番外編 お嬢さんは貰いました

 これは、リーンが再びノアと旅を初めて、最初に訪れた訪問先での話だ。


 

「師匠、ただいま戻りました」

「……リーン」



 剣聖ヒルデガルドは、久しぶりに自らの住処に訪れた愛弟子を迎え入れ、その姿に目を綻ばせた――その直後。


 

 その背後から現れた、一人の男の姿を目にとめた。

 


「……!? お前は……!」

 

 

 ――瞬間。

 ぶわり、と。

 一瞬で、ヒルデガルドの殺気があたりを満たす。



「し、師匠。違う、ちょっと待って」

「リーン。その男から離れろ……!」

 


 言いながら、リーンを自分の方へ引き寄せようと腕を引っ張ったヒルデガルドだったが、対する男がリーンの肩を押さえたことにより、あいにくそれは叶えられず。



「なんだ。挨拶に来たってのに、物騒だなあ」



 にこにこ、にこにこと。

 目の前の剣聖の殺気にまったく怯む様子もなく、男は鷹揚に構えたまま。



「貴様……!」

「違う、師匠本当に違うから」



 頼むから話を聞いて、と。

 必死にこちらを説得しようとしてくる弟子の様子に、興奮冷めやらぬヒルデガルドは気持ちを落ち着けるべく目元を抑えて大きく息をついた。


 

 そんなヒルデガルドに対して「どうやら誤解があるようだから先に本題を言っておいた良さそうだな」と、相変わらず食えない微笑みをたたえた男が、相手の様子に構わずに言葉を続けた。



「事後報告になって申し訳ないが。今日は、お嬢さんを頂いた報告をしに来ました」



 ――その場に、男以外がその言葉の意味を理解できていないと言う、しばしの沈黙が流れ。



「はぁ!?!?!?」



 数秒の後、剣聖の怒号が、そこらじゅうに響き渡ったのだった――。





 ■■





「――つまり、私があの時、ノアを人間に変えてしまったから……」

「だからと言って、そこから結婚話になるのが全く理解できないのだが?」



 これまでの経緯を一通り説明したリーンに対して、ヒルデガルドが絶対零度の空気を周囲に放ちながらそう切り返す。



「……まだ結婚はしてない」

「そう遠くない未来にする予定だけどな」

「ノア……!」



 せっかくヒルデガルドを説得しようとしているリーンに、ノアが余計な茶々を入れてくる。



「リーンいいか? どう見たってこの男はロクデナシのクズだぞ? そんなに深く考えなくても、お前の将来の先行きが良くないのは目に見えている」

「……それはわかってるけど」

「……ん?」



 師弟の会話の間にひとり、笑顔で疑問を呈する男を無視して、二人は会話を続ける。



「しかも元魔王だ……! そんな輩が、人間に存在を変えただけで、性根が変わると思うか?」

「確かに、私もそう思ってるけど」

「んん?」



 先ほどよりも強い口調で合いの手を入れる男だったが、依然として師弟は男を無視する姿勢を変えないらしい。



「でも、放っておけないの。ノアも……、残された魔族たちも」

「リーン……」



 自分のせいで、魔族たちは長となる存在を失ってしまったわけだし。

 ノア自身も、長大に持っていた寿命を自分のせいで限られたものにしてしまった、と。

 リーンが、自分が責任に感じているということをヒルデガルドに伝える。

 


「お前が心配しなくても、この男は魔王だった時から自分の眷属に対する責任感なんて皆無だったし、こんな男に長すぎる寿命なんて勿体なさすぎるからあと数十年程度になってちょうどいいくらいだと思うぞ」



 なんならこの男自身それを楽しんでいるだろうに、とヒルデガルドが言う。

 対する男が「えー、ひどーい」と抗議の声を上げるが、またも二人に無視されて。



「昔から男運が悪すぎると思っていたが、これは極め付けだな……」



 そう言ってヒルデガルドが、両手で顔を覆ってどうしたものかと嘆く。



「で、でも。ノアにもいいところはあるから」

「たとえば?」

「……」



 勢いで言い出したリーンだったが、いざ追求されると明確な『いいところ』と言えるところが一向に出てこず。



「ほら! ないじゃないか!」

「や、ちょっと待って!」



 ある! あるはずだから!

 あるから私もノアを好きになった……はずだよねえ!?

 咄嗟に何も出てこないことにあわあわと焦るリーンに向かって、胡乱げな目を向けるヒルデガルド。



 と、そこに割って入るように、ノアががばりとリーンに向かって抱きついた。



「つまり――、言葉で表しようもないくらいリーンは俺のことが好きだってことですよ。お義母さん」

「誰がお義母さんだ!」



 そもそも私はこの子の師匠であって母ではない――!



「あ? じゃあお義姉さん? どっちでもいいけど」

「おい……! ほんとにこんなちゃらちゃらした適当なやつでいいのか……!?」

「う……? う〜〜〜ん……」

「でも、リーンを守るって意味では、俺以上の適任はいないと思うけどな」



 そう言って、にこにことリーンにほおずりをしながらノアがそう言うので。



 確かに――、現存する魔族人間含めて、元魔王ノアに叶う人間はいないかもな……、と。

 そこに関しては納得せざるを得ない二人なのであった。






――――――――――――――――――

【後書き的なお礼】

ここまでお読みくださり、ありがとうございます!


続きます!

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【完結】剣聖令嬢は屈しない 〜「非力な女剣士はいらない」と婚約者からパーティー追放されたら、美形賢者がついてきました。おまけに私への執着がすごいです〜 遠都衣(とお とい) @v_6

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