第17話 一方その頃、グレイブは

「おい、俺、このパーティー抜けるわ」

「はっ?」

「あの、すみませんが私も……」



 宿屋の借金を返すために王都へ向かおうと村を出た途端、戦士のヨーゼフと僧侶の――なんだったか、影が薄くて名前を覚えていないが――二人が、突然グレイブに向かってそんなことを言い出してきた。



「何言ってるんだ二人とも? これから、アニーのために王城へ行くって話したじゃないか」

「あぁ? ……あのな、もうウンザリなんだよ。こんなクソみたいなパーティーにいるのも、お前の勇者ごっこに付き合うのも」

「勇者ごっこ……? 何言ってるんだ。僕は正真正銘の勇者だぞ」



 ごっこではなく本物の勇者だ、とヨーゼフの真意を汲み取れないグレイブは、愚かにもヨーゼフに向かって真っ直ぐに反論する。



「あのなあ……! そういう、お前の『自分が勇者だ』ってのを振りかざすところが気に食わねえんだよ……! 勇者らしいことなんて全くできねえ半端モンのくせによ!」



 実際に戦いに出ても、後衛で偉そうにふんぞり返ることしかできないし、前衛に出ても及び腰になって全く役に立たない。

 ようやく少しは様になってきたかと思えば、ちょっと強そうな敵が出てくるとまたすぐ及び腰になる。



「俺ぁ勇者様のお守り役じゃねえんだわ! そんなん、もっと別の面倒見のいいやつにでもやってもらってくれ」

「ま、待て! 勇者パーティーだぞ? 君が抜けようとしているのは! そんな栄誉、そうそう得られるものではないと思わないか?」



 じゃあな、と言って去ろうとするヨーゼフを、グレイブは慌てて引き止める。



「はぁ? ……確かに、最初は勇者パーティーなんて珍しいもんに入れるのは面白えなって思ったけどよ。お前、自分が見えてねえのか? その有様で魔王倒すなんて、どの口が言うんだって感じだしよ。宿屋の支払いもできねえ勇者様なんてちゃんちゃらお笑い種だぜ」



 言っとくけどお前、C級パーティ以下だからな――。

 そう言い残して、ヨーゼフは去っていった。

 そして、結局最後まで影の薄かった僧侶も「じゃああの、私もこれで……」と言って、ヨーゼフの後を追うように駆けて行った。



 そうして一人、村の入り口にぽつんと取り残されたグレイブは呆然とする。



(ど……、どうしろって言うんだ……)



 仲間もいない状態で、一人で王都まで行けと?

 いや、そもそもここから王都まで歩いていくと4日はかかる。

 その途中、【魔の森】を横切るため、魔の森から抜け出てきた魔物と遭遇する可能性もある。

 一人で魔物と戦って、大怪我でも負って、のたれ死んだら――。

 考えるだけで、腰がすくんでしまう。

 できれば、乗合馬車を使ってでもいいから、馬車に乗って王都まで行きたかった。

 しかし実際のところ、そんな持ち合わせはグレイブにはない。



(宿まで戻って、アニーから乗合馬車に乗る金を借りるか? しかし……)



 そんなことをすると、また一悶着起こりそうな気がして、正直気が進まなかった。

 そこに、天の助けか、たまたま折よく荷馬車が通りかかる音が聞こえてきた。



「す……、すまない! 止まってくれ!」

「うぉっ! あぶねえなあ兄ちゃん! 飛び出してくんじゃねえよ!」



 御者台に座った商人らしき男が、荷馬車の前に飛び出してきたグレイブに向かって怒声を上げる。



「申し訳ない……。だが、できればその馬車に、乗せてもらえないだろうか」



 ここで断られたら、また別の馬車を待つか歩いていくしかない。

 できれば、グレイブはここでなんとしてでも乗合させてもらえると了承を得たかった。



「あぁん? 兄ちゃん、金はあんのか?」

「金は、ない。だが、僕は勇者だ。僕が魔王を倒した暁には、君は勇者を乗せた男として周りに自慢ができるぞ」



 あれだけヨーゼフに勇者を笠に着るなと言われたにも関わらず、グレイブは全く懲りていないのだった。

「勇者ねえ……」と考え込む商人の男に、祈るような気持ちで目線を送る。



「じゃあ、その剣を寄越してくれるなら乗せてってやってもいいぜ」



 剣なら、万が一グレイブが言っていることが嘘だったとしても、売ればそれなりに金になる。

 そう踏んで、商人はグレイブに交渉を持ちかける。



(くそ……! こんなことなら、横着して移動せずに転移石を温存しておけばよかった)



 剣は剣士の命だ。

 それくらい、グレイブにだって流石に身に染みてわかっている。

 転移石を残していれば、ここで剣を差し出す交渉をしなくても、代わりに差し出せるだけの対価として見あったし、なんなら王都まで転移できた。



 残っていないのは――、また依頼を受けて稼げばすぐ買えると思って、ちょっと依頼をクリアしてはすぐ街に戻るために使っていたからだ。



「どうする? 兄ちゃん。こっちものんびりできる道のりじゃねえんだ。早く決めてもらわないと」



 悩むグレイブに、商人の男は答えを急かしてくる。

 グレイブは一瞬逡巡し――、結局のところ、移動することを選んだ。



「わかった。ただし、この剣は質草としていったん預ける形にさせてほしい。期日までに金を払ったら、また返してもらいたい」

「交渉成立だな。それで行こう」



 そう言って男は、グレイブが差し出した剣を受け取り、後ろに乗るようにグレイブを促した。



(大丈夫。問題ないはずだ。王都で金を借りられれば)



 荷馬車の後ろに腰掛けたグレイブは、そうやって己の心に言い聞かせる。

 金もなく、仲間も失い、いまや剣士の命とさえ言える剣さえも失おうとしている。

 しかし、自分は天から選ばれた勇者なのだ。

 これはきっと、一時的な試練に違いない。



 そう信じて。

 グレイブは、荷馬車に揺られるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る