第30話 一方その頃、グレイブは
リーン達を追いかけるグレイブとアニーは、アニーの提案で途中立ち寄った村の錬金術師の老人を訪ねた――のだが。
「あぁ? あの婆さんか。残念だったな、最近死んじまってよお」
「は……?」
錬金術師の惚れ薬をあてにしていたアニーは、それを聞いてガックリと肩を落とす。
「でも、その代わりなのかなんなのか知らんが、同じ場所で婆さんの弟子だってやつがやってるみたいだから。運が良ければ会えるかもな」
通りすがりの村人が言うには、その弟子という人物は日によって出かけていていなかったりするので、会えるか会えないのかその時次第なのだそうだ。
「嬢ちゃんみたいな別嬪さんなら、あのババアの薬なんていらんだろうになあ!」と呵呵と笑う村人を後に、やさぐれた気持ちでアニーは教えられた家へと向かった。
「アニー、落ち込まなくてもいい。リーンなら、そんな薬を使わなくても僕らの頼みは聞いてくれるさ」
と。
アニーの口車に乗せられてここまでついて来たグレイブが、アニーを優しく励ます。
(そういうことじゃないってのに……! あの薬は、あんたの幼馴染じゃなくて、ノアに使うつもりだったのよ……!)
途中、この村に立ち寄る言い訳として、グレイブには『万が一リーンがいうことを聞かなかった時のために』という理由で惚れ薬の話をしていたのだった。
基本的にアニーの言葉に対しては盲目的に信じるグレイブは、その理由に深く納得をして素直についてきてはくれたのだが。
それでも、ダメ元でその弟子のところを訪れてみようと言ったアニーの言葉に、二人は村人に示された場所を目指して歩いたのだった。
■■
「なるほど。惚れ薬をご所望ということですね。わかりました」
結果。
運良く弟子が在宅しているタイミングで訪れることができた二人は、無事望んでいたものを手に入れることができたわけで。
「えっ、あっ、はい!」
まさか、こんなにあっさりうまくいくと思わなかったアニーは、驚きながらも何度もこくこくと首肯する。
「ただ……、あなたはどうやら、それとは別のものを所望しているようですが……」
見目麗しい、男か女かも判別のし難い、中性的な容姿の弟子が、グレイブに向かってそう語りかける。
「え……。ぼ、僕が?」
「はい。私の目には、あなたはまた別のものを求めているように見えます」
弟子の言葉に戸惑うグレイブに、見透かすように強く言葉を重ねてくる。
グレイブは――、その答えを言い淀むようにしばし口を結び押し黙っていたが、やがて観念したようにその重い口をゆっくりと開いた。
「僕は……、もっと強くなりたい」
「なるほど……、強く、ですか」
「ああ」
弟子の言葉に、グレイブは信念を持って答える。
「僕は、この世界も、愛する人も守れるよう、もっと強くなりたいんだ」
言いながらグレイブは、隣に座るアニーの手をぎゅっと握る。
グレイブは、この数ヶ月間に及ぶ勇者としての旅の中で、自分の至らなさを強く痛感していた。
リーンに甘え、ヨーゼフに罵倒され。
必要なものは、自分の弱さを克服することだと強く痛感していたのだった。
「なるほど……、畏まりました。では、お嬢様には惚れ薬を、あなた様には強くなるという希望を叶えるということで、よろしいでしょうか?」
「え……、そんなふたつも、いいのか……?」
「ええ」
思っても見ない展開に驚く二人に対し、弟子は大したことではないとでも言うように肯定する。
「あの、でもあたしたち、そんなにお金がなくて……」
「構いませんよ。私が求めるのはお金ではありませんから」
困惑しながら答えるアニーに、弟子がにこやかにそう答える。
「お金じゃない……、なら、なにを求められるんですか?」
「そうですね……。私が皆さんに求めているのは、私が頼んだ時に私の力になってもらうことですね」
お金には困っていないので、対価は求めていないのです、という弟子に対して、グレイブもアニーもほっと安堵する。
二人とも、金銭的に無理な金額を提示されたらどうしようと思っていたので、その弟子の言う提案は、まさに渡りに船という条件だったのだ。
「異論がなければ、すぐにでも。契約さえ交わせば、お渡しするのは時間はかかりませんからね」
そんな言葉に、グレイブとアニーは一も二もなく承諾した。
「ではこれが、惚れ薬――薬ではないですが。【忘却の矢】です。これで射抜かれたものは、過去の恋愛を忘れ、射抜いた者に想いを寄せるようになります」
そう言って弟子は、アニーにその惚れ薬ならぬ惚れ矢を手渡す。
「あなたには、これです。この
グレイブには、どこからともなく取り出した剣を恭しく手渡した。
「ただ手渡されただけでしたら信用ならないでしょうから。一度外にでてお試ししてきても構いませんよ」
そう言われて、顔を見合わせたグレイブとアニーは、言われた通り一旦外に出、その効果のほどを確かめに行ったのだが――。
「こんなに的面に強くなることなんてあるのか!?」
「ありがとうございます! 契約します!」
数刻後には、その効果を存分に味わった二人が、弟子の元に戻ってきたのだった。
こうして、二人はめでたく、求めたものを得て再び旅立ったわけなのだが――。
「――ちょろい」
残された室内で、弟子と名乗った存在が一人つぶやく。
「本当、人間ってちょろいよねえ。欲に弱いし」
だからこそ僕が、こうやって享受できてるわけなんだけどね――。
と。ほくそ笑む。
ほくそ笑んだ少女か少年かもわからぬ人外の存在の前で。
二人が記載した契約書が、ゆらりと風に踊った。
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