第20話 偶然の再会
リーンが浴場にたどり着くと、入り口の前で見たことのある女が清掃していた。
「えっ、アニー?」
グレイブと二人で勇者パーティーを組んで旅しているはずのアニーが、なぜか宿屋で下働きのような格好で働いている。
「は……? リーン……?」
お互い、想定外の相手がいることに戸惑い、しばし沈黙する。
「え? なんでここに……? グレイブもいるの?」
疑問に思ったリーンが、そのまま思ったことを口に出すと、アニーは震えながらリーンに向かって大声で怒鳴り出す。
「煩いわね! 全部あんたのせいよ!」
あんたが抜けてから、全部何もかも上手くいかなくなったんじゃない!
とアニーが喚き立てる。
「え……?」
「あんた……、なんかあたしたちに呪いでもかけてんじゃないの……!?」
ゆら、と揺れるようにアニーが一歩前に踏み出すと、そのままリーンに向かって突撃するように駆け出してくる。
「ちょっ……、アニー、どう言う」
「あんたを私の代わりにこの宿に差し出して、ここの宿の借金を肩代わりしてもらうのよ!」
あんたの許嫁のグレイブが作った借金なんだから、責任とってやりなさいよ! とアニーがリーンに襲いかかってくる。
「は……? 借金……?」
格闘技の心得もないアニーの無茶苦茶な攻撃を軽くかわしながら、リーンがアニーの言葉の審議を問いただそうと言葉を繰り返す。
「ちょこまかとっ……! 逃げてないで……! 大人しく捕まりなさいよ!」
「待ってアニー、話を……!」
「何やってんの?」
そこに、つい先ほどまで一緒にいた(というかむしろ逃げてきた)男性の声が背後から聞こえてきた。
「ノア!」
アニーは振り返りその声の主の姿を認めると、急にころりと態度を変えて、弱々しげによろめきながらノアへと擦り寄る。
「ノア……! 酷いの、リーンが突然襲ってきて……」
「いや、どう見たって襲ってたのはそっちだろ。てか、お前誰?」
すり寄ってきたアニーをさらりと躱し、ゴミでも見るような表情でノアが言い捨てる。
「え……?」
冗談よね? と言いたげな顔でノアを見つめるアニーだったが、ノアはそんなアニーを素通りして、リーンに向かって「大丈夫? 怪我は?」とベタベタと纏わりつく。
「け、怪我なんてない……! それよりノア、アニーを本当に覚えてないの?」
下手にノアに向かってけがしたなんて言ったら、またアレが始まってしまう……! と焦ったリーンは、いの一番に否定する。
それと同時に、ノアがアニーを覚えていないと言ったことを不審に思い、そのまま彼に向かって尋ねた。
「うーん俺、基本的にリーン以外に興味ないから」
興味ないことって覚えてないんだよね、と悪びれずにさらりと返される。
それはつまり。
アニーのことは興味がないと言い切ったも同然で。
(私、こんなに男にコケにされたの、初めてなんだけど……!)
怒りで震えるアニーに、しかしノアはそんなことも意に介せず、騒ぎを聞きつけてやってきた他の従業員に声をかける。
「ちょっと、ここの主人呼んでくれる?」
「な……!」
まずい、とアニーは焦った。
借金の担保――言い換えると、人質として置いて行かれたアニーは「金がないならただで置いておくわけにもいかないし、せめて寝食代分だけでも働いてもらわないと」と宿屋の主人に言われて、ここでこうして働かされていたのだ。
それが、客に迷惑をかけたとばれたら……。
ヘタすると、それこそ娼館送りにされるということもあり得るかもしれない、と肝を冷やす。
「お客さん、どうされました?」
ほどなくして、従業員に呼び出されてきた主人が、慌てた様子でノアに声をかける。
「あのさ、お宅の従業員が、うちの大事な連れに襲い掛かろうとしてたんだけど」
「はっ?」
ばっ! と、ノアの言葉を受けた店主が、リーンを見て、アニーに目を向ける。
寄りにもよってお前か、という目で店主がこちらを見たのを、アニーは見逃さなかった。
「あのっ、違うんですぅ! この人たちは、私の前からの知り合いで……」
「言いがかりをつけてパーティーから追放だって言ってきたやつを知り合いだとまだ言えるのならそうかもね」
しなを作って、なんとか宿屋の主人の追求を誤魔化そうとしたアニーだったが、ノアのすげない解答に秒で寸断される。
「あの……、借金って、どういうことなんです? 彼女の仲間は……」
「ああ、この子の仲間はね。借金の金を工面してくるって言って、この子を担保に置いて出ていったよ」
二日位前のことだったかねえ、という主人に、リーンが更に問いを重ねる。
「借金というのは、いくらぐらいですか?」
「18万ジルだね。宿泊費と、飲食代と、その他もろもろ」
18万ジル。
正直、リーンの貯金から出せば、払えない額ではなかった。
――が。
「止めなよリーン。何考えてるかわかるけど、そんなことしてどうなるのさ」
リーンが何かを口に出す前に、ノアが呆れ顔でリーンを止めてくる。
「でも……」
「考えてもみなよ。婚約者を寝取って、これまで尽くしてきたリーンを【魔の森】に置き去りにしようとした奴らだよ? 野垂れ死こそすれ、救ってやる義理はないと思うね」
逡巡するリーンに、ノアは冷たく言い放つ。
(何よ……! ちょっと顔がいいからって……!)
一体自分がノアに何をしたというのだ、とアニーは憎々しく思う。
実際、ノアがパーティーにいたときは色々と甲斐甲斐しく面倒を見たり世話を焼いたりしていたはずだ。
なぜなら好みドストライクのイケメン美男子だったからだ。
それなのに――!
自分がここまでの仕打ちを受ける理由がわからなかった。
「あ……、あの、すみません殿下」
と、そこに。
それまでその場にいなかった、別の闖入者の声が割り込んできた。
それは、ここまで幌馬車を走らせてくれた王城の御者だった。
「……殿下?」
御者の言葉に、その場にいた全員が「ん?」という顔をする。
「あっ……」
その言葉に、しまったという反応を見せた御者の様子を見て、その場に居合わせた全員が瞬間、何かを察した。
つまり、殿下と呼ばれた存在――ノアが、殿下と呼ばれるような立ち位置にいる存在だということをだ。
「あの、馬車を片付けていたら、お忘れ物を見つけたので……」
「ああ、わざわざ悪い。ありがとう」
「あ、あの……」
「大丈夫だ。もう戻っていい」
そう言ってノアがにこりと微笑むと、御者はぺこぺこと申し訳なさそうに頭を下げながら去っていった。
「殿下?」
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