも見えない速さで切り掛かる。

 次の瞬間には、一刀両断されたイビルアイがポトリと地面に落ちた。



「フン、簡単すぎんだろ」



 ケインはそうほくそ笑み――、キキッ、と背後で何かが鳴く声が聞こえた。



「チッ、まだ居んのかよ」



 まあどんだけ出てきても同じだけどな――! と、先ほど同様に斬り落とす。

 再び、ぼとりと魔物が地面に落ちる。



 (ああ、やっぱ俺って天才――)



 そう、心の中で悦に浸った時だった。



「アンタ――、人のペットに何してくれんの?」



 と。

 ケインの背後から、その場には似つかわしくない、少女の声が掛けられた。



 ◼️◼️



 どぉん!



 リーンたちがケインを探していると、そう遠くない場所から何かが爆発したような音が聞こえた。



「なんだ!?」

「あっちの方からですね」



 団長とリーンが、瞬時に音のした方に顔を向ける。



「行こう」



 言い終える間も無く、団長が走り出す。

 リーンもすかさずそれに続くと「あー、待ってよー」と、背後でノアが呑気な声をあげていた。



「ノア! 早く!」



 遅れているからといって置いていくわけにいかない。

 そもそもノアは戦闘要員ではないのだ。

 団長だったら魔物に遭遇してもある程度一人で対処できるだろうが、ノアは恐らくそれはできない。

 そう思いながら、ノアを気にしつつリーンは団長を追う。



 森の中を、先陣を切って駆けていく団長の背中を追いながら。

 やがて――、樹々が途絶えて見えた先で、団長が立ち止まる。



「ケイン……!」



 【魔の森】の中。

 小さな湖のある場所で、ボロボロになり地面に倒れ伏すケインと、その体を片足で踏みつける少女。



「魔族……!」



 少女を見て、団長が驚愕の声を上げる。

 こちらを振り向いた少女の瞳は、人間ではあり得ない虹彩を持ち――、なおかつ額にはもう一つ、第三の瞳を抱いていた。



 ――魔族とは。



 魔物を含めた、人間に害をなす魔性の生き物を総称する呼び名であり。

 もう一つの意味は、魔物と呼ばれる主に獣型の生き物よりも、上位の存在を表す呼び名である。


 そして、魔族というものは、より人の形に近づくほどに強い力を持つようになっている。


 目の前の少女は、瞳の虹彩と人にはあり得ない第三の瞳がある以外は、普通の少女と遜色ない姿をしていた。

 つまりそれは、魔族の中でもそれなりに力を持つ存在だということを示しているのだった。



「また、ニンゲンか」

「ぐ……う……っ」



 言いながら、少女がケインを踏む足に力を込めると、地面に横たわったケインが苦しげにうめき声を上げる。



「ケイン!」



 ドン!



 団長が叫ぶのと同時に、団長の横から大きな音が鳴り響く。

 なんだ、と思った瞬間には。

 団長の隣からリーンが飛び出していた。



 ドン! ドン! ドォン!



 リーンは左手に構えた拳銃のようなもので、魔族の少女に向かって立て続けに弾丸を撃つ。

 先ほど団長の横から放たれた大きな音も、どうやらこの拳銃から発されたものだったらしい。

 少女が、立て続けに放たれた弾丸を避けて足をついたところに、右手に持った刀剣でリーンが素早く斬りかかる。



「ノア! 転移!」

「あい。なに?」

「こっちにじゃない! ケインを連れて城まで転移して!」



 リーンに言われてリーンのすぐそばに転移してきたノアは、「ちぇ、そっちかー」と言いながら、言われた通りケインを連れて姿をかき消す。


 その隙に、リーンは少女から死角になるよう、手近な木の影に隠れて身を寄せる。



「あら……、いいの? せっかくの戦力を逃しちゃって」

「別に、あなた一人くらい倒すのになんてことない」



 少女は、先ほどリーンに斬りかかられた時に負った傷を抑えながら、それでもまだ大したことではないというような余裕の笑みでリーンに語りかけてくる。

 答えるリーンは、バラバラと打ち終わった弾丸を地面に落としながら、新しい弾丸を装填する。



「珍しい得物ね」

「まあね。私のだから」



 言って、再び飛び出したリーンは、少女めがけて再び弾丸を立て続けに連射する。

 そうしてまた、追い詰めた先で右手に持った刃を振りかぶる。

 しかし。



「大振り。しかも二番煎じよ」



 そう言うと少女は、自らの額に埋まった第三の目を大きく開眼させ、リーンに向かって閃光のようなものを放った。



「うっ……!」



 咄嗟に交わすが、閃光が当たった右手が途端に痺れだす。

 かろうじて剣を落とすことだけはえたが、そのまま少女が放った攻撃魔術のようなものに吹き飛ばされる。



「ぐっ……!」



 地面に強かに打ち付けられ、そのままごろごろと地面を転がったリーンは、条件反射で背中で受け身は取れたものの、衝撃で小さく呻き声を上げた。



 ザン! と。



 リーンの顔のすぐ横に、ケインが落としていったと思われる剣が、突き立てられる。



「あっけない。もう終わり? さっきの威勢はどこに行ったのかしら」



 くすくすと少女が笑う。



「でも、あなたみたいな綺麗な女の人を、ぐちゃぐちゃにするもの楽しいかもね。わたし、男の人より女の人をぐちゃぐちゃにする方が好きなの。この森、女の人ってあまり来なくって」



 遊ぶなら、街まで出なきゃいけないのかしらと思っていたのよね――。

 と少女があどけなく笑う。



 そこに。



 ――ざしゅり。



 と、少女の胸元から一振りの剣が突き出した。



「一つのことばっかりに集中しすぎると、どうなるかって、教えてもらえなかったのかよ……!」



 そう、背後から言葉を放ったのは。

 他でもないディグレイス団長で。



「残念だったな。せっかくの女が大層聞かん坊で」



 そう言って、リーンは左手に握った銃を少女の額に向ける。



「い……、いや……!」



 核である額に銃を突きつけらた少女は咄嗟に逃げようとする動きを見せるが、団長が貫いた剣に縫いとめられているため身動きが取れない。



 ドゥン!



 と。

 【魔の森】に銃声が鳴り響く。



 それが――。

 リーンの、ソードマスター試験が終わりを知らせる、合図の音となった。

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