第19話 お二人一部屋、ツインベッド
キルキスの王都からマルベイユの国境まで、幌馬車を使っても移動に大体3日かかる。
つまりは、途中で何泊か宿泊が必要となって来るわけで――。
「では、お二人一部屋、ツインベッドのお部屋で承りますね」
と。
宿屋の主人の言葉に、苦虫を噛み潰したような顔で頷くリーンと、これ以上ないくらいのニコニコとした笑顔で鍵を受け取るノア。
日が暮れる前にたどり着いた街で宿泊することに決めた二人は、いざ今夜泊まるための宿を取ろうという話になったのだが。
そこで話に上がったのは、二人で何部屋取るか、という話だった。
そして、ノア曰く。
「国王からの命令で行っていることだから、もちろん宿代等々かかる経費はこっちで持つ。ただ、それだって潤沢に資金を使えるわけじゃないから、節約できるところは抑えていくつもりだ」
と。
確かに、以前リーンがグレイブたちとパーティーを組んでいた時には、大体どこに行っても一人一部屋で宿泊していたのだが、正直リーンはそれは無駄遣いだと思っていた。
ノアのいう通り、冒険者をやるには何かとお金もかかるし、観光旅行ではないのだから宿泊費などはできるだけ節約すべきだという意見にはリーンも素直に賛同する。
のだが。
(なんだか、うまいこと丸め込まれたような気がしてならないのは、私の邪推なんだろうか……)
ノアの言っていることに異論はないと思っていたはずなのに、なんだか嬉々としてツインベッドルームを手配し、ニコニコと鍵を受け取る様子のノアを見て、リーンは釈然としない思いを抱く。
「ほら、リーン。荷物を取りに行こう」
ノアに促されて、リーンは幌馬車に置いていた荷物を取りに行くべく宿屋の前に向けて足を運ぶ。
城を出る時に用意してもらった幌馬車は、国境まで送ってくれる手筈になっている。
今みたいに途中街に寄って宿泊する際には、馬車は専用の停泊所に止めて、翌日また迎えに来てくれるのだそうだ。
リーンは馬車から荷物を引き上げ、案内された部屋に置いた。
「ベッドはどっち使う?」
「……どっちでも」
ノアの問いかけに、リーンはそっけなく答える。
――大丈夫。
これは今日始まったことだからなんだか妙に緊張しているだけで、数日もすればきっと慣れる。
そう、そうなのだ。
だってこれから、ずっとこうやって旅を続けていくのだから、いやでもそのうち慣れるはずだ
これは今後日常になっていくのだと、心の中で自分にそう語りかけ。
変に意識する必要はないのだと、必要な物だけ荷物から取り出しながら、リーンは自分に言い聞かせる。
「リーン」
「な、なに?」
平常心でいようと思ったのに、思わず声がうわずってしまう。
声をかけられて振り向くと、すぐ後ろにノアがこちらを見下ろすように立っていた。
「ねえ。何を意識してるの?」
そう言って、どこか色気のある笑みを浮かべて目を細めながら、ノアが指先でリーンの顎先から頬を弄んでくる。
「別に……、何も意識なんか……」
「そう?」
リーンも背の低い方ではないが、さらに背の高いノアと並び立つと、まっすぐ立っても目線がようやっとノアの顎先に届くくらいだ。
先ほどから、顎先から頬を執拗に弄ばれて、リーンは真っ直ぐノアを見上げることができなかった。
迫り寄ってくるノアの胸元が眼前に迫ってきて、途端、なんだかよくわからないいい匂いが鼻先を掠める。
「ねえ」
「ゆっ、湯を浴びてくる!」
そう言ってリーンは、ぐい、とノアの両腕を押して物理的に距離を取る。
自分でも、なんでこんなに緊張しているのかよくわからないが、とりあえずゆっくり湯船に浸かって疲れを癒したら、少しは解消するのではないかと思ったのだ。
しかもその理由ならば、一時的にノアから離れる理由としても無理がない。
「あ、そ。じゃ、戻ってくるまでに寝具でも温めておいてあげようか」
ばさり! と風呂に行こうとしていたリーンが、思わずノアに向かってタオルを投げつける。
「煩い! バカ! 変態!」
顔を真っ赤にしたリーンが、そう言い捨ててバタンとドアを閉め、のしのしとドアの向こうからも聞こえるように足音を立てて浴場へと向かっていった。
残されたノアは、リーンから頭に投げつけられたタオルを手で払い落とすと「……かーわいー」と一人悪い笑みを浮かべながら呟いた。
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