第18話 新婚旅行、では無く新しい旅立ち
ソードマスターの試験を無事終えて。
王城の正門前で、リーンとノアは団長をはじめとする王国騎士団たちに見送られながら、勇者探しの旅へと旅立とうとしていた。
「第三王子殿下! 王子妃殿下! 新婚旅行、お気をつけて行ってらっしゃいませー!」
「お二人とも、無事に帰ってきてくださいねえ!」
「違います! 王子妃じゃないし、新婚旅行でもない!」
そもそも、結婚自体していない!
幌馬車に乗ったリーンは、門前で手を振りながら見送ってくれる騎士団員たち叫び返しながら、何でこんなことになってるんだ――! と隣に座るノアを睨みつける。
「まあまあ、彼らなりのエールってことで」
「エール云々でなく、どうして結婚したことになっているのかって話だ!」
一緒に勇者を探す旅をすることには承諾したが、結婚の話なんて聞いてない!
「言ったじゃないか。大っぴらに勇者探しで勇者査定しようとしてるなんて言えないって」
「だからってしてもいない結婚を詐称する必要もないでしょうに!」
王子妃なんてたいそうな肩書き、心臓に悪いからやめてほしい――!
城を出た早々に、こんなに頭を抱える事案が発生するとは思ってもいなかった。
がたごとと幌馬車に揺られながら、リーンはがっくりと項垂れる。
「詐称はしてないよ。こっちは特に何も言ってないんだから。彼らが勝手に夢を抱いてそう言ってきてるだけでしょ」
昔から、騎士団の奴らには何故か慕われているんだよね――、と、ノアがつぶやく。
「はあ……。これ以上、何を言っても無駄な気がするからもういい」
文句を言っても一向に堪える様子のないノアに、リーンはこれ以上言い募るのを諦め、がっくりと項垂れる。
「そうだよ。周囲の思い込みがいずれ現実になることだってあるんだから。黙って受け入れて――、いて」
「距離が近い。それに、これ以上無駄口を聞きたくないからこの話はもう終わり」
そう言って、どさくさに紛れてリーンに身を寄せてこようとするノアを肘で押し返しながら、リーンがぴしゃりと言い放つ。
「それよりも、これからの話なのだけど」
と、リーンは話を切り替える。
無事、ソードマスターのクラスを得たリーンは、ノアと共に次の勇者を探すべく早速城を出立することにした。
しかし、次の勇者の情報をリーンは全く聞かされておらず。
「どうせ、道中することもないし時間はたっぷりあるんだから。道すがら説明するよ」と言われ今に至るのだった。
「ああ、そうそう。リーン、ソードマスターの資格証はちゃんと持ってるよね」
「うん。ディグレイス団長に、無くさないよう首から下げておくのがいいと言われてそうしている」
と、ノアに尋ねられたリーンは、首元から服の間に忍ばせていたソードマスターのクラス資格証をちゃり、と音を立てて取り出す。
プレート状の金属に刻まれた文字には、『キルキス王国騎士団認証ソードマスター、リーン・セルヴィニア』と記載されていた。
「まずこれで、隣国のマルベイユの王都に行って、勇者の情報を仕入れよう」
「……一応、名前とか、そう言った基本情報についてはノアも押さえてるんでしょう?」
「まあね。でも、闇雲に探すより、動向を探って追った方が効率がいいだろう?」
狭くはない国内をあてもなく探すよりも、まずは情報収集してからの方が効率がいいということだ。
それについてはリーンも異論はなかったので、大人しく「そうね」とうなづいた。
「でも、勇者の動向を追うなら冒険者ギルドで聞いたほうがいいんじゃないの?」
少なくとも、冒険者ギルドでなんらかの依頼は受けているはずだ。
その履歴を探って動向を追ったほうが効率が良いのではないかとリーンは思ったのだが。
「冒険者ギルドだって、誰彼構わず他人の情報を外部に流したりしないよ。だから、ソレがいるの」
そう言って、ノアはリーンのソードマスタークラス証を指差す。
「これ?」
「そう。マルベイユの王城で、冒険者ギルドの情報提供依頼書を取得して、それでギルドに行く」
なるほど、とノアの説明にリーンは納得する。
国が発行した情報提供依頼書であれば、ギルドも情報提供を否とは言わないだろう。
リーンは、あらためてノアの手際の良さを認めざるを得ないのだった。
「あれ? ねえ。いま見直した? 俺のこと」
そう言って、隣に座っていたノアがまた、じりじりとリーンににじり寄ってくる。
「だから、近いって言ってる」
と、ぐいっと近づいてきたノアを押し返すと、ノアは存外素直に引き下がったので。
それでまた――、思い出してしまった。
先日の、リーンの怪我の治療をすると言って力づくで実行したノアとの、あの夜のことを。
(あの時は、今よりももっと本気で押し返しても、全然ノアの力に敵わなかった)
嫌だ、と必死で抗っても、全く抵抗できなかったあの夜のことを思い出し。
頬に熱が集まるのを自覚して、リーンはノアから見えないよう顔を背けた。
どうしてだろう。
顔を背け、相手から意識を逸らそうとしているのに――、そうしようとすればするほど、傍にいる相手の存在を感じてしまう。
いつも、煩いくらいに叩いてくる軽口も、今日はなぜかおさまったままで。
それが逆に――、なぜか居心地が悪かった。
リーンから何か話しかければよさそうなものだが、こうなってしまうともう、何を話せば良いのかもわからなくなり。
リーンは諦めて、胸の奥に疼き出した何かに気づかないふりをしながら、流れゆく景色をただ見送る作業に没頭した。
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