第22話 一方その頃、グレイブは
荷馬車に揺られて二日。
ようやくキルキス王国の王都にたどり着いたグレイブは、王城を目指して歩いていた。
腰に
ここまで載せてくれた荷馬車の持ち主に、運賃を払えない代わりの質草として預けてきたからだ。
グレイブが王都に来るのはこれで二度目。
一度目はリーンと。
勇者だと神託を受けて、国王の御前に挨拶に来た時だ。
あの時の意気揚々としていた自分を思い出し、今の自分の有り様と比べて、グレイブは暗い気持ちになる。
前回王都を訪れ、王城へと続くこの街道を歩いた時は。
周りのみんながグレイブに注目しているのだと思ったものだ。
神託を受け、魔王から世界を救う勇者を、みんなが期待の眼差しで見つめていると。
しかし今のグレイブは、仲間もおらずたった一人で、剣さえも持たず、ただの一般人と何も変わらなかった。
それでもグレイブ自身は、自分には勇者として活動し努力してきた実績があると、それは身の内から外へとちゃんと溢れ出ているはずだと、信じて疑わなかった。
■■
「はぁ? 勇者?」
王城の門前に辿り着いたグレイブが門番に取り次ぎを願い出ると、門番にものすごく不審な顔をされた。
そのうえ、上から下まで値踏みをされるようにジロリと見定められる。
「それ、証明できるもんはあるのか?」
門番に言われて、グレイブは懐から冒険者証を出す。
「ここに『キルキス王国認定勇者』と」
そう言って、門番に差し出した冒険者証の記載された部分を示してみせる。
「……」
差し出された門番は、それを手に取りまじまじと見「これを、少し預かってもいいか?」と尋ねてきた。
その言葉にグレイブは、少し逡巡して「わかった」と答える。
正直、金も無く、仲間も失い、剣も質草にと預け、この上冒険者証まで奪われてしまったらどうしようという不安がよぎったが、ここで信頼を得ることができなければ何もかも取り戻すことができなくなるのは明白だった。
喉元まで
待っている間も、通りがかる人々にじろじろと見られる目線が居心地悪く、惨めさが募るばかりだった。
「おい。入っていいぞ」
どれくらい待たされただろう。
地面に腰をついて
グレイブは、やっとか、と思いながら腰を上げ、尻についた砂埃をはたく。
門番に通され案内された先の部屋には、以前国王に挨拶をしにきた際に主にグレイブたちの案内を請け負ってくれた人物がいた。
この国の副宰相補佐で、主に勇者関係の用事を聞き受けるマイヤーという男だ。
「ああ、勇者殿。お久しぶりです」
実直そうな見た目のマイヤーは、まずは友好的な態度でグレイブを迎え入れる。
「それで――、今日はどのようなご用件ですか? 見たところお一人でいらしたようですが」
早々に本題に入ってくれたのはありがたかったが、だからこそ、金の無心に来たなどと正直に言うのが恥ずかしくなった。
結局のところ、言わなければならないことには変わりないのだが。
「その、資金援助をお願いしたくてきました」
「え、資金援助ですか? 前回いらした時にお渡しした額では足りなかったと言うことでしょうか?」
「……そうです」
そう。
マイヤーの言う通り、前回最初に国王に挨拶に来た時点で、幾らかの援助金はもらっていた。
それも、普通の一般庶民なら一年間は働かなくても賄える金額をもらっていたのだが、もはやグレイブとアニーの散財によってすっからかんになってしまっていたのだった。
「それで、いくらほどご入用なのでしょう」
「……40万ジルほど」
本当は、宿に払う金と移動の馬車代を含めても20万ギルあれば十分だったのだが、また同じようなことが起こってはと心配になったグレイブは念のためにとすこし水増しした金額をマイヤーに伝えた。
ちなみに余談になるが、このマイヤー副宰相補佐はすでにノアからの報告を聞いており、グレイブの勇者としての資質が非常に疑わしい、という事実を知り及んでいた。
故に、ここにグレイブが訪れたと聞いた時から彼の言動には警戒心を抱いていたし、そもそも実直なマイヤーは裏も取らずに金を与える、という行為をしないたちだった。
「せっかくなのですが勇者様。我々にも予算というものがありまして、無限に勇者様に資金提供をして差し上げるわけにはいかないのですね。ですので、今回その40万ジルを必要とされる理由、用途などをお聞かせいただきたいのですが」
そう問われてグレイブは、やむなく正直に事実を語り出す。
とは言っても、その大半は自分の都合のいいように曲解した内容ではあったが。
つまりは――、パーティーの仲間に恵まれずメンバーの入れ替えをおこなった結果、冒険者ギルドの依頼を達成するのが困難になり、ギルドから受ける依頼のランクを落として活動を続けた末に、宿代の支払いが足りなくなってしまったということ。
そうして今、宿代を工面するまでの間、仲間の一人を人質として差し出していると。
「なるほど……。それは困りましたね」
グレイブの言葉に、マイヤーは同情的に答える。
「わかりました。今回は必要額をお貸しする、という形で対応します」
「えっ、援助ではないんですか?」
マイヤーの態度から、てっきり援助をしてもらえると思い込んでいたグレイブは、思わず声を上げる。
「申し訳ありませんが、こちらでもあなた方勇者パーティーの活動というのは随時確認しておりまして。その上で、現在の実績では必要最低額をお貸しするのが現実的と言ったところでですね……」
「でっ……、でも、勇者パーティーなんですよ!? 僕らがいないと、世界が……」
「でも別に、勇者はあなたの他にもいますし」
「は……?」
「勝ち目のない勇者に投資するほど我々も余裕があるわけではないので……。以前のAランクの仕事ができていたあなた方だったらまだしも、今のCランクでもやっとかっとな状況では、お助けするのも難しいですね」
今回の金額をお貸しするのも、だいぶ融通している方なんですよ? とマイヤーが申し訳なさそうに笑う。
「それも、現金をお渡しするとまたどこかで不当に使われる可能性もなきにしもあらずですので。今回は私が宿屋まで同行して、その場でお支払いさせていただきます」
「あ、あの……」
マイヤーの言葉にグレイブが、しどろもどろになりながら足りないのは宿代だけではないのだということも説明する。
ここまでくるための運賃と、そのために剣を質に預けているということ。
それを聞いたマイヤーは、呆れた顔で大きくため息をついたが「いいでしょう、今回はそれも含めて立て替えましょう」と請け負った。
そうして、マイヤーに付き添われながら元の宿屋まで戻る道程は居心地が悪くて仕方がなかった。
しかしまだ、グレイブは知らない。
こんなことはまだ転落の始まりでしかないということを。
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