番外編 顔見せと舞踏会そして嫉妬3

「ディグレイス公爵家ご子息、セルヴィニア男爵家ご令嬢のご入場です!」

 


 貴族たちで賑わう大広間に、さざなみのようにざわめきが広がる。



 ざわめきの中心は、どうやら今大広間に入ってきたゲストが震源のようだった。

 その中心を割り、道を作るように人々が少しづつ脇へよけていくとようやく――、その中心にいる人物たちの姿が露わになった。


 

 白銀から紫水晶へとグラデーションしていく美しいドレス。

 指先から二の腕までは長手袋で隠されているが、デコルテから背中――腰のあたりまでは、大胆な切り込みによって素肌が艶かしくさらされている。



 その美しさに、方々からほう、と漏れるため息が室内を満たし。

 


 そうして、それを見たこの国の第三王子は、その片割れにいる女性の姿を見て、思わず手にしていたグラスを握りつぶしかけた。



「――ノアゼス?」



 訝しげに自分の名を呼んでくる父王の言葉を無視して、近くにいた使用人に持っていたグラスを押し付けたノアは、颯爽とざわめきの中心へと向かって身を翻す。



 ――やられた――。



 一瞬、リーンを迎えに行く時刻を間違えたのかと思ったが、そうではない。

 められたのだ。

 自分を出し抜くために嘘の時間を教えられ、こうしてあろうことかリーンが他の男の手を取って歩いているところを見せつけられている。



(――許せないな)

 


 だまされたことも許し難いが、ああして気を許した様子でリーンが他の男の手を取っていること自体が許しがたい。

 そんなことを、易々と許される女だと思われることも許諾きょだくできない。



「リーン」



 だから。

 名を呼び、彼女がこちらを振り向くのとほぼ同時に、その唇を奪った。

 多くの大衆が見ている前で。

 これは誰のものなのかを、明確にわからせるために。

 自分が嫉妬深く、狭量で、いかに執着心が強いかと言うことを、見ている全員に知らしめるために。



「ん……、ノア……!」



 こんなところで、と抗議でもしようと思っていたであろうリーンの顔が、ノアのそれを見てぴしりと固まる。

 自分がいまどんな顔をしているかなど知る由もないが、自分の心境ならわかる。

 まあきっと、心中穏やかではない顔をしていたのだろう。



「他の男と一緒に連れ歩くなんて。これは立派な浮気じゃないのかな? リーン」

「……」



 そう言って、にっこりと微笑むノアの言葉に固まるリーンだったが、そこにエスコートしていた男の助け舟が入る。



「浮気だなんて第三王子殿下。殿下の麗しき婚約者を、殿下の元にお連れしただけですよ」



 と。

 いつもの荒っぽい口調とはうって変わって貴族然とした態度で、団長がノアに向かって丁重に頭を下げる。

 まあ、丁重と慇懃無礼は紙一重といったところではあったし、なぜだか殿下という言葉にクソやろうと言うルビが振られている気がしてならなかったが――。



 ディグレイス団長の言葉ににっこりと笑みで受け返したノアは、そのままリーンを伴い国王陛下の元へと足をすすめる。

 その間、動揺したリーンの憂いた表情がまた、なんとも言えない色気を醸し出し、見るものの心をざわめかせていたのだが。



 それもわかっていて面白くないノアは、さっさと挨拶をして去るべく国王に向かって声をかけた。



「陛下。これが陛下がご覧になりたいとおっしゃっていた、俺の婚約者です」

「おお、うむ」



 ノアの言葉に鷹揚に答える国王に向かって、リーンは貴族の礼を取る。



「堅苦しい挨拶は良い。面をあげよ」



 言われてリーンは姿勢を正し、節目がちに――不敬にならない程度に国王に向かって意識を向けた。



「ふむ……。あのノアゼスが入れ込んでおると聞いて、どんな女子か気になって呼び立てはしたが。お主も災難だな」



 ――ん?



 とその時、リーンが心の中で思ったことが表に出なかったことは、僥倖であったと言えよう。



「こんな変わり者の王子を押し付けることになって誠に申し訳ないが、本人に気に入られてしまったのでは仕方ない。犬に噛まれたとでも思って、諦めて付き合ってやってくれ」



 まあ、聞くところによると、セルヴィニア嬢もまんざらではない話だと言うことだしな、と。



 ……んんん?



「では陛下、これで満足されたと言うことでよろしいですか?」

「……本当にせっかちなやつだなお前は……。ああ、もう下がっていい」



 言われるやいなや、「では」と挨拶もそこそこに場を辞したノアに連れられ、リーンはそそくさと会場を後にさせられた。



「ちょっ……、ノア!」



 強引に連れ去ろうとするノアに小さく抗議の声をあげたリーンだったが、それも人気のないところに着いた瞬間、ぱっ、と転移させられ。

 気がつけば、ノアの部屋に移動させられていることに一瞬遅れて気づく。



 とん。



 と肩を押され。



 どさり、と、背中を柔らかなベッドに受け止められる。



「あ〜あ」



 言いながら、ノアがばさりと上着を脱いで、ぎしりとベッドに膝を乗せる。



「だから嫌だったのに。リーンを着飾らせて外に出すの」



 しかも、そんな際どい服着てさあ、と。

 そう言ってノアが、リーンの首元に顔を埋め。



「痛っ……」

「こんなことなら、あらかじめこんな服着れないようにしておけばよかった」



 ぢゅ……、と、ノアがリーンの白い柔肌を強く吸い上げ、首から胸元、背中の開いている部分に、誰が見てもわかるよう点々と跡をつけていく。

 そうやって跡をつけながらも、ドレスの上から掌でリーンの胸や太腿に切なげに触れてくるので、触れられた方のリーンは段々とたまらない気持ちが募っていき――。



「ノア……、ちょっと、やだ……」

「だぁめ。お仕置きなんだから」



 そう言って、リーンの顔のすぐ近くで黒い微笑みを浮かべるノアを見て。

 あ、これはもう今日は終わったな――、とリーンは悟った。



「んぁっ……!」



 そうして、リーンが悟った通り。

 結局、その日はほぼ翌日の明け方まで、リーンがノアから解放してもらえることはなかった。

 リーンが着ていた美しいドレスも、もろもろの行為に伴う汗やら何やらでぐちゃぐちゃになり、二度と着ることができないほどにどろどろにされてしまったのだったが――。



 それがノアの腹いせだったのかなんだったのは、誰も知る由もない話である。

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