第4話 一方その頃、グレイブは
一方その頃。
リーンたちを置いて転移石を使ったグレイブとアニーは、なぜかまだ【魔の森】を
「なによこの石……! 不良品じゃない……!」
アニーが怒りに任せて使用済みの転移石を投げ捨てる。
本来、転移石を使う事で【魔の森】を抜けて直近の町の入り口まで転移するはずだったのが、なぜか座標が狂って、森を出る前のところで落とされてしまったのだ。
「まあいいわ……。幸い、森の入り口近くではあるみたいだし。残りは歩いて出ましょ、グレイブ」
「……ああ」
アニーの言葉に、グレイブは冴えない表情で後に続く。
そんなグレイブを見て、アニーはグレイブには聞こえないように「ふん」と小さく鼻を鳴らす。
グレイブは、顔も格好良い方だし、家柄も申し分ない。
しかし、どこか煮え切らないところが、時にアニーを苛立たせることがあった。
まあ、それが逆に御しやすい、という意味でいいように働いたところもある。
そのおかげで今回も「今後のことを考えるなら、リーンよりもっと強い剣士を入れてパーティーを強くすべきでしょう」と提案したアニーの意見を、押し通すことができたのだから。
(とはいえ、ノアまで出ていくとは誤算だったわ。顔だけでいうなら、断然ノアの方がイケてたのよね)
ふと、いなくなってしまったメンバーの顔が頭をよぎる。
絶世の美男と言っても差し支えない顔面の持ち主だったノアは、正直アニーの好みど真ん中だった。
故に――、あわよくばという思いで(その頃既にグレイブとは出来あがっていたのだが)、ノアにアプローチをしてはみたものの、腹立たしいことに全くかけらも相手にされなかった。
――ソッチの趣味か? と。
思わずそう思ったくらいだ。
事実、自分で言うのも何だが、顔も可愛く、出るとこは出て締まるところは締まっている体を持つアニーは、どこに行っても男を落とせないなんてことはなかった。
それでも稀に例外はいるもので。
だから、ノアもそうなのだと思って、渋々諦めていたところに、これだ。
(リーンに興味があった、ですって? あのつるぺたの、愛想も色気もかけらもない女に?)
あのリーンが、一部では『剣聖令嬢』と密かに囁かれていたことは知っていた。
知っていて――、気に入らなかったのだが。
実際に、剣聖の称号を持っているわけではない。
しかしその剣技を目の当たりにした者が、あまりの動作の美しさにそう名付けたのだとかなんとかかんとか。
(――そうは言っても。実際にたいして強くもないんじゃあね)
そう思って、剣聖令嬢がなんぼのもんじゃい、とせせら笑ってきた。
――のだが。
まさかノアが、リーンに着いて行くと言い出すとは思わなかった。
前日に、リーンを除いた3人で話し合いの場をもうけた時には、何も言わなかったのに――!
思い出してきたら、なんだか腹が立ってきた。
グレイブがもういいと言ったから、やむなく引き留めるのを諦めたが、こんなことなら惚れ薬でも仕込んでおいてぶっかけてやるんだったと思う。
そうしたら今頃、グレイブもノアも手球にとって、リーンを一人ぼっちで孤立させてやることができたのに――。
惚れ薬なんて使った事ないから、実際の効果の程までは知りもしないのだが。
苛立ち紛れにチッ、と小さく舌打ちをして、気を紛らわす。
――まあいい。
冷静に考えれば、これはこれでよかったのだ。
なんのかんの言っても、グレイブだってなかなかのハンサムなのだし、なんといっても伯爵令息なのだ。
最優先かつ最終的な目標は、玉の輿に乗って、悠々自適な将来を迎えること。
アニーは、自分たちが魔王を倒すなんていう気は一切なく。
なんだったら魔王と戦うつもりなどさらさらなかった。
グレイブは、このパーティーの目的は魔王を倒すことだ、と言うが。
誰か他の勇者が倒してくれるまで、のらりくらりと冒険者の依頼を受けて、ある程度のところまで名声を高めていけば十分だと思っていた。
自分の命を張ってまで戦うなんて馬鹿馬鹿しすぎる。
せっかく生まれ持った能力は生かすに越したことはないが、それは、命懸けで戦うことではない。
――魔王を倒すには至らなかったが、国の平和に貢献した勇者――。
それがアニーが、この勇者パーティーにおいて目指すべきところなのだった。
そうして、元勇者パーティーという名声と、と貴族の妻という地位を得て、贅沢な暮らしを送る。
完璧だ、完璧すぎる将来設計ではないか。
――と。
しかし実はここに、まだアニーの知らない誤算が一つあった。
それは――。
グレイブの実家であるコリントス伯爵家は、実は破産寸前だという事実。
彼の父のコリントス伯爵が事業に失敗し大損をこきまくっており、それ故に、グレイブは勇者として魔王を倒し、なんとしても多額の報奨金を得てコリントス家を救わなければならないと思っていることだ。
アニーは魔王なんて倒さなくてもいいと思っていたが、グレイブにはなんとしても魔王を倒さなければならない理由があった。
それが、二人のすれ違いの始まり。
「アニー! 来たぞ!」
――敵だ! と、グレイブが将来の妄想に耽っていたアニーに向かって声をかけてくる。
振り返ると、中級の魔物たちがぞろぞろと、アニーたちを狙って追いかけてくるのが見えた。
(――なんだ。これくらいの敵なら、私たちでも楽勝じゃない)
懸念していた魔物との遭遇に一瞬慄いたアニーだったが、迫ってきた魔物の姿を確認したホッと安心した。
これくらいの敵なら、グレイブと二人でも楽勝で倒せる。
なんと言ってもグレイブは勇者なのだ。
むしろ、あの魔物たちには申し訳ないが、先ほどの鬱憤をあいつらで解消させてもらおう――。
それぐらいの気持ちで、魔物たちに立ち向かったアニーだったのだが。
「ちょっと! グレイブ! なんで私を前衛にするのよ! 前に出なさいよ!」
「だっ……駄目だ! 僕は勇者なんだ! 僕に万が一のことがあったら魔王を倒す者がいなくなるじゃないか!」
そもそも、回復役がいなくなってしまった今、下手するとかすり傷でも致命傷になるかもしれないだろう!?
と、グレイブがヘタレ発言をかます。
(はぁ!? 何言ってんのよこいつ!? 勇者が
リーンがいた時はグレイブが前衛で戦わないことに特に違和感を感じていなかったが、二人だけになった今、まさか勇者のグレイブが魔術師の自分より後衛に立とうとするとは思っても見なかった。
「アニー! ひ、ひとまず逃げよう!」
「あっ! ちょっと! 置いてくんじゃないわよ!」
アニーの魔術だけでは一撃で魔物を仕留めきれないと悟ったグレイブが、アニーを置いて一目散に駆け出していく。
結局その日は、二人では魔物を一匹も倒すことができず、アニーの魔術でなんとか魔物を牽制しながら、
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