第5話 新しいパーティーの成立
――ノアの言うことに、心当たりはあった。
確かに、グレイブに神託の言葉を伝えられた時に――、実際にリーンも隣にいた。
『ここに
と。
位置的に、グレイブの方を向いて言っているように見えたこと。
【勇者】というワードから、自然皆がその対象が男だと思ったこと。
後は単に、利権の問題だ。
末端の男爵家から勇者が出るより、子爵家の男子から出た方が体裁がいい――というだけの。
「ほら、心当たりあるって顔してる」
ノアが鋭く指摘してくる。
「……それが、そうだとして。さっき言った辻褄が合うっていうのはどういうことです?」
ノアの中で辻褄があったのだとしても、それを説明してもらえないことにはリーンには何のことだかわからない。
リーンが説明を求めると、ノアは「まあ、感覚的なものだけど」といつもの軽い調子で続けた。
「ひとつは、あの根性の座ってないグレイブが、勇者って器か? って話。もうひとつは――、俺の勇者センサーが、リーンに反応した」
「はあ?」
勇者センサー?
ノアが一体何を言っているのかわからず、リーンは思わず眉間に皺を寄せる。
「だから言ったでしょ。感覚的なものだけどって」
あくまでも、ノアが直感で感じたことを伝えているだけなのだ。
故に、全てを可能性ベースで話をしているのだと。
「それにさ、俺が思うに、多分神殿側は最後まで本物の勇者を明らかにする気はないよ。魔王を倒したものが勇者。それで終わり。だから結局のところ、この議論はあまり意味をなさない」
「じゃあ、ノアがこれからやろうとしている勇者査定も意味がないんじゃ……?」
「俺としても、そう思うんだけどね――」
とノアが続ける。
「国王命令だからね。仕方ない。実際のところ、自分とこの勇者の分が悪いんだったら、どこに恩を売っておくかとか、そういうことを考えたいんじゃないの? だから、いまんとこ俺の中の勇者最有力候補であるリーンをキープしたまま、他の勇者を査定しに行きたい、っていうのが、これまでの話の総括かな――と。あれ? どしたの?」
ノアが、自分の話の途中で頭を抱え出してしまったリーンを見て尋ねた。
ノアの言わんとすることはわかった。
国王の命令で勇者を査定するために探していること。
そして、もしかしたら自分がその勇者に該当するかもしれないこと。
現時点で彼は、その可能性が一番最有力だと思っていること。
(ものすごく、厄介ごとに巻き込まれた気がする――)
そしてそれが、非常に断りにくい内容だということも。
――もし本当に自分が勇者であったなら。
この話を断った時点で、道義に背いてしまうことになりかねない。
そうかもしれない、という仮定を知っている時点でもそうだ。
そして、本当に勇者だと確定したのなら。
再び――、いや、今度は自分が主体となって。
魔王を倒す道程を踏み出すことになる。
――勇者なのかそうでないのか。
一番曖昧な今の状況が、一番判断に困る――。
とリーンは頭を抱えた。
「何を考えているのかは、大体想像できるけど」
頭を抱えるリーンに、ノアが頭上から声をかける。
「だからこそ、俺についてくるのはメリットとして大きいんじゃない?」
「……何がメリットなのかを教えてもらいたいです……」
呻くようにリーンが尋ねる。
「ひとつ。俺と一緒に来て、他の勇者の中でもっと『こいつが本物の勇者だ!』と確信できる人物がいたら、それで収めることができる」
確かに、ノアのいう通り、他に明確に勇者だと思われる人物がいれば、それでリーンはお役御免となる。
「ふたつ。それを確認するまでの間は、直接神託を受けていないリーンは、別に今更勇者として名乗り出る必要もない」
明確に神託を受けているわけではないのだから、あくまでも今の状況は暫定なのだ。
「みっつ。これは交渉だ。俺は、今の報告を、国王を始めとする上層部には報告しない」
つまりは【リーンが神託を受けた勇者かも知れない】ということを報告せず、ただの冒険者としていることを許容する、と。
「え……、いいの? そんなこと」
「いいんじゃない? 俺が言われてるのって、【勇者の査定をしてこい】ってだけで、本物の勇者を見つけてこいって言われてるわけじゃないし」
神託を受けたとされる5人の勇者の報告書を上げるのが仕事なのだから、こちらの推測まで報告する必要はないんじゃない? と。
「それで、あなたになんのメリットがあるんですか」
「言ったでしょ? 好きなんだよ。リーンのことが」
好きな子の役に立ちたいって思うことがそんなに不思議なこと? とノアが続ける。
そう言うノアの表情は、他人の美醜に鈍感なリーンでさえ、どきりとさせる何かを滲ませていた。
「それに、リーンにしたって、結局他の勇者がどうだったかはっきりしないまま生きていくのも後味悪くない? だから、自分の状況を保留にしたまま他の勇者の動向を探ることができるのは、なかなか悪くない案だと思うんだけど」
その間に、他の勇者が魔王を倒してくれれば万々歳だし、とノアが言う。
「確かに……、悪く、ない」
「でしょ?」
ね? ね? とノアが寄ってくる。
「俺は勇者探しをしながらリーンを口説けるし、リーンは冒険者のままで他の勇者の動向を知れる。一石二鳥でしょ」
「口説かれたからと言って
ばっさりと答えるリーンは相変わらずにべもない。
えー、なんでよー、付き合ってよー、とぼやくノアを流して、リーンは結論を出す。
ここに来て二人は、どうやら
決意を浮かべた眼差しで見つめてくるリーンに、ノアは笑う。
「じゃあ、決まりでいい?」
と。
にっこりと、ノアが手を差し出してくる。
その、差し出された手を見て、一瞬リーンは逡巡し。
「わかりました」
そう言って、リーンは差し出されたノアの手をとった。
条件が悪くなかったのもある。
必要に駆られたのもある。
しかし、それとは別に――、リーンもノアに興味を持ったのだ。
ただの賢者というには底知れない、ノアの底に何があるのかを。
それは、どちらかというと他人に対して淡白なことが多いリーンにとっては、珍しいことだった。
「交渉成立、だね」
こうして、女剣士と賢者の、ひと組の冒険者が誕生したのである。
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